第141話 徘徊者の砦

『オオイタ』を占拠している謎の人物……つまり俺を狂わせた張本人は一体何者なんだ。

 俺はそのことがずっと気になっていた。

 この世界では、人間同士のいざこざはあまり起きていない。

 加護ギフトという異能力を持った人間同士の戦いは激しいということを、俺は先の魔王戦で思い知った。

 この世界の人たちなら、俺以上に人同士で戦うことの無意味さを理解しているはずだ。

 その熱量は、生活を脅かすモンスターに対して向けるべきなのだから。


「争いがないこともないよ」


 隣に座るクレハが口を開いた。

 筋力のパラメーターの高い彼女は、暴走した際に止めることが困難であることから俺と一緒に留守番になっている。


「例えば、私たちが住んでた『ミト』なんて、周りにあんまり強いモンスターがいないから、昔は他のギルドの人から狙われたりしてたみたいだね」

「安全だから狙われる……ね。もしかしてクレハが住んでる間にほかのギルドから攻め込まれたこととかあるのか?」

「それはないかなー。どうして自分を救ってくれるかもしれない人のいるギルドを攻めようとするのって話だし。あ、私のお婆ちゃんの話ね」


 そういえば、クレハのお婆ちゃんは各地を転々としながら多くのギルドを救ってきた英雄のような存在だった。

 ゴウケンの師匠だとも言っていたし、全国的に知られている有名人なのだろう。確かにそんな人の生活拠点に攻め込もうだなんて馬鹿者はいない。バチが当たりそうだし、それに戦いを挑んだところで勝てる見込みがない。


「そうか。『オオイタ』が狙われたのはそういう理由だな。ここは近隣では一番安全なギルドだって聞いてるし、戦争が起きてもおかしくない境遇ではあったのか」

「そういうことだね。でも、私は何か引っかかってる」

「ん? おかしなことでもあったか?」

「それはそうでしょ。ギルドを占拠したのは闇魔法の人だよ。異常に決まってるって」

「確かに珍しいけど、闇魔法だから悪いことをするとは決まってないと俺は思うぞ」

「うん。アイリちゃんの件もあるし、もう闇魔法所持者イコール悪人って認識はないよ。あくまでも私は、だよ。だから変だって言ってるの」


 クレハは俺の目をしっかりと見据えて話を続ける。彼女の頭はよく回る。色ボケしているだけでボケてはいない。


「あそこまで強力な闇魔法使いがいるなんて、普通あり得ないんだよ。闇魔法使いは殺す、この常識がある以上あそこまで成長するには絶対に裏があるよね」

「……つまり彼女を援助する存在がいるってことか?」

「そういうこと。【闇】の魔王にだって後ろ盾がいたんでしょ? あの音叉の女もきっと誰かが後ろにいる。それが誰だかわからないけどね」


 彼女のバックに誰がいるか……一番怪しいのは近隣のギルドだろう。

 つまり、俺のすることは決まった。

 立ち上がり、屈伸運動をする。


「クレハ、近くにあるギルドを回ってみよう。もし『オオイタ』を占拠したギルドがあるなら、もぬけの殻になっているはずだ」

「名案だね! じゃあ抱っこして! ラッキーと言わずにストレートにスケベしていいから!」

「は、はあ? なんで抱っこする必要があるんだよ」

「だってタケルくんが走った方が速いから。私がしてほしいとかそういう意味はないよ」

「嘘つけ」

「うん嘘だよ。そういう意味はあるけど、合理的に考えてよ。タケルくんは私を抱くしかない」

「変な風に聞こえるからやめろ!! 抱っこな! 抱っこすればいいんだよな!?」


 両手を突き出し、彼女は俺に抱っこを強要してくる。


 クソッ……クレハの言い分は何も間違っていないから困る。

 彼女の膝裏と背中に手を手を回し、仕方なくお姫様抱っこした。


「……凝視しないでくれ。恥ずかしいから」

「いいじゃん。お姫様抱っこするより恥ずかしくはないよ」

「ぐっ……いいから行くぞ! 走るからちゃんと捕まってろよ!」


 クレハが頬を染めて俺を見つめている。

 なんとか気持ちを切り替えて、俺は近くのギルドを探すべく走り出した。


 *


 3つ目のギルドに到着したところで、俺は膝をつく。


「まあ、まあ、タケルくん。もしかしたらもっと遠いギルドかもしれないよ。それがわかっただけでも十分に収穫だと私は思うなー」

「そうだよな……まさか、近隣ギルドに何も異常がないとは」

「しかも、全部『オオイタ』と友好関係を結んでいたもんね。争う動機もないって情報も重要だと思うな」

「ああ、戻ったらミリアに伝えておこう。それまでのミリアたちが事態を解決してくれてたらそれで楽なんだけどな」


 クレハの言う通り、『オオイタ』は近隣のギルドと友好関係を築いていた。具体的には、ギルドの危機が迫った際には『オオイタ』が住民の一時的な受け入れをするというようなもので、いわゆる『オオイタ』の地理的な利点を都合のいい時だけ利用できるというものだった。

 これでは攻め込む動機はない。

 自分たちを守ってくれるギルドを倒すなんてことは、普通しないだろう。

 あれ、さっきこの構図見たぞ。


 さて、どうしたものか。

 俺は1つ目のギルドでもらった地図を開く。

『オオイタ』を中心に3つのギルドがあり、その外側に全部で6つ、ギルドが点々としていることが示されている。

 距離的に、今から行って帰ってきてを繰り返すのは中々大変だ。

 リリのように手軽に転移が使えたらよかったのだけど、俺には一度死んでの転移なので使い勝手が悪い。


「あっ、そういえば俺の力で『トウキョウ』に戻れるんじゃないか? そうすればリリを連れてこれる……!」

「その手があったね! ミリアの宝具が有れば、タケルくんを木っ端微塵にできるから一瞬で『トウキョウ』にひとっ飛びだ」

「俺そんなに爆発四散してたの……? とにかく、リリに会えれば俺も戻れるし……ってあれ?」


 疑問符で話を区切る俺を不思議そうに彼女が見てくる。


 そうだ。

 リリは今日明日はお仕事だとか言っていた。

 彼女はその行動範囲の広さから、あらゆる土地での活動を行なっている。

『トウキョウ』に戻ったところで、彼女に会える保証がない。

 こんな時に携帯電話があれば連絡が取れたというのに……どうして科学技術が発展していないんだ。

 とにかく、ないものをねだっても仕方ない。


「リリが今どこにいるか分からない。だから、俺が『トウキョウ』に戻ったところで、望み薄だ」

「んーいいんじゃない? もしリリちゃんがいなくても、タケルくんは自分の力で戻ってこれるでしょ?」

「でも俺を殺すことなんて……いや、出来る。その手が……あったか! ナイスクレハ!」

「えへへ……もっと褒めていいよ」


 クレハの頭を撫でながら、俺は胸の高まりを感じていた。

 俺を殺すことのできる武器……つまり正宗だ。

 あの武器があれば、俺は自由に行き来できる。

 もらっておいてよかった! ありがとう王様! ありがとう『ニッコウ』の方々! 

 一家に一本日本刀を所持しておく時代がもうここまできている。



 ***


 ミリアさんの手の力が強まります。

 振り向くと、手信号で隣の道に入るように伝えてきます。

 その通りにすると、わたくしたちがいた通路に足取りのおぼつかない徘徊者がやってきました。

 足音を立てないように横道を抜けます。


 わたくしたちは、絶賛かくれんぼ中です。

 敵の本拠地はギルドの中心であることはおおよそ予想できているのですが、そこまでの道のりは長く険しいものでした。

 以前『オオイタ』に来た時に比べて人は多くはありませんが、それでも各本道には理性を失った人が散見されています。

 倒してしまえば楽なのですが、【狂化】の加護ギフトの効果であのような姿になっているわけで、加護ギフトを使った本人を倒してしまう、又は効果範囲から離れることができれば正常に戻ると言うことで、手出しができません。


 そういうわけで、わたくしたちは身を隠しながらギルドの中心地に向かっていました。

 いつどこから【狂化】の音が飛んでくるのかわかりませんので、常に聴覚は遮断するためにミリアさんと手を握っている状況です。

 ミリアさんの手は、初めて触れたときより硬く感じました。


 横道を抜けると、次の本道に入ります。

 こちらの道は徘徊者が少ないようです。


 この道なら行けるという確信を得た彼女は私をお姫様抱っこすると走り出しました。

 ミリアさんは【時間】の加護ギフトで加速しています。

 わたくしの全力疾走の3倍以上の速さで走っていることもあり、少し怖さを感じます。

 中心地に向かうに連れて、徘徊者は増えていきます。

 しかし、ミリアさんはそれらを縫うようにして前へ、前へと走っていきました。


 しばらくすると、ギルドの中心地が見えてきました。

 いえ、少し正確には違います。

 群がる徘徊者に覆われた何かがそこにはありました。

 おぞましく蠢いています。

 あれが全部、人だというのですから、気味が悪いです。


 ミリアさんは足をとめ、青ざめた表情で踵を返します。

 疲弊した状態で対処できるような敵ではないのは、一目見ただけでわかります。


 一旦仕切り直しと、わたくしたちはギルドの外まで逃げ帰るのでした。

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