第156話 リンは2度寝る

 ────『オオイタ』ギルド本部


 リンから取り返した『オオイタ』。

 俺たちがリンを無力化したことで住民は1人も死ぬことなく生還、また【狂化バーサーク】の後遺症等も残っていないようだった。

 今、このギルドにはもといた住民たちは1人もいない。

『トウキョウ』から出向いた王様が事情を説明し、納得したギルド長が住民に指令を出し一斉に避難してもらっている。

 突然の退去命令で反発もあるかと思ったけど、案外すんなりと避難が終わって今このギルドにいるのは俺を含めた『トウキョウ』の兵だけだ。

 水蒸気による『オオイタ』の天然防壁のあたりにゴウケンの部隊が待機していて、敵が迫り次第俺たちに連絡が入る手筈になっているのだけど、午前中は結局何も起こらなかった。


 なんというか、俺は今日敵が襲来する気がしていたんだけどな。


 時間は昼飯時。

 部隊の半数が警備を一旦離れて休憩に入ったのを見計らって、俺とアイリ、そしてゴウケンもギルドの待合室で昼食にすることにした。

 昼食はパンにレタスと肉を挟んだ簡易的なものだったけど、ゴウケンはその巨体に偽りなく食う量が半端じゃないので、もはや簡易的な食事と言えなくなっていた。


 テーブルを囲みながらそれとなく俺は話を振る。


「なあ、ゴウケン。今日敵が攻めてきそうな気がしないか?」

「はぁ? てめぇ何言ってんだ? ついに頭がおかしくなったか?」

「いやいや! そこまで言うことなくないか!? 虫の知らせというかさ、アイリの第六感的な話だよ。なんか今日来そうだなって感覚、お前にはないか?」

「ねえな。アイリはどうなんだ?」

「わたくしも何も感じませんわ」

「じゃあそいつはてめぇの勘違いだ。もういっぺん寝てこい」

「ぐっ……こいつアイリと俺とで態度が違いすぎる……」


 俺が悔しそうにしているとアイリはクスクスと笑っていた。

 まあ、俺が貶められて彼女が笑ってくれるならプラスマイナスでプラスだろう。


 とはいえ、この謎の胸のざわつきは俺だけの感覚だったらしい。

 ゴウケンはさっき寝てこいとか言ってたけど、確かに俺がこんなに敵の襲来に危機感を覚えているのは、もしかしたら今朝の夢は『チャイナ』との戦闘の夢だったのかもしれない。

 夢ってすぐに忘れちゃうけど、なんか部分的に覚えてるとかってあるよね。

 それを思い出そうとしても全然思い出せないし、それでモヤモヤしてしまうことは何度か経験ある。

 今日の俺の胸に残る違和感は、きっとそれなんだろう。


 俺が1人でそんなことを考えていると、アイリは俺を心配しながら言う。



「タケル先生はただの人間ではありませんから、何か不思議な力を感じ取っているのかもしれませんの」

「アイリ……フォローありがとう……」

「いえ、真面目な話をしているのですわ。わたくしとお父様は普通の人間ですから、魔力を感じることができますわよね? しかし、タケル先生はそれができません」

「ああ。その通りだな。俺は魔力なんて見えないし、感じることもできない」


 残念ながら、俺はこの世界からしたら異物だ。

 この世界で当たり前のように存在する魔力という存在を俺は感じることができない。

 たまに、強い魔力を行使しているときに感じることがあるけど、それは正しく魔力を感じているわけじゃなくて、魔力の濃度が高まりそれが現実世界になんかしらの影響を与えた、その影響を俺が感じ取っているだけなんだと思う。

 元の世界風にいうなら、電気が通っているのかはわからないけど、電球についた光はわかるってところだろうか。


「同じように、タケル先生にしか感じ取れない不思議な力があってもおかしくはないとわたくしは思いますの。事実、タケル先生は過去に自分の体の制御が効かなくなったことがありましたわよね? あれは間違いなくわたくしたちが感じ取れない何かがタケル先生を動かしたわけで……」

「あっ、そういえばあったね。それもここ『オオイタ』での出来事だっけ。あのときはごめんね、アイリ」

「いえ、大丈夫ですわ! 寧ろ、あの一件があったおかげで私は『第六感』という武器を手に入れたんですもの」

「おい、詳しく教えろ坊主。アイリに何したんだ?」

「えっ、普通にアイリを人質にとった危ない人の腕を吹き飛ばしただけだけど」

「そうだったのか。それはありがとなタケル」


 ゴウケンはパンに食らいつきながら頭を下げた。

 せめて食うのをやめてからにしろやめてからに。


 俺たちのやりとりを聞いた後、彼女は何か言いたげな顔をしていたが、少し思案した後に納得した様子で頷いた。

 話がいい方向に進もうとしたところで、アイリは爆弾を投下する。


「先生がわたくしの命を脅かす事態になったからこそ、わたくしは自分の力に気づきましたの。だから、先生には感謝していますわ」

「え、どういうこと!?」

「てめぇどういうことだ!?」

「いや俺が聞きたいんだが!」


 ゴウケンは俺を殴りながら問いただした。

 食べながら人を殴るのはやめろ! そもそも殴るな!


「『アンノウン』の女性に拘束された時、実は私はタケル先生の攻撃に巻き込まれるはずだったのですわ」

「そう、だったんだ……」

「謝らないでくださいですわ。結果として、私は今ここにいますし、もしあそこで私が力に目覚めていなかったら、他に大勢の犠牲が出てしまいましたもの」

「フクダの件か?」

「そうですわ、お父様。わたくしが止めていなければ、あの場でサラさんは殺害され、きっとその後お父様も危なかったところですの」

「……あの程度のヒョロジジイに俺はやられねぇよ」


 ゴウケンはそっぽを向きながらそう言った。

 おそらく自信がないのだろう。

 かく言う俺は全く勝てる気がしない。

 一回でも殺されればそれが負けだとすれば、俺は普通に負けると思う。

 フクダさんは俺がこの世界で出会った人の中でも最上級に強い人だ。

 リリやミリアのような圧倒的な魔力で敵を擦りつぶすような強さではなく、技術的な強さがある。

 師匠になって欲しいと頭を下げたいくらいだけど、今はアイリの付き人を楽しんでいるみたいだからやめておこう。


「とにかく『オオイタ』で先生がわたくしを殺そうとしたことが巡り巡って、全て良い方向に転んでいるのですわ。だから先生が気に病む必要はありませんの」

「そ、そうなの? 本当に気にしてない?」

「気にしていませんわ! 逆に、フクダさんとの戦いの中で能力に目覚めなかった可能性を考えれば命の恩人かもしれませんもの」

「そこまで言われたら、俺が根に持ってるのは失礼か。魔王戦でみんなを守ってくれてありがとな、アイリ」

「どういたしましてですわ!」


 アイリは丁寧にお辞儀をする。

 自慢気な娘の姿を見て、ゴウケンもどこか誇らし気だった。

 昼食に戻ろうかと言うところで、彼が再び話を掘り返した。


「それで坊主、お前の勘とやらは何か根拠があるのか?」

「お、話を聞く気になったかゴウケン。それが特に根拠もないんだよ。たぶん、今朝夢でみたとかそういう類のものだと思う」

「夢、ですか? まさか他人の夢に入り込む加護ギフトなどがあるのでしょうか……? お父様、そのような加護ギフトはご存知ですか?」

「いや、俺はしらねぇな。帰ったら図書館で調べてみるか」

「それが良さそうですわ! お父様と一緒に出かけますの」

「でへへ……照れるじゃねぇか」

「おいキャラが変わってるぞ。夢に入り込む加護ギフトか……もしあるとしたらそれは敵なのか味方なのか……」


 夢の中に入り込む能力とかはアニメとかでよく出てくる定番な能力だと思う。

 実際この世界にあるかは知らないけど、あったとしたら少し夢があるなぁと思う。夢だけに。

 俺のダジャレはさておき、俺の疑問にゴウケンが答えた。


「仮にそんなメルヘンな加護ギフトがあったとしたらよぉ、そいつぁ絶対味方だぜ? 丁寧に夢にまで忍び込んで何かを伝えようとしてんだろ?」

「あ、確かに。敵だったら俺に夢で助言なんてしないよな。ゴウケンにしてはまともな意見だと思う」

「俺をなんだと思ってんだ小僧。だから、重要なのは誰が見せたか、じゃねえ。その夢とやらで俺たちが敵の襲来に勝利しているかどうかだ。で、どっちだったんだ?」

「いやぁ、それが覚えてないんだよ。そもそも夢だったのかも怪しいし、でも敵が来たときのシーンが記憶の片隅にいるだけだしな」


 思い出そうとしても帰って記憶の奥底に行ってしまうそれを俺はなんとか呼び起こそうとするが、当然失敗する。

 答えが見つからない中、ギルドの2階から扉の開く音がした。

 そして、のっそりと髪の長い少女が2階の手すりから顔を出した。

 たくさん寝たというのに目の下にクマのある陰気な少女──【狂化】の魔人リンだった。


「キミのみた夢はきっといい夢……だよ? 悪い夢なら……覚えてるはず」

「あ、リン。おはよう。確かにそうかもしれないな」

「にへへ……夢のことなら、お昼寝マスターに任せて」

「……頼りになるよ。ありがとう」

「どういたしまして。それじゃあ……もう一眠りしてきます」

「お、おう。おやすみ」


 なんて生活リズムなんだ……魔人恐るべし……

 俺はそそくさと部屋に戻っていくリンに手を振った。

 とにかく、リンが言うには俺がみたかもしれない夢はきっといい夢だとのこと。

 確かに、夢の中で俺たちが全滅なんてしてたら流石に覚えていそうだよね。


「おい坊主。例の魔人とやらは本当に使い物になるのか? あいつずっと寝てるじゃねえか」

「戦力になるかどうかって話なら、絶対大丈夫だと思うぞ。というか、俺たちの中で1番活躍するのはリンで間違いない。王様は意識して『オオイタ』の配置を俺、アイリ、ゴウケン、リンに……いやもっと直接的に言えば、ミリアとリンを別の場所に配置したのかは知らないけど、それは正解だと思ってる」

「先生? それはどのような理由があって……」

「単純な話だよ。攻撃範囲の話。俺たち3人は近接格闘専門だから同時に対処できる敵の数が少ない。でもリンは一度に大量の相手をできる」


 彼女はもともと1人で『オオイタ』全域を壊滅させた過去がある。

 あのとき、俺たちがリンを倒すのが少しでも遅れていたら完全に取り返しがつかなくなっていただろう。

 とにかく、リンの加護ギフトは広範囲に攻撃できるのは間違いない。

 不可避の輝剣クラウ・ソラスを持つミリアがそうであるように、やっぱり範囲攻撃もちは強いよね。


「俺だって複数人相手くれぇ……と言いてぇところだけどよ。素手と加護ギフトじゃあ比較にならねぇな。」

「そういうことでしたの! そう考えれば、リンさんが活躍するのは必然ですわね!」

「へへ……ちびっこ……ありがと」

「リンさん!? 起きてましたの!?」

「……おやすみって言った後も起きてるのが……私の流儀」


 リンはひょこっと首を出すと、すぐに引っ込めて部屋に戻った。

 もぐらたたきかな?

 リンはさておき、昼食時間がそろそろ終わりに差し掛かっていた。


 いまだに敵は現れていないけど、もしかしたら俺の勘通り今日来るかもしれない。

 いつくるかわからない敵襲に備えて、俺は昼食のパンを口に頬張るのだった。

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