第136話 最終日
【魔王】は倒されてもう6日目になる。たった一週間だが、確実に『トウキョウ』国民の生活は日常に戻っていた。ただ、兵力は……そうではなかったらしい。
俺は今日、王様に誘われて『トウキョウ』の軍隊の訓練を見学させてもらっていた。壁の中には訓練用の草原がある。そこで、紺色の軍服に身を包んだ兵たちが魔法の訓練を行なっていた。
魔力の玉が飛び出し、土の壁へとブチあたり大きな音をたて破裂する。純粋に魔力を放つだけの『魔弾』と呼ばれるものは、
魔弾はその性質上、魔力を無駄遣いしているも同然であるが、それがかえって訓練になる。大量に魔力を消費するということを繰り返し、魔力器官を強くするというのは、筋トレと同じだ。
因みに土の壁の後ろには【土】や【硬化】の
彼は時折、宝具である笛を吹き兵士たちを鼓舞する。あの宝具は確か、
「ほら、タケルくん見てください。あれがゲンゾウさんの宝具ですよ。あれを使って、一度に複数人に【地王の加護】を与えてるんです」
「……えっと、それは…………確か、自分の
「そうですよ。本来【土】が使えない人でも、彼の……【地王】の力があれば使うことができるようになるんです。それだけではありません。元から【土】を持っている人であれば、その
「そうなんですね。通りで硬いわけか」
それは初耳だった。ゲンゾウさんの兵たちが【土】が多いのは知ってはいたが、そういう理由だったんだな。これが『トウキョウ』西側を魔王軍から守った守護神イシハラゲンゾウの力か。
ちなみに軍の被害はゲンゾウのところだけ少ない。死者数がないのはもちろんの事、負傷者も100人に満たないという鉄壁ぶりだった。サラの軍は半壊、ゴウケンの軍は負傷者多数、死者も50人に近い数と聞いているので、異様な硬さだ。
兵力は戻っていないというのは、主にサラとゴウケンの部隊のことだ。命を失った人間は戻ってこない。『トウキョウ』にとって矛の役割であったサラとゴウケンの部隊がダメになったことによってこの国の攻撃力は著しく下がっていた。
「どうですか、タケルくん。『トウキョウ』の兵たちは」
「どうって……俺に聞くのは間違いですよ。だって、俺魔法についてはよくわかりませんから」
「では、質問を変えますね。彼らで
「それは……どういうことですか」
意外そうに俺は返すが、サラとの会話の中で、少し察しが付いていた。王様は俺に……というか国民ほとんどに隠していることがある。
「言葉の通りです。この後、魔王以上の脅威がこの国……いえ、この日本の土地に襲いかかります」
「『アンノウン』の話ですか?」
「ええ、どうしてそれを?」
「サラから少し聞きました。それで、真実は王様から聞いたほうがいいと」
「そうでしたか。流石サラさんです。僕が話そうと思っていることを、先読みするんですから」
「それで、『アンノウン』の後援者がさらなる脅威ということでいいんですか?」
「ええ、その通りです。『アンノウン』は正体不明の殺人ギルドとして知られています。特定の拠点を持たず、メンバーの特徴は太極図の刺青のみ……」
王様はそこで一呼吸置いて話を続ける。
「その母団体は隣の大陸にある『チャイナ』という国です。彼らは日本を占領しようとしてるんです」
「なっ……」
名前的に間違いなく中国が今度の相手らしい。人口的にいえば、元の世界では日本の10倍以上の大国が日本に攻め込もうとしているのだ。
魔王との決戦の際に、王様が俺に正宗を渡すとか言ってたのはこういうことだったのか。
「この大陸には宝具と呼ばれる強力な武器があります。それを作る一族を断つことが『アンノウン』の主な役割です。事実、クレハさんのお爺さまは思惑通り殺害されてしまいました」
「なるほど、そういうことだったのか。ということは……本来なら、クレハも始末されるはずだったんだろう。でも……」
「ええ、彼女がまさかあそこまでの力を持っているとは思わなかったのでしょう。『アンノウン』として日本に紛れ込んだ『チャイナ』の人たちの殆どは、クレハさんに惨殺されました」
惨殺だなんてそんなこと、と思ったが死体に槍を刺すとかしてたし、クレハは相当エグいことをしていた。あれは相当ショッキングな映像だったなぁ。
「とにかく、タケルさんにも力を貸していただきたいんです。【魔王】が倒された今、『チャイナ』は間違いなく動き出します。それがいつになるのか分かりませんが」
王様は困り顔でそう言った。
俺は力拳を握り直す。魔王との戦いが終わり、さあ元の世界に戻るぞというところで、さらなる脅威がやってきた。この戦いでも、きっと俺の力は役に立つ。
他国に支配されては……きっと俺が守りたい女の子たちも笑って過ごすことができなくなってしまうだろう。
「わかりました。全力で力を貸します」
「ありがとうございます。タケルくんは死なないようなので、心配はないと思いますが、用心しておいてください。こちらで『チャイナ』の進行を確認した場合、タケルくんにも連絡をいれます」
「よろしくお願いします」
俺は頭を下げる。
それからは、訓練の見学をしていたんだけど、王様が俺に無茶振りをしてくる。
「そうだ、タケルくん。オロチを倒した時の超加速見せてくれませんか?」
「……あれですか。いいですよ。壁役は【土】魔法の人にしてもらう感じですか?」
「ええ、そうしましょう。受け止められるとは思いませんので、軽めにお願いします」
「調整ですか……まあできなくは無いと思うので頑張ります」
俺がオロチを倒した時、その速度は音速の5倍は軽く超えていたと思う。それを再現してくれと王様は言っているのだ。ただ、軽めと言っていたので、音速越えくらいでいいのかもしれない。
それくらいの速度であれば、『オオサカ』でのクレハとの戦闘の中では、一瞬で出すことができていた。あまり距離がないし、今回はそれで行こう。
王様が、兵士たちに事情を伝えると彼らは結構な盛り上がりを見せていた。ゲンゾウさんも腕をパキパキと鳴らしてやる気満々だ。別に殴り合うわけではないので、そんな人を殺しそうな面をしないでほしい。
「儂らの盾を破ることが、果たしてできるかのう? 英雄よ!」
ゲンゾウさんが
地面からメキメキと土の壁が迫り上がってくる。それは『トウキョウ』上層部を囲んでいる分厚い壁に近い。きっと壁を作ったのはゲンゾウさんの部隊ということだろう。
「……行きます!」
俺は拳に、足に力を込める。
段々と力の高まりを感じ、その力を一気に解放した。
100mはあったであろう距離は一呼吸で詰まり、俺は加速をしたまま壁を殴りつけた。
そして壁は悲鳴を上げて人が通れるくらいの穴が空き、続いて兵士たちの歓喜の声が上がった。
ゲンゾウさんはどこか悔しそうに顔を歪めながらこちらに歩み、手を伸ばす。
「儂の負けじゃ。次はどちらが勝つか……わからぬがのう」
「ありがとうございました。ゲンゾウさんの隊が作る壁……とても硬かったです。この力で『トウキョウ』を守ってきたんですね」
老人は恥ずかしそうに小さく頷いた。謙虚な人だ。そういえば、初対面の時も、自分のことを卑下しつつ自分の隊員のことは一騎当千と言っていた。
ゲンゾウさんの次に王様がこちらに戻ってきた。
「おおおお! すごいですねタケルくん! これは生身の人間がだしていい火力じゃないですよ。魔王討伐した英雄は伊達ではないですね」
手を握りブンブンと振り回された。この人こういうキャラだったか?まあ、前からいいことがあると過剰に反応するようなタイプだった気がしなくもない。
俺は王様の反応に愛想笑いで返す。平常を装っているが、内心穏やかではなかったからだ。
「(……おかしい。力がうまく入らない)」
俺は先ほど感じた違和感を思い出す。
確かに俺は相当な速度で移動した。
だが……音がしたのだ。
俺が踏み出す一瞬の爆音を、跳躍の中で耳にしていた。
……俺は音速すら超えることができていなかった
理由は定かではない。俺自身の力が弱まっているのか、俺が本気を出すためには、何かが足りないのか……
感じた違和感をそのままに、俺は訓練を後にする。
「(考えても仕方ないな。今は頭を切り替えて行こう)」
頬をパチンと叩くと、俺は歩き出す。
そうだ、違和感があると言っても、俺の力は低いわけではない。ゲンゾウさんの壁を破れるくらいには強力だったじゃないか。それだけの力が有れば十分彼女を守ることはできるはずだ。
俺はポケットに入った手帳を開く。クレハのお父さんにもらった手帳は未だ健在だ。明日の予定に書かれている文字をチェックする。俺の字は綺麗じゃないが読めなくはない程度ではあると思う。
明日からはまた『オオイタ』旅行だ。久しぶりに、ミリア、クレハ、アイリが一堂に集まる。そこで俺たちは再び、ミリアを守るのだ。俺が一番最初に叶える願いはミリアのものであった。
まあ、そんなに使命感持ってあたってるのは俺だけだろう。あまり空気を悪くするのも良くないし、レジャーにも抜かりないように準備しないと。ただ、きっとクレハは意地でも混浴をしてくる。水着を用意してこない可能性が9割はあると思うので女物の水着もできれば用意したいところだな。
帰り道そんなことを考えながら、先ほど感じた違和感は段々と忘れていくのだった。
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