5. 蔵の中の3メガネ(その1)

 そして、金曜日。未来メガネと出会った日から一週間。

 朝起きて、歯を磨いて、顔洗って、ママが作ってくれたごはん食べながら、今日金曜日だけどそういえば何時に集まるって決めてなかったな~、って思ってた。

 当日になるまで気づかないとかちょっと抜けてるな~、でも気づいてたって連絡取れないしな~、とか考えながら準備してた。服キメて、そして忘れちゃいけない、頭に未来メガネを乗っける。

 リリカには、朝ごはん食べたら迎えに行くねと言ってあるけど、けっこう準備に時間かかっちゃったな。


「おはようございまーす、リリカちゃんいますか」

「さゆちゃーん、いまいくよー」


 リリカの家に寄って玄関から呼びかけたら、元気な返事が返ってきた。


「おまたせ、さゆちゃん」


 出てきたリリカの服装は、フリルカットソーにデニムのショートパンツ。あーもう、かわいいなあ。


「じゃあいこっか」

「うん」


 自転車をこぎだしたアタシたちが向かうのは、おばあちゃんちの蔵。まあ中に入ってるのはほとんどがおじいちゃんのコレクションだから、おじいちゃんの蔵って言った方がいいかもしれない。コレクションっていっても、アタシが見るところだとガラクタにしか思えないものばっかりなんだけどね。


「なんかごめんね、つき合わせちゃって」

「ううん、全然いいよ。私もその未来メガネのこと知りたいし」

「そういってくれると助かるよ~。あ、でも、蔵の2階におじいちゃんが集めた本がたっくさんあるから、リリカが気になるものもあるかも」

「そうなの? さゆちゃんのおじいちゃんてすごい人だったのかもね」

「そうなのかな。おじいちゃんは私が小さいときにいなくなっちゃったから、ほとんど覚えてないんだよね。でも、優しいおばあちゃんの旦那様なんだから、きっと素敵な人だったと思うよ。うん、間違いない!」

「ふふっ、きっとそうだね」

「あ、でも今日会うユキ兄は、そんな素敵なヤツじゃないよ、残念ながら」

「そうなの?」

「うん、いじわるばっかり言うくせに、大人の前では外づらよくてかわいがられてるし、しかも成績はバツグンっていうイヤミなヤツ!」

「でもさゆちゃん、そのユキ兄さん? のこと話してるときは楽しそうに見えるけど」

「ええ~、そんなことないでしょ、ないない。ほらこんなに眉間にしわ寄ってるし」


 リリカがとんでもないことを言うのでアタシはあわてて否定した。そんなアタシの顔を見て、リリカは思いっきり笑ってた。

 そんな話をしているうちに、おばあちゃんの家に着く。蔵の前までいくと、そこにはユキ兄のマウンテンバイクが置いてあった。


「なんだ、ユキ兄もう来てるじゃん」


 そう言いながら蔵の中に足を踏み入れる。薄暗くてひんやりした空気。


「わ、けっこう暗いね」


 そう言いながらリリカが少し不安げな顔で入ってきたから、アタシは手を握ってあげた。


「さ、こっち」


 リリカの手を引いて、2階への階段へ向かう。ユキ兄がいるとすれば2階だろう。アタシたちとメガネが出会ったあの場所。


「ユキ兄~、いるんでしょ~」


 呼びかけながら急な階段を上っていく。上りきって、蔵の反対側に目を向ける。おじいちゃんの本が詰まった本棚に挟まれた通路の先、窓際の机のところで椅子に座っている後姿が見えた。


「ちょっと! ユキ兄! 返事ぐらいしてよ!」


 アタシが大きな声を出すと、驚いたのか背中をビクッとさせてからこちらを振り向いた。


「あ~、びっくりした。来てたのかよ」


 それは間違いなくユキ兄で、その顔を見てアタシは安心した。前みたいに知らないおじさんの姿だったらどうしようかと、少しだけ不安だったんだ。


「こ、こんにち……は」


 アタシの後ろから顔を出して控えめに挨拶するリリカ。


「おや、お客さんがもう一人かな?」

「この子は、アタシの親友のリリカだよ」

「あ、はい、親友のリリカこと島田百合香です。はじめまして」

「はい、はじめまして。オレは松野雪弥といいます。こんな埃っぽいところだけど、ようこそ」


 そう言ってユキ兄はにっこりと笑顔を見せる。リリカもだいぶ緊張がほぐれたみたい。ほんと外づらの良さはピカイチだよね。もしかして、アタシも見習った方がいいのかな。


「ええっと、二つしか椅子用意してなかったな。どっかにあると思うから、探してくるよ。とりあえず二人は座ってて」


 ユキ兄はそう言い残して、本棚の向こうへと行ってしまった。


「……とりあえず、座ろっか」

「うん」

「なんかいろいろ驚かせちゃったかな」

「大丈夫だよ、でも、ほんとにすごいねこの本」

「だよねー、何の本なのかもわかんないや」


 アタシは適当に一冊の本を手に取ってみた。中を開くと文字がびっしり。


「うわアタシ絶対むり」

「ああ、これは確かにむずかしそうだね」


 ペラペラとめくっていくと時々図が載ってる。何かの機械かな?


「っかしーな、椅子見たような気がするんだけど」


 本棚を三つぐらい挟んだあたりからユキ兄の声がする。


「まあ、これでいいか」


 ドタドタと音を立てながらユキ兄が戻ってくると、大きな木箱をドンとおいて、その上にドシッと座った。


「さて、何の話だっけ」

「メガネでしょ、未来メガネ」

「おおそうだ、なあどうだったつけてみて。聞かせてくれよ」


 ユキ兄がそう促したので、アタシは前回別れてからのことを話した。

 部屋の中でつけてみたら、消しゴムが減って見えたとか、遠くの山を見たら夏みたいに雪の量が少なかったとか。町内を走り回って、まだ咲いてない花を見たとか、水明桜がきれいだったとか、それから、車にはねられそうになったとか。

 最後のは言いたくなかったけど、まあ実験みたいなものだし、正直にね。

 ユキ兄は「うん」とか「それで」とか「なるほどね」ぐらいしか言わずにアタシの話を聞いてた。そしてひと通り話し終えたいまでもあごに手をあてて、うんうんうなってる。アタシはしびれを切らして聞いた。


「で、どうなの? なんかわかった?」

「ああ、実に興味深い」


 昔やってたドラマみたいなセリフ。


「いや、オレもさ、調べてたんだよ。こないだ言っただろ、メガネと一緒に見つけた本があるって。これだけど」


 机の上に置いてあった本を取るユキ兄。「未來眼鏡」って書いてあった本だ。


「昔の文体だし、読み取れない文字もあるからはっきりとはわからないんだけど、その内容と、いまのさゆ吉の話を合わせて分かることがある」

「さゆ吉?」

「あ~、リリカ~、今はそこ反応しなくていいのに~」

「『さゆ吉』、かわいいでしょ?」

「かわいくないし!」

「あっはっは、まあそれは置いといて」

「置いとかれるのもなんかいやなんだけど」

「まあいいや、続けるぞ」


 アタシはなんか言おうかと思ったけど、口をとがらせるだけにしといてやった。

 リリカは申し訳なさそうな顔で両手を合わせて「ごめん」のポーズをアタシに見せる。いいんだよ、リリカは悪くないよ。


「そのメガネは、遠くのものほど、遠い未来の姿が見えるってこと」

「んん? どゆこと?」

「さっきの話の中だと、消しゴムとか、花とか、だいたい2、3日から1週間ぐらい先の姿が見えてる感じだよな」

「うん、そうだね」

「それに比べて、遠くの山並みはどうか。雪がなくなる季節って、真夏だよな。なら半年ぐらい先の姿が見えてたことになる」

「うーん、うん。」

「距離の差を考えると、半年どころかさらに1年後とかかもな」

「なんとなくわかるけど、いまいちピンとこない~」

「んー~、じゃあ実験してみるか。というわけで再び月水堂のおまんじゅうにご登場願おう」


 ユキ兄は先週と同じように、かばんからおまんじゅうを取り出す。またこんな風に見ることになるとはね。


「じゃあ、これメガネで見てくれ」


 アタシは頭に乗せたメガネを下ろして、おまんじゅうを再び、見た。


「うわぁ、やっぱりカビてる」


 メガネ越しのおまんじゅうには緑色のカビが生え始めていた。


「え、このおまんじゅうにカビが生えてるように見えてるの?」


 そう言うのはリリカ。まあ、何回見ても信じられないよね。


「着色料・保存料無添加が自慢の月水堂のおまんじゅうだから、まあほっとけばカビは生えるさ。で、大事なのはこの先」


 そう言ってユキ兄は、おまんじゅうを持って立ち上がる。そしてアタシたちの後ろに回った。

「さゆ吉どうだ、ここだと変わって見える?」

「うーん、別に変わってる感じはしないけど」

「じゃあ、これでは」


 ユキ兄は大きく一歩、後ろへ下がった。その一歩分だけおまんじゅうが遠ざかる。


「わ、カビが増えた!」

「よし! 成功だ」


 おまんじゅうを覆うカビは、ユキ兄が1歩下がると同時に、ぶわっと増えた。間違いない


「つまり、さっきよりも先の未来が見えてるから、カビが増えて見えるってことですか、松野さん」

「そういうことだろうね。あと、さゆ吉の友達なんだし『松野さん』は堅苦しいから、雪弥でいいよ。」

「あ、はい。わかりました、ええと……ユキヤさん」

「オッケー、リリカくん」


 名前で呼ばれたリリカは、ちょっと照れたように笑ってる。


「なんで『くん』なの」

「ん~、リリカさんも、リリカちゃんもしっくりこない感じじゃね? 『くん』がちょうどいいんだよ」

「そうかなあ。まあ、それよりユキ兄、もうちょっと下がってみてよ」

「ああ、ほい、ほいっと、こんなもんでどうだ」


 言いながら四歩ほど下がるユキ兄。


「うわー、もうカビの方が白いところよりだいぶ多いね」

「やっぱりさゆちゃんすごいね、あんなに離れてるのにそこまで見えるんだ」

「そうなのかなあ、アタシには普通のことなんだけど」


 アタシはメガネを押し上げながら答えた。


「そこなんだよ、距離が遠いものほど時間が遠く見えるってことは、視力が良いほど遠い未来が見れるってことなんだよな。ってことは視力がバツグンのさゆ吉がかけるからこそ、この未来メガネは活きるってことなんだ」

「へへへ、そうでしょ。だってアタシ思ったもん、最初にこのメガネ見つけた時、アタシのためにあるメガネなんだ、って」

「まあ、それはどうか分かんないけど」

「ちょっと、持ち上げといて落とさないでよ!」

 アタシがユキ兄をにらみつけたら、リリカのかわいい笑い声が聞こえた。

「さゆちゃんとユキヤさん、仲良しだね」


 そんな一言にアタシとユキ兄は顔を見合わせ、


「ないない」

「そうかぁ?」


 同時にしゃべっちゃった。

 それを見てまたリリカが笑う。アタシはなんか納得いかないけど、まあリリカが楽しそうだからいいかなって思った。


「まあ、それはさておき、もう一つ試したいことがあるんだけど…… これなーんだ?」


 そう言いながらユキ兄がかばんの中から取り出したのは――

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