第152話 クレハ vs. シアン【その1】
半壊した『オオイタ』の街に再びやってきた俺たち。
今日はいつものメンバー全員が揃っているわけではなく、俺とアイリ……それにリンとゴウケンだけども。
ゴウケンは自分の部隊を連れてきていて、少々騒がしい。
もとより血の気の多い連中だということは聞いていたし、こうなるだろうとは思っていたけど、それにしてもうるさかった。
ただ、騒いでいるだけではなく、持ち前のパワーでミリアの壊した家屋の残骸を片付けるなど、結構ボランティア精神のある奴らだった。
そんな彼らを眺めていると、肩をちょんちょんと突かれていることに気づく。
相手はリンだった。
「……ま、まわりに……誰もいない……よ。安全…………」
「敵が来てないってことか。ありがとう、リン」
「にへへ…………1分おきに……キミに報告する……」
「……いや、それはやりすぎだからいいかな?」
俺たちの会話を聞いて、我らが精神年齢最年長アイリは不機嫌そうだった。
索敵は自分の役目だったのに、と言いたげだ。
「アイリも頼りにしてるぞ。危険が迫ると、感覚でわかるんだよね?」
「そうですわ! ただ、タケル先生に迫る危険は察知できませんので、そこは注意ですわね」
「まあ、俺は大丈夫だから気にしないで」
頭をポンポンとすると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。可愛い。
反対に、あからさまに不機嫌を撒き散らす大人が後ろにいた。
「どうした、ゴウケン?」
「うるせぇ殺すぞ」
「なんか気に触ることでもあったか?」
「うるせぇ殺すぞ」
ダメだこれは。
ゴウケンの部下が近くにいる現状、2人が親しげにするのは危険だと考えているんだろうけど、むしろ怪しいだろこれじゃあ。
彼のそんな姿を見て、アイリは再び笑った。
お父さんの気持ちは、ちゃんと娘に伝わっているようだ。
息を吐くと、それが白くなって昇っていく。
時期的に、最近寒くなってきた。
何ともちぐはぐな俺たちは、『オオイタ』の復興を手伝い体を温めながら、敵の襲来に備えるのだった。
***
人口3000人程度の中規模ギルド……『サガ』
モンスターの多い山間部から離れた土地に身構えたこのギルドは、比較的安全であることから、周囲のギルドの中では人口が多い。
ギルド内には、レンガ組みの家屋が多く見られ、この世界でいう何の変哲もないギルドと称して差し障りがない。
作戦において最も重要度の低いギルドに配属されたオカザキクレハは、自分の役割を自覚はしていたが、非常に退屈そうにあくびを漏らした。
『サガ』の長に話をつけて用意してもらった簡易的な工房には、既に彼女の作り上げた武具が、雑に積み上げられていた。
それらの造形は彼女が知識として知っている武器を参考に錬成されている。
彼女の請け負った仕事は今まさにしている装備の拡充であった。
「雑に作ってもこのレベルならまあ及第点かな。ようやく実戦で使えそう」
彼女は最後に錬成した薄い盾を装備の山の頂上へと突き刺すと聖水を1本飲み干す。
不意に、工房の扉がノックされる。
彼女が扉を開けると、そこには『トウキョウ』から派遣された紺色の兵服を着た者たちが3人、立っていた。
「朝からどうしたの? こんなに集まっちゃって」
「お疲れ様です! 実はご報告が……」
兵士はそうしてクレハに耳打ちをする。
2人の兵士は周りに聞いている者がいないか意識を向ける。
情報を得て『サガ』の人々の要らぬ心配をさせてはならないことを、彼らは恐れていた。
クレハは彼らの話を耳にすると、途端に表情を明るくする。
「分かった。私も向かうよ。この作業飽きてたし。馬車はあるんだよね?」
こうしてオカザキクレハはここより西へ……連絡の途絶えたという小規模ギルド『ミフネ』へと向かった。
*
──小規模ギルド『ミフネ』
御船山ふもとにある人口およそ300人の集団であるそのギルドは、この世界においては珍しく観光に力を入れているギルドであった。
土地柄、景観が良く、その利点を活かした結果である。
「うわぁ……綺麗。タケルくんと来たかったなー。まあ、下見ってことにすれば良いよね」
オカザキクレハは馬車に揺られながら外を眺め呟いた。
彼女の視界には、大きな湖と、それを囲む紅葉樹の林、そしてその後ろに露わになった岩肌が特徴的な山が大迫力に広がっている。
同席していた兵士たちも思わず生唾を飲み込むほどであった。
「季節が冬じゃなかったら、もっと綺麗なんだろうなぁ。もうほとんど葉っぱも落ちちゃってるし。これはこれでありだけど……」
そこまで言って、彼女の面持ちが急に変わる。
引き締まったその表情に、兵士たちにも緊張が走った。
「いつでも逃げれる準備をしておいて。…………血のにおいがする」
馬車の外にいる御者にも注意喚起をし、そしてその数秒後、馬車は止まった。
御者は前方に広がる惨劇を直視してしまい、思わず吐く。
クレハは、血のにおいに物怖じすることなく、馬車を降りて歩き出した。
『ミフネ』があったと思われる日本家屋の街は、屋根が剥がれているもの、扉が破壊されているもの……半分が吹き飛んでいるものなど、荒れ果てた様子だった。
そして、地面には焦げた死体が転がっていた。
「うげぇ……酷いなこりゃ……炎系の
不意に迫る何かを、彼女はエプロンの
刃渡りおよそ50センチのその刀は彼女の愛刀……妖刀紅羽。
武器の性能もさることながら、彼女の剣の腕は達人と呼ばれるレベルにまで至っている。
「あっれー、今ので仕留めたつもりだったんだけどなー。いい反応速度じゃん」
家屋の傍から声の主はスッと姿を表す。
高い背丈に腰まで伸びた白い髪。
その紫色の瞳は常に人を食ったような不愉快さのある視線を送っていた。
腰のホルダーから拳銃型の武器を取り出し、引き金をひく。
クレハはそこから発射された何かを再び刀で弾いた。
「すっごいなー! 今のどうやってんの? 見えてないっしょ?」
「見えてるよ。糸でしょ。でも仕組みが分からないや。後でその武器もらってもいい?」
「勝てたらいいさ。無理だろうけどね!」
白髪の女は銃口を今度はあちこちに落ちている死体へと向ける。
そして、発射された糸を受けた老婆の死体はムクリと、その身体を起こした。
「お前、オカザキクレハでしょ? 黒髪デカパイ戦場に場違いなエプロン姿……それに、私の糸を一発で見抜くその実力」
「どうだろうね。私みたいなか弱くて可愛い女の子が何千人も人殺ししたりすると思う? ……【支配】の魔人シアンさん?」
「いいね、いいね、いいね〜!!!! その人を馬鹿にしたような態度! さいっこうだよ! それでこそ私の見込んだ女だって!!!!」
白髪の女──魔人シアンはクレハとの邂逅に興奮を隠しきれない。
感情が高まった彼女は立ち上がった死体の老婆の顔面をその長い脚で蹴り付ける。
老婆の頭部がクレハの足元に転がった。
「話は聞いてるよ、オカザキクレハ。聞いて……何度も聞いて、昂ったよ! いた! 見つけた! 世界は幸福で満ち溢れてるって柄にもなく神に感謝した!」
両手を天へと伸ばし、感情的に彼女は話す。
荒ぶる彼女の行動を、クレハはただじっと見つめていた。
「お前、私と同じっしょ? 人として大事な何かが抜けてるってやつ。人の命とか、死とか、そんなのどうでもいいの。人を殺すのになんの躊躇いもない根っからのクソやろう。私は待ってたんだ。私と同じ考えで、同じ色を見てる社会不適合者って奴をさぁ!」
「私とあなたが同じ? そう思うのは勝手だけど、残念ながら私はあなたみたいな倫理観の欠如した人間じゃないよ。私はもっと、ふわふわで優しくて、好きな男子にベタベタしちゃうような人間味溢れる女の子なの」
彼女の返しに、シアンの表情がかげる。
不愉快そうな顔を見せながら、それでいて彼女はまだオカザキクレハに期待の眼差しを向けていた。
クレハは馬車に乗っていた『トウキョウ』の兵士たちに引き返すように指示を出すと、シアンを指差し言葉を続けた。
「そうだ。せっかくだから、私があなたに道徳の授業をしてあげるよ。いいかい、シアンちゃん。人の命は粗末にしちゃダメなんだよ? 殺していいのは、私がムカついた人間だけ」
その言葉を聞くと、シアンは顔を両手で覆い、笑い出す。
どうしようもない高揚感、満足感が彼女を満たしもう笑わずにはいられなかった。
「最高だよ、オカザキクレハ!!!! さあ、私と遊ぼう! 私の命とお前の命、どちらが消えるのが先か…………ッ!!!!」
そして、銃を周いへ乱射。
クレハは自分へと迫る糸を全て刀で叩き落とすが、彼女の狙いはそこにはない。
周囲の死体──彼女がギルドを丸ごと1つ潰して用意した人形たちに糸が刺さると、老若男女総じて立ち上がり、呻き声をあげた。
「踊れ、凍えた髑髏──
襲いかかる死体たちは、数にして300。
圧倒的な人数差を前にしても、彼女は未だ頬を綻ばせていた。
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