2章 未来メガネ越しの景色

3. スタート、未来メガネ生活

 家について自分の部屋にこもったアタシがまず最初にしたのは、ベッドに倒れこむことだった。


「あ~、つかれた~!」


 前のめりに体を倒し、そのままベッドにダイブ!

 ところがその時、アタシは大事なことに気づく。


「あっ、ヤバい!」


 そう言いながら体をひねって、横向きにしてベッドに着地した。


「あっぶな~」


 そう言いながら、パーカーのポケットから未来メガネを取り出した。もう少しでつぶしちゃうところだった。


「もし壊したら、ユキ兄怒るかな。そりゃ怒るよね」


 そう言いながらユキ兄の顔を思い浮かべてみたけれど、なぜか怒った顔は想像できなかった。

 ベッドの上でしばらく天井をながめていたアタシは「よし!」とナゾの気合を入れて、メガネをかけることにした。

 体を起こしてベッドのフチに座る。

 メガネのツルを起こして、顔の前に持ってくる。

 そして何となく目をつぶって、ツルの間に顔を入れて、耳にかける。

 意を決して、アタシは目を開けた。

 そこには……

 いつものアタシの部屋が見えた。


「あれ? なんにも変わってない?」


 思わずそんな声が出る。

 アタシは立ち上がり、ぐるりと部屋を見渡した。

 何も変わっていないような、でもどこか変な感じ。ほんの少しだけど何か違うような。

 机の上には鉛筆と消しゴムが転がっている。あれ、おかしくない?

 何か変な感じだ。アタシは机に近づいた。そして気づく、この消しゴムこんなに小さかったっけ。

 アタシの好きなキャラクターの形をした消しゴム。耳のところがもうなくなってる。

 おかしい、昨日はまだ耳あったよ。

 あわててメガネを外してみた。

 耳は、あった。


「やっぱり、未来メガネは本物なんだ……」


 アタシはもう一度メガネをかけて、窓のカーテンを開けた。遠くに山並みが見える。アタシの部屋の自慢の景色。マウンテンビューってやつだよね。

 今はまだ3月だから、山には雪が積もって白く見える、はずなんだけど。


「雪、少なっ!」


 そうなのだ、メガネを通してみる山並みは、明らかに雪が少なくて、黒く見える部分がだいぶ広くなっていた。何月ぐらいの景色なのかな。6月? 7月かな? とにかく、どうみても今の景色じゃない。

 アタシはレンズの端っこをつまんで、メガネをずり上げた。すると、雪は増えてみえた。

 メガネを下すと、雪が減る。

 もう一回上げると、また増える。


「アハハハ、なにこれおもしろーい!」


 なんか楽しくなってきて、しばらくメガネの上げ下げを繰り返してた。

 間違いない、未来メガネ、ほんとのほんとに、本物なんだ!


「おーい、美沢~、お前何してんの?」


 未来メガネのすごさを楽しんでたら唐突にそんな声が聞こえて、アタシは固まった。

 この聞き覚えのある声、すごいイヤな予感……!

 ゆっくりと顔を下に向けると、そこには、予想通りのヤツが。


「あれ、お前メガネかけてんの? 目ぇ良いんだからいらないだろ」


 ウチのクラスの男子、空野陽太!

 なんで気づかなくていいとこに気づいちゃうかな。


「あ、え、あ、空野! なんで、なんであんたがここに!」

「なんでって、ここ帰り道だもんよ、サッカークラブの帰り。なあ、なんでメガネなんて持ってんの? はは~ん、夜中までゲームでもして視力落ちたか?」

「う、うるさい! あんたには関係ないでしょ!」


 そう言ってアタシは窓をバタンと閉めて、カーテンを引いて部屋に隠れた。あ~、もう! 一番見られたくないやつに見られた。なんでこうなるの~。

 驚いた胸のドキドキがおさまるまで待ってから、アタシはまたベッドに倒れこむ。空野にはアタシがどんな風に見えたんだろう。っていうか、いつから見てたんだあいつ。メガネ上げ下げしてるとこは? うわめっちゃはずいじゃん!

 アタシは恥ずかしさがあふれてきて、枕を抱えてベッドの上でジタバタ暴れた。

 あ~あ、学校始まったらどんな顔でいけばいいの。別のクラスにならないかなあ。

 でもまさか、未来が見えるメガネだとは思ってないよね。全部ばれたわけじゃない。伊達メガネだよって堂々と言えばいいじゃん! うんそうだ、そうだよね!

 そうやって自分に言い聞かせてみるけど、やっぱやだなあ、ユキ兄ならあんな時なんていうのかな。やっぱり上手く切り抜けちゃうのかな。

 なんだか急にユウウツになってきて、ちょっとだけ、未来メガネなんて見つけなければよかった、なんて思っちゃう。けど、あの時、蔵の中でメガネを見つけた時の、アタシの気持ちはだれがなんて言おうと本当だ。


「うん、ごめんね、未来メガネ。君はアタシの相棒だよ」


 アタシはメガネを外し、ツルをたたんで、未来メガネに話しかけた。これも空野に見られたら絶対にからかわれるなって思ったけど、ここはアタシの部屋だ。そんなの関係ない。

 けど、今日のところはここまでにしとこうっと。また明日、よろしくね。

 そう思いを込めて、未来メガネを机に置いた。するとタイミングのいいことに、「沙雪~。ごはんよ~」ってママの声が聞こえてきた。



 次の日、アタシは未来メガネと一緒に外出した。アタシが持ってる服のなかで、レトロなメガネに似合う服をがんばって考えて出かけた。

 とりあえず、ずっと欲しかったメガネをかけて、自転車でアタシの家の近所をぐるりと回ってみようって思ったんだ。

 自転車で走り出して、周りをぐるりと見渡してみる。アスファルトの道路の上、コンクリートの塀や「止まれ」の標識を通り越していく。

 あれ? いつもと変わらない?

 そうなのだ、未来メガネで見る景色は、いつもとほとんど変わらなかった。なんだかガッカリりしたような、でもちょっと安心したような、不思議な気分。

 それでもアタシは、いつもと変わらないように見える、ちょっとだけ未来のはずの景色のなかから、未来の証拠を探し続けていた。

 何回目かの交差点を曲がった時、それは見えたんだ。


「あ、タンポポ咲いてる!」


 電信柱の根本の、アスファルトの割れ目から伸びているタンポポは、小さな黄色の花をかわいらしく咲かせてた。まだちょっと風が冷たい三月の終わり、タンポポが咲くのにはまだちょっと早い。けれど未来メガネを通して、その黄色の花は、私の目にあざやかに映った。

 タンポポの近くに自転車を止めて、改めてじっくりとタンポポを見た。確かにタンポポの花が咲いている。

 念のため、アタシはメガネを押し上げて、おでこに乗せた。そしてもう一度タンポポをみると、まだ固そうなつぼみしか見えなかった。


「やっぱり夢じゃなかった。未来メガネ、本物だ」


 アタシはおもわずそうつぶやいてた。いろいろあった昨日からひと晩寝ても、未来メガネはやっぱり未来メガネだったんだ。アタシの胸にうれしさがこみあげてきて、たぶんニヤニヤ笑っちゃってたと思う。そして一瞬してから、はっと昨日のことを思い出して周りを見回した。

 昨日のことっていうのはもちろん、あの空野陽太に見られたこと。今の私の姿って、知らない人が見たら、タンポポに話しかけてニヤニヤ笑ってる怪しい子だよね。

 アタシは両手で自分のほっぺたをパチンと軽くたたいて表情を元に戻した。誰に見られてるかわからないんだから、気を付けないとね。

 それからアタシはできるだけニヤニヤしないように気を付けながら、未来を探して町中走り回った。

 そして気づいたことは、町の中で変化するものって、だいたい木とか花とか植物が多いってこと。よく考えたら当然だ。コンクリートのビルとかが、そんなに簡単に形が変わったらこまるもんね。

 それからアタシは、植物に気を付けて景色をみるようにした。

 ご近所さんのおうちに生えてるお花を一足先に楽しめてなんかお得な気分

 クローバー

 チューリップ

 レンゲ

 マリーゴールド

 ハナミズキ

 みーんな、アタシだけが見れる。自分だけの特別な景色。

 う~ん、スペシャル~。人に見せてあげれないのがもったいなく感じちゃう。けどまあ1,2週間もすればみんな見れるんだけどね。

 そんなスぺシャル感にどっぷりと浸かっているうちに、アタシは一つのことを思いついた。


「これだけいろんな花を先取りで見れるってことは、もしかして……」


 アタシはある場所へと自転車を走らせた。

 どこかって? それはもう少し先に話すとして、まずはそこへ向かう前に起こった、ちょっとしたアクシデントについて話しておかなきゃならない。

 それは広い道路を渡るための横断歩道で起きた。

 アタシは赤信号で止まって、青に変わるのを待ってたんだ。早く変わらないかな~って思ってずっと見てた。そして、青に変わるのが見えた瞬間、アタシはペダルを踏みしめた、と同時に聞こえてきたのは……


 プァアアアアッ!


 けたたましいクラクションの音! アタシは驚いてブレーキを思いっきり握りしめる。その瞬間、右から来た車がアタシの目の前をスレスレを通り過ぎた。アタシはもう驚きすぎていたけどあわてて歩道に戻った。


「なんで? 信号は青だったじゃん!」


 アタシは確かに信号を確認してからペダルを踏んだ。まあ、本当は右見て左見てからじゃないとダメなんだろうけど、青信号を確認したのは間違いない。

 もう一度信号を見ると、確かに青だ。

 もう、なんなのあの車~、信号無視じゃん。アタシは思わず両手で頭を抱えるしぐさをした。そして、その両手がメガネに触れて、初めて気づいたんだ。


「あ、あの信号、未来の信号なんだ……」


 アタシは未来メガネを押し上げる。レンズを通さずに見た信号は、まぎれもなく赤信号だった。

 一歩間違えたら大けがだった、ううん、死んでたかも。アタシはゾッとした。この時初めて、もしかしたら大変なものを手に入れてしまったのかもしれない、って思った。

 その後はほんと怖くなっちゃって、メガネは頭に乗せたままにしておいた。

 ファッション的にはこれもアリなんだけどね。海外セレブみたいでかっこいいんじゃないかな。

 さて、そんな怖い思いもしながらアタシはどこに向かっていたか。その答えは、学校だ。そう、あたしの通う水明小学校。新学期が始まればまた毎日通うことになる普通の学校。別にもったいぶるような場所じゃないんだけどさ。

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