第5章 新たなる敵が暴れ出し異世界も真実の世界も大ピンチ……? 『チャイナ』編!

第137話 2度目の『オオイタ』

 12月のはじめ。魔王が倒されて一週間が経った。

 今日は風が吹いていないため厳しさはないが、着実に冬を感じる冷たい風が顔を撫でる。

 俺はいつも通り下は制服に、上はワイシャツという格好なので、少し寒い。

 こちらの世界に来た時はブレザーを着ていたけど、クレハの家にブレザーは置いていってしまった。せっかく時間があったんだからとってくればよかった。


 ミリアのお店は今日も繁盛している。しかし、一週間も経てば熱も覚めてくるのか、というかミリアのお母さんが「魔王を倒した娘のいるお店です」とかいう謎の幟を外した結果、そこまで長蛇の列ができているわけではなかった。


 待ち合わせ時間まで後10分。クレハは時間ギリギリにくることで忘れ物を取りにいけないという口実を作るに決まっているので、来るのは20分後になるだろう。残念だがお前の水着は俺が用意したがな。因みに、クレハが遅れることを見越して、転移役のリリには少し遅めの時間を伝えてある。今日の俺に抜かりはない。


 そう。俺たちは今日から2泊3日の『オオイタ』旅行なのだ。予定としては1日目にミリアの『時渡り』。2日目に4人で観光。3日目はリリが合流して観光、ミリアの『時渡り』2回目といった予定になっている。ミリアにとってはかなりのハードスケジュールになるが、家の仕事の手伝いもあってこういうことになった。


「(少し寒すぎるので、そこら辺の枯れ木を拾って焚火でもしよう)』


 こんな格好で来るんじゃなかったと後悔しながら、俺は季節柄乾燥した木を拾って適当に積み上げる。元の世界だと勝手に焚火をすると、警察が来たけどこっちの世界だとどうなんだろう。まあ、消火活動自体一瞬だし、そんな大ごとになることはないだろう。それに、せっかく魔法が使えるようになったんだ……すごく使いたい。


 俺は右手にはめた指輪に軽く力を込める。すると、形成す炎クサナギは小さな魔法陣を指輪の近くに発生させ、30センチほどの炎を出した。よし、力加減ができるようになってきてるぞ。


 一度は10km以上の射程を誇った指輪の宝具(あの時はミリアの真実を導く光玉リア・ファルが重なったからだが)は、ほんの少しの力の行使であればこのように便利なチャッ◯マンにもなる。どうやら固有名詞じゃなくて商標取られてるやつっぽいので一応伏せておこう。世界を守る存在なのだから当然法令も守る。


 炎に手を当てるとじんわりと暖かさが広がる。かじかんだ手が溶かされていく。至福の時だ。


 しばらくそうしていると、ミリアの家の裏口が開く。ミリアは例の如く手ぶらだった。彼女は自分の加護ギフト【固有空間】で持ち物をそちらに全部仕舞うことができるらしい。


 目があった。こっちに気づいたようだ。

 俺が手を振ると、彼女は手を前に出し、そのまま俺に……焚火に向かって水を放った。


「うおっ! 何すんだよミリア! 当たったら寒いだろ」

「焚火をしてるのが悪いのよ! 警察がきたらどうするのよ! 営業妨害をしにきたのかしら」

「え、焚火ダメなの?」


 どうやら法令を守れていなかったらしい。【水】の加護ギフトで消火なんて楽勝だからいい気がしていたが、別にそんなことはなかったぜ!

 聞くと煙が上がって、それが深刻な火事だったり犯罪だったりの区別がつきにくいからダメなのだそう。まあ言われてみればそうか。それより……


「悪かった、ミリア。それよりさ……いつから【水】の加護ギフトをミリアが使えるようになったんだよ。俺、ミリアが【水】使ったの初めて見たぞ。ステータスの虚偽申告か?」

「違うわよ。あんたも知ってるでしょう? 私は魔王戦での報酬で【水】の魔法石……というか属性系のかなり良質な魔法石をもらったのよ」

「まさか【固有空間】に入れた魔法石の魔法を使えるってのか!?」

「そのまさかよ! だから今の私は全属性の加護ギフトを使えるわ! エレメントマスターミリアと呼びなさい!」

「そんなソードマスターみたいな……」


 高らかに彼女は笑った。憎たらしい高笑いであるが、もう慣れてしまって、嫌悪感は一切ない。

 ミリアの加護ギフトはただの4次元ポケットというわけではなかったらしい。

 そういえば、ミリアは【身体強化】の魔法石もかなり大量にもらっていたはずだ。ということは、ゴウケンのようにムキムキになれるのか?筋肉隆々のミリア様はあまり絵面的に良くない気がする。


「ということは、【身体強化】も使えるのか?」

「ええ、その通りよ。旅の中で知ったのよ。完全無欠のミリア様に足りないのは純粋なパワーだってね」

「一文で矛盾させるな」

「全能神のパラドックスのようなものよ。気にしないで頂戴。でも……【身体強化】の魔法石が欲しかったのは別の理由もあるのよ」

「別の理由?」

「知りたい? 本当に知りたい? ミリア様の真の力を本当に知りたいのかしら〜?」


 め、めんどくさい……

 ミリアがここまで言うのだから、きっと俺の想像の上を行く強化が彼女の身に起きているんだろうけど、めんどくさすぎる!CM開けとかそういうのはいらないんだ!


「……知りたいです」

「誠意が感じられないわね! 『ミリア様お願いします!なんでもしますから!』くらい言ったら考えてあげなくもないわ!」

「……ミリア様お願いします。なんでもしますから」

「そこまでいうなら仕方ないわね〜! 特別に私の真の力の一端を教えてあげるわ! わはははは!」


 う、うぜぇ……

 久しぶりに体感する彼女の女王様ムーブに血圧が上昇していく。慣れたと言ったがあれは嘘だ。


「リリの宝具を見て、気づいたのよ! 私は魔法石をたくさん抱え込めば抱え込むほど、魔力の上限と、回復速度が上がるってことに。簡単にいえば、魔力器官の力が限界突破するって感じね!」

「そ、それはすごいな! ミリアは高出力の宝具を使ってたから、魔力の回収が課題だったもんな」


 単純に俺は驚いた。これまで打てる回数の限られた必殺技(不可避の輝剣クラウ・ソラス)をここぞというところで決めるのがミリアという少女で、魔力の枯渇が問題だった。それが改善できるかもしれないというのだ。


「その通りよ。今のミリア様は連続で不可避の輝剣クラウ・ソラスを6回は打てるわね。つまり6個のギルドを滅せるわ」

「滅ぼすな。これまで打てても4回だったから2回増えたってことか。相当な強化じゃないか!」

「それに、真実を導く光玉リア・ファルも一度砕けば完全体に戻るのに3日かかってたけど、今は2日で戻るわ。弱い力でよければ半日で再使用可能よ」


 自慢げにそう語る。実際すごいから俺は素直に感心した。今のミリアなら、もしかしたら俺が倒したオロチとも良い勝負ができるかもしれない。


「真の力の一端って言ってたけど、他にも力を得たのか?」

「まあね、でもそれは話せないわ。来るべき時が来たら話す、ないし行使するわ」

「お、おう」


 急に真剣にそう話すので、俺は思わず気圧されてしまった。


 *


 焚火がなくなったので、代わりに無限の炎鎖ダグザで暖を取っていると、アイリやってきた。フクダさんも一緒だ。


 フクダさんは燕尾服。良く似合っていた。

 アイリは前回会った時と同様に、赤いドレスを着てきていた。小さな宝石が散りばめられたそれは彼女の生活水準を示すものでもあった。丈は長いが薄っぺらいので、普通に寒そう。


「ご機嫌ようですわ、タケル先生」

「おはよう、アイリ」

「あ、あ、あ、アイリちゅわん!? 何その格好は! 可愛い! 可愛いすぎるわ! ミリアママが知らないうちにこんな綺麗になってどうしたのよ〜!!!!!」

「み、ミリアさん……鼻が……鼻が潰れてしまいますわっ!」

「ご、ごめんなさいね。あんまり素敵だったものだから、興奮してしまったわ!」


 にやけた顔を元にもどし、ミリアは仕切り直す。


「とにかく、久しぶりね、アイリちゃん。フクダも荷物持ちご苦労様。荷物はこっちで預かるわ」

「感謝する。それではお嬢様、私は下がります。ご友人との旅行をお楽しみください」

「ええ、フクダさん。ありがとうございましたわ」


 踵を返し城へと帰るフクダさんを、アイリは見送った。

 彼の姿が消えたところでミリアが口を開く。


「ちょっとタケル! あれどういうことよ! どうしてフクダさんがアイリちゅわんの付き人になってるのよ!」

「あれ、ミリアには話していなかったんだっけ。フクダさんは今アイリの家で働いてるんだよ。北の魔王軍との一戦で色々あったみたいでな。ざっくり話すと、アイリに負けて配下になった」

「ざっくりしすぎよ。……フクダはただの敗北で人についていくような人間じゃない。仮にも『ウツノミヤ』の長という立場があるはずだもの。だから、おおよそのことは察するわ。アイリちゃんの魅力にやられたのね」

「…………まあ近からず遠からずって感じだな」


 この回答にはアイリも苦笑いだった。実際問題、アイリの魅力があったからこそフクダは彼女についていこうと決めたのだから。


 広場に立つ背の高い時計を見る。もう約束の時間だ。


「集合時間ね。クレハとリリはどうしたのよ。リリはまあいいとして、クレハは今回の旅行に同行するんでしょう?」

「そのはずだぞ。今朝もちゃんと旅行の準備してたし」

「そういえば、あんたたち同棲してるんだったわね。間違いとか起こしてないわよね……?」


 不安そうにミリアはそう聞いてきた。

 アイリもこの話題には食いついてきて、手の握りを強めていた。きっと今頃、【感覚操作センスコントローラー】でも使ってるんだろう。


「起こそうとはしてくるけど、そこら辺は安心してくれ。こう見えても俺はガードは硬いんだ。最強の防御系世界の加護ギフト、【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】を持ってるからな」

「でも、あんたすぐ死ぬじゃない」

「結構気にしてるからそれはやめて! クレハが一人で……そのいかがわしいことをしたりすることはあるけどそれくらいだ」

「あの色ボケ殺人鬼め……」

「一人で……? あっ……ふぁわあああああ……!」


 途端にアイリの顔が赤くなる。その反応はまさかアイリちゃん? もうそういう年頃なの? 先生ちょっと悲しいぞ。

 そして、さらっとミリアがクレハの過去の所業を知っていることが明らかになった。知っても、友人でいてくれるミリアは根は優しいのだ。


「とにかく! 俺とクレハで間違いは起きてないよ」

「……いいわ。タケルが言うんだからそうなのでしょうね」

「なんだよ、そんなに聞き分けのいいやつだったか?」

「信用してるってことよ。前にも言ったでしょう? 私はあんたがいるから無茶ができる。それは背中を預けてるってことよ。信用がないとそんなのできるわけないじゃない」


 ミリアはそう言うと、顔を赤くしてそっぽを向いた。かっこいいシーンなのに、これじゃあ台無しだ。ただ、ヒロインとしては花丸をあげたい。


 そんな話をしていると、アイリの表情が変わった。そして視線は上空へ。


「先生、リリちゃんが来たようですわ」


 聴覚を強化した彼女は、最強の魔法少女の接近にいち早く気付く。

 俺も空を見上げると、そこにはいつものようにエプロンドレスを着た少女の黒い影が。空に浮く奇妙な扉が。

 少女は大きく飛び上がるとそのまま自由落下。

 いつものように俺に胸に飛び込んでくると思いきや、軌道がずれている。


 少女はどこかに合図をする。地面につくかと思ったその時、少女の足元から風が吹き荒れる。その風によってフワリと着地した。


 隣を見ると、ミリアが加護ギフトを発動させていた。【風】の加護ギフトをしっかりと使いこなしている。


 水色の服をパンと叩くと、金髪幼女は大きな銀鍵を地面についた。


「みんなおはようなのー! 今日も寒いねー」

「おはようございますわ、リリちゃん。確かに、リリちゃんの洋服はちょっと寒そうですわ」

「寒いの。でもアイリちゃんも薄着で心配なの」


 仲良しの二人はお互いに手を握り、互いを温め合っていた。良い百合営業だ。


「わたくしは大丈夫ですわ。ドレスに魔法石が仕込んでありますの」

「あっ、本当なの。よく見ると【炎】の魔法石が光ってるの。リリも真似しよっかなー」


 はえー、異世界版ヒートテックみたいなもんか。

 アイリの服装は寒そうだなと思ってたけど、そんな仕組みがあったとは。

 魔法石を仕込むということは、きっと自分の魔力を使うってことだろうし、ちょっと疲れやすくなるとかの弊害はあるのかもしれないな。ただ、熱かったら加護ギフトを切ればいいから、体温調節しやすくて良さそうだ。まあ、自分で魔力を出せないから俺は使えないけど。


「あれ、クレハはどこなの? まさかお寝坊さん?」

「ああ、彼女ならもうすぐくると思うよ。……ほら来た」


 俺が来たのと同じ方向を見ると、黒髪の少女がエプロン姿で走ってくるのが見えた。

 走りながら胸が上下に揺れている。しかも通常ありえない揺れ方だ。

 あいつ……ブラ付けずに来やがった……これは予想外だ……


「おはよう! いやぁいい朝だね! 支度に手間取っちゃったよ! ごめん!」


 ずいぶん上機嫌に彼女はそういう。ミリアは呆れたように返した。


「ちょっと、遅いわよ! あんた達その……同棲してるんだから、一緒にくればよかったのに」

「女の子は色々準備があるんだから。忘れ物がないかちゃんと確認してたら時間かかっちゃった」


 クレハはそう言って、一度みんなに頭を下げるとカバンをミリアに渡した。

 俺も流れに乗じてバックを渡すと、ミリアはそれを受け取ってくれた。前回は俺の分だけ持っていってくれなかったので嬉しい。


 全員が揃ったところで、 リリが扉を1枚作りそれを開いた。


「それじゃあ出発するの! 『オオイタ』の少し離れたところに扉があるからそこまでだけど」

「それでも十分助かるよ。よろしく、リリ」


 最初にミリア、クレハ、アイリと続き最後に俺が扉に飛び込んだ。

 飛び込む直前に、リリは俺に告げる。


「少しの間お別れなの、おにーちゃん。リリも3日目に合流するからそれまでミリアをよろしくなの」

「ああ、もちろんだ! 行ってくる!」


 扉を潜ると景色はすぐに切り替わる。

 遠くに、霧の街が見えた。温泉の蒸気という自然の防壁に守られた『オオイタ』がそこにはあった。

 背中の扉がギィっと音を立てて閉まった。

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