第140話 タケル救出2

 水蒸気の防壁に飛び込み、しばらく歩くと、タケル先生に見付かりました。

 先生は我を忘れた様子で、赤い目を光らせてわたくしに殴りかかってきます。

 人の力を超えた先生に対抗するのはほぼ不可能に等しいです。

 しかし、わたくしであれば、30分は持ち堪えられます!


「1000%…………第六感シックスセンス!」


 バンッ!と私の頭の中に鮮明なイメージが駆け抜けていきます。

 理性を失った先生の攻撃で命を落とすわたくしの姿が幾度となく浮かび、その度に、自分が何をすればそれを回避できるのかが直感で理解できました。


「(1000%を維持するのは30分が限度ですわ。それまでに、指定の位置まで先生を誘導しますの!)」


 そう。わたくしの役割は、先生の誘導。

 ミリアさんの元まで先生を誘導できれば、わたくしの勝利です。


 踊るように攻撃をかわし、時にはスカートで受け止めます。

 遥か昔、ミリアさんのご先祖様が住んでいた地方では牛を赤いマントで操る芸があったようですが、今はまさにそのようです。


 完全に攻撃を無力化できているように思えましたが、その均衡がだんだんと崩れてきます。

 頬に、先生の拳が擦れました。

 切り口から血が飛び跳ねます。痛覚を遮断しているため、痛みは感じませんが、予期せぬ事態に心臓の動きが速まります。

 もう少しズレていれば、きっとわたくしは……


「(まさか直感よりも速く先生が動いてくるなんて、そんな無茶な動きをしたら身体がボロボロになってしまいますわ!)」


 わたくしも同じなので、先生のことが心配になってしまいます。

 実際のところ、わたくしの身体は壊れ始めていました。

 関節の可動域を無視した動きをしているわたくしですが、既に身体中の筋肉は相当数千切れ、関節も外れているはずです。

支配ドミネイト】を切った瞬間、わたくしは身体を動かすことが出来なくなるでしょう。


 先生は今、【狂化】によって理性を失っています。おそらく痛覚も失っているのでしょう。

 今の状態で、加護ギフトが解ければ、先生はきっと激痛で苦しみます。

 彼をこんな姿にしたあのローブの女性をわたくしは決して許すことはできません。


「(えっ……?)」


 不意にわたくしは宙を舞います。

 攻撃が当たった?

 それは違うはずです。

 命に関わる危機は絶対に予知できるはずなのですから。


「(つまり先生が起こした風で吹き飛ばされましたが、命に関わらないものだと言うことですの?)」


 私は自分の加護ギフトを信用し、そう結論づけます。

 しかし次の瞬間、自分が絶体絶命の危機に陥っていることを知るのです。

 空中で先生を見下ろしながら、予知が頭を駆け巡ります。


「(空中だと、わたくしの取れる行動が少ないのですわ! これでは、回避する手立てがなくなってしまいますの!)」


 唇を噛み、思案します。

 ゲーム風に言うならば、わたくしは王手やチェックは予知して完全に防ぐことができます。

 しかし、そこに至るまでのゆったりとした死の危険を予知することはできないのです。

 手遅れになる前に、わたくしが……わたくし自身の頭で考えなければならないということなのです。


「(使えるものは何か無いですの、スカート、ナイフ・・・……ナイフはダメですわ。靴! 靴を固定して足場にすれば、わたくしは空中でも戦える!)」


 思考の時間は約1秒。

 予想どおり、靴を固定することで、わたくしは空を制しました。


 右、左と順に靴を空中に固定しながら、空中を移動します。

 ピョンピョンと歩いて行き、建物の屋上に着地しました。


 下を見ると、先生は怒り狂ったようにわたくしを追いかけてきています。

 加護ギフトでもなんでもない、自分の頭で考えた勝利の形に段々と近づいて来ています。

 建物が揺れています。

 先生が建物の壁を無理やり走って登ってきているのだと思います。

 最後の準備に、わたくしはナイフで建物に6回の切り傷をつけました。


 次の瞬間、先生が屋上まで登ってくる勢いをそのままに飛び上がります。

 赤い瞳はわたくしを捉え、明確な殺意を感じました。


「先生、これで終わりですわ……! 揺光ヨウコウ!」


 握り締めたナイフ……短く鍛え直した北斗に浮かぶは泡沫の夢シチセイケンの7度目の斬撃を受け、建物は瞬時に粉微塵へと還ります。

 7度の斬撃で【破壊】の能力が付与するこの宝具の威力は知っていましたが、目のあたりにすると圧巻でした。


「空中では取れる選択肢が少ない……それは先生も同じですわ!」


 わたくしは、それでも自分の加護ギフトで空中を乗り切りました。

 しかし、先生には対処の術がありません。

 水蒸気の防壁の外に向かって叫びます。


「ミリアさん! 今ですわ!!!!」


 目的を達成した後、片方の靴を脱ぎそれを足場に目一杯、横に飛びます。

 そして、私の合図に呼応するように、白い壁の外から、黄金の爆風が先生もろとも、街を貫くのでした。



 *



 目が覚めると、俺の周りから人が消えていた。


 あれ、俺はさっきまでゾンビと戦ってたはずなんだけどなぁ。

 さっきの一撃で吹き飛ばしちゃったか?


「……ってミリアたちも消えてる!? これも俺が!?」


 まずいまずいまずい。力の制御はできていたつもりだけど、そこまで強大な力を振るってしまったようだ。

 そもそも、俺は本気を出せば東京ドーム1個分以上ありそうな生物すら倒してしまえる力を持っているんだ。

 そんな力なのだから、使い方は選ばないといけないというのに……


「とにかく、みんなを探そう。生きてることに賭けるしかない」


 こういう時は、高いところから探した方がいい。

 ジャンプして建物の屋上に上がって周囲を確認する。

 見ると、3本ほど隣の本道で煙が上がっていた。


 あんな爆発を起こせるのはあいつしかいない。


「ミリアさんはいつも派手で助かるぜ……今行くぞ……!」


 距離にして300mも無い。

 屋上を伝って飛んでいくと15秒ほどで目的地には到着した。


 あそこで寝ているのは……アイリだ。

 クソッ……アイリがやられた!

 ミリアとクレハの2人がかりで治療している。かなり状況は良くない。


 3人のもとに駆け寄ると、ミリアはいきなり俺の頭をぶん殴った。少し痛い。

 かなりご立腹の様子だ。


「あんたやりすぎよ! もう少し手加減とかできなかったわけ!?」

「は、はあ? 何言ってんだよ」

「ミリアは治癒に集中して。私から説明するね」


 クレハは片手で魔法石に魔力を送りながら、状況の説明をしてくれた。


 どうやら俺は、敵の加護ギフトによって理性を失ったまま暴れまわっていたらしい。

 全く自覚がないが、アイリの身体中の傷や所々切れたドレスを見るに、それが真実であることがわかる。


「(何やってんだよ俺は……アイリを守るとか言っておいて、自分で傷つけているじゃねえか……)」


 悔しさと自責の念がこみ上げてくる。

 制御でいない気持ちを発散するために拳に力を込めるが、その拳をクレハが押さえる。


「タケルくんのせいじゃないよ。相手の加護ギフトのせい」

「で、でもよ…………この気持ちはどうしたらいいんだよ……俺は……取り返しのつかないことを」


 自分で自分を殴ってやりたい。

 でもそれが全く意味がないことを俺は知っている。

 彼女たちにとっても、そんなことをしたところで償いになると思わないはずだ。


 俺は彼女たちに背を向けると『オオイタ』の中心地に足を向ける。


「どこいくつもり?」

「決まってるだろ。俺に加護ギフトをかけたやつを倒しに行ってくる。次は、ヘマをしない」

「絶対やめて。迷惑だよ」

「迷惑って、俺はこの中で一番強いはずだ! だから、俺が行くのが一番いいだろう!?」

「だからダメなの。タケルくんを止められる人間がこの場にいないでしょ。アイリちゃんが足止めして、ミリアが宝具を使ってこの有様だよ。次タケルくんが暴走したとして、止められる保証がないよ」


 ……その通りだ。この戦い、俺は参加できない。

 相手の加護ギフトにかかった時のリスクが大きすぎる。

 話を聞くに、今回は街に入ってすぐの場所で俺が暴走したため、うまくギルドの外まで逃げられた。

 敵陣を『オオイタ』中心地……ギルドのある場所だと仮定すると、次の戦いはそこで行われることになる。

 中心地までどれ程の距離があるのか正確なものは知らないが、逃げ切れる距離とは言い難いだろう。


「タケル先生、わたくしにお任せあれですわ」

「アイリ! 喋って大丈夫なのか!?」

「ええ。怪我はしましたが、内臓は傷ついていませんから」

「それは良かった……。本当にごめん。俺のせいで怪我させちゃって……」

「いいのですわ。謝るより、褒めて欲しいですの。わたくし、きちんと先生を止められましてよ」

「……本当にアイリはすごい子だよ。本当にありがとう」


 俺はアイリの頭を撫でる。

 彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、笑顔を浮かべていた。


「(毎回俺ってなんかしらやらかしてるんだよな……もしかして俺ってお荷物……?)」


 嬉しそうな彼女と反対に俺は肩を落とすのであった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る