第144話 完全ターン制恋愛バトル


「ついに、ミリアも頭おかしくなったのか……」

「しょ、正気なんだからねっ!!!! 加護ギフトの発動に必要なのよ!」

「ナチュラルに私を頭おかしい扱いしてない?」

「それはまあ……な?」

「タケルくんのいけず……じゃなかった! タケルくん酷い!」


 彼女が頭おかしいのはいつものことだ。

 でも、ミリアまで……どうなってるんだ俺たちのパーティーは……異常者は伝染するのか。


「とにかく、私の【召喚】の対象にするためには、何かしらの刻印が必要なのよ。私の所有物って印がね」

「なるほどな。ということは、ミリアは宝具全部にキスしたのか?」

「そうなるわね。今はまだましな方よ。少ししか物を入れてないから。昔は質より量で戦ってたから大変だったわ」


 懐かしむように彼女はそう言った。

 そういえば、前に聞いたことがある。

 まだミリアが宝具を手に入れていない頃……つまり『トウキョウ』から指名手配がかかっていなかった頃、ミリアは固有空間に大量の剣を詰め込んで、それを状況に合わせて射出して戦うというスタイルを取っていたと聞く。

 まあ、その剣たち全てはリリによって破壊、没収されたらしいが。

 おそらくこの世で最も強い人間に宝具なしで挑んで勝ち目があるわけないよね。


「1000本は軽く超えていたわね。今思えば、あの頃は随分大変な戦い方をしていたものだわ」

「そんなにキスしてたらくちびるカッサカサになりそうだな」

「別に1日でその数を所有物にしたわけではないのだけれど?」

「とにかく、その所有物ってのになればいいんだよな? キスって言っても、からだのどっかにミリアの唇が触れればいいんだろ? そんなに戯けなくたっていいんじゃないか?」


 俺のその言葉に、ミリアは顔を赤くして頷いた。

 どうやらキスという単語が先行してしまい、本質を見落としていたらしい。

 自分の能力の本質を知りながら隠してキスしようとするやつに心当たりがある(特定余裕)から、ミリアは正直なやつだ。


「……私だってキスしたいの……わかりなさいよね……」


 ん?


 チラチラと彼女はこちらを見てくる。


 こいつ……理解してるのか……?

 周りに、恋のライバルが集うこの空間で……?

 ツンデレをかますつもりなのか!?


 もちろん、ミリアの独り言は全員に聞こえていた。

 気まずいなんてレベル通り越してるよこれ!!

 クレハさんそっぽ向いて聞こえなかったフリしてるよ!

 アイリちゃんクレハの手を握って聴覚封印してるよ!

 忖度が始まっているよ……!


 彼女たちは各々ライバル関係にあることを知っている。

 どこかでルール決めをしたのか知らないが、恋のバトルは完全ターン制らしい。

 罠とか手札誘発とかシールドトリガーとかニンジャストライクとかそういうのは無いらしい。


 しかし、いいのかミリア。この流れだと、クレハとアイリともキスすることになるんだぞ。

 アイリとはキスしたいだろうから、クレハとしてもいいのかという心配のみか。


 いや……これは違う!

 俺にはわかる。これは俺の否定込みでのシチュエーションだ。

 ミリアは俺が断るまでシナリオに組み込んでいるに違いない。

 そうすることで変な雰囲気にすることなく、ツンデレかまして俺にアプローチをかける……なんて計画だ……!

 ミリアの【時間】による高速演算から導き出された恋愛方程式の解が、このアプローチで間違いない。

 でなければ、こんなガバガバな作戦を取るわけがない。


「まったく、ミリアもたまにはそんなミスするんだな。ほら、クレハ、アイリ、手を出して」

「は、はいですわっ!」

「オッケー。ミリアと本当にキスするのかと思ってドキドキしちゃったよ」

「俺もだよ……」

「へー……ドキドキ……してくれたんだ」


 おいおい急にデレるな、急に。アイリの加護ギフトが間に合わないだろう。

 ミリアが少し不満そうな顔を向ける。

 作戦に乗ってあげたというのに、無慈悲だ。


 そうして、彼女はクレハとアイリの手の甲にキスをした。

 一瞬のことだったので、特に変なリアクションとかもとることなく、無事にミリアの所有物になれたようだ。


 そして最後に俺。

 同様に右手を差し出す。


 差し出された手を見ると、顔を上げて俺と目があった。

 暫く逡巡すると、顔をグイッと近づけてくる。

 まさかこのまま唇を奪われるのかと思った矢先、彼女の唇は俺の首筋へ。


 完全に予想の斜め上だった。

 どれほどの時間、俺は固まっていただろうか。

 その間、彼女の唇は俺の首元を吸い続けていた。


 キスを止めると、頬を赤くした彼女は俺の首を指差して言う。


「首へのキスは独占欲の現れよ。あんたはもう……私のものなんだからね!」


 そこまで言って、彼女は恥ずかしくなって高速で走り出してしまった。

 俺は、その場で茫然と立ち尽くす。

 彼女の作戦とやらを俺は理解できていなかったらしい。

 最後の最後で、逆転ホームランを打たれた俺の胸は、いつまでも騒がしく脈打っていた。



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