第148話 新たな仲間
「わたしは魔王じゃない……よ?」
怯えた様子でいうそれに、俺たちは凍りつく。
これで魔王じゃないというならば誰が魔王だというのだ。
魔王でもなんでもないただの人に、ギルドがまるまる一つ占拠されたとしたらそれは一大事だ。
隣を見ると、ミリアは何やら訝しげな表情を浮かべていた。
考えるそぶりを少しみせた後、彼女に問いかける。
「貴女、この大陸の人間じゃないわね?」
「…………う、生まれは……ここ……です」
「育ちは、違うってことね。了解よ。さっきから魔法使い、魔法使いって言ってたのが気にかかってたのよ」
納得した様子でミリアは頷いた。
「どういうことだ?」
「彼女は隣の大陸育ちだと思うわ。大きい国といえば『インド』『チャイナ』辺だけど、そっちの方では魔王と言えば【闇】の魔王だけなのよ。全ての魔法の頂点……そういう意味で、彼らは王を使う」
「つ、つまり彼女はこっちでいうところの魔王だけど、向こうではそう呼ばれてないってことか?」
「そういうことね。彼女のいう『魔法使い』は自分の
「渡す……? そんなの……できない……よ?」
「そう。じゃああれね。こちらで【王】という称号は存在するけど、それとは少し異なるようね。単純に、魔力が高くて使いこなしてるとかそういう意味なのでしょう。なるほど、向こうの枠組みならばこのミリア様も『魔法使い』ね」
「ややこしいな……」
ミリアの説明を聞いて頭がこんがらがってきた。
とにかく、彼女はこちらの枠組みでいう魔王だけど、それを自覚してないということはわかった。
それより、俺は会話の中で出てきた『チャイナ』という言葉が気になった。
つい先日、王様からも同じワードを聞いている。
そして、『チャイナ』がこちらの大陸に攻めてくるとも。
もしかすると、彼女がそれなのではないだろうか?
「とにかく、貴女はもう私たちに敵対する意思はないのよね?」
「……えっ……それは…………キミはどっちの味方……?」
俺のワイシャツの袖を引っ張りながら彼女が聞いてくる。
「どっちの? 良くわからないけど、俺は彼女たちと仲間だよ」
「……じゃあ……わたしも……味方」
「あ、ありがとう」
良くわからないと言ったが、嘘だ。
あんな質問されれば流石に分かる。
彼女は『チャイナ』の刺客で間違いない。
どっちの、というのは『チャイナ』かこっちの大陸かという話だろう。
ローブを再び頭に被り彼女は俺の手を握る。
緊張しているのが、手から伝わってきた。
「……わたしは……リン。『チャイナ』の……リン。四魔人の1人…………よろしく……お願いします」
「俺はタケル。オオワダタケルだ。よろしくな」
「タケル…………キミの名前は……覚えた。末長く…………よろしく……ね」
「アイリですわっ! 同じ闇魔法同士仲良くしていただければ幸いですわ」
「……ちびっこ……かわいい。……大丈夫? 酷いことされてない……? お姉ちゃんが嫌な人殺してあげるよ……にへへ……」
「おいおい、うちのパーティーの唯一の良心に変なこというんじゃない」
「『唯一』って何よ、『唯一』って。私はミリア。ミリア・ネミディア。よろしくね」
「……あなたは話が通じそう……よろしく」
「最後は私だね。私はオカザキクレハ。タケルくんの未来のお嫁さんです」
「お嫁さんは余計だ」
「……あなたが……オカザキクレハ。あなたのことは……知ってるよ。シアンが……すごく気に入ってる」
彼女の意外な返しにクレハの警戒度合いが高まる。
空気がピンと張り詰めて、少し動けば身が裂かれそうなほどな圧力をクレハは放っていた。
「わたしの国の……兵…………全員殺したでしょ…………しかも、一人一人……追い詰めて。仲間同士で殺し合いもさせたって……聞いてるよ」
「…………お前は『アンノウン』か?」
「……ん? それ……知らない。……でもわたしは、出兵した人たちとは……無関係だよ?」
「……ならいいや。残党がいたら教えてね」
あわや一触即発の雰囲気だったが、どうにか衝突は回避した。
引きこもり系少女……リンは表情は常に暗く、心情を読み取りにくいが、嘘をついているようには思えない。
きっと、彼女と『アンノウン』が関係していないというのは事実なんだろう。
「じゃあリンはどうして『オオイタ』……このギルドを占拠したりしたんだ? そっちの国の連中もここを隠れ家にしていたし、俺たちが疑っちゃうのは仕方ないよね?」
「それは…………ファンに言われたから。わたしには……もうキミがいるから……いいけど…………前まではファンの言うことを聞いてた……んだ。う、浮気じゃ……ないから……許して……許してください……お願いします……わたしには……キミしかいないから……お願いします……お願いします……お願い」
「分かった! 分かったから落ち着いてくれ」
「ナデナデ……気持ちいい…………にへへ…………」
情緒不安定な彼女の頭を撫でながら周りを見ると、対面の女性たちから厳しい視線が送られていた。
言いたいことはわかる。だけど抑えてくれ。結構今いいところなんだ。もう少しで、敵の情報が聞き出せる。
「さっきから出てくるファンって何者なんだ? リンのところのリーダー的存在?」
「う、うん。彼は魔人で一番強いから…………それに、まともだから……リーダー」
「魔人って……リンも自分のこと魔人って言ってたよな」
「わたしの国では……【闇】と……その下の4つは……特別なの。…………だから魔王様にあやかって…………魔人。わたしたちは……王にはなれない」
リンは俺の腕にギュッと抱きついた。
クレハにされたら即振りいていただろうけど、ぺったんこの彼女のそれは刺激が少なくてまあいいかという気持ちになった。
それを察してか、クレハの表情が心なしか明るくなっている。
【理想の彼氏】は俺の心まで読めるのか?
とにかく、段々と話が読めてきたぞ。
『チャイナ』という国は魔王を頂点に置いて回っている国のようだ。
そして、その下には4人の魔人……つまりその他の魔王因子の強者がいる。
リンはその中の1人ってわけだ。
2人で会話を進めていたので、ミリアが痺れを切らして口を開いた。
「あんたたち、このミリア様にもわかるように説明しなさい。特にタケル、あんた何か隠してるでしょう?」
「怒らないでくれ。隠すつもりはなかったんだ。俺は王様から若干これから起きる災厄について聞いている」
「災厄……ですの? 一体何が……」
「俺が聞かされているのは、リンの育った場所……『チャイナ』がこっちに攻めてくるってことだ。だから、『チャイナ』の人間には注意しろと、その程度のことだけだが……知らされていた」
「あんたねえ……」
ミリアは髪の毛を払うと、呆れた声を出す。
「私たちは仲間でしょう! どうしてそんな重要なことを共有しないのよ! このアイリ様の力が信用できないのかしら?」
「それは……」
「こればっかりはミリアが正しいね。私もちゃんと話して欲しかったかも」
「クレハも……」
「あいつら皆殺しにできるって分かってたらもっと準備してたのに」
「え?」
「……わ、わたくしは特に恨みはありませんが、先生の力になりたいですわ!」
「アイリありがとう……俺が間違っていたよ」
「随分アイリちゃんの言葉だと聞き分けがいいじゃない。まあ、いいわ。とにかく、相手が【闇】信仰のある国ならこのミリア様に分があるわ。感謝しなさい」
「ミリア……」
心強い仲間の言葉に俺の目頭が熱くなる。
クレハのはちょっと違うけど、まあ実力はお墨付きだし……それに覚悟が違う。
彼女なら、躊躇無く敵を殲滅できる。
「……わたしも……手伝うよ? あまり……他の魔人のこと……知らない……けど」
「……リンは一応、仲間だったんだよな。今は寝返ってるけど。光の速さで寝返ったけど。普段、彼らと交流はなかったの?」
「わたしは……大体引き篭もってるから。お昼寝とおやつのために……生きてる。たまに、ファンに言われて仕事もする……けど」
完全に引きこもりだ……見た目通りの生活スタイルで妙な安心感があった。
ミリアは隣でアイリに「こんなだらしない生活しちゃダメなのよ?」と注意するが、みなさん知っての通り我らが良心アイリはいいとこの家でそんな堕落した生活は絶対に許されないのだ。とりあえずフクダさんがそれを止める。というか同じツッコミをしてしまう俺を止めてくれフクダさん。
異世界で出会った大人の中で彼が一番尊敬できる人間だし、俺は彼に絶対の信頼を寄せていた。
「そ、そうか。というか、寝返って大丈夫だったの? 今後狙われるとか……」
「それは……ある……かも…………でもキミがいるから……安心。…………それに、ファンは嘘をついてた…………彼は嘘を嫌うのに…………もしかしたら、他の魔人も…………寝返る……かも」
「他の魔人まで……?」
相変わらず、彼女の表情は読みづらい。
しかし、これは明確に怒りの感情を遠方へと向けている。
「……魔王様……いなかった。わたしを……救ってくれる……神様だった……そのはず……なのに」
「リンは魔王がいると聞いてこっちに来たのか?」
「う、うん…………わたしは……魔王様に……会いにきた…………会いたかった……」
俺の腕を掴む力が強まる。
本当に彼女は魔王に会いたかったみたいだ。
今となっては、会いに行ける魔王として『トウキョウ』で飲食店を営んでいるわけだけど、彼女が会いたいのは今の魔王様じゃないだろう。
というか……俺は知らないうちにこの国の危機を2つ同時に救っていたのではないか?
魔王を倒すことによって、魔王それ自身からの被害の他にも、彼を信仰する『チャイナ』の面々……彼らまで押さえ込んでしまった説がある。
事実、目の前にいる四天王ポジションのリンは既に籠絡した。
もしかしたら魔王を倒したのは俺だって知ったらリンは『チャイナ』に戻ってしまうからその情報は伏せて
「リン、あんたが会いたかった魔王を倒したのはこのタケルよ」
「はああああああ!? ミリアさん何言ってるの!!!?!?!?!?!??」
こいつ、俺の心の中が読めるのか!?なんてタイミングの悪さだ。
リンは涙目になりながら、ギュッと腕を締める。
精神が不安定になっているからか、若干【
腕が折れそうだ。
「……本当……なの? キミが……魔王様を…………」
「あ、ああ。魔王はそれを望んでいたから」
「そう……なんだ。……だったら……仕方ない…………魔王様のお願いを……聞いてくれて…………ありがとうございます」
かかる力が弱まる。本当に許してもらえた……ミリアはこれを見越していたというのか。
彼女が親指をこちらに立てていた。見越していた可能性が高いな……最悪暴れ出してもまた俺が止められると信用してのことだとしておこう。
そうだ。リンにだけ、後で内緒で魔王様の隠居後を教えてあげよう。
きっと喜んでくれるはずだ。
「それで、リン。あんたの国が攻めてくるのはいつのことなのかしら? 流石にこれは知っているでしょう?」
「……知らない……です。でも、ファンは明日……こっちにくるって…………言ってました。そこで……わたしのお仕事は……おしまい。…………お布団さん……こんにちは」
「だそうよ、タケル。明日が決戦よ」
「明日……明日といえば……!」
「そうよ。『龍飼い』『扉の魔法使い』『魔法少女』…………こっちの最大戦力がくるわ。ここで、奴らを叩き潰す」
ミリアはそう言って拳を固く握った。
思った以上に展開が早い。俺も明日に向けて準備をしなくては。
まずは住民の避難だ。避難先はある。『オオイタ』が近隣諸国と築いてきた絆は決して無駄ではないはずだ。
やることが決まり、俺は立ち上がった。
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