第157話 真夜中の強奪

 侵略しに島に上陸した外国の軍勢は、どういうわけか現地の住民と有効な関係を築いていた。

 元々、外部の人間から攻められることのない立地で生活してきた彼らにとって、人間の来訪は歓迎こそすれど排斥など一切の考えもなかったのである。

 よくしてくれた人のいる場所で戦いたくはない、というのは両軍の共通認識であった。

 こうして五島列島では、一触即発の雰囲気だった二つの軍が強制的に停戦状態となっていた。

 そして馴れ合いがすぎた結果、今宵、これから戦うであろう両軍で宴会を行うという奇行が何故か認められてしまっていた。


 太陽が落ちた海岸に、松明が点々と灯されている。

 その明かりを囲むように、大きな葉っぱや木の器に並べられた煌びやかな現地の料理。

 腹の虫を刺激する旨味を孕んだ香りに『戦う』などという思考は一切合切無力化される。


 ご馳走を囲むようにしていくつもの塊が形成されており、中には『トウキョウ』『チャイナ』の両軍が相席するような場所もあった。

 もちろん、共通の言語を話せる能力のある『チャイナ』の人間は少数であるため、相席が成立したのは本当にわずかではあったが。


 言葉の話せるチャイナの男がなるほどと言った様子で首を縦に振る。


「そうなんですか。たった1人で魔王を倒せるような人がいるんですね」

「本当よ。きっとあんたたちが戦い続けたら、いずれその人と戦うことになるかもしれないわね」

「それはおっかない話ですね。でも、どうだろう。ファン様とどっちが強いだろう。お前はどう思う?」

「俺か? 俺は断然ファン様だな。というか、ファン様が勝ってくれないと俺たちがついていった意味がなくなるしよ」

「それもそうか。ファン様を信じるしかないな」

「ファン様って人があんたたちの親玉なわけ?」

「そうです。私たちはファン様の強さを信用して、ここまで来たんです」

「ああ、ファン様は俺たちに約束してくれたんだ。毎日幸せに暮らせる場所を作ってやるって」


 男は今繰り広げられている宴会の様子を見渡す。

 そしてどこか心配そうに海の向こうを見ながら、酒を一杯飲み干した。


「どうかした?」

「この戦いに勝てばさ、俺たちの家族もこの宴会のように幸せな日々が送れるんだよな」

「そうだ。ファン様は俺たちに約束してくれた。ファン様が間違えたことがこれまであったか?」

「……だよな」

「あんたたち、別に今この場が幸せだと思うならここに移住すればいいじゃない。きっと島の住民も受け入れてくれるわよ」

「それはできない。俺たちはファン様に恩義がある。ファン様が俺たちを見捨てなかったように、俺たちもファン様を裏切るなんてことはできないのさ」

「随分温情深いのね」

「約束を守るのは本当なら当然のことなんだよ。それをする人が少ないだけでね」


 男の言葉にミリアは一応頷いた。

 そのまま会釈して席を立ち、彼女はそのまま空いた皿を回収しながら調理場へと戻った。


 調理場に戻ると、そこには現地の住民と『トウキョウ』の料理ができる人、そしてサラが忙しなく働いていた。


「お疲れ様、サラ。次はサラが給仕いく?」

「いいえ、遠慮しておくわ。私は裏方で働くのが性に合っているの。それに遠くから見ていたわよ。敵とあそこまでお話しできるのはミリアのコミュ力の高さね。それで、何かいい情報でも聞き出せたのかしら?」


 サラは興味津々といった様子で問いかける。

 彼女は知識欲が強いため、本来であれば見知らぬ土地からきた人間たちの話を聞きたいと思っている。

 しかし自分が知らない人と話すのが苦手であるのを自覚しているため、仕方なく親友からの口伝えで聞くしかないのであった。悲しい。


「軍にかんする話は聞き出せなかったわよ。ただ、ファンという男は相当信用されているようね」

「そうなの? ミリアは前に、相当横暴な人物だって教えてくれたじゃない。そんな人が信用を?」

「どうやらファンの直接の兵士たちは彼に恩義があるそうよ。向こうの土地が【闇】で侵されて、生活がままならないって話は聞くじゃない? おそらく、ファンは向こうでの救世主なんだと思うわ」

「魔王因子持ちは【闇】の瘴気の中でも活動が容易ですものね。そう言った面でも【破壊】の加護ギフトを持った彼は殊更な存在なのでしょうね」


 そこでミリアはあることを思い出し、ワンを探した。

 彼を見つけると名前を呼ぶ。

 ワンはビクっと飛び跳ねると、鉄鍋を振りながら振り向いた。


「ワン! あんたのことはそこまで信用してなかったけど、裏が取れたわ。あんたの言っていたことは正しかったわね!」

「ええ!? ミリア、さん。信用してなかった、のですか?」

「当たり前じゃない。私は一度騙されてるのよ。そう簡単に信用するわけないじゃない」

「ワンさんの言っていたことというとどのことを言っているのかしら?」

「奴らの目的よ、サラ。奴らは確かに安全な土地を求めてこちらに攻め込んできた。それは間違いないようよ。向こうも生きるために必死だってことね」


 ミリアは険しい表情をみせる。

 これまで侵略しにくる彼らのことを心のどこかで野蛮だなどと評価していたが、そうではないことを知ってしまった。

 酷い環境に生まれ、それでも心を荒ませずに倫理観を保った人間を野蛮とすることは彼女にはできなかった。


「サラ、あと数時間で酔いが回るわ。魔力の準備はいい?」

「もちろんよ。私を誰だと思っているのかしら? 私は四天王の中では最弱……だけどこれでも風王の称号をもらうくらいには魔力に自信があるわ」


 サラは余力があると言わんばかりに、【風】の加護ギフトを強める。

 厨房の火力を調整が突然狂い、鍋をふるワンたちが狼狽えた。



 *



 2時間後。

 海岸で行われていた宴会はその活気を失っていた。

 酔いが回って眠ってしまった『チャイナ』の兵士はミリアたちの想像していた以上に多く、飯に睡眠薬でも盛らないとここまではならないのではないかというほどだった。

 言葉の通じる『チャイナ』の男たちの中でたまたま、酒に強かった男と海岸を歩きながらミリアは言う。


「みんな寝ちゃったわね」

「ええ、仕方ないです。ここは危険がありませんから、みんな緊張感から解放されてるんだと思いますよ。私たちの国で、外で宴会などすれば、次の日にはモンスターの餌になっていますからね。この幸せな眠りを妨げるなんて、私にはできません」

「……そう。私たちは貴方たちに負けないわ。でも、どうにかこの土地で共存できるのならそうしたいわね。貴方たち、普通に可哀想だもの」

「そんなこと言わないでください。それを言ってしまえば、戦いにくくなるでしょう」

「そうね。それじゃおやすみなさい。貴方が最後かしら?」

「そうですね。他はもうみんな宿に戻って行きましたから」


 ミリアは再びおやすみと言って、手を振る。

 扉が閉じたところで、ミリアは踵を返す。

 そして、起きている人がいないことを確認しながら、船着場にまで向かった。


 船着場に着くと、そこには見張りの兵士はいなかった。

 先に島に到着していたリンの直接の部下たち──ワンたちが停戦状態になっていることを伝えていたからか、完全に警戒を怠っていた。

 そして先ほど言った通り、彼らはこんな安全な環境に身を置くことは生まれて初めてだった。

 そのため、まさか宴会に乗じて船が奪われるだなんて、用心深く考えるものはいなかったのである。

 サラと数十名の『トウキョウ』の兵士、そしてワンを含めたリンの兵士たちが、既に船着場に待機していた。

 彼女の到着に合わせて、彼らは全部で8隻ある船へと乗り込んだ。

 サラは足元に【風】の加護ギフトを展開し、ミリアに手を伸ばす。

 手を取り、飛び立ち、そのまま船の甲板まで降り立った。

 真っ暗で何も見えないが、行くべき方向はわかる。

 風に敏感な少女がいれば、海路に迷うことななさそうだった。


「ミリア、いくわよ。夜の海は危ないわ。何かあれば護衛頼むわよ」

「任せておいて。サラこそ、船の操縦よろしくね」


 船に乗りこみサラは加護ギフトを展開する。

 同時に8隻の操縦は並の人間では不可能だろう。

 しかし、彼女は残念ながら普通じゃない。

 常人離れした魔力量と、加護ギフトへの理解度がある彼女の力を持ってすれば、これくらいのこと朝飯前とは行かないまでもできなくはないのである。


「出発するわ」


 彼女の掛け声とともに、船が風に押されて進み出す。

 音をできるだけ立てずにひっそりと、彼らの船は船着場から姿を消した。



 *



 朝目覚めると、外が騒がしいことに男は気がついた。

 なんだと思い、まだ重い瞼を擦りながら部屋の出てみると、海岸の景色が昨日と一変していることが一目でわかった。

 昨日まであった船が、一隻残らず消えてしまったのである。


 その瞬間、男は自分が騙されたのだと察した。

 昨晩優しく自分たちに同情を示してくれた給仕の女性は、嘘をついていた。

 憤りを感じ太ももを叩く。

 部屋に一度戻り冷静さを取り戻そうとしたところで、男はテーブルに何やらメモが残されているのを発見した。


「……『ここで暮らしなさい。あんたたちはきっと受け入れられるわよ』」


 文章の書き方と実際の口調が同じだということが、なんだか可笑しくて男は笑ってしまう。

 確かに騙されたが、彼女は悪い人ではないように思えた。

 男は不思議と怒る気になれず、再びベッドに横たわった。

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魔法適性のない俺は拳で異世界を救う 長雪ぺちか @pechka_nove

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