第146話 魔王の暴走


 魔力器官をくりぬいた後、それを一度体内に戻し、治癒魔法をかける。

 簡素な処置だが、前より上等な【治癒】の魔法石を使っているらしく、再起不能であっても不思議でない状況からの蘇生が可能であった。

 ミリアの最大出力の魔力に耐えれる魔法石であると言うだけで、相当な逸品であることは窺える。どこで拾ってきたんだそんなもん。


 治癒が終わると、先程まで苦しそうにしていた女性は、顔色を戻し寝息を立てた。

 一応危険だから、ということで、クレハが手錠を錬成しそれを手を後ろに回してはめた。


「クレハさんその手錠は……もしかして」

「あ、分かる? そうだよ。私と巨乳という点でキャラ被りしてる女の使ってる宝具……群れを食う手枷グレイプニルを模倣したの。これであの女のアイデンティティーを喪失させて、ヒロイン候補から脱落させるつもり」

「お前、大して話したことない人のこと滅茶苦茶言い過ぎだろ……」

「タケルくんが鼻の下伸ばしてたのが悪い」

「その話はなぁ! ……忘れてくれよ…………」


 昔話を掘り返されて肩を落とす。

 例の件はサラに散々ネタにされたから、もう終わりにしてくれ。

 というより、クレハの【鍛治】は本当にどんなものでも作れるんだな。

 鉄製以外にも、クレハの加護ギフトは魔法石の加工もできると聞いたから、もしかしたら材料さえあれば完全に宝具を模倣できるのかもしれない。


「あんた達、緊張感がないわよ。拘束しているとは言っても、私たちの前にいるのは魔王なんだからね」

「そうだった。スヤスヤ寝てるから忘れてた。気を抜いたらまた洗脳されそうだしな」

「その時はお任せあれですわ! この人の加護ギフトとわたくしの加護ギフトは相性最悪ですの」


 小さな体躯の幼女は、その小さくで頼りになる胸を叩いてそう言った。

 今回アイリに頼りっぱなしだ。

 加護ギフトのあるこの世界に置いて、能力の相性というものはかなり重要になってくる。

 かなり雑な例を挙げるとするならば、近距離即死能力(アイリの【支配】)に対して遠距離攻撃能力(ミリアの不可避の輝剣クラウ・ソラスとか)は有利で、遠距離攻撃能力に対して遠距離攻撃無効能力( リリの【不思議の国の扉ワンダードア】とか)が有利、遠距離攻撃無効能力に対しては近距離即死能力が有利とかそういう相性は存在する。

 実際問題、魔力量の関係でリリが手が出せない上空から攻撃を放ち続ければそのパワーバランスは崩壊するんだけど、まあ大体相性というものがある。

【音】の加護ギフトに対して、アイリの能力は非常に有効だった。


 しばらく待っていたが、一向に目を覚ます気配がない。

 痺れを切らした俺は、目の前で眠る【狂化】の魔王のローブを持ち上げ、顔を確認する。

 第一印象を上げるならば、いかにも不健康そうな女性という印象だった。

 目の下には黒い隈が付いており、首も細い。ちゃんと栄養取ってるのかこの魔王は。

 髪はだらしなく伸びきっていて、前髪を下ろしたら顔全体が覆ってしまいそうだった。


 あんまりじろじろ彼女の顔を見るもんだから、クレハからツンツンと優しく注意を受ける。

 全く、俺も嫉妬深い子に好かれてしまったものだ。ナイフは痛いからやめてくれ。


 *


 その後も、触らぬ神に祟りなしといった具合に、最初のうちは俺たちは魔王への接触を控えていたが、彼女が一向に起きる気配を見せないため、俺たちは暇に負けて彼女の体を調べ始めてしまう。

 最初は否定派だったクレハも、今では彼女のローブをナイフで裂いて身ぐるみを剥がそうとし始める始末だ。

 男がこの場にいるから流石に全部脱がすということはないだろうけど、ほどほどにしておけ……


 魔王は、ローブの下に同じく真っ黒で、ダボダボとした服を着込んでいた。パジャマかこれ。


「(伸ばしきった髪、目の隈、私服でパジャマ…………だらしなすぎる……)」


 創作の世界では、しばしば人がトラックで跳ねられて転生することがある。そして、その人というのは結構な頻度でひきこもりだったりニートだったりすることが多い印象を受けるのだが、彼女はまさにそんな印象の女の子だった。

 異世界転生すべきは俺じゃなくて、彼女だったのかもしれない。

 今は人畜無害に眠りについている魔王様だが、俺のもといた世界でアニメとかゲームとかに触れてしまったら一生部屋から出てこないビジョンが完璧に浮かんでしまった。

 まだ一言も話したことないのに失礼極まりない。


 女性の目から見ても、彼女の姿はあまりにだらしなく映っているのか、ミリアなんか「アイリちゅわんは、ちゃんと着替えて外に出るのよ」とか完全お母さん目線で忠告をし始めた。

 アイリは家に家政婦がいるほど高い地位の娘なので、パジャマで出かけたりなんかしようとすれば、門の前で止められてしまうだろう。その前に専属のフクダさんが止める。


「む……むにゃ…………おはよう」


 不意に発せられた声に、緊張が走る。

 手筈通り、アイリがクレハとミリアの手を握り加護ギフトをかける準備を整える。

 俺はいつでも死ねるように正宗を構えた。


 ついに魔王が目覚めたのだ。

 イメージ通りのガラガラとした可愛げない声の主は、周りを見渡すと首を傾げる。


 そして、急に引きつった表情で、目を泳がせた。


「あれっ……みんなは………? みんなが……いなくなってる…………みんなの声が……聞こえない……!」


 その目はすでに周囲を囲む俺たちを気にしていなかった。

 虚空に向けられた眼に、本当にそこに誰かがいるのではないかという錯覚を覚えさせられる。

 様子がおかしい。


「ダメ……ダメ……私1人じゃ……ムリ……。あの子は……抑えられないのに……」


 両手で自分の身体を抱きしめる。それは抱きしめるというより、押さえつけるというのが正しいものであった。

 身体を抱いていた腕が、徐々に開く。

 ここに来て俺たち……正確には1番近くにいた俺に気づいたようで、その視線は助けを求めていた。

 しかし、何をどうしろというのだ。

 率直に言って、俺は未知の事態に混乱していた。


 プルプルと腕を震わせ、謎の力に抵抗していた彼女であったが、均衡はすぐに崩れた。


 ドゴンッという効果音と共に砂煙が舞い上がる。

 彼女が振り下ろした両手は、大地を揺るがすほどの力を持っていた。


 砂煙の中から、二つの赤い光が揺らめく。

 そして、天然の目眩しから、1匹の獣が飛び出し、俺を殴りつけた。

 恐ろしいスピードで繰り出された一撃であったが、間一髪両手でガードする。


 しかし、威力に負けて俺の身体はそのまま『オオイタ』郊外の平地を転がるようにして吹き飛ばされる。


「(いてぇ……というか俺の腕が…………!)」


 吹き飛ばされる最中俺は自分の腕を見て驚愕する。

 両腕共に開放骨折だ。

 皮膚から飛び出した骨が大気に晒されている。

 完全に相手の物理攻撃は俺の世界の加護ギフト二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】を凌駕していた。


 腕をやられてしまったため、正宗で自殺からの完全回復が行えない。


 どうにかして状況を打開できないかと考え出したところで、背後に気配を感じた。


「(おいおい……嘘だろ……俺はまだ飛ばされてる途中だぞ……)」



 砂煙から飛び出た獣の正体……【狂化】の魔王は、殴り飛ばした俺に脚力で追いつき、そのまま顔面へと蹴りで追撃する。


 恐らく、頭から上が飛ばされたのだろう。

 俺の意識はそこで途絶えた。


 *


 ミリアたちがいる場所へ戻る。

 魔王は姿をくらました俺を探して、遠くの平野に手当たり次第クレーターを作っていた。


「ミリア、逃げろ! 恐らく『オオイタ』の霧の中なら安全だから!」


 他の【狂化】にかかった人たちの行動をみるに、霧の中には入ってきにくい。

【狂化】されると、モンスター並みの知性になってしまうんだ。

 モンスターが霧の中に入ろうとしないように、彼女もきっと霧の中には入っていかない。


「でもタケルは……!」

「俺は死なないからいいんだよ! 今ミリアと俺は繋がっている。霧の中で対処法を考えて、俺に伝えてくれ。俺たちの戦い方なんて、最初からそうだっただろ!」


 俺が身体を張って、彼女たちが解決法を持ってくる。

 俺たちはこれまでそうして強敵たちから勝利をもぎ取ってきた。

 誰が何をしたらいいかなんて、最初から決まっていた。


 気圧された彼女たちは、すぐに逃走を実行に移す。

 足の遅いアイリはミリアが脇に抱えて走り出した。


 一瞬の安堵の後、遠方から迫るミサイルのように加速する飛来物を俺は蹴り飛ばす。

 ついに俺の位置はバレた。


 500mはあろうかという距離を彼女は2、3秒で詰めてくる。

 これまで相対した敵の中で、最速の攻撃速度を誇る単純な素手による殴打だったが、俺はそれを目で追うことができていた。

 拳と拳がぶつかり合い、俺の右手は弾け飛ぶ。


「(なんだよこの威力は……! 俺の【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】は人体に対しても十分すぎる防御上昇がかかっているはずなんだぞ!)」


 左手だけで化け物に対抗することはできるはずもなく、懐に入られた後、顎に掌底を入れられて俺の頭部は再び宙をまった。


 背後に復活した俺は全快状態で背部に両足で蹴りを入れ、攻撃と同時に距離を取る。

 完全に不意をついた攻撃だというのに、彼女は俺の蹴りのダメージが最小になるようにわざと自分から攻撃の向きに飛んでいた。あまりに攻撃の感触が軽すぎる。


 そういえば、彼女は【音】の加護ギフト所持者であり、聴覚が異常に長けていた。

 俺が復活した瞬間の音を聞き取ることなど、彼女に取っては朝飯前だろう。


 一度四つん這いになり、力を溜めた後【狂化】によって強化された脚力によって、瞬き一つの内に彼女は肉薄してくる。

 攻撃をくらい、再び背後からの攻撃を仕掛けるのは悪手だ。

 何度も復活するのを見られてしまっては、俺に構っても無駄だということを察してしまう可能性が高まる。事実、大蛇との戦いでは1日死にまくった結果興味を失われてしまった。


 なので、一撃粉砕の彼女の拳を、彼女と同じように同方向に飛び出すことによっていなすことが最有力な対処方法だ。

 判断は一瞬、すぐに攻撃をいなそうと飛び出したが、俺は腹部に強烈な痛みを感じ、それは失敗であることを悟った。

 見ると、腹に穴が開いていた。


「(…………ッ!! 触れただけで破裂してんじゃねえか! これはただの拳じゃない……加護ギフトの力が乗っている!?)」


 出血死。

 今度は『オオイタ』から距離を取るように、離れた場所に転移する。

 少しでも時間を稼ぐためだ。


 今の一撃で彼女の攻撃の仕組みが少し分かった。

 彼女が持っている加護ギフトは、ミリアがいう『加護ギフトは基本的に2つまで』というルールを考慮すれば、【音】と【狂化】だけ。


『オオイタ』を占拠した時、彼女は音に加護ギフトを乗せて、住民を皆狂わせた。

 だが今の彼女の加護ギフトの性質は全く異なっている。

【狂化】によって自身を狂わせ、【音】を攻撃方法として行使している。

 大方、音の波を使って攻撃をしているんだろう。

 彼女ならそれくらいやってのけるという確信があった。


 とにかく、先刻までの彼女と、今俺が対している彼女は別の人間として考えるのがいい。性格も、攻撃方法も、何もかもが異なっている。


「(逆に考えれば、これはチャンスだ。俺は【狂化】の加護ギフトを防ぐ術がない。相手の能力向上に使われる分には、さほど問題ない筈だ)」


 正気を見出したところで、脳内に声が響く。


『タケル! 2つよ! 2つ言うわ! 形成す炎クサナギは使わないこと、拘束ないし足を奪うこと!』

「了解……! 待ってたぜ」


 ミリアからの指示が入った。

 真意を尋ねる余裕はないが、俺は彼女を疑ってはいなかった。

 すぐに形成す炎クサナギを右ポケットへとしまう。

 拘束でいいと言うから、とにかく動けなくすればいいということだろう。

 できれば正宗で足を落とすようなことはしたくない。

 寝技は……自信がないがやるしかない!

 迫りくる狂人に対抗すべく、俺は拳を握った。


 *


「あんなの洒落にならないわ! どうすんのよこれ!」

「お、落ち着いてくださいですわ! ミリアさんがこの中で1番頭脳戦に秀ているのですから……とにかく落ち着いてくださいですわ!」

「といっても、あれは流石にね……暴力オブ暴力って感じだよ。私たちじゃあ、10秒ももたないかも」


 想像絶する破壊力を持つ敵の登場に、3人は焦り、戸惑いを隠せずにいた。

 これまで様々な強敵を倒してきた彼女たちであるが、今回の狂った化け物に対しては恐怖を感じていた。

 それもそのはず、彼女たちが最も信頼している男が一瞬の内に殺されたのだ。

 しかも、視認することすら困難な速度で。


 彼女たちはそれぞれ、ある程度の自衛の手段を持っている。


 ミリア・ネミディアは不可侵の輝剣クラウ・ソラス・アナザーによる自動反撃。

 フジミヤアイリは第六感シックスセンスによる予知と【支配】による空間固定。

 オカザキクレハは【簡易錬成インスタントメイカー】の即時錬成による金属武器の無効化。


 しかし、それらを持ってしても、【狂化】の魔王の進撃を食い止めることは不可能であると各々察しがついていた。

 単純で明快な、異常な速度から繰り出される暴力に対応できるのはおそらく意識外の攻撃に対応できる不可避の輝剣クラウ・ソラスアナザーだけ。

 そしてその宝具でさえ、蹴り飛ばした相手に追いつけるほどの瞬足、手数の多さの前では無力であろう。


「とにかく、悲観していても仕方がないわ。敵の正体を考察していくしかない。何か気になることはあるかしら?」

「最初会った時は、なんか様子が変だったよね。口調が安定しないというか、タケルくんがいたら『キャラがぶれてるぞ』ってツッコミを入れられてたくらいには」

「わ、わたくしもそう思いましたわ。多重人格、というものなのでしょうか」


 アイリは唇に指を当てて首を傾げる。

 2人は彼女の言葉を否定しない。この意見に関して、彼女たち以外も肯定的に捉えていた。


「でも多重人格だとして、それって何か意味ある情報なのかな?」

「意味はあるわ。これも仮の話な訳だけど、仮に【狂化】の加護ギフトが人の意識そのものを狂わせる加護ギフトであるとするのならば、これまでの相手の行動に整合性が取れる」


 再びアイリは首を傾げる。話の意味が理解できていないと受け取ったミリアは補足を加える。


「件の魔王はいくつか人格を持っていて、そのうちひとつの人格は【狂化】によって狂ってしまっている。だけど、彼女は他の人格も持っていて、そちらはまだ狂っていないから普通に喋れる……まあ普通には喋れていなかったわけだけど、少なくとも言語を発することはできていたと考えることができないかしら?」

「なるほどね。それなら、この暴走もなんとなく察しがつくね」


 クレハは両手を開いて呆れるようにいう。


「大方、気を失っていくつかの人格が休眠しちゃったとかそういう話なんじゃないのかな。それで、正気の人格1人じゃ、狂人格を抑えられなくて、暴走してるって感じ。だから、どれくらい時間を稼げばいいか計算できないけど、時間がたてばいくつかの人格が目を覚まして無事解決になると思うよ」

「概ね同意するわ。今回の敵は、時間が解決すると見ていいと思う。ただ……」

「何か気にかかることがあるのですの?」

「ええ、普通……いえ多重人格という現象自体が異常なことなのでしょうけど、一度に複数の人格が目覚めていることは稀だと聞くわ。1人が起きれば、1人は寝てしまう。こういう症例は昔本で読んだことがある」

「つまりどういうこと?」

「仮に、彼女が10の人格を持っているとしてよ、主人格を含め10人全員が常に起きている状況はそうそう起きえないということ」

「でも、一応全員が起きてる時だってあるわけだよね? 別に変なことじゃないんじゃないの?」

「だから引っかかってるのよ。何人かの人格がいなくなっただけで、狂ってしまった人格が抑えられなくなるんだったら、1日に何度か暴走してしかるべきだわ。でもそんなことにはなっていない。そうよね、アイリちゃん」


 彼女はゆっくりと頷いた。

 アイリは持ち前の索敵能力を用いて『オオイタ』の中の様子を、かなり大雑把に把握しており、内部で大きな物音などは起きていないことは知っていた。

 もし、魔王の狂人な面が出ていたのならば、絶対に気付いているという自信が彼女にはあった。


「じゃあ、時間稼ぎは悪手かな?」

「いえ、さっきもいった通り、私も時間稼ぎをしたらいつかは暴走が止まる可能性は高いと踏んでいるわ。ただ、それだけが勝利の条件なのか確証がないという話よ。もしかしたら、絶対踏んではいけない手順があるのかもしれない」


 その言葉に、クレハとアイリは黙り込む。

 ただでさえ、今回精神面がデリケートな敵を相手にしている。

 事態を収束させるだけならば、タケルが、出来るかはさておき、力でねじ伏せるというという案が通ってしまう。

 そもそも、【狂化】の魔王を生け捕りにしたのは、彼女から情報を聞き出したいとタケルからの要望があったからだ。

 だから情報を持っている状態で、正気に戻さなければ、意味がないのだ。


 しばらくの沈黙の後、アイリは何かに気づいたようで、挙手をする。

 期待の眼差しを向けられ、怖気付きそうになるがそれをグッと堪えた。


「彼女は『みんなの声が聞こえない』と言っていましたわ。このセリフは、彼女の加護ギフトの【音】に関係がありそうに思えますの」

「……分かったわ」


 アイリのヒントにより、ミリアは一瞬の内に謎を解く。

 元々頭の回転が速いというのもあるが【時間】の加護ギフトによる高速思考がそれを可能とした。


「事態は結構複雑よ。まず相手は多重人格。これは間違いない。そして、一つの人格が【狂化】によっておかしなことになっていることも間違いない。そしてここからが問題よ」


 一拍置いて2人を見る。唾を飲み込み結論を告げた。


「彼女はおそらく【音】で常に脳内に別人格の声を流し続けている。これが彼女の言う『みんな』の正体のはずよ。つまり、彼女を押さえつける正気の人格は本来1人だけど、【音】の加護ギフトによって意図的に人格を増やして、対抗しているということよ」

「分かった! つまり、タケルくんが魔力器官を切り離したことで、一時的に使える魔力が激減して、仲間の人格を作ることができなくなって暴走したってことだね!」

「その通りよ! だから、ただ時間稼ぎをするだけじゃあきっと事態は収束しなかった。そして、私たちはとても運がいいわ!」

「ここが『オオイタ』で本当に良かったですわ!」


 勝機が見えてきたところでアイリの表情も明るくなっていた。

 クレハはワンテンポ遅れて理解し、走り出した。


「聖水を適当な店でかっぱらってくる! 犯罪慣れしてて罪悪感とかないし、私が適任だね」

「……理由はどうであれ任せたわ。アイリちゃん、外の様子の把握はよろしくね」

「お任せあれですわ! タケル先生が敵を無力化し次第、敵の位置を伝えますの」


 自慢げに胸を叩く彼女のあまりの愛くるしさにミリアの心には頬擦りしたい気持ちがこみ上げてくる。

 しかし、アイリが恋敵であるという事実を知ってからというもの、なんとも複雑な気持ちを抱えてしまっていた。

 ムシャクシャして彼女の頭をワシワシと撫でてみると、綿のような手触りが一瞬で脳を支配し、そこから先はもう両手でモミクシャにしていた。

 恋敵といっても、好きなものは好きなのだ。


「(私、甘すぎかしら……)」


 随分前から彼女が甘々のポンコツへと成り下がっていた事実を彼女は知らない。

 敵の対処方法の目処が立ったところで、通信を入れるべく、彼女は意識を外に向けた。

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