第145話 背後からの一撃

 ミリアとの契約の次の日の朝、作戦は決行された。


「行くわよ、みんな! 通りなさい。敵本拠地から少し離れたところに飛ばすわ」


 藍色の空間の裂け目を指差し、そう言う。

 ミリア自身人を飛ばすことは初めてであるため、昨日のうちに実験をしてみたが(もちろん犠牲になっても問題無い俺が実験台)問題なく転移ができた。

 併せて、ミリアの召喚の加護ギフトに隠された力があることが発覚した。


 固有空間を抜けると、視界が一瞬で切り替わる。

『オオイタ』中枢部、ギルド本拠地……つまり敵の居城。

 それを覆う狂化された人たちが蠢いていた。


『目的地には着いたかしら?』

『ああ、無事に到着だ』

『アイリちゅわん、敵の位置は補足できる?』


 ミリアの言葉にアイリは一瞬迷ったような表情をしたが、すぐに自信たっぷりに頷いていた。

 彼女の加護ギフトの隠された力……それはテレパシー能力だった。

 所有物となった者との意思疎通が離れていても可能なのだ。

 だから、アイリの加護ギフト【感覚操作】によって聴覚を封じている現在でも、ミリアの声は直接俺の脳内に響く。こちらの声も相手に届く。

 ただ、所有物同士の意思疎通はできないようで、アイリやクレハの声はこちらに届かない。

 だから極力ハンドジェスチャーで答えやすいようにミリアが配慮して質問してくれている。


『クレハの加護ギフトが発動できる射程まで移動するわよ。その後は手はず通り行くわ』

『おう!』

『タケルは形成す水アマノムラクモを構えてなさい。勝負は一発、外したら相手の守りが確実に堅くなる。一度の失敗で私たちの敗北であることを肝に命じておきなさい』

『ああ、絶対に外さない』


 無音の『オオイタ』の空を見上げる。

 前回来たときには、活気のある街だった。

 きっと今は、アイリの加護ギフトが解ければ、狂った住民の呻き声が聞こえているのだろう。

 ギルド一つを飲み込む【狂化】の魔王の所業は絶対に許すことができない。

 俺は……もう魔王プレイグのときと同じ轍は踏まない。

 確実に、犠牲者を出さずに問題を解決してみせる。

 そのための力は……きっとこの手にあるはずだ。俺はそういう目的の下、生まれた存在なのだから。


 地面と並行に俺は形成す水アマノムラクモを構える。

 アイリが俺の左手に触れながら向きを微調整していった。

 彼女は第六感を使うことで、ある程度身の危険を感じ取ることができる。

 だから、【狂化】の音が来るタイミングを彼女は分かっていた。

 今彼女は相手の攻撃を予見しながら、音がこないタイミングを見計らって敵の位置を聴覚情報から割り出すという死と隣り合わせの神業を行なっていた。


 狙いが定まったところでミリアが指示を出す。


『クレハ! やりなさい!』


 掛け声が頭に響くと同時に、ギルドの下から三角形の壁が反り立った。

 クレハの加護ギフト……【簡易錬成インスタントメイカー】によって、一瞬で構築されたそれは、『オオイタ』の住民を押し除けて大穴を開けた。


 今なら、犠牲者を出さずに形成す水アマノムラクモを通すことができる。


 右手を固く握る。

 左手で構えた刀の柄に、指輪の宝具を押し当てた。

 魔力が注入されているのが、魔法を行使していることがはっきりと分かった。


 ワンテンポ遅れ、形成す水アマノムラクモの先端から青い光が射出される。

 高純度の【水】の魔法石から繰り出される水撃は、ウォーターカッターのように鋭さを持っており、ギルドの扉を打ち破り敵を穿った。


 そのはずだった。


 形成す水アマノムラクモの刀身が5mほどまで落ち着き、砂煙も上がらなくなる。

 段々と敵の影が見えてきた。


 遠くからでも見える。

 巨大な音叉を持った女性が、それを胸に抱えて笑ってた。


 彼女の笑みに反して、アイリは顔面蒼白で、俺の手を握る力が強まっていた。明らかに動揺している。


 アイリの加護ギフトによる探知能力はそこまで酷い精度ではないはずだ。

 だからこれは、相手が一枚上手だったことを示している。


「座標がずらされましたわ! 敵は……自分の音をズラしてこちらに飛ばしてますの!」


【感覚操作】を解除してアイリはそう叫ぶ。

 そんなことが可能なのか?

 音をズラす……つまり、自分の足音を別の場所から鳴らしたと言うことだろう?

 そういえば、彼女の加護ギフトは……【音】だった。

 その汎用性が、俺たちの予想を遥かに越えていたのだ。

 最初の感知の次点でアイリは少し迷ったような表情を浮かべていた。

 きっと、そのときだ。

 俺たちが転移してきた瞬間、敵はすでに自分の座標を偽っていた。


 恐るべき感知速度。

 未来予知を使えるわけでもなかろうに、敵魔王の感知能力は、予知に迫る力があった。


 敵がこちらに手を振っている。

 段々と、クレハの作ってくれた穴が住民によって塞がれていく。

 クレハはなんとか穴を塞がれないように尽力してくれてはいるが、修復が早すぎた。


 アイリは既に泣きそうだった。自分の失敗で作戦がおじゃんになろうとしているのだから無理もない。

 俺は彼女の頭をそっと撫でる。


「俺にまかせろ」


 腰に携えたもう一本の宝具……正宗を手に取る。

 実際、作戦が失敗した時のことも、考えていたんだ。


 敵は音の座標をずらせる。

 だが、存在そのものをズラしているわけではないのだ。


 見えていれば……俺はどこにだっていける。


 だが、俺がこの世に転生するその一瞬の音を、相手は絶対に聞き逃さないだろう。

 だから、これは単純な力比べだ。


「聞こえてるんだろ? お前の感知速度と、俺の拳、どちらが上か勝負といこうぜ」


 そして、正宗を両手で持ち、心臓を貫いた。

 激しい痛みが体を駆け巡る。


 目は瞑るな。

 しっかりと見るんだ。


 意識を落とす最後の瞬間まで俺の双眼は敵を捉えていた。


 景色が切り替わる。

 集中力を極限にまで高めた結果、コマ送りのようにゆっくりと世界は動いていた。

 目の前にローブを深々とかぶった女がいる。

 女は気配に気づき、振り向くと同時に音叉を床に叩きつけようと、それをギュッと握りしめてた。

 それなら俺の方が……速いッ!


 爪を立て、抉りとるように俺は彼女の右胸を貫く。


 赤く濡れた俺の右腕には、赤黒い臓器が握られていた。

 魔力器官を切り離す、プレイグの時に学んだ魔王の倒し方だ。

 魔力が切れた彼女は気を失ってぐったりと俺の背中に倒れ込む。


 こいつを殺してはならない。聞きたいことがある。


 腕を引き、【狂化】の魔王を抱き抱える。

 そのまま俺は、飛ぶようにしてその場から逃げ出すのだった。

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