第155話 クレハの裏切り

 ミリアたちは五島列島に到着した後、駐屯している『チャイナ』の兵士との接触を図った。

 意外なことに『チャイナ』の兵の中にミリアの知り合い──ワンという『ウツノミヤ』との関わりの強い人物がいた。

 ワンが言うに、どうやら『チャイナ』は一枚岩ではないようで、『トウキョウ』側についた四魔人の1人であるリンの部隊がこの五島列島で『チャイナ』の軍の船を管理している模様。

 ワンを懐柔したことで話はスムーズに進み、ミリアたちは『チャイナ』の援軍が来る島の西側の船着場に来ていた。


 西側の船着場は、彼女たちが来た東側と同じように沿岸部に沿って居住区が作られており、特に代わり映えのない漁師町が広がっていた。


 ただ違いがあるとすれば、船着場の舟の数である。


 東側では船着場に停まっていても精々2隻であったが、西側では6隻以上が停まっている。

 それだけ活発に『チャイナ』の援軍が来ているというわけであろう。

 船着場に止まっているチャイナの船を眺めながら、ミリアは口を開く。


「結構な数が来ているわね。リンの下についている兵はどれくらいいるのかしら」

「ワンという男の話を信じるならば、およそ30人ね。つまり、ここにいる人たちの大半は敵よ」


 船から積み荷を下ろす人たちをざっと数えてサラはいう。

 目測で500名は上回る人数が西側の船着場で忙しなく働いていた。


「となると、数が多いわね。不可避の輝剣クラウ・ソラスで吹き飛ばすのが得策かしら?」

「いえ、それは最終手段にしてちょうだい。『チャイナ』の船を私たちが奪い取り、すでに上陸した『チャイナ』に奇襲をかける作戦だったでしょう?」

「そういえば誰かがそんなゲスい作戦考えたわね」

「考えたのはミリアよ」


 冷静にツッコミを入れるサラ。

 ミリアは例の作戦を立てた後、タケルたちにそのことをいじられたためできれば忘れたかったが、どうやらそうはさせてもらえないらしい。


「さておき、本当にどう攻略したらいいものかしらね。ミリアの作戦は確かに人道に反してはいるものの、有効な作戦だと私は思うわ。だから、できれば船は無傷で制圧をしたい」

「とはいっても、この数の相手を倒すためには広範囲の攻撃が必要になってくるわよね。つまり、不可避の輝剣クラウ・ソラスを使うしかない。だけど、それを使ってしまえば船が無事である保証がない……これは難解だわ」


 船を奪わなくていいのであれば、確かに今すぐにでもミリアが船もろとも海岸を更地にすることが可能であろうに、それができないとなれば悩むのも必然である。

 少女たちはウンウンと唸りながら、面前の敵をどのように対処すればいいのかを考えていた。


「因みに、サラの宝具で拘束できる人数の上限ってあるのかしら?」

群れを食う手枷グレイプニルのことね。あれの複製能力は使用者の魔力量に依存しているから、私であればおよそ1000人分の拘束具を作成できるわ」

「つまりここにいる全員の拘束は十分可能ということね。となると、最悪倒さずに拘束というても取れるわね」

「薬でも盛りましょうか? そんなもの持ち合わせてないけど」


 サラは手のひらを見せてそう言う。

 自虐的にいったサラだったが、ミリアは表情を明るくして手を叩いた。


「それよ! 眠らせてしまえば、戦うまでもなく制圧可能じゃない!」

「でもミリア、その睡眠薬がこの場にはないのよ?」

「問題ないわ。薬の代わりに……あれを使うのよ!」


 ミリアの金色の髪がふわりと揺れ、サラの耳に口元を寄せる。

 彼女の考えを聞いたサラは納得した様子で相槌を打った。


「なるほど、それならこの場にもたんまりあるわね。漁師町とそれは切っても切り離せない関係にあるもの」

「ここの住民が『チャイナ』と友好的な立ち位置にいるのも大きいわ。これなら疑われる心配もない」


 ミリアは目の前に広がる『チャイナ』の援軍を見渡し言う。


「やるわよサラ。今夜は宴会よ! ミリア様の料理をたんまり振る舞ってやろうじゃない!」



 *



 怪しげに蠢いていた死体たちは、その動きを一斉に止める。

 先ほどまで騒がしかったのが嘘のように、『ミフネ』に静寂が訪れた。

 彼女は首を刎ねられた四魔人──シアンを見下ろし、死後も握ったままの拳銃型の武器を奪い取った。

 広域に展開された銀の杖──擬似・雷霆の鉄杖ケラウノス・レプリカを回収しながらオカザキクレハは、白髪の女に背を向けて遠ざかる。


 馬車で待機している『トウキョウ』の兵士の元へ戻ろうとしたところで、彼女の胸がざわついた。

 少女は強い。

 彼女が怯えることなど、余程のことでない限りないはずであるが、彼女は次の一歩が出なくなっていた。

北方より来たる神群の権能トゥアハ・デ・ダナン】を展開したミリア、不条理へ至る銀鍵レーヴァテインを最終解放したシャーリー、死後その体を再生させるタケル……そのクラスの化け物でなければ彼女の心を揺るがすことは敵わない。

 そして、そのレベルの化け物が『チャイナ』にもいた。


 両手を赤く染めた筋肉隆々の刺青の男──ファンが馬車から単身で歩いて来ていた。

 瞬間、クレハの脳内では様々な要因の精査に入る。

 何故彼がここにいるのか、彼に勝つことができるのか、少ない時間で少ない情報で彼女は考えた。


「カッカッカッ! シアンのやつ死にやがった! ゴミはゴミらしく俺様にしたがっていればよかったものの!」


 ファンは彼女の背後に倒れている首のない死体と、その頭部を見てそういった。

 自覚はなかったが、クレハはそこで自分が数秒固まっていたことを知る。


「いやはやお見事だ、『トウキョウ』の暗殺者よ! 俺の兵が皆殺しになったと聞いた時には思わずその体たらくに失望したが、貴様のような女が相手では仕方があるまいな」

「それって褒めてるの? ありがとうって言った方がいいかな?」

「俺様を前にしてその強気の姿勢、ますます気に入ったぞ! 貴様、俺様の愛人になれ」


 ストレートなその言葉に、クレハは難色を示した。

 彼女は決してその要求を飲めないが、飲まなければ先がない。

 そして、相手が悪い。

 相手は絶対的な暴力を手にしながら、口論においても隙がない。

 例え彼を騙そうとしても、彼が持つ『嘘を見抜く加護ギフト』によってそれを看破されてしまうからである。

 そのため、彼女が生き残るためには最大限……仲間を裏切るほかなかった。


「ごめんね、それはできないや。他に好きな人がいるの」

「……カッカッカッ! 貴様本当に立場を弁えていないようだな!」

「いやいや、十分弁えているよ。私はここで死ぬか、貴方の愛人になるかの二択って話でしょう? でも、『それをするなら死んだほうがましだ』ってものがやっぱり人間あるじゃん? だから、精一杯交渉して、どうにか生かしてもらえる道筋を模索してるんだって」

「貴様、この俺様と交渉をするつもりか! 馬鹿な女め、少しは認めてやろうかと思ったが、貴様はやはりゴミ同然だったようだな! 興味が失せ……」

「『嘘が見破れるから交渉なんて真似はよせ』ってことが言いたいんだよね」


 右手に力を蓄えていたファンは、少女の言葉を聞きそれを解く。

 図星だった。

 彼が他人の思惑を看破することがあっても、他人から思惑を看破されることは少ない。

 だからこそ、少女のその無謀な話に興味が湧いてしまったのだ。



「貴様その話をどこで」

「そっちの国にいたリンって子がいたでしょう? その子に教えてもらったんだ」

「あの女め、完全に『トウキョウ』についたということか! ……まあいい、あいつは俺様の脅威にはなりえない。それで、貴様は俺様にどのように交渉を持ちかけるつもりだ? 生半可な情報では俺様は動かんぞ」


 交渉に乗ってきたファンに、ひとまず安堵する表情を浮かべるクレハ。

 一呼吸おいて続けた。


「さっき言ってた、貴方の脅威の話だよ。私は貴方の脅威になりうる人を知っている。先の接触で、貴方も薄々気づいていたんじゃない?」

「俺様の脅威だと……? それは鍵のことか?」

「鍵? それは知らないけど、タケルくんだよ。ほら『オオイタ』で殴られたでしょ?」


 ファンは記憶を辿る。

 彼は自身の加護ギフトの特殊な事情で記憶に関して慎重になっていた。

 十分な確信を持った後、タケルという人物が過去自分を殺害した人物であることを思い出した。


「あの小僧か。あの程度が俺様の脅威になるなど……」

「あの人は原初の魔法使い。この世界のじゃなくて、異世界の」

「っ!?」


 ファンは少女の言葉に驚きを隠せなかった。

 先ほどから嘘かどうかの判定は続けている。

 彼の加護ギフトは、目の前の黒髪少女の言葉が真実であることを告げていた。


 ファンは既に少女のいやらしい身体以上に、彼女のもたらす情報に対して関心を持っていた。

 自分の脅威であるかはさておき、彼は『原初の魔法使い』という存在そのものを見逃すことができない。


「興味を持ってくれたようで嬉しいよ。私から提供するのは、タケルくんの能力とその対処方法、そしてタケルくんとの戦いのときに私が貴方に力を貸す。それでどうかな? その情報はもちろん嘘じゃないし、嘘だとしても貴方は看破できる」

「俺様に力を貸すだと? まさか俺様の力を疑っているなどと言うつもりではなかろうな」

「いやいや、貴方が強いのは十分知ってるよ。でも、第三者から見てタケルくんの方が強いと思うからさ。まさか、音速の何倍も上回る速度を出す相手に貴方は勝てるの? もしかすると、今じゃ強くなって光速まで達してるかもしれないし、もしそうだったら勝ち目はないよね」


 少女の語る荒唐無稽な話は全てが真実であった。

 ファンは音速を超えた人間の一撃を受けたことがない。

 しかし、同程度の速度を持つ武器──銃がどれほど強力であるのかを知っている。

 人間大の物質が音速の何倍もの速度で迫ってくるのであれば、身体強化で強化したところで流石に死を免れないだろう。

 ファンは横暴な態度とは裏腹にかなり慎重な男である。

 負ける可能性があるのであれば、それを潰すのが彼の性格であった。

 しかし、それでも彼には疑問が残る。


「貴様が何の役に立つというのだ。タケルという小僧が化け物だとして、貴様ならその化け物に勝てると言うのか?」

「いやいや、私は勝てないよ。飽くまで、勝つのは貴方。私、こう見えてサポーターなんだよ」


 ファンは彼女の言葉が理解できていなかった。

 目の前の女は自身の兵士を何千人と殺してきた強者である。

 それが自身を支援職であると語っているのだ。

 そんなもの納得がいくわけがない。


「それと分かっていると思うけど、私が貴方に手を貸す理由はそうすることで私を生かしておく必要があるから。タケルくんの情報だけ聞き出して殺されたら私も困るからね」

「ハッ! 抜かりのない女め。貴様の思惑など、俺様が気づかないわけがないだろう」

「話が早くて助かるよ。じゃあ、私がサポーターだって証明するね」


 半信半疑の目を向けるファンに向かって、クレハは愛のない告白をした。


「貴方が好き」


 立場上、ファンは女から好意を伝えられることが多い。

 それが偽りの愛の告白であることをファンは毎度加護ギフトによって見抜いてきたが、少女がする告白はこれまで聞かされてきたどの「好き」よりも清々しいほどに愛がこもっていなかった。

 それが少しおかしく、思わずファンは笑みをこぼしてしまっていた。


「『私の彼は理想の彼氏。その身は硬く、何物も通さない』ちょっとそこで立っててよ。身体強化はかけないでね。……あ、そっか。こう言えばいいかな? 絶対大丈夫だから安心してね」


 ファンは彼女の言葉がどれも真実であることを理解する。

 それと同時に、彼女が既に己の加護ギフト──【真実の言葉トゥルーアンサー】を使い信用を勝ち取っていることに少し面白さを感じていた。


 少女はポケットから取り出したナイフを刀へと変形させる。

 そして低空姿勢のまま、その刀をファンの腹へと突き刺した。

 ファンは身体強化をかけていないというのに、刀は謎の力で肉体への侵入を拒まれていた。


 不思議な感覚に彼は再び面白さが込み上げてきた。

 オカザキクレハという少女は面白い。ファンはもう完全に少女に魅了されていた。


 立て続けに少女は詠唱する。


「『私の彼は理想の彼氏。その拳は、岩をも砕く』次は適当に地面でも殴ってみて。威力がアップしているはずだよ」


「ほう」


 いわれるままに、ファンは大地に向けて正拳突きを入れる。

 すると、拳が地面に当たった瞬間に大地が砕けた。

 ドンッと大きな音を立て砂煙が舞い、ファンを中心に岩盤が捲れ上がった。


 これまで感じたことのない力の高まりにファンはニヤケが止まらなかった。

 これに己の加護ギフトが組み合わされば一体どこまでの力が出せるのか、好奇心を抑えることができなかった。


「貴様、少し離れていろ。少し……本気を出すッ……!」


 クレハが下がったのを見計らい、ファンは【身体強化】で拳を強化した後、虚空を殴りつけた。

 拳の圧だけで暴風が巻き上がる。

 その暴風は『ミフネ』の民家へと直撃し、一瞬で家屋の大半を吹き飛ばしてしまった。

【風】の加護ギフトを持つ人間であってもここまでの威力は難しいであろうという威力を拳一つで出せてしまった事実に、笑いが止まらない。


「ハッ! ハッハッハッ!!!! 貴様! 本当に支援職だったか! それも一級品だ! 俺様の兵士たちでも貴様ほどの支援を行える人間はいないぞ!」

「あはは、お褒めに預かり光栄ですファン様、とでも言っておこうかな。とにかく、私の力を信用してくれたようで嬉しいよ」

「俺様は他人を認めない。だが、貴様はわずかながら魅力がある。名前を言え」

「私はクレハ。オカザキクレハ。貴方はこの戦の最後に絶対タケルくんの前に立ちはだかる。そのときまで私の命はよろしくね」

「カッカッカッ! 良いだろう! オカザキクレハ、貴様の命は預かっておく」


 ファンはそういうと踵を返す。

 クレハは自分よりも幾分背丈の高いその男の後ろについていった。


「オカザキクレハ、俺様は慎重だ。慎重ゆえに、これを聞いておかなければならない。貴様、原初の魔法使いとの戦いの直前に俺様を裏切るなど考えてはいないだろうな」

「うーん、それは解答に困るかも。もちろん、裏切りたいよ。でも、裏切ったら私は殺されちゃうわけだし、それなら私は裏切らない。それじゃ信用ならない?」


 ファンは少女の言葉を精査していた。

 真実の言葉は、少女のいう「裏切りたい」が真実であることを告げていた。

 しかし、続いていわれる「殺されるくらいなら裏切らない」が真実であることも確かであった。

 判断に困った彼を見透かしてか、少女は言葉を重ねた。


「じゃあここまで言った方が良いかな。私は貴方に力を貸すけど、その上でタケルくんは貴方に勝つと思ってる。だから、あなたに力を貸したところで問題ない」

「貴様、それは本気で言っているのか……っと、本気だな。その根拠はどこにある」

「根拠なんてないよ。ただ、信じているだけ。私はタケルくんのことが好きだからさ」


 少女が潔くそう言った。

 根拠のない信頼……つまりそれは友情や愛情がタケルとクレハの間にあることを示している。

 そうであれば、ファンとしても最悪彼女を人質にする選択を取れる。

 不安は残るが、十分手を組んでメリットのある相手であることを完全に理解した。


「カッカッカッ! だが俺様は勝つぞ! そのタケルとやらに。俺様の拳で、小僧を完膚なきまでに粉砕してやろう!」

「そのときはそのときだね。まあ、私の能力でタケルくんが死ぬならまだ良い結末だって思うし」

「オカザキクレハ……貴様相当歪んでいるな」

「純情だっていってよ」


 2人は迎えに来た『チャイナ』の馬車に乗ると、颯爽と『ミフネ』を後にするのだった。

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