おまけ 彼はルールを変えた(高校編)

 卒業式を数日後に控えたある日。帰り際、健太は担任に呼び止められ、校長室に行くように言われた。

 なんで? この学校では毎日誰かしらが呼ばれており、卒業までに皆必ず一度は校長と話すことになっている。だから、そういう点では不思議はないが、健太は校長とはもう2回、会って話をしている。


 高校2年の2月(18歳の誕生日の3か月前)、健太は18歳になったら大型自動二輪の免許を取りたいので、許可がほしいと校長に直談判に行った。校長は驚くほどあっさり認めてくれた。自分の努力次第ではそれほど厳しくない条件付きで。

 その時に初めて知ったのだが、この学校は(というか校長は)1年に一度、校則や校内規定の改訂をすることにしているらしい。健太が掛け合ったことで、健太が3年になった時、規定に「18歳に達した生徒については、希望者は自動車免許および大型自動二輪車免許取得を許可する(登下校時の運転は認めない)」が追加された。

 確か前年度は「校内外での起業を許可する(会計報告義務あり)」で、その前が「髪色は自由(将来の毛髪量や質については自己責任とする)」だった。友人の白井秀人が1年の時から真っ赤な髪のままでいられたのはこういうわけだった。


 追加された規定には、生徒手帳には載っていない条件があった。健太なら免許を取った時、白井の場合は最初に髪の色を変えた時点の成績を基準にして、そこから下がらないようにしなくてはならない。要は権利を主張するなら、本業の勉強はしっかりやれということらしい。幸い健太が免許証を校長に預けるようなことにはならなかった。


 どうして今日、自分が呼ばれたのかは分からないが、いい機会だ。卒業前に免許取得させてくれたことの礼を言っておこう。健太は校長室のドアをノックした。

 ドアを開けると、いつものように柔和な笑顔で出迎えられた。この顔を見るたびに、健太はフライトチキンが食べたくなる(他の多くの生徒もそう言う)。チェーンのフライドチキン店のロゴに載っている、白ひげのおじいさんそっくりだからだ。この高校の近くにある店舗では、始業式や終業式、体育祭など、校長が生徒の前に出るような行事がある日は、普段より多くチキンを用意する、という噂があるくらいだ。ほんとかよ。

「どうもどうも」

 おかけなさい、と言われるまま、ソファに腰を下ろす。さすがに3回目ともなるとそれほど緊張はしない。このミニ面談、就職や進学時の面接に役立ったとありがたがる声もある。ほんとかよ。

「V大受かったってね」

「はい」

「それはおめでとう」

 健太は礼を言いつつ頭を下げた。福々しいってこういう顔のことを言うんだろうな。

「家から通うの?」

「はい」

 通える距離だから、家を出るという発想はなかった。いいかも、一人暮らし。

「こっちで?」

 と両の拳を高めに持ち上げた校長の仕草でバイクのことだと分かった。

「いえ、電車のつもりでした。でもバイクもアリですね」

 それで思い出した。

「あの、免許取らせてくださって、ありがとうございました」

 健太が再び頭を下げると、

「良識ある運転を心掛けているなら、問題ナシです」

 校長は穏やかな声で言った。

「君たちのおかげでね、自由な校風だって噂になったようで、受験志願者が年々増えてるよ」

 そういえば、今年高校受験だった妹にも“お兄ちゃんが通った高校じゃなかったら行きたかったのに”と文句を言われた。

「優秀な学生がたくさん集まってくれたらいいなあ」

 中学時代のように高校生活もまったりのんびりできた。この校長のおかげかもしれないな。 

「次は制服なくそうかな」

 独り言のように言うと、校長は何か思い出したのか言った。

「竹中君は、今回も制服売るのかな?」

「え?」

 どうして校長先生がその話知ってるんだ? その疑問が顔に出たのか、校長は笑った。

「化学の林先生、S中の森先生のお兄さんなんですよ」

 へえ、それは知らなかった。

「あれは、友達が騒いで盛り上がっちゃっただけで」

 同じような騒動が起きることはもうないです、と健太は答えた。

「そうなの? それは残念。売上額予想で林先生と賭けてたのに」

「えっ?」 

「ごめん、ウソです。でも売ってくれたら面白いねって話はしてました」

 この人、親父と系統が似てる気がする。もちろん校長先生の方が相当まともだけど。

「そうだ。こういうのはどうだろう」

 校長が人差し指を立てた。

「“校長に、よくやった! って言わせるような伝説残したら金一封”」

 何かのバラエティ番組みたいだ。

「いいですね。でも」

「でも?」

「もう少し早く思いついてくださいよ、って文句言う卒業生多いと思います」

「ははは、そうだね。でも君たちもまだ残り何日かあるよ」

「いやいやいや」

 結局、話はそれで終わりだった。


* * *


 卒業式当日。式が終わり、教室で級友との別れも済ませた。仲のいい友達とはすぐに連絡が取れるからそれほどの感慨はない。ここ3か月くらい、受験や従兄の大事件やらでバタバタしていて、高3の3学期はあっという間に終わってしまった気がする。

 でも、3年間面白かった。いい高校だったな。健太が靴を履いていると、

「よっ」

 後ろから肩を小突かれた。振り返ると奴がいた。

「誰?」

「真顔でボケんな」

 白井が卒業証書の筒を振り下ろす。笑いながら真剣白羽取りで受けてやった。

「だって、髪の黒い白井なんか赤井じゃねえもん」

「お前、言ってることめちゃくちゃだぞ」

「じゃあ黒井。なんで黒いの?」

 それに、今日はネクタイを首の近くで結んでいる。髪色もそうだが服の着方で雰囲気がずいぶん変わるのが面白い。

「まあ、今日くれえはな」

 なぜか卒業式にはこれで出ようと思ったのだそうだ。

「朝、校長、俺の頭見てさ」

 白井と挨拶を交わした校長は、笑顔でうなずいたという。

「なあ」

「あのさ」

 二人の声が重なった。何か変な感じだ。健太が苦笑しながら白井を促すと、

「お前が先に言え」

 微妙な顔であごをしゃくってきた。ひょっとして、言いたいことも同じかも。

「分かった。じゃあ」

 チキン食ってかねえ? 健太が言うと、

「はあ?」

 白井が呆れたような声を放った。

「ったく、いろいろぶちこわしだよ。卒業だってのによ」

 文句を言いたそうだったが、すぐに笑い出した。オレ何かまずいこと言ったかな。

「黒井は何て言いたかったの?」

「もういい。食ってこうぜ」

 店、激込みかもしんねえけど、と白井は歩き出した。

「なんで? 言えよ」

「言わねえ」

 なぜか恥ずかしそうだ。

「言えって、落ち着かねえから」

 初めて親父の気持ちが分かった。

「頼む、言ってくれ。ほら、いつものあれ」

「いつもの?」

「“俺は白井だ!”って」

 白井が足を止めた。

「――そっちかよ!」


(お読みいただき、ありがとうございましたm(__)m)

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Dragon-Jack Co. 卒業 千葉 琉 @kingyohakase

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