第150話 ×あっけない決着→破壊された正宗
閑散とした煉瓦造りの町に、ジャッジャッと地面を踏み締める音が鳴る。
数は100、200……いやそれより一桁多い。
それらは全て、槍や斧、剣盾杖と多種多様な装備を手に、奇抜な色彩の布製の装束を身にまとっていた。
それらの武装した集団の最前線には、己が肉体を見せびらかすように上裸の男が遺憾無くその存在感を放っていた。
長い髪を後頭部で縛り、整えられた無精髭をこしらえる強面。
両腕にかけて青赤金と鮮やかな龍の刺青に隠れた重厚な筋肉。
彼こそが現在『チャイナ』を支配下に置く四魔人の頂点……ファンであった。
素手だけで大地を砕きそうなほどの圧を持った彼に相対するは、フードを被った細身の女性。
長い音叉を杖代わりにつきながら、彼女はそのフードを脱いだ。
「…………ファン、久しぶり」
「1週間ぶりといったところか。ご苦労。成果のほどは言葉にせずともこの有様を見れば十分であろう」
男は腕組みをしながら辺りを見回した。
『オオイタ』には既に占拠されている。静寂が、その証明だった。
ファンの言葉に呼応するように、背後に連なる群れが騒めくが、彼はそれを制する。
「ところで」
ファンの瞳が蒼に染まる。
睨まれたリンは思わず音叉を強く握った。
彼の視線は彼女の背後へ。
その先には、この場において完全に部外者である3人娘がいた。
「それらは何だ? まさか生き残りだとはいわまいな?」
「……うん。この人たちは……『チャイナ』の敵……だよ。ファンたちを追い返すために…………ここにいる」
「……気が触れたか【
本当に可笑しいといった様子で彼は笑った。それはもう大いに笑った。
しばらくそうした後、彼の鋭い眼光がリンを射抜く。
「覚悟はできてんのかゴミが。俺様に歯向かうことがどういうことか、分かるだろ?」
「……でも、ファンも嘘をついたから…………魔王様いなかった。だから……決別。それに…………勝てない戦は……しないよ」
「カッカッカッ! この軍勢の前でその様なことを吐かすか! そしてその戯言を、貴様は疑いもぜず発している。最後通告だ。戻ってこい」
「ファンこそ…………いいの? 耳を使わずに…………わたしに勝てる……かな?」
「ふん、誰が相手であろうと、勝利は俺様の手の中にある。絶対……これは絶対だ。誰であろうとそれを変えることはできない。運命は俺様が握っているのだから。それに貴様の話は前提がズレている。1000の軍勢、これを相手取りつつ俺様を倒そうなど天地が返っても無理だろうよ」
「それも違う……ファンみたく……いうなら……『ゴミなどいてもいないと同じ』。それじゃあ……ゴミ掃除……お願い……します」
「時間稼ぎ感謝よ! アンタにこの世で『様』を付けていいのはこのミリア様だけだってことを教えてあげるわ!」
そういうと既に炎の鎖で地面と繋がれた金髪少女は、黄金の剣を構えていた。
陽炎のように揺らめく空間の中心にいる彼女は、漂う光の玉を砕く。
その光を目にし、『チャイナ』の皇は一歩退いた。
本能的にとってしまう退避の一手、それをさせた年端もいかない少女に最大級の怒りを覚えていた。
時間稼ぎが功を奏し、ものの数秒で【
「消えなさい!
少女の放った魔力爆発は、放射状に広がり一瞬のうちに『チャイナ』の軍勢を、否『オオイタ』を包み込む。
天地をひっくり返す彼女の一撃により戦況は一転した。
硝煙と砂埃が立ち込める中、ミリアは1人膝をつく。
正真正銘一撃必殺のそれは、彼女自身にも相当な負荷がかかる。
クレハが肩を持ちつつ、口を開いた。
「やったねミリア。流石にこれはやったでしょ」
「ええ、これで私もクレハと同じ……殺人鬼ね」
「いやいや、一瞬で蒸発させてるだけ優しいよ。そういう怖いキャラクターは私の十八番だから」
「待ってですわ! 敵はまだ……!」
アイリが忠告したその時には既に煙の中から飛び出した槍が、ミリアを今まさに貫こうとしていた。
一瞬の判断でクレハが槍の前に手を出す。
投げ入れられた槍が完全なる金属製であることを願いつつ下した一瞬の決断は、しかし無駄に終わる結末となる。
槍は地面に叩きつけられた。
「……集中……して。ファンは……死んでない…………他のゴミたちも」
砂煙が晴れる。『チャイナ』の軍は健在であった。
しかし、完全に無事といったわけではなく、ファンの両サイドは威力に相応しく、正しく抉り取られており、『チャイナ』の軍はおよそ3分の1を失っていた。
天地を砕く一撃を持ってしても傷一つつかない龍の刺青の男は青筋を立てながら言う。
「……殺す」
小さくそう告げて一歩を踏み出す。
彼が本気でそうするだけで、地面に亀裂が生じるほどだった。
その脚力から生み出される一歩は、クレハですら視認困難なスピードで、彼女達との距離を詰める。
まさか自分から飛び込んでくるとはと、ファンの予想外の行動にリンの反応が遅れた。
今から音で攻撃したとしても、ファンは止まらない。
それでも、彼女は新しい依存先との約束を守るため、周囲の空間を振動させ、少しでも彼の威力を削いだ。
大地を揺らがすほどの威力を持った拳がミリアの命を奪おうとするそのとき、建物の脇から彼以上の速度で何かが飛び出してきた。
影はファンの完全に無防備な脇腹を殴りつけ、彼は進行方向と垂直に弾き飛ばされた。
レンガ道を転がされ、脇を触る。肋骨を何本かにヒビが入っているようだ。
「タケル、助かったわ」
「ああ、一応待機しておいてよかった。リンから聞いてた以上に相手は強い。気を引き締めていくぞ!」
ぶん殴った男を双眼で捉えつつ、タケルは彼女達を鼓舞した。
*
ファンと呼ばれる男は俺の一撃を受けてなお立ち上がった。
大蛇との戦いのように、何十キロの助走をつけたわけじゃないから、威力は落ちているのは間違い無いけど、それでも今出せる最大の威力でこれだ。
素の筋肉量もあるだろうが、【身体強化】がかかっていると見て間違いない。それも、ゴウケンのとは訳が違う。もし仮に彼がこちらの大陸にいたのならば【王】と呼ばれるレベルにまで
ファンは両手の拳を握ると、その衝撃で体についた砂埃を払った。
なんて筋肉バカだ。
俺を見ると、彼の強面は一瞬崩れ、頬がニヤリと吊り上がった。
そして、その顔をみて俺がどこか違和感を感じた。
「(あれ? あの男と俺はどこかで会った気がするんだよな……どこだったっけ)」
親戚の集まりでチラッと見かけたとか、散歩してたときに見かけたことがあったかな、とかその程度の感覚。ちょっとした違和感だったので、俺はとりあえずそれを無視した。
今は……目の前の強敵の力量について推し量らなければならない。
「男も隠れてやがった。この威力、お前は【身体強化】か?」
「……その通りだ。そういうお前も俺と同じ
「持ってねえのかよ。じゃあなんだ? お前はただの肉体技だけであれをしたってのか! カッカッカッ! 手応えのあるゴミもいたもんだぜ」
俺の返答を食い気味に彼はそう言う。
リンから聞いていた通りだ。彼は確かに、嘘を見抜く力がある。
彼女から事前に聞いたファンという男の情報は次の通りだ。
1つ、【破壊】の
2つ、嘘を見抜く力を持っているということ。
彼の【破壊】の
あれは物を壊すとかそういう類の、生温いレベルの破壊ではない。
爆発という現象そのものを無力化することができるほどの
しかし、それでもミリアの宝具が完全に無力化できなかったのは、俺にもわからない。
とにかく、奴の【破壊】はそれだけで天下無双の称号を取るにたりうる物であることは明らかだ。
そして、嘘を見抜く力があることも、先程の会話を鑑みるに明らかだろう。
フクダさんのように、魔力の流れを見ることで人の動揺を感じとるという読心術であるのかと最初は思っていた、魔力を持たない俺に対しても有効であるため、嘘を見抜くための
というか、あのファンとかいう男……
人の上に立つべくして生まれてきたというリンの評価はあながち間違いじゃない。
ファンは頭をゴキゴキと鳴らすと、憎たらしく笑った。
「だが、ゴミはゴミだ。無手は強者にのみ許される。雑魚は女々しく武器でも握ってろ」
「随分ムカつく言い方だな……」
あからさまな挑発であるが、しかし俺はそれに乗らない。
奴の
宝具が破壊されてしまってはかなりの苦戦を強いられるのは必至だ。
切り札は見せておく。それが相手の行動になんかしらの変化をもたらすはずだ。
「お前は素手で倒す。それが俺の信条だ」
「ハッ! 一丁前に志だけ高いカスが。だったらその信条通してみせろッ!!!!」
暴漢が再び地面を踏む。
動き出しは同時。
しかし、速さは俺の方が上だ。
巨大に見えるその拳と、俺の拳がぶつかり合う。
強烈なエネルギーの衝突による風圧でワイシャツがバサバサと揺れた。
単純な威力では拮抗している。
そう思ったとき、ファンの頬が吊り上がる。
彼は俺の拳を逆の手で掴むと、引き寄せる。
先程まで攻撃に使っていた腕をスッと俺の腰へと滑らせ、携える刀を掴んだ。
「(こいつ……俺の思考を読んでるのか!?)」
そしてファンは俺が切り札として取っておいた正宗に【破壊】の
いかに宝具といえど、物は物。
ミリアの宝具による爆発ですら破壊できるレベルの
木っ端微塵になった正宗が銀色の粉となって散った。
宝具を破壊されたことに意識を持っていかれてしまい、迫る脚撃を見逃した。
腹にもろくらい、俺は飛ばされる。血を吐きながら近くにあった煉瓦造りの建物にぶつかって止まった。
「(なんて威力だ。人間の出せる力を超えている……つまり俺の
俺の
相性的には最悪と言っていい。
ファンは再び彼女たちに向き合い、指をポキポキと鳴らした。
「さて、次は誰を殺めてやるとしようか。俺様は寛大だ。順番は選ばせてやろう」
「…………死ぬのは……ファン……の方…………4人に……勝てるかな」
「戯言もそこまでくれば、1つの特技であろうよ、狂化。俺様が直々に手を下してやろう」
「……負けない」
そうして、リンとファン……2人の魔人同士の戦いが始まった。
彼らは『トウキョウ』を含めたこっちの大陸の基準で言えば、『魔王』だ。
つまり、これは魔王同士の戦いと言ってもいい。
2人の戦闘スタイルは非常に分かり易かった。
リンは脚を【
対してファンはその両手で全てを破壊しながら、【身体強化】によって人力を超えた速度で突き進む近距離タイプ。
基本的に遠距離有利な戦いのように見えるが、リンからの攻撃はことごとく防がれていることからリンが有利とは言い切れない。
2人の力は均衡している。
こうなれば体力・魔力の勝負となるだろう。
先に体力と魔力が切れた方が負ける。
ということは……リンがむしろ不利だ。
彼女は普段運動してるように見えない。というかしてない。
いつもお昼寝してるって自分でいってた。
ミリアたちは2人の戦いに入っていけない様子だ。
確かに彼らの戦いはレベルが一つ上の次元にある。
参戦すれば1アクションで殺されてしまう可能性まである。
特に、クレハは自衛の手段に乏しいため、絶対に勝負を挑めない。
「(まずいぞ……このままだとこっちは全滅だ。俺にできることは何かないのか)」
俺もファンと同じ、近接格闘タイプ。
しかし、彼の
それに、リンの邪魔になってしまう可能性が高い。
現状、今俺たち5人の中で最も強いリンの邪魔をせずに戦いに参戦する方法……
1つあった。
俺は、聞こえているはずの彼女に作戦を伝える。
彼女は戦いながらであるが、頷いた。
了承を得たので、右手でファンを捕捉する。
拳を突き立て、魔法を使う感覚を赤い指輪へと送るのだ。
彼を殴った一発目で、魔力の充填はバッチリだ。
自分の魔力で……焼かれろ!
「いくぞ、リン!
俺の叫びに呼応して、魔法陣が展開される。
数秒も待たずにそこから太い炎の柱が射出された。
豪炎が、ファンへと迫る。
「あまり無粋な真似をするな。先に始末されたいようだなァ!!!!」
そう吠えて、見えない音の攻撃を右手でいなしながら、左手で
リンの放った音により、ファンの腕が弾かれたのだ。
直前のことだったため、反応し切れなかった彼はなす術なく炎に包まれる。
しかし、
弾かれた腕を再び炎に突っ込んで、
すると、彼を飲み込んでいた赤き炎は一瞬のうちにその力を失い霧散した。
『ウツノミヤ』でフクダさんが
【破壊】の
「(もちろん……お前が
リンが後ろへと飛び、身を引く。
そして彼女の後ろでは輝く剣を構えた金髪少女がファンを待ち構えていた。
「本日2回目いくわよ!
剣の速度が上がる。それに合わせて、その刀身は金色の鱗粉へと姿を変え、彼を包み込んだ。
ゼロ距離からの魔力爆発……これなら以下に【
ファンの動きが止まる。
明確な殺意を持ったミリアの一撃は、実際のところ無害な光の粉。
そのギャップに脳が追いついていないのだ。
ワンテンポ遅れ、その粉は一斉に起爆する。
ゴゴゴ、と轟音を立てて
宝具の2連発をくらい、彼の身は宙へと投げ出される。
だが、それでも足りないと、俺の直感は告げていた。
ダメ押しとばかりに走り出し、飛ぶ。
「これでどうだッ!!!!!!」
空中でファンの顔面へと全力の一撃を叩き込む。
メキメキと骨の砕ける音がこちらまで伝わり、彼の体は猛スピードで『チャイナ』の軍の真ん中へと突き刺さり、砂煙をあげた。
「ミリア、ナイス! 流石にこれは効いただろう」
「ええ、効いていなければ困るわ。アイリちゃん、指示ありがとうね」
「お安い御用ですわ。これは耳の良いわたくしの役目ですの」
「ねえ、ちょっとあれ見て……!」
クレハに言われ、『チャイナ』の方を見る。
砂煙の中から全身が焼けただれたファンが、その姿を現した。
「(おいおい、あれで死んでないってのかよ……それに……)」
それに、俺にはわかる。
外傷は酷いが、彼へのダメージは見た目ほどじゃない。
身体の動かし方でわかる。
内部的なダメージはほぼゼロとみて間違いないだろう。
彼の頑丈さは俺の想像を遥かに超えていた。
額に青筋を立てて、ファンは落ち着いた口調でいう。
「カスどもが……だが、効かねえ。お前らゴミの攻撃で……俺様が倒れるとでも思ったか?」
ここに来て彼は1番冷静になっていた。
「だが、ここで潮時のようだ。今日のところはこれで勘弁してやる。精々己が命を可愛がっていろ」
ファンはそう告げて、軍を連れて帰っていく。
大きな靴の音を鳴らし、その数を3分の1ほど減らした『チャイナ』の連中は、『オオイタ』の街から撤退した。
あまりにあっさりとした撤退だ。
確かに彼はあの大軍を率いる……上に立つものだ。
1人暴走して、悪戯に犠牲を増やさない選択は誇れるものだろう。
だけど……
「(てっきり奴は好戦的な性格だと思っていた。見かけによらず、冷静なのか……それとも)」
俺はそこまで考えたところで、背後から何者かが猛スピードで飛んでくるのを知覚した。
そうか、ファンが逃げた理由は……!
「おにーちゃん久しぶりなのー。王様から話は聞いたの。敵はいつくるのかなー」
いつも通り能天気な様子でリリがそう言った。
可愛らしいエプロンドレスに包まれた俺たちの最強戦力の協力もあり、俺たちは無事に『チャイナ』の進行を食い止めることができたのであった。
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