第149話 あっけない決着

 閑散とした煉瓦造りの町に、ジャッジャッと地面を踏み締める音が鳴る。

 数は100、200……いやそれより一桁多い。

 それらは全て、槍や斧、剣盾杖と多種多様な装備を手に、奇抜な色彩の布製の装束を身にまとっていた。


 それらの武装した集団の最前線には、己が肉体を見せびらかすように上裸の男が遺憾無くその存在感を放っていた。

 長い髪を後頭部で縛り、整えられた無精髭をこしらえる強面。

 両腕にかけて青赤金と鮮やかな龍の刺青に隠れた重厚な筋肉。

 彼こそが現在『チャイナ』を支配下に置く四魔人の頂点……ファンであった。


 素手だけで大地を砕きそうなほどの圧を持った彼に相対するは、フードを被った細身の女性。

 長い音叉を杖代わりにつきながら、彼女はそのフードを脱いだ。


「…………ファン、久しぶり」

「1週間ぶりといったところか。ご苦労。成果のほどは言葉にせずともこの有様を見れば十分であろう」


 男は腕組みをしながら辺りを見回した。

『オオイタ』には既に占拠されている。静寂が、その証明だった。

 ファンの言葉に呼応するように、背後に連なる群れが騒めくが、彼はそれを制する。


「ところで」


 ファンの瞳が蒼に染まる。

 睨まれたリンは思わず音叉を強く握った。


 彼の視線は彼女の背後へ。

 その先には、この場において完全に部外者である3人娘がいた。


「それらは何だ? まさか生き残りだとはいわまいな?」

「……うん。この人たちは……『チャイナ』の敵……だよ。ファンたちを追い返すために…………ここにいる」

「……気が触れたか【狂化バーサーク】の魔人。いや、初めから貴様は狂っていたのだったな。カッカッカッ! これは愉快! 俺様は嘘が嫌いだ。真実を述べたことだけは評価してやる!」


 本当に可笑しいといった様子で彼は笑った。それはもう大いに笑った。

 しばらくそうした後、彼の鋭い眼光がリンを射抜く。


「覚悟はできてんのかゴミが。俺様に歯向かうことがどういうことか、分かるだろ?」

「……でも、ファンも嘘をついたから…………魔王様いなかった。だから……決別。それに…………勝てない戦は……しないよ」

「カッカッカッ! この軍勢の前でその様なことを吐かすか! そしてその戯言を、貴様は疑いもぜず発している。最後通告だ。戻ってこい」

「ファンこそ…………いいの? 耳を使わずに…………わたしに勝てる……かな?」

「ふん、誰が相手であろうと、勝利は俺様の手の中にある。絶対……これは絶対だ。誰であろうとそれを変えることはできない。運命は俺様が握っているのだから。それに貴様の話は前提がズレている。1000の軍勢、これを相手取りつつ俺様を倒そうなど天地が返っても無理だろうよ」

「それも違う……ファンみたく……いうなら……『ゴミなどいてもいないと同じ』。それじゃあ……ゴミ掃除……お願い……します」

「時間稼ぎ感謝よ! アンタにこの世で『様』を付けていいのはこのミリア様だけだってことを教えてあげるわ!」


 そういうと既に炎の鎖で地面と繋がれた金髪少女は、黄金の剣を構えていた。

 陽炎のように揺らめく空間の中心にいる彼女は、漂う光の玉を砕く。

 その光を目にし、『チャイナ』の皇は一歩退いた。

 本能的にとってしまう退避の一手、それをさせた年端もいかない少女に最大級の怒りを覚えていた。


 時間稼ぎが功を奏し、ものの数秒で【北方より来たる神群の権能トゥアハ・デ・ダナン】は完成へと至る。


「消えなさい! 不可避の輝剣クラウ・ソラス!!!!!!!!」


 少女の放った魔力爆発は、放射状に広がり一瞬のうちに『チャイナ』の軍勢を、否『オオイタ』を包み込む。

 天地をひっくり返す彼女の一撃により戦況は一転した。

 硝煙と砂埃が立ち込める中、ミリアは1人膝をつく。

 正真正銘一撃必殺のそれは、彼女自身にも相当な負荷がかかる。

 クレハが肩を持ちつつ、口を開いた。


「やったねミリア。流石にこれはやったでしょ」

「ええ、これで私もクレハと同じ……殺人鬼ね」

「いやいや、一瞬で蒸発させてるだけ優しいよ。そういう怖いキャラクターは私の十八番だから」

「待ってですわ! 敵はまだ……!」


 アイリが忠告したその時には既に煙の中から飛び出した槍が、ミリアを今まさに貫こうとしていた。

 一瞬の判断でクレハが槍の前に手を出す。

 投げ入れられた槍が完全なる金属製であることを願いつつ下した一瞬の決断は、しかし無駄に終わる結末となる。

 槍は地面に叩きつけられた。


「……集中……して。ファンは……死んでない…………他のゴミたちも」


 砂煙が晴れる。『チャイナ』の軍は健在であった。

 しかし、完全に無事といったわけではなく、ファンの両サイドは威力に相応しく、正しく抉り取られており、『チャイナ』の軍はおよそ3分の1を失っていた。


 天地を砕く一撃を持ってしても傷一つつかない龍の刺青の男は青筋を立てながら言う。


「……殺す」


 小さくそう告げて一歩を踏み出す。

 彼が本気でそうするだけで、地面に亀裂が生じるほどだった。

 その脚力から生み出される一歩は、クレハですら視認困難なスピードで、彼女達との距離を詰める。

 まさか自分から飛び込んでくるとはと、ファンの予想外の行動にリンの反応が遅れた。

 今から音で攻撃したとしても、ファンは止まらない。

 それでも、彼女は新しい依存先との約束を守るため、周囲の空間を振動させ、少しでも彼の威力を削いだ。

 大地を揺らがすほどの威力を持った拳がミリアの命を奪おうとするそのとき、建物の脇から彼以上の速度で何かが飛び出してきた。


 影はファンの完全に無防備な脇腹を殴りつけ、彼は進行方向と垂直に弾き飛ばされた。

 レンガ道を転がされ、脇を触る。肋骨を何本かにヒビが入っているようだ。


「タケル、助かったわ」

「ああ、一応待機しておいてよかった。リンから聞いてた以上に相手は強い。気を引き締めていくぞ!」


 ぶん殴った男を双眼で捉えつつ、タケルは彼女達を鼓舞した。


 *


 ファンと呼ばれる男は俺の一撃を受けてなお立ち上がった。

 大蛇との戦いのように、何十キロの助走をつけたわけじゃないから、威力は落ちているのは間違い無いけど、それでも今出せる最大の威力でこれだ。

 素の筋肉量もあるだろうが、【身体強化】がかかっていると見て間違いない。それも、ゴウケンのとは訳が違う。もし仮に彼がこちらの大陸にいたのならば【王】と呼ばれるレベルにまで加護ギフトが極まっていることは明白だった。


 ファンは両手の拳を握ると、その衝撃で体についた砂埃を払った。

 なんて筋肉バカだ。


「男も隠れてやがった。この威力、お前は【身体強化】か?」

「……その通りだ。そういうお前も俺と同じ加護ギフトを持っているよう……」

「持ってねえのかよ。じゃあなんだ? お前はただの肉体技だけであれをしたってのか! カッカッカッ! 手応えのあるゴミもいたもんだぜ」


 俺の返答を食い気味に彼はそう言う。

 リンから聞いていた通りだ。彼は確かに、嘘を見抜く力がある。


 彼女から事前に聞いたファンという男の情報は次の通りだ。

 1つ、【破壊】の加護ギフトを所持しているということ。

 2つ、嘘を見抜く力を持っているということ。


 彼の【破壊】の加護ギフトがどこまで凶悪なものであるのかは、先程のミリアの宝具によって理解した。

 あれは物を壊すとかそういう類の、生温いレベルの破壊ではない。

 爆発という現象そのものを無力化することができるほどの加護ギフトだった。

 しかし、それでもミリアの宝具が完全に無力化できなかったのは、俺にもわからない。

 とにかく、奴の【破壊】はそれだけで天下無双の称号を取るにたりうる物であることは明らかだ。


 そして、嘘を見抜く力があることも、先程の会話を鑑みるに明らかだろう。

 フクダさんのように、魔力の流れを見ることで人の動揺を感じとるという読心術であるのかと最初は思っていた、魔力を持たない俺に対しても有効であるため、嘘を見抜くための加護ギフトを所持していることがわかる。


 というか、あのファンとかいう男……加護3種持ちトリプルホルダーじゃないか。

 人の上に立つべくして生まれてきたというリンの評価はあながち間違いじゃない。


 ファンは頭をゴキゴキと鳴らすと、憎たらしく笑った。


「だが、ゴミはゴミだ。無手は強者にのみ許される。雑魚は女々しく武器でも握ってろ」

「随分ムカつく言い方だな……」


 あからさまな挑発であるが、しかし俺はそれに乗らない。

 奴の加護ギフトはバレている。

 宝具が破壊されてしまってはかなりの苦戦を強いられるのは必至だ。

 切り札は見せておく。それが相手の行動になんかしらの変化をもたらすはずだ。


「お前は素手で倒す。それが俺の信条だ」

「ハッ! 一丁前に志だけ高いカスが。だったらその信条通してみせろッ!!!!」


 暴漢が再び地面を踏む。

 動き出しは同時。

 しかし、速さは俺の方が上だ。


 巨大に見えるその拳と、俺の拳がぶつかり合う。

 強烈なエネルギーの衝突による風圧でワイシャツがバサバサと揺れた。

 単純な威力では拮抗している。


 そう思ったとき、ファンの頬が吊り上がる。

 そして、俺の腕は、胸は、足は、頭は……破裂した。


 *


 ミリアたちの前に戻る。

 何が起きたのか未だ掴めていないファンは手を眺め、首を傾げていた。


「敵が混乱している間がチャンスだ。距離を取るぞ。少なくとも、あの化け物と後ろの群れを同時に相手はできない」

「同意見よ。リリが来ていない以上、今は引くわよ!」

「承知しましたわ!」

「うん、了解!」


 敵陣に強烈な一撃を与えた俺たちは、一目散に逃げ出す。

 当初の目的が大幅にずれた。


 本来であれば、ミリアのあの一撃で『チャイナ』は壊滅。

 ファンは倒せはしないがダメージが入る。

 手負いのファン相手に俺が時間を稼ぎ、リリの到着とともに討伐。


 というのが当初の大まかな作戦の流れだった。

 しかし、その作戦がまさか最初の一歩目から崩されるとは……相手の方が何枚も上手だったことは言うまでもない。


「逃げてんじゃねえぞ、カスどもがッ!」

「そんなに戦いたいなら俺が相手をしてやるよ!」


 追いの一手を封じ込めるべく、俺は再び彼に衝突する。

 結果は先ほどと変わることなく、俺の体はすぐに破壊されることとなる。

 敵頭上に復活した俺は、そのままかかと落としを脳天に向けて放った。


 ゴキッとエグい音を立てて彼の首が曲がり、顔面から地面に叩きつけられるがそれでもファンという男の生命力は凄まじく、腕を後ろに伸ばしてくる。

 しかし、その腕は見えない何かによって弾かれてしまった。リンだ。リンの【音】がファンの攻撃を防いだのだ。

 ほんの一瞬、それこそ1秒ほどであったが、彼に隙ができた。


 腰に携えた刀を抜く。その宝具はどのような物であっても確実に切断する。

 刀の振り方など知らないが、ただ手に持ちそれを振るだけでいいのだ。

『チャイナ』の四魔人の頂点に君臨するファンは、正宗によって上半身と下半身を分断され命を落とした。

 いかに鍛え抜かれた肉体であろうと、この絶対的な斥力の前では無力だったのだ。


 一瞬の駆け引きだが、その疲労感は相当なものだった。

 額から汗が吹き出てくる。

 明らかに死んでいるはずなのに今にも動き出しそうな龍の刺青に内心怯えながらも、右手を天に掲げる。


 勝利を宣言し、ギロリと『チャイナ』の軍勢を見据える。

 奴らはトップが倒されたことにより、統率が取れなくなっていた。


「タケル、でかしたわ! こんなにあっさり!」

「ああ、足止め目的のつもりだったんだけど、なんか勝てたな! リン、援護ありがとう」

「にへへ…………これくらいお安い御用。それに……目を封じたら……彼は……詰んでた……キミの……お陰」

「まさかずっと【狂化バーサーク】での攻撃を窺ってた感じ?」

「う、うん…………」


 もうリンが最強キャラなんじゃないかな。

 少し早いが祝勝と言わんばかりに俺たちはハイタッチとかして大いに盛り上がってしまう。

 まあそれくらいの隙を見せても問題がないくらいに敵さんは動揺を隠せずにいた。


『チャイナ』が攻めてくるといったニュースを王様から告げられ、一時はどうなることかと心配していたが、蓋を開けてみればあまりに呆気ない結果だった。

 よくよく考えれば、『チャイナ』は宝具の力を恐れていた。

 だからこそ刺客……こっちでは『アンノウン』と呼ばれていた殺人集団にオカザキの家を根絶やしにしようと画策していたわけだし、宝具に倒されるのもまあ頷ける。


 完全に緊張が解けていた俺たちを、アイリが制止する。

 彼女の目は新たな敵を捉えていた。


「おいおい、マジかよ! あのファンが一撃! どうなってんだお前らの国は! こんなつえー奴らばっかだってのか! なあ、お前ら!」


『チャイナ』の軍を押し除けて、大きな数珠を首に巻いたこちらも上半身裸のスキンへドッド野郎が登場する。声質が煩い。

 彼の登場で、リンの音叉を握る手が強まった。


「おい、そこのお前。お前だよ、お前。ファンを倒したつえー奴。俺と戦え。こちとら魔王が死んでイライラしてんだ。奴を殺すのは俺だったはずなのによぉ! なあお前もそう思うだろ!」

「……お前は誰だ? 勝負してもいいがまずは名乗ってからにしろ」

「いいぜぇ……正々堂々してるじゃねえか! ますます俺好みだぜ! 俺はヤン。四魔人の1人だ。テメエの名前も聞いておこうか? 死にゆく相手にせめてもの礼儀って奴だ」


 ヤンと名乗る男は親指で地を指しながらそういった。

 教育的に良くないからやめてほしい。アイリも見てるんだぞ。

 とにかく、彼の自己紹介で俺の心中はざわついた。俺はてっきり彼がリンの言っていたシアンという人だと勘違いしていたからだ。

 それにしてもいきなり出てきて勝負仕掛けてくるとはなんて喧嘩っ早い男なんだ。

 同意を求めようと女性陣を見回したところで、ミリアが何やら考え事をしていることに気づいた。

 おそらく敵の対処法でも考えてるんだろう。


「俺はオオワダタケル。俺は別に何かの称号を得てるとか、そういうことはない」

「はっ! 何言ってんだたった今ついたじゃねえかよ『魔人殺し』の異名がよ! お前が殺した男みたくよ、もっと威張り散らして俺に殺されな!!!!」


 言葉も中頃に、ヤンが飛び出してくる。

 彼もファンと同じように素手での格闘を得意としているようだった。

 全力の敵に応戦すべく俺も拳を前に突き出す。

 しかし、その刹那、ヤンの拳は開かれる。

 そして手が眩しく発光し、そこから巨大な円柱が噴出される。

 こいつその筋肉で魔法主体の戦闘かよ!


 危機を察知して頭を下げた俺はどうにかそれをかわしたが、崩れた体勢の状態では蹴りをかわせない。

 腹につま先がクリーンヒットし、その勢いで吹き飛ばされる。

 回転する視界の最中、彼が両足から炎を噴射しながら高速で移動してくるのがわかった。


 手が開かれる。しかし

 同じ手は2度くらわない!


 空中で身をよじり、姿勢を整えると、右腕を前に出す。

 炎の魔法が使えるのがお前だけだと思ったら大間違いだ!


形成す炎クサナギッ!!!!」

「なっ!?」


 獄炎をまともに受けたヤンは、しかし蒸発することなくその威力に負けて吹き飛ばされるのみだった。

『チャイナ』の軍が彼のクッションとなった。

 彼らがいなかったら、今頃死んでいただろう。


「イテテッ……やるじゃねえか。そして、まさかお前も俺と同じだとはなぁ! ますます興味が湧くじゃねえか!!!! 最高だなこっちの大陸はよぉ!!!!」

「奇遇だな。俺も今まさにそう思ってたところだよ」


 そう……どうにもこうにも、俺と彼はキャラが似ている!

 キャラというか、使える能力があまりに似ているんだ。

 肉体戦闘を主にしながら、炎属性の魔法での攻撃もできるという、俺個人としてはちょっとアイデンティティーに感じていたところが見事に被ってしまった。

 完全にライバルポジのキャラじゃんこれ。


「だが、テメエに無くて、俺にあるもんがある」


 ヤンはそうして後ろに目配せすると、『チャイナ』の軍の表情が険しくなった。

 何かしようとしている。


「枯れ集え、糧なる魂──紅炎再起こうえんさいきッ!!!!!」


 彼の言葉を切り口に、緑色の光が背後の者たちを包む。

 光は段々とヤンのもとに集まり、彼を大きく包みこむ。

 形成す炎クサナギを受けて焼け爛れた腕がみるみるうちに修復され、ついに完治した。

 完治だけじゃない。彼のもつ圧は、凄みは先ほどと比べものにならないほどだった。


 つい後退りしてしまい、そのことに気付いてこれは恐怖の感情だということを思い知らされる。

 あまりに圧倒的なパワーの塊。

 ミリアの真実を導く光玉リア・ファルすらも軽く凌駕する爆発的な力の上昇を彼の身体からは感じ取ることができた。


「第二ラウンドと行こうぜ、タケル。テメエじゃ俺にぜってえ勝てねえッ!!!!」

「待ちなさい!」


 完全に高まったヤンの言葉を遮り、我らがリーダーが前に出る。


「おい、ミリア危ないから下がって……」

「あんた、魔王を倒すのは俺だとか言ったわよね?」

「……ああ。だがそれがどうした。女はすっこんでろ」

「いいえ、引かないわ。それに、あんたこそ引くべきよ。あんたがここで私たちを倒してしまったら、魔王に会えないわ」

「テメエ、魔王を知ってるのか!? 教えろ! 俺に教えろ!」


 魔王という単語を聞いて、ヤンの目つきが急に変わる。

 好奇心旺盛の子供のようにはしゃぐ彼を見て、『チャイナ』の皆さんも苦笑いしていた。


「魔王はいないわ。でも……魔王候補ならいるじゃない?」

「だからどこにいるのか聞いてんだよ、こっちはッ!!!! さっさと言わねえと女でも容赦しねえぞ!」

「あんたの目は節穴なのかしら? ここにいるじゃないここに!」


 ミリアは語気を強めた後、不可侵の輝剣クラウ・ソラス・アナザーを振った。

 剣から放たれる漆黒の刃……それはまさに魔王プレイグが使っていた者に酷似していた。


 背中から黒色の黒色の光が舞っているのが見える。

 魔力の感知がほとんどできない俺でさえ、見えるということは、きっと他の人からすれば今のミリアは【闇】を放出しているのは明らかなんだろう。


『チャイナ』の人たちとヤンの反応を見て、それは確証に変わった。


「おいおいおいおいおいおい!!!! お前が次の魔王候補かよ!!!!」

「その通りよ。まだ魔王じゃないけどね」

「今日はなんて日だ!!!! ファンよりつえー奴が現れてよ! それに死んだと思った魔王の後玉まで現れてよ! 最高じゃねーか!!!!」

「あんたの希望を通したければここは一旦引くべきよ。ここで私たちと戦ってしまえば、どちらかが確実に命を落とすわ」

「……テメエの言い分はよーくわかった。だがよぉ……そんなもん見せられて帰れるほど……こちとら人間できてねえんだよッ!!!! 一発ヤラせろ!!!!」

「ッ!?」

「ミリア!!!!」


 ミリアの交渉虚しく、ヤンは飛び出す。

 ミリアの奥の手……おそらく【闇】魔法を浄化した時に吸収した【闇】の魔力を使っているだけのハッタリは、確かに相手に効果的面だったが、相手がそれ以上にバカだった。

 こいつ、強い相手との闘いしか眼中にないのか!?


 一歩反応が遅れた俺はもうヤンを止められない。

 紅炎再起とかいう技を使った後、彼のスピードは俺を凌駕していた。

 大切な仲間を失ってしまう。

 そう思ったその時、ヤンは突如現れた赤い扉に打ち当たり逆方向へと弾き飛ばされた。


 ついに……こっちの最高戦力のお出ましだ。


「お待たせなの。愛と正義の魔法少女……魔法少女リリ! 華麗に参上なの!」

「おいおいおいおい…………『魔法少女』じゃねえか……! お前までお出ましとはなぁ! 今日は本当についてるぜ! なあ! なあ!」


 ヤンは『チャイナ』の面々にそう問いかけるが、あからさまに彼らの表情は青ざめていた。

 リリの活躍は向こうの大陸でも轟いているのかもしれない。

 もしくは……彼女から放たれているであろう圧倒的な魔力量に恐れを抱いているのかもしれない。


 すでにリリは不条理へ至る銀鍵レーヴァテインを完全開放した状態だった。


 そして、ヤンも流石に、リリの強さを見誤るような愚かさを持ち合わせてはいなかった。


「ふんっ、仕方ねえ……今日はここまでにしてやる。おい、金髪の魔王候補。お前が魔王になるのは何時ごろだ?」

「わからないわ。でも、覚醒したらあんたたちならわかるでしょう? コソコソこっちに使いまで寄越して、セコい真似してるようですものね」

「はっ! その文句はそこで死んでる男に言えってんだ! まあ、送った奴らは全員殺されちまったみたいだがなぁ! うちの兵を殺したやつとも戦ってみてぇなぁ! まあこれはシアンに譲るとすっか」


 その人、魔王候補(ハッタリ)の隣にいます。


「次はもっと強いやつを送る。テメエが覚醒した時……その時が次の闘いだ。首洗って待ってろッ!!!!」


 ヤンはそう捨て台詞をいうと、軍を引き上げ『オオイタ』の街を後にした。

 魔法少女リリの到着は、それだけで戦況を一転させてしまうほどのインパクトだったのだ。

 改めて、身内にチートがいることのありがたみを感じた。


 リリは登場してすぐに敵が引き上げていくことに疑問を持ちながらも、事態が解決したことには納得しているようだった。


『チャイナ』の軍が見えなくなったところで、俺たちは盛り上がる。


「やったの! なんか知らないけど追い返したの!」

「そんなことありませんわ! リリちゃんがきたからこそ、相手は逃げ出したのですわっ!」

「えへへ……アイリちゃんありがとなの」

「ふんっ! それとこのミリア様のお陰ね! あいつら馬鹿だから私を魔王候補と勘違いしてるわよ! 魔王が死んだばかりなのに新しい候補がポンポン生まれてたらこの世の終わりだわ!」

「ミ、ミリアさん……あれ嘘だったの……」

「私が知らないところで意外と私が有名になっちゃってるんだね……タケルくん助けてっ!」

「こらこら抱きつくな。とにかくみんなお疲れ様! これでこの大陸の危機は免れたな!」


 最後に俺がまとめると、みんなでハイタッチをし合った。

 きっと、リリが先行して後から王様が来るんだろう

 仲間と共に勝利の余韻を噛みしめる。


 しかし、2度の世界の危機を救った俺たちでも、勝てないものがある。


 グゥーとアイリの腹がなった。


 顔を赤くするアイリの手をとり、ミリアが自分の背後に広がる『オオイタ』の街を指さした。


「世界の危機を救ったわけだし! 料理の一つや二つ振る舞ってくれるでしょう! みんなランチに行くわよ!」

「「「「「おー!!!!」」」」」


 一仕事終えた後のご飯は旨い。

 最高の仲間とならば尚更だ。


 こうして俺たちの長かったのか短かったのかわからない戦いは一旦幕を閉じるのであった。

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