第153話 クレハ vs. シアン【その2】


 銃を乱射しつつ、嬉々とした表情を浮かべて白髪の女は叫ぶ。


「踊れ踊れぇ! 私の意のままに、生き、そして死ねぇ!!!!」


 その言葉に呼応し、数十人の屍たちが一斉に襲いかかる。

 その一人一人が痛みを──既に何も感じることのない凍えた体となった者たちであり、攻撃に一切の躊躇がなかった。


 そんな彼らを、少女は同様に一切の躊躇なく切り捨てる。

 刀で三度切ってはその形態を変え鎌へ。

 鎌で三度切ってはその携帯を変え双剣へ。

 血糊で切れ味を落とす狙いを持ったシアンの攻めを、彼女は鍛治師としての加護ギフトで無力化した。


 迫りくる死体の波が収まったのを見計らい、クレハは退屈そうに言う。


「こんな雑魚、いくら仕向けても無駄だよ。さっさと一対一で勝負しようよ。早くあなたの武器が欲しいんだけど」

「おいおい、私には興味なしってことかぁー? そんなツレナイコト言うなって! そんなに興味があるなら後で使わせてやるよ。私の玩具になってからさぁあああ!!!!」


 死体の波が更に強まる。

 頭部を落としても動き回るその傀儡たちに、クレハは攻めあぐねていた。

 例えここの力が弱くとも、圧倒的人数差を前に、体力の問題もある。


 本来近接戦闘を得意とする者にとって集団を相手にすることは不得手であるが、彼女はただの剣士ではない。


 コンコン、踵が鳴った。


 突如地面から突き出した刃物たちが、次々と死人を串刺しにされていく。

 初めてみるその異様な光景に、シアンの胸は躍った。


「すっごいなぁ! それが噂の串刺しか! 聞いてたより随分派手じゃん!」

「どれだけ私の情報出回ってるのさ。じゃあこれはどうかなッ!」


 彼女の武器が鎌へと変形。そしてそのまま鎌をシアンへと投擲した。

 単純な攻撃に欠伸が出そうになる。

 首をかしげて最小限のアクションで彼女の攻撃をかわすとカウンターとばかりに銃を構えた──しかしすぐにその行動をキャンセルする。


 首筋にチクリとした痛みが走り、銃身で首を庇いながら痛みの方向と逆側へと身体をグルリと回転させた。

 ギリギリのところでかわしたが、首筋から血が垂れた。

 血を舐めると彼女はニヤリと笑った。


「おいおい、もう終わらせるつもりかよぉ! もうちょっと遊ぼうってばさ!」


 今の攻撃で終わらせようと考えていたクレハは、泣く泣く金属の糸が繋がった鎌を【鍛治】によって手元に回収した。

 クレハの刀は大きく5つの形態があるが、今のはその形態に少し捻りを加えたものである。

 対面のシアンが糸を使うという情報から彼女はその真似を一発で成功させた。


「こっちはそんなに遊ぶ気ないんだってば。さっさと終わりにするよ!」


 突如、彼女の速度が上がる。

 死体たちをいなしていた双剣は盾の形態をとっており、それを前に構えての低空飛行。

 それはまるで巨大な砲弾の如き破壊力を持って、クズたちを蹴散らしていった。


 砲弾は直線的にシアンへと向かう。

 彼女とて本土においては魔人として恐れられる強者だ。

 そんな攻撃当たるわけがない。

 当たらないどころか、迫りくる攻撃の弱点を瞬時に見抜いていた。


 シアンはサイドステップで弾の横へと回り込み、そして銃を構えた。

 いや、正確には銃を構えようとした。

 彼女の常軌を逸した反応速度が瞬時に行動を変化させる。


 縦に隠れた双剣の1本が己がはらわたをえぐろうとするのを察知し、すぐさま真横へと飛ぶ。


 しかし、仕掛けた黒髪少女はその一枚上手であった。

 射程が足りないのを判断すると、双剣は長刀へと変化。

 片手は既に盾で塞がれている。

 長物を片手で振れるほどの筋力を持ち合わせていない彼女であったが、【鍛治スミス】で生成した鉄の棍の勢いで撃ち出された速度があれば、例え触れずとも置くだけで十分に破壊力のある一撃となるのだ。


 不可避の一撃がシアンを襲い、しかし当たる直前に彼女はニヤリと笑った。


 ジジッ!と音が鳴り、それと同時に爆発が起きる。


 気づけば攻撃したはずのクレハの体は吹き飛ばされ、住民のいない民家へ直撃する。

 民家は倒壊し、木材が少女を生き埋めにした。


「危ない、危ない……でもざーんねんでした! 私に剣は通じない! なあ、これで終わりじゃないよなぁ! なぁ! もっと私と遊ぼうよ! オカザキクレハ!!」


 白髪少女は銃を腰のホルダーへと戻すと、彼女が埋まっている場所へと掌をかざす。

 そして、青白く光る雷を無慈悲にとどめを刺しにかかった。


 威力は十分。

 木材が粉微塵になるほどの威力を持った、魔神の雷は周囲2、3軒の家屋を巻き込んで破裂した。


 粉塵が舞う。

 興奮した彼女は高らかに笑い声をあげるが、ひとしきりそうした後、急に虚無感に襲われ感情をなくす。

 せっかく見つけた理解者が、あまりに呆気なく死んでしまったのだ。


 退屈になった彼女は手短な死体の首をはねてみるが、それでもその心に開いた穴は埋まらない。


「はあ……やることやったし、帰るか。期待外れだったよ」


 そう捨て台詞を残し、仕事を終えた彼女が踵を返したその時だ。

 巻き上がった粉塵が突如晴れる。

 迫りくる何かに、彼女は狂った笑みを浮かべ、振り向きざまに銃の腹で殴りつける。


 それは、己が撃ったものと同質の攻撃……青白く光雷だった。


「ねえ、ねえ、ねえ! それ私の攻撃でしょ! すっごいじゃん! そんなこともできるのかよぉ!!!!」


 立ち上がる彼女に問いかける。

 あれだけ強烈なカウンターを入れたというのに、彼女の身体は重大なダメージを受けていない。

 そのことに、シアンはまた興奮し声を荒げた。

 そして、彼女は先ほどまで持っていない何かを持っていることに気づく。


 銀色の……鉄の球体が先についた短めの杖。

 先端は黄色の魔法石で装飾されており、鋭く尖っている。


 一般的な杖状魔道具の逆の様子を見せるそれに、彼女の胸は高なった。


「【簡易錬成インスタントメイカー】……擬似・雷霆の鉄杖ケラウノス・レプリカ!」


 杖を構え、敵を睨む。

 クレハの手によって一瞬で作り上げられた宝具は、死体の群れに風穴を開けた。



 ***



 同時刻。

『ナガサキ』に配属されたサラとミリアは船上で潮風に当てられてた。

 血の気の引いた顔を見せるサラに、ミリアはコップを渡す。

 一言お礼を述べると、水を飲みため息をこぼした。


「ちょっとサラ大丈夫? 吐いたほうがいいんじゃない?」

「……いえ、問題ないわ。それに、島に着くまでは耐えられる自信がある」


 絶賛船酔い中の文学少女は眼鏡をクイッと上げると、額に汗を浮かべながらそう言った。

 全然大丈夫ではない。

 いくらサラが五宝人と称されるほどの実力者であっても、潮風と揺れる船には敵わないようである。

 ミリアは親友の弱ったところを見て一緒になってテンションを下げていた。


 周りは青色一辺倒。

 久しぶりに長く話す機会に恵まれたと少し楽しみに思っていたミリアは空を飛ぶ海鳥を数えて暇でも潰そうと思った矢先、サラから声がかかる。

 彼女はすぐに表情を明るくしてそれに応えた。


「ねえ、ミリア。他の人たちは大丈夫かしら?」

「大丈夫だと思うわ。私たちはあの『魔王』を倒したのよ。ただの人間に負けるとは思えないもの」

「それは、皆で力を合わせたからでしょう?」


 サラは息を大きく吸い込む。

 鼻から吸って仕舞えば潮風のにおいで吐いてしまうことを見越して、彼女の呼吸は不自然なものになっていた。


「正直に言えば、今回の王様の作戦にはあまり賛同できないのよ。戦力は分散させずに、一箇所に集めた方が間違いないわ。一部の薄い壁から……敵に貫かれてしまう」

「……フクダのことを気にしているの?」


 サラは深く頷いた。

 彼女は先の戦いにおいて、初老の男に敗北を喫した。

 彼女自身、五宝人の中で最も弱いのが自分である自覚はある。

 なにせ本業は史書なのだ。

 魔力的な実力と【風】という属性系の加護ギフトを授かってしまったことが合わさり五宝人などという大役を担ってはいるが、彼女は戦闘経験も少ない。


「彼のことならサラが気にすることではないわ! 私たちが最も彼に近い場所にいた。彼の裏切りを見抜けなかった私たちに非があるあるもの」

「ありがとう。そう言ってもらえると、少しは浮かばれるわ。…………しかし、戦力を分散することが得策ではないという考えを変えることはできないわ」

「まだ心配しているの? 大丈夫よ。私たちの担当地区にはリリが近くで待機しているわ。それに……この私がついているじゃない! 私の実力……サラが1番知っているでしょう?」

「それはもちろんよ。リリにあそこまで抵抗できるのは、ミリアぐらいだものね。カッコ良かったわよ」


 サラはそう言って彼女の頭を撫でた。

 ミリアは『トウキョウ』を出て行った際のリリとの戦闘が若干トラウマになっている。

 しかし、サラにとってはミリアの戦う姿が無様なものではなく、誇らしいものだったという。

 俯きながら必死に赤くなる顔をミリアは誤魔化した。


「きっと『ナガサキ』と『オオイタ』は大丈夫よ。一方には扉の魔法使いが……もう一方には魔王殺しの英雄がいる。しかし……『サガ』はどうしてあの配置になったのよ。いくら防衛優先順位が低いからといって、非戦闘員1人を配置って……あれでは彼女が可哀想だわ」


 サラはクレハに自分の境遇を重ねて憤りを感じていたのだ。

 きっと『サガ』から中心に侵略が始まってしまう。

 そして『サガ』を取られてしまえば、『ナガサキ』に身を置く自分たちが最終防衛ラインである『フクオカ』に戻れなくなってしまうだろう。

 そのような焦りもあり、彼女は王様の判断をいまだに認められずにいた。


 彼女の心配を他所に、ミリアは突然笑い出す。

 本当に突然のことで、サラはぽかんと口を開けてしまった。


「分かっていないわね、サラ。彼女なら問題なしよ。こんなこと言ったら、絶対いじられるから内緒にして欲しいのだけど、彼女は私よりも強いわ」

「ちょっと待って! 私は彼女の口からでた言葉を記憶しているわ。『お世辞なしに、私はさっきあなたが挙げた3人の次くらいには強いよ?』これは彼女が魔王討伐の攻撃部隊に加わろうとした時に言ったものよ」

「それは嘘よ。発言時点ではもしかしたら私の方が強かったかもしれないけど、今なら確実に言えるわ。戦闘において、私は彼女には勝てない」


 真剣な眼差しはそれがしんじつであることを物語るのに十分な根拠であった。


「【時間】を使わず私以上の速度。即時錬成による奇襲性。単純に剣を扱う技量。敵を終わらせることに一切の躊躇がない残忍さ。国のパワーバランスを揺らがせる、正真正銘のチート……宝具の錬成が可能。そして、それ以上の彼女の強み、それは…………圧倒的な戦闘センスにあるわ。敵の何気ない行動から……彼女は一瞬で勝機を見出せる」


『ウツノミヤ』に『トウキョウ』の軍が押し寄せた際の彼女の行動は、間違いなくクレハを戦闘における畏怖の対象にまで押し上げるのに十分なものであった。

 敵の行動から能力の仮説を立て、言葉と行動で巧みに騙し、看破する。

 その全ての判断を数秒で行える力が、経験ステータスSSSのオカザキクレハにはある。


 遠くに島の影が見えてきた。

 それに気付いて、サラも気を引き締める。

 他人の心配をする前に自分の仕事の心配をするべきだったと彼女は後悔するのだった。



 ***



 シアンの雷によって巻き起こった粉塵が青き一閃によって払われる。

 粉塵の中から現れた彼女は、握る宝具の威力を示した後、3本指を立てる。


「3つ……あなたは3つミスを犯した」

「…………私がミス? 何言ってくれてるのさ。そんなわけないでしょう! 現に! あなたは! 少なからずダメージを負っているじゃない!」


 嘲笑まじりにそう言った。

 歩行に支障が出るほどの傷を負ってはいないが、シアンの言う通りクレハは負傷している。

 戦況はシアンの有利であることは疑いようがなかった。


「1つ目。私が突っ込んでいったとき、止めを刺さなかったこと。あなたの加護ギフトなら、きっとそれが可能だった」

「……ああ、そうだよ! でもそれじゃあつまらないだろ! 折角舞い降りてきた命のやりとり! こんな楽しいことはないからさぁ!」

「2つ目。私の隠し刀をあなたは【支配】ではなく【雷】で止めたこと」


 言った後、彼女は敵の心まで覗くように動向を探っていた。

 その集中力は、間違いなく彼女の武器であった。


 シアンは彼女の言っていることが的外れに思ったのか、あっけらかんとした表情を浮かべていた。


 そして、その反応から真実を汲み取り、クレハは勝利を確信した。


「そして3つ目。2つ目の加護ギフトを見せたことで使える加護ギフトがバレてしまったこと」

「……なるほどなぁ。これは一本取られたってことなのかなぁ! でも、知ったところで私の勝ちは揺るがないよねぇ!」

「ううん。あなたの負け」


『負け』というワードを突きつけられ、訝しんだ表情を向ける。

 人数差もある。

 知られたところで、【雷】は先ほどの安っちい盾で防げない威力である自信がある。

 彼女はただ虚言を吐いて、惑わせようとしているのではないか。

 しかし、そんな彼女の思考を読むかのようにクレハは言葉を続ける。


「あなたたちが恐れていたものを私は知ってる。一つは魔王。そして、もう一つは……宝具」


 クレハは手に持った鉄の杖を掲げて、うっとりするように眺める。


「国のパワーバランスを揺るがすような武器。そんな危ないものを作る一族は全国を転々として国やギルドを救って回っているんだよ。私がその末裔ね」

「……それが?」

「国やギルドが抱える問題は、千差万別。いずれ孤立する集落には隣のギルドへの橋となる宝具を。街で悪さをするモンスターに困ったギルドにはそのモンスターを素材とした宝具を。愛する人を手にかけてしまったある人は、そのひとが再び最強を謳えるようにするための宝具を。何にせよ、私たちは人の『思い』によって力を生み出すんだ」

「だからそれが何だっていうのかなぁ! さっきから随分口達者になったじゃない! 大方、傷の具合でも悪いんじゃないのかなぁ!?」

「ここまで言っても分からないか……じゃあ、あなたでも理解しやすいようにいうよ」


 呆れた顔で肩を竦める。

 人を馬鹿にしたその態度に、シアンは怒りをあらわにしていた。


「雷の災害に困っていたギルドだってあるんだよ。そして私は雷を制する宝具の複製を作れる」


 そこまで来て、シアンはやっと理解した。

 彼女が手に持つ杖。

 それこそが、【雷】を無力化する武器だというのだ。

 死体などという雑魚を当てたところで、彼女を倒すのはあまりに無謀だ。

 人道的な視点を持ち合わせてない彼女にとって、死体蹴りなど朝飯前だ。

 残る自慢の【雷】すら、防がれてしまってはなす術がない。

 信じることのできない彼女は、その絶望的状況を受け入れられず吠えた。


「余裕ぶった態度はさぁ……私の本気の一撃を受けてみてからにすればいいんじゃないかなぁ!!!!」


 両手を構える。

 軽い一発で民家を3軒焼き尽くす威力を持つ彼女の加護ギフト

 それを、全身全霊を込めて打ち込むというのだ。


 巨大な黄色の魔法陣が彼女の前に展開される。

 彼女が加護ギフト名を叫ぶと、たやすく森に穴を開けられるほどの一撃が魔法陣から飛び出した。

 しかし、青白い雷は彼女の手から離れてすぐに霧散した。

 これまで体験したことのない、加護ギフトの異常な挙動にシアンの脳は混乱した。


「だから言ったよね。あなたの負け。宝具はもう……展開されてるよ」


 そこでシアンは気付く。

 地面に散らばる死体に紛れて、金属の球体が3桁に迫る本数地面から生えていることを──


「てめえええええええ!!!!!!!!!」


 全ての加護ギフトを封じられた彼女に勝機はない。


「妖刀紅羽、肆ノ型」


 死神の鎌を構えたエプロン少女は、狂気に満ちた彼女から勝利を刈り取った。

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