4. 未来と桜と親友と

 なんで春休みの今、アタシがここにきたか。その答えは正門の向こうにある。そこに生えている1本の大きな木。水明小の開校当時から生えているらしいその木は、水明桜すいめいざくらって呼ばれてる。その名の通り桜の木。アタシはこの水明桜の花が咲いているところを見るのが大好きなんだ。

 でも今はまだ春休み。桜の花には少し早い。けれど今のアタシには未来メガネがある!

 水明桜の前に立ち、アタシは目をつぶって、頭に乗せたメガネを下す。そしてパッと目を開けるとそこには……


「うわ! うわわわわわ~!」


 満開の桜の花が空をピンク色に染めていた。

 三月に見る満開の桜は、なんて言っていいかわからないほどにきれいで、アタシはその場から動けなくなった。

 ちょー満開、ぜんぶの枝に花が咲いて、風に揺れて花吹雪を起こしてる。

 アタシは花吹雪を受けとめるように両手を大きく開いて、深呼吸した。こんな景色を見せてくれる未来メガネ、なんて素敵なんだろう。……まあ、さっきは危ないこともあったけど、こんな桜を見れたら全部ふっとんじゃうよね。


「あれ? さゆちゃん?」


 メガネに夢中になっていたら急に声をかけられた。体がビクッと固まる。

 前にもあったぞこのパターン……けど今聞こえた声は、空野なんかとは全然違って、かわいいかわいい声。


「春休みに学校で会うなんて、珍しいね」

「リリカ~!」


 アタシはメガネを頭の上に乗せ直しながら、声の主に振り返る。

 たぶん変な子に見えたアタシだけど、そのことにはまったく触れないで話しかけてくれたのは、「リリカ」こと、島田百合香しまだりりか。アタシの大好きな友達だ。百合ってお花のユリのことだけど、百合香ってかいて「リリカ」って読むのは、ユリの花のことを英語で「リリィ」っていうからなんだって。おしゃれだよね~。


「さゆちゃん、メガネつけてるの?」


 リリカが気づいてくれたのでアタシはこたえる。


「これ? ふふん、オシャレメガネだよ~。度は入ってないんだ」

「レトロでかわいいね。似合ってるよ」

「でっしょー。ありがと、リリカ。やっぱリリカとはセンス合うよね」

「ふふ、あと私とおそろいだね」


 そういってリリカはメガネをつまんだ。リリカも視力は良くなくてメガネをかけてる。考えてみるとアタシの周り、メガネ率高いな。

 そしてなんとなくだけど、このメガネが未来メガネだってことは言えなかった。まあ、急に信じられるわけない話だし、わざわざ言わなくてもいいよね。でも、リリカになら話してもいいんじゃないかなって、ちょっと思った。


「リリカは、なんで学校にきたの?」

「本を返しにだよ」


 そういってリリカはカバンの中を見せる。図書室から借りた本が5冊も入ってた。


「そっか、春休みも図書室は開いてるんだっけ」

「うん。さゆちゃんは?」

「アタシ? アタシは~……あはは、自転車で走り回ってて、なんとなく」

「そうなんだ。今、水明桜見てた?」

「あ~、うん」

「つぼみ、ふくらんできてるよね」


 そう言われて、アタシはもう一度、水明桜を見上げた。リリカの言う通り、枝の先にはふくらみ始めた桜のつぼみがたくさんある。


「私、咲いた桜の花も好きだけど、つぼみが膨らんでいくところを見るのも同じぐらい、好き。ちょうど今ぐらいの」


 そう言ってリリカは桜を見上げて目を細めた。


「もうすぐ咲くぞ~、ってがんばってる感じ。毎日少しづつ大きくなっていくのわかるもん」


 リリカにそういわれるまで、アタシはそんなこと考えてもみなかった。桜の花は好きだけど、つぼみをそこまでちゃんと見たことなかったなあ。

 改めて、桜のつぼみを眺めてみる。まだ小さくて固そうなつぼみ。でもこれが満開の花になるんだよね。アタシは少し目を閉じて、さっき見た未来の桜を思い出す。うん、つぼみたちごめんね、今までちゃんと見てなくて。


「つぼみも、こうやってみると、きれいだね」


 そう言って視線を桜からリリカに戻すと、リリカは、はにかんだように笑っていた。


「だよね!」


 おもったより力強い声が返ってきた。リリカはおとなしそうに見えて、実際おとなしいんだけど、こうやって時々こだわりが出る。


「ねえ、さゆちゃんも図書室いく?」

「おっけー、リリカと一緒なら喜んで」


 そうして、アタシはリリカと一緒に図書室へと向かった。


「おはようございます」

「おはよう、あら、美沢さん? めずらしいわね」


 そう言って迎えてくれたのは、司書の松沢先生。確かにめずらしいのは本当だけど、そんなはっきり言わなくてもいいのにね。


「図書室は、どなたでも大歓迎よ。ゆっくりしていってね。島田さんは、返却かしら」

「はい。返したらまた借りる本を探したいんですが」

「もちろんいいわよ。良い本と出会えるといいわね」


 リリカが本を返す手続きを始めたので、アタシはその場を離れて別のコーナーへ向かった。お目当ては『マンガでわかる! 日本の歴史』だ。これならアタシでも読めるよ!

 窓際の席に座りリリカの方を見ると、返却が終わって次に借りる本を探し始めたみたい。アタシはのんびり待つ覚悟をきめた。本のことになると、リリカったら時間を忘れちゃうんだよね。

 アタシは本を開き、しばらく歴史ロマンに浸ることにした。マンガでわかるシリーズは大体読んじゃったけど、アタシが好きなのは縄文時代や弥生時代。なんか土器とか作って楽しそうに見える。まあ実際にやってみたら大変なんだろうね。

 ゆっくり目に読んでると、いつの間にかリリカが向かいに座ってた。机の上には、今日借りる本が5冊積み上げられていた。ほんとに好きなんだね。


「さゆちゃん、選び終わったけど、もういく?」

「う~ん、いまいいとこまで来たから、これだけ読んじゃっていい?」

「うん、じゃあ私もちょっと読もうかな」


 そういって本を開くリリカ。もちろんその本はマンガじゃなくて、字がいっぱいの小説だ。アタシはそういうのはあんまりたくさん読めないんだ。1冊を1か月ぐらいかけて読む。マンガだとスルスル読めちゃうのにね。

 一度リリカにそう話したことがある。そしたら「マンガには絵がついてるからでしょ? なら小説読むときにも頭の中で絵をつけて読めばいいんだよ」とかいうの。う~ん、そっちの方が難しくない?

 そうこうしているうちに、アタシは縄文時代へのタイムスリップを終えて本を閉じた。顔を上げると、向かいのリリカは背筋をピンと伸ばしたいい姿勢で本を読んでる。窓から入る光は、リリカの長くて黒い髪とメガネを照らしてキラキラしてる。アタシはそんなリリカをしばらく眺めていたいなってちょっと思う。

 そして、未来メガネのこと、やっぱりリリカになら話してもいいかな~ってなぜかその時思ったんだ。リリカは一番の友達だし、秘密は守ってくれるし、新学期が始まれば毎日会うリリカに秘密のままなんて、アタシが一番我慢できない。


「あ、終わった? じゃあ行こっか」


 アタシの視線に気づいたのか、リリカが本から顔を上げて言った。


「あ、うん。本は読み終わったんだけど……」

「だけど……?」

「ちょっと話があるんだけど、いい?」

「もちろん」


 リリカはそう答えて本に栞を挟んで閉じた。


「どんな話?」

「笑わないで聞いてね? アタシのこのメガネなんだけど……」

「うん、度が入ってないオシャレメガネって言ってたよね」

「うん、そうなんだけど、実は一つ秘密があって」


 アタシはそこまでいうと、身を乗り出して顔をリリカに近づける。リリカにも手招きのしぐさで、ヒソヒソ話がしたいんだってアピールした。


「じつはこのメガネ、未来がみえるんだ」


 小さな声で、アタシは言った。


「未来?」

「そう、未来」

「信じられない」

「あはは~……だよね」

「でも、さゆちゃんが言うなら信じたいな」

「リリカ~!」


 アタシは感動しちゃって思わずリリカの手を握ってしまった。


「だから、未来が見えるってどういうことなのか、説明してほしい」

「わかった、あのね、もう実際にやってみた方が早いよね」


 あたしは頭に乗せてたメガネを下ろして、目の高さまで持ってくる。そして、なにか未来が見えてるって、すぐにわかるものはないか一生懸命探した。

 リリカのかばん、そのフタが開いていて、中に入ってるものが少し見える。今借りた5冊の本のほかに下敷きが入ってる。その下敷きはファイルみたいに中に薄い紙とかが挟み込めるタイプのやつだ。

 そしてリリカの下敷きには、アイドル写真の切り抜きが挟まれてる。リリカはアイドル好きでもあって、今ハマってるのは、ダンス&ボーカルユニット「X‐SOULS 3rdエックス ソウルズ サード」の「DAIKIダイキ」くんだ。だからいつもDAIKIくんの写真を挟んでる。そのはずだったんだけど。メガネを通して見える写真は……

「リリカ、あなた担当変えた?」

「えっ?」

「DAIKIくん推しだったよね。RYU‐1リュウイチくんも好きだったっけ」


 そういうと、リリカはびっくりしたような顔になった。


「なんで知ってるの? 言ったことあったっけ?」

「え、だってその下敷きにRYU‐1くんの写真が……」


 そこまで言いかけて、アタシはメガネをはずした。下敷きに挟まれているのはDAIKIくんだった。でも、メガネをかけると、RYU‐1くんに見える。


「さゆちゃん疑ってごめん。そのメガネ、本物みたい。今日このあと、本屋さんに行ってRYU‐1くんが載ってる雑誌探そうと思ってたの」

「あ~よかった! 信じてもらえた!」

「まだびっくりしてるけど、まだ誰にも言ったことないもん、RYU‐1くんも推しらいって。信じるしかないよ。」

「ありがとう、RYU‐1くん! ありがとうX‐SOULS 3rd!」


 アタシは天を仰いで感謝した。図書室の天井が見えただけだったけどね。


「じゃあさじゃあさ、今度の金曜日、アタシのおばあちゃんち来ない?」

「え、おばあちゃんち?」

「そう、そこでこのメガネ見つかったんだけど、見つけたのはウチのいとこで……」


 それからこのメガネについての事を説明してたら、けっこう時間がたってしまってた。でもメガネの秘密を知ってる仲間が一人増えた。それがリリカなんて最高だよね。

 ひと通り話したアタシたちは、図書室を後にして、玄関を出た。

 水明桜は来た時と変わりなく、そこに立っている。今度はメガネをかけずに、自分の目でその枝をじっくりと見た。今か今かと、花咲く日をまつつぼみたち、なんだか来た時より膨らんでるような……っていうのはさすがに気のせいだと思うけど。


「咲くの楽しみだね」


 リリカがそう言う。


「だねー」


 アタシは心からそう思って返事した。

 未来の満開の桜は本当にきれいだったけど、それが実現するのは、今ここでふくらんでいるつぼみたちがあるからこそなんだよね。あの時リリカが来て、そのことを思い出させてくれなかったら、このつぼみたちのかわいさを見つけられなかっただろうな、と思う。


「ね、さゆちゃん」

「なに? リリカ」

「もしかしてさっき、未来の桜見てた?」


 うっ、さすがリリカ、飲み込みが早い上にするどい。


「わかっちゃった? 実はそうなんだ」

「きれいだった?」

「うん、すっごく」

「そっかあ、いいなあ~さゆちゃんは、ひと足先に見れて」

「うう、それを言われると、ちょっと心が痛い」

「あはは、ウソウソ。ね、咲いたら絶対いっしょにみようね」

「うん、もちろんだよ」


 未来が見えるメガネは本当に素敵だし、アタシにだけしか見えないきれいな景色をたくさん見せてくれると思うけど、リリカと見る普通の景色も同じくらいきれいな景色なんだよね。今日はそのことをリリカに教えてもらった気がする。

 アタシたちは校門の前で分かれた。家に帰るなら途中まで同じ方向なんだけど、リリカはさっき言ってた通り、本屋さんによって行くらしい。いっしょに行こうかなとも思ったけど、RYU‐1くんの写真探しに行くなら、邪魔しない方がいいかなって思ったんだ。


 アタシはというと、もう少しだけ町内を回ってメガネを試してみたけど、そんなに面白いものは見つけられなかった。

 あ、一つだけこんなことがあった。アタシたちの町には「つつじ公園」っていうちょっと大きめの公園がある。その名の通りツツジの生垣が公園じゅうにあって、季節になると濃いピンクと白の花が咲き乱れるんだ。

 で、アタシはなんとなくそこに行ったんだけど、未来メガネをかけても、ツツジの花は見えなかった。なんでかなあと思ったけど、たぶん、ツツジの季節はまだ先すぎて、未来メガネで見える範囲じゃないんだろうなって思った。桜は1、2週間で咲くけど、ツツジはまだひと月以上先だもんね。

 けど、公園の外側をぐるりとめぐってる生垣の端っこに立った時、反対側の一番遠いところにちょっとだけ、ピンク色の花が見えた。アタシの視力をなめないでもらいたいんだけど、それは見間違いなんかじゃなく確かにツツジの花だった。だから、なんでそこだけにと思って近づいていこうとしたら、二、三歩歩いたところで花は見えなくなっちゃった。


 アタシはそのあと家に帰って自分の部屋に入って、またベッドに倒れこんで、今日のことを思い出してた。

 季節を先取りして、いろんな花を見たこと。

 未来の信号のせいで、大けがしそうになったこと。

 満開の水明桜を見たこと。

 リリカにつぼみのかわいさを教えてもらったこと。

 リリカが、未来メガネの秘密を知る仲間になってくれたこと。


 未来メガネ、不思議だけど、アタシの生活にはあんまり必要じゃないかもしれないって思ったりもする。つけっぱなしだと危ないのは分かったし、今の景色もみたいし、頭に乗せるただのオシャレメガネとして使えばいいかなって。

 まあ、ユキ兄には全部教えてあげよう。かなり気になってたみたいだからね。

 次の日からは特に変わったこともなく、毎日が過ぎて、そして金曜日が来た。

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