第142話 時間制限
霧の中に入ったミリアたちが帰ってくる。
彼女たちが【狂化】の
「相手の位置は分かったか?」
「ええ、敵はギルドの建物内にいるわ。周りに【狂化】の
彼女の言う通り、建物の周りに人が群がっているのを想像してみる。正直気持ち悪いな。
「しかし、これは困ったな。【狂化】を受けた人たちの腕力は相当なものだったぞ。おそらく、ステータスでいうなら筋力SSクラスにはなってると思う」
「彼らは力の制御ができていないから当然といえば当然ね。とはいっても、脅威であることは間違いないわ。だけど……」
ミリアはそこで躊躇する。言いたいことは、俺にも分かる。
ただ、その解決案はあまり良いものではない。
「倒せない相手ではない、だろ? だが、それだと『オオイタ』の人たちを救うことはできない」
「ええ、そうよ。
「なんか微妙にけなされてる気がする……」
確かに俺は
力が強いだけだけど!
まあ、ミリアの言っていることは分かる。
俺だって理性があるから戦えてるが、確かに猪突猛進しているだけだったら、これまでの戦いを乗り切ることは出来なかっただろう。
「なるべく別の解決法を探したいわ。私がここに来た理由は覚えているわよね?」
「ああ、『時渡り』をするためだったよな。ミリアに宝具を渡したクレハの爺ちゃんに会うために聖水が多くあるこの地に来た」
「そうよ。だから、私に聖水を売ってくれる人たちがいないと困るのよ」
そうして、彼女は白い防壁の奥を眺めた。
彼女は嘘をついている。
聖水なんて、売られなくてもそこらで湧いてるのだから、勝手に調達すればいいんだ。
ミリアは自分がしたいように振る舞って流けど、その結果勝手に人が救われているから憎めない。そんなキャラだと彼女を評価していたことが俺にもあった。
でも実のところ、ミリアは良い人だ。自己中のように見えて、人のために何かができる人間だ。
だからこそ、彼女には人を惹きつける力があるのだろうと俺は思う。
話がどんどん暗い方へ向かっていくため、今度は俺から話を切り出す。
「なあ、俺は一度『トウキョウ』に戻ろうと思う。リリに会えないかもしれないけど、
それでも戻る価値はあると俺は思っている」
「はあ? そんなことできるわけ……いやタケルだけなら可能だったわね」
「そういうこと。『トウキョウ』に戻って、運がよければリリを連れて戻って来れる。運が悪くとも何かしらの情報を持って帰れるからさ。ミリア頼むぞ」
「……私に殺せっていうのね。あんまり嬉しくない役回りだわ。死なないと言っても少しは、ほんの少しは心が痛むのよ。覚えておきなさい」
「そんな『少し』を強調されても信じられなくない?」
ミリアはそういうと
いつ見てもこの黄金の剣は奇妙な姿をしていな。
輪郭がぼやけているが、きちんと切れる。刃として機能している。
それでいて一度魔力を注げば刀身が消えて爆撃を行えるという……クレハも未だこれの作り方がわからないと言っていた。
ミリアに宝具を託したタツヤさんという方は歴代でも屈指の天才であると言うのは本当なのだろう。
「やってくれ、ミリア」
彼女が宝具を解放しようとしたその時、彼女の手を小さな手が止めた。
ミリアは何?と小さく首を傾げて彼女に彼女に問う。
「ミリアさんの宝具は魔力の消費が激しいですわ! だからここはわたくしの
アイリはクリーム色の髪を揺らしながら、両手を前にだし近づいてくる。
そして、そのまま俺の身体に抱きついてきた。
背の小ささのため、幼い身体の柔らかさが下半身を刺激した。
顔をお腹に埋めて強く抱きしめた後、彼女は上目遣いで口を開く。
「わたくしの
「えっ……アイリもできるの?」
「したことはありませんが、大丈夫だと思いますわ。フクダさんもできると仰っていましたもの」
「……なら間違いなさそうだな」
視線を間に戻すと、ミリアはすでに宝具を納めていた。
不機嫌そうな顔をしている。どんだけ俺を殺したかったんだよ。
ダメ押しとばかりにクレハが尋ねる。
「ミリア、今日は後撃てて4回?」
「……ええ、一回撃って、その
「じゃあやっぱり残しておいた方がいいと思うよ。建物を人が覆っているのなら、それを剥がすだけでも3回でも足りないかもしれないし」
「ぐぬぬ……まあ仕方ないわね。ミリア様という最終破壊兵器が残っているという状況こそ、相手の脅威になるのは私も理解しているもの」
そうして、彼女は泣く泣く両手を挙げて諦めた。
アイリの抱きしめる力が強まる。
「行きますわよ」
「ああ、頼む。一思いにやってくれ」
そうして、俺は『トウキョウ』にあるリビングを思い浮かべる。
あそこならば、突然現れても驚く人もいないだろう。
「それでは、タケル先生。行ってらっしゃいませ」
彼女のそのセリフを引き金に俺の身体は四散する。
右手を残して、その他の腕と足、臓器が宙を舞った。
しかし、全く痛くない。彼女の【感覚操作】のお陰だろう。
血の雨が降り注ぐ中、彼女は優しく俺に微笑みかけた。
*
気付けば、俺はリビングのソファに座っていた。
彼女に任しておいてよかった。
死んだら生き返ると言っても、痛いものは痛い。
もう慣れたと言っても、あまり痛い事はしたくないのは当然だ。
「さて、まずは……正宗を回収しよう」
俺は自室に戻り、宝具を回収したところで、隣にもう一本刀があることを確認する。
そういえば、クレハからも宝具をもらったのだった。
クレハのくれた宝具……
切れ味は大蛇との戦闘でお墨付き。
射程もおよそ50mとおよそ刀と思えないもので、肉体戦闘しかできない俺にとって非常にありがたい。
せっかくだからこっちも持っていっておこう。
俺は二本の宝具を、背中から背負えるタイプの細長い袋に入れて家を出た。
家を出てすぐに王様がいつもいる城へと向かった。
城までは少し距離があるが、といっても走っていけばすぐだった。
門番との対応が面倒だったため、最上階にある王様の部屋まで飛ぶことにした。
窓から覗いてみるが、中には誰もいない。
という事は、仕事中なのかもしれない。
それだったら、やはり門番に聞いておくべきだったか。
そう思いつつ一度下に降りたところで、窓から王様の姿が見えた。
書類に囲まれて顔の一部しか見れてないがあの翡翠の目を見間違えたりしない。
部屋の窓をノックする。
王様はすぐに気づいて、少し驚いた様子を見せたが窓を開けてくれた。
「どうしたんですか、タケルくん。今はミリアさんたちと一緒に旅行だと聞いていましたが」
「ええっと……まだ一応旅行中です。それより、リリを知りませんか?」
「リリさん? 彼女なら今頃『オオサカ』周辺のギルドにいるかと思います。一応復興支援をしてるんですよ。大蛇の被害は『オオサカ』だけではありませんから」
……それはキツいぞ……リリの手は借りれないってことか。
『オオサカ』周辺と言われても具体的にどこなのかが分からない。
よし、作戦を変えるしかない。
彼にこちらの現状を伝えることにした。
「『オオイタ』が闇魔法所持者を占拠しています。応援を頼めませんか?」
「それは本当ですか!? 今すぐにでも応援に向かいたいところですが……生憎、転移ができる人間は……」
「あっ、リリが今ここにいないから転移もできないんですね」
となると、こっちで対処するしかない。
その場を後にしようとしたその時、王様から引き止められた。
「闇魔法と言いましたが、相手に何か特徴はありませんでしたか? 特に……刺青がはいっていたりとか」
「刺青? 残念ながら俺はそもそも敵の姿を見てないんですよね。すいません。出会い頭で相手の
「タケルくんがやられるとなると、相手は【
「ええ、どうやら【狂化】だそうです。それじゃあ、俺は帰ります」
「健闘を祈ります。リリさんが戻ってきたら、彼女と一緒にそちらに向かいます。悪い予感がしますので」
そうして俺は城の周りに生えている木々の元へ……なるべく人目のつかない場所へと移動する。
背負ってきた正宗を取り出し、鞘を取る。
持っている手が震えている。
触れただけで、切断されるという恐怖が直に俺の脳に届いていた。
両手で刀を持ち、胸に突き立てる。
心臓の音が早まる。意を決して、手を引く。
刀は何の抵抗もなく心臓を貫いた。
*
「あっ、タケルくん戻ってきた」
『オオイタ』に戻ったところで、クレハが真っ先に俺に気付く。
俺の居場所を常に彼女は把握しているためだろう。
ミリアとアイリも今は魔力の回復のために休憩中だった。
「収穫は?」
「ああ、リリは見つからなかった。だから予定通り3日目合流ってことになるってさ。それと、闇魔法の話をしたら『トウキョウ』も応援に来るって言ってたぞ」
「……という事は、2日後ね。少し心配なことがあるのだけれどいいかしら?」
ミリアの表情が急に険しくなる。
焦りが見えた。
「【狂化】の
「ああ、あの東北をグールにした例の魔王ね」
「あの地域のことを東北というのね。とにかくそれよ。今回直面している敵が魔王ほどとは思えないけど、一応注意をしておいて損はないと思うのよ」
「それでミリアの心配してる事は一体何なんだ?」
「【狂化】のタイムリミットについて」
タイムリミット……?
効果範囲の話なら聞いていたが、時間制限まであるのか?
「前回襲来の魔王では、1週間よ。1週間経てば、
「1週間か……長いのやら短いのやら……」
「短いわよ。とにかく、『オオイタ』の人たちが
いつになく真剣に彼女はそういった。
もし【狂化】の
参考元が最上級の
「かなぁ」とか緊張感なさげに言っているが、俺はこの先の展開が読めている。
いつものことだ。
危険な場所での作業を命のないロボットに任せるように、体を張る仕事は大体俺に回ってくるのだ。
「だからタケル、中で1人適当な住民連れてきてくれないかしら? 敵は今ギルド中央にいるしちょっとくらい大丈夫だから」
「はい……」
半ば諦めを込めて俺は小さく頷いた。
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