第154話 出会って即寝返り

 ミリアとサラは、船酔いという多少のアクシデントはあったものの、なんとか戻すこともなく無事に五島列島へと到着した。

 島の沿岸部に沿って風通しの良さそうな民家が広がっており、この島では沿岸部を中心としたコミュニティ形成がなされていることがうかがえる。


 船から降りると、ミリアとサラは船着場で待っていた『トウキョウ』の兵に気付いた。

 作戦開始前から兵をいくらか忍ばせていたことは『トウキョウ』でもごく一部の人間しかいない。

 サラは聞かされていない側の人であったが、おおよその概要は後に王様から知ることになる。

 兵士は彼女たちに近寄ると一礼して出迎える。


「お待ちしておりました、サラお嬢様!」

「貴方ゴウケンの部隊ね。とりあえず殴るわ。さあ、本拠地まで案内しなさい」

「ありがとうございます!」


 サラについてどのように聞かされているのか、兵士はサラの拳を甘んじて受け入れていた。

 突然行われたSMプレイについていけてないミリアに、サラは状況の説明を行った。


「ミリア、この島の集落はあらかじめ少数先鋭の兵士が護衛に入っていたのよ。幸い『チャイナ』とは一度も衝突をしていないと私は聞いているわ」


 歩きながら彼女は住民に手を振った。

 ここの島の人は穏やかな性格の者が多く、このように余所者に対する危機感というものが足りていないようだった。


『トウキョウ』の兵たちが駐屯する本拠地へと移動する2人。

 しかし連れてこられたのは、海辺に乱立する民家の一軒であった。

 入り口の扉は開きっぱなしで、あまりの無用心さにミリアとサラは互いに顔を見合わせた。


「本当にここなのよね、サラ? 王様からは何も聞かされてないの?」

「ええ、私は何も。ただウチの兵が案内しているのだから間違いはないのでしょうけど……」


 恐る恐る建物の中に入って見ると、中にはアジトらしい張り詰めた空間が……広がっているわけでもなく、ただ普通の民家であった。

 唖然とする彼女たちにここまで案内してきた兵が口を開く。


「ワタナベさんの家を借りてるんです。家事手伝いを条件に」

「それは誰かしら?」

「この家の持ち主です」

「……そ、そう。特別な待遇とかは受けられなかったのかしら。仮にも敵国に攻め込まれているのだけど」

「それは無理ですね。ここでは『チャイナ』を敵だと思っている人はいませんし、それに『チャイナ』の人たちもここの人たちに厄介になってるみたいですから」


 再び彼女たちは顔を見合わす。

 見かねた兵はワタナベさんの家、もとい五島列島『トウキョウ』本拠地から出ると、5軒先にある民家へと案内した。


「ここです。『チャイナ』の人たちはタグチさんにお世話になってるみたいですね」

「タグチさんというのは?」

「この家の持ち主ですね。村長でもあります」

「あ、あらそう。聞いてもない情報までありがとう」

「ついでに言いますと、村というのはですね。ここでの集団の呼称です。五島村という呼称で自分たちを呼んでいるそうです」


 本土での文化が浸透していない事実に少し興味を持ったのか、若干サラの表情から怒りが抜ける。

 どうやらこの土地では『トウキョウ』の常識というものが通用しないことを2人は理解した。


「とりあえず、入りましょうか。ただ、敵陣に斬り込むというのに、この緊張感のなさでいいのかしら」

「いいんじゃない? 私から入るわ。サラは後ろから、何かあった時ようにいつでも加護ギフトを発動できる用意をしておいて」


 彼女は同意し、右手で小さく魔法陣を展開する。

 いつでも【風】で迎撃できる準備はできた。

 最高の警戒体勢で中に踏み込むと、ミリアは驚嘆する。


「お邪魔するわよ…………って、アンタは!」

「はいはい、どなた様、ですか…………アナタは」

「ミリア、この人と知り合い?」

「ええ。前に『オオイタ』に旅行に行った時に転移の加護ギフトを使ってくれた人よ──名前はワン」

「その節は、お世話に、なりました」


 背が低く、丸顔で平べったい顔をした男性──ワンはそう言って頭を下げる。


「ミリアさんは、どうして、ここに?」

「それはこっちのセリフよ! あんた、『チャイナ』の人間だったのね。『ウツノミヤ』から『アンノウン』の奴らが流れてきたと思ったらそういう……ぶっ殺すわ」

「ちょっと、待って、ください!」


『チャイナ』の刺客は彼女が剣を抜いたのをみて、慌てた様子でそれを止める。

 彼女が今抜いたのは疾風迅雷の細剣ブリューナグ

 要注意人物である魔法少女リリの戦闘を観ていたワンは、その際ミリアが使用していたこの武器を知っている。そしてその危険性も。


「交渉を、しましょう」

「アナタ自分の立場が分かって物を言っているのかしら? 余計なことを言えば腕の一本や二本、すぐに飛ばしてあげるわよ」

「ここは交渉を受けるべきだわ」

「サラ? 貴方どうして」

「私たちには重要な情報が欠けているからよ」


 荒っぽい金髪お嬢様の矛先から逃れたワンはホッと胸を撫で下ろした。


「ミリア、貴方は聞かされているかしら?」

「……何の話よ」

「何故『チャイナ』が『トウキョウ』を狙っているのかについてよ」

「何故って、それは……1番この大陸で大きい国がそこだってだけでしょう」

「それは確実に違うと断言できるわ。ただ、国同士の力比べがしてくて、わざわざ海を渡ってくるなんて馬鹿な話はないでしょう? ねえ、ワンさん?」

「さて、それは、どうでしょう」


 ワンはとぼけた様子でそう返す。

 彼女の話に乗る気であるのは明白であった。


「先に行っておくわ。私には仮説がある。それは『チャイナ』の大移住よ。貴方たちはこちらの大陸の人間を1人残らず排除し、国民一斉に移住を考えている。だからこそ、最大の障壁である『トウキョウ』を貴方たちは狙っているのよ。『チャイナ』に関する文献は少ないわ。ただ、昔からそこはモンスターのレベルは高く、生存が困難な土地であることは知られているもの。移住を考えるのは当然のこと」

「…………それで」

「そこでこちらから提案よ。ワンさん、私たちに情報を渡しなさい。そうすれば、貴方とその家族も含め、この世界で最も安全な場所である『トウキョウ』での永住を許可するわ」

「話して、私が殺されない、という保証は」

「それはないわ。だけど、貴方はこの話に絶対に乗ってくる。鏡で顔をみてごらんなさい。貴方は決して義理深い人間ではないわ」


 彼女に指摘され、彼は表情を引き締める。

 無意識に彼は汚らしい笑みを浮かべていた。


「因みに、今の貴方の反応から、このままいけば『トウキョウ』が勝つことは間違いなさそうね」

「……そ、それはどうして」

「だって私からの提案は『トウキョウ』が勝利すること前提での話・・・・・・・・・・・・・・・・・だもの。その確信がなければ、自分だけが助かるだなんて表情出さないわ」


 彼は何も言い返すことができなかった。

 すでに情報を漏らしてしまったも同然の彼は力なく頭を垂れた。


「安心しなさい。私はこの子みたいに荒っぽくないわ。ただ知ることに興味があるだけ」

「そのよう、ですね」

「私は荒っぽいって言いたいのかしら?」


 ポキポキとミリアは指を鳴らす。

 そういうところが荒っぽいというのだ。


「とにかく、交渉成立ね。ワンさん、先ほど述べた私の仮説の真偽について聞きたいわ」

「分かりました。ほとんど、正解です。私たちは、こっちの大陸に、移住しに来ました。『トウキョウ』を狙う理由も、合っています。1番強い国に勝てれば、支配したも、同然です。しかし」

「しかし?」

「大移住、というのは、間違って、います。私たちは、国から選ばれた、者たちだからです。数にして、およそ100万人、と言ったところ、でしょうか」


 区切りの多い片言言葉で彼はそう言う。

 100万の集団といえば、この世界ではかなりの規模だ。

 小さなギルドでは3桁台。

 国と呼ばれるレベルになるには少なくとも5万以上は必要。

『トウキョウ』ですら200万人ほどの規模なのである。


 数の多さを知り、サラは驚愕し、しかし同時にある違和感を感じていた。

 それはミリアも同様だったらしい


「ミリア、気付いたかしら?」

「ええ、その規模であれば、キュウシュウを支配するだけで事足りるわ。『トウキョウ』に戦いを挑む理由がないわ」

「私も、同意見です。近場を侵略すれば、いいだけの話だと、私も思います。『オオイタ』いい場所です」

「貴方の国ことでしょう。どうして自国の作戦に疑問持ってるのかしら?」

「我々も、一枚岩ではない、ので」

「ふーん、派閥があるのね。それについて教えなさい」

「は、はい。大きく分けて、2つあります。親魔派と討魔派、です。前者は魔王を慕い、後者は魔王の排斥を掲げます」


 ワンはそう言うと、手元にあった画鋲を机に4つ刺した。

 その画鋲を2つずつに分けて、その間に彼は手を置いて仕切った。


「シアン様と、リン様は、親魔派です。ファン様と、ヤン様は、討魔派です。魔人の中でも、派閥が、異なります」

「貴方は何派なのかしら」

「親魔派です。リン様の、部下ですので」

「はあ? あんたリンの部下なの!? だったら話が早いじゃない!」


 ミリアはすぐにサラに投影を頼む。

 サラは最近リンたちと会議を行ったときの映像を【記憶メモリー】で投影した。

 言葉だけでは疑っていた彼も、映像を見せられては信じるしかない。

 完全に寝返ったワンはペラペラと内部事情を話した。


「リン様、『トウキョウ』についたの、ですね。なら、私たちが、ここを見張る役目も、放棄していい」

「私たち? まさか五島列島に駐屯しているのはリンの派閥なのかしら?」

「はい。リン様の派閥は、あまり戦闘に、向いていません、ので見張りをしています。私も、転移くらいで戦闘はからっきし、です。みんな、リン様が可愛いので、下についています。私も一緒に、お昼寝したい。男の下につくのは、ホモのすることです」

「あんた結構酷いわね。とにかく『何故トウキョウを狙うのか』はあんた達の親玉であるファンとかいう男が握っている。そして、あんたはファンと違う派閥だからそれを知らないってことね」

「その通り、です」


 これ以上話しても彼から謎の真相を掴めるとは思えない。

 なんとも運が良くあっけない幕引きとなったが、リンが『トウキョウ』についたことにより、自動的に五島列島を押さえることができてしまった。

 戦わずしての勝利はミリアにとって少し物足りなさがあったのか、肩をぐるぐると回して退屈を凌いでいた。


「これは個人的に興味のあることなのだけど、聞いてもいいかしら?」

「ええ、何でも聞いてください。打倒『チャイナ』です」

「あんた本当にいい性格してるわね」

「私もそう思うわ。以前、『アンノウン』の人間が鉄の弾を射出する武器……銃を使っていたという情報を耳にしたわ。それについて、貴方は何か知っているかしら?」

「銃、ですね。ここにも、ありますよ」


 ワンはそう言うと、机の引き出しから黒い拳銃を取り出した。

 噂に聞いていたものと、と言うよりも漫画で知り得た情報通りのそのフォルムにサラは目を輝かせた。


「これね! 本当にあるなんて感動だわ! これもらって良いかしら?」

「え、ええ。自衛用でしたが、ミリアさんたちが、守ってくれる、ので」

「ワンさん、ありがとう。話を聞いた日からずっと欲しかったのよ。カッコいいわね」

「そういうのが趣味なのサラ? 作るのに相当な技術が必要そうに見えるのだけど、すごい技術者がいたものね」

「そう、ですね。ファン様の派閥は、謎が、多いです。製造工場は、ファン様の管轄、ですから」

「そのファンという男が全ての謎を握っているのは間違いなさそうね。これは、死ぬ気で戦うしかないわね」


 サラは上機嫌にそういう。


 ワンは早速、同じく親魔派の仲間たちに事情を話すべく、島の反対側の船着場へと向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る