第135話 シャーリー

 引き続き、お茶会は続いていた。リリはクレハの作ったサンドイッチを頬張ると幸せそうに笑った。


「クレハ、料理上手なの! このサンドイッチは毎日食べたいかも」

「ありがと。タケルくんはどう? 私の手料理」

「ああ、いつも通り最高だよ。クレハは本当に料理上手いよな」

「えへへ……タケルくんに褒められちゃった! これはもう実質夫婦だね」

「夫婦の敷居低すぎだろ。まあ、夫婦かはさておき、クレハはいいお嫁さんになると思うよ」

「はい言質いただきましたー! オカザキクレハ改めオオワダクレハを今後ともご贔屓によろしくお願いします、リリちゃん」

「こら、子供に飛び火させるな! クレハのそういう態度がいまいち本気になれない原因なんだよな……」

「えっ、私もしかして墓穴掘りまくってたの……?」


 今頃自覚したのか。クレハは見た目だけは(以下略)

 手から溢れかけたサンドイッチを落ちる前に俺が拾う。彼女はありがとうと一言告げた後、俺の手をガチッと掴み無理やりアーンさせた。そういうところだぞ。


 その姿を羨ましそうにリリは感じているようだった。具体的には口を開けて待っていた。


「リリにも食べさせてあげるね」

「ありがとなのおにーちゃん。やっぱりおにーちゃんは優しいの」


 俺の手からリリは美味しそうにサンドイッチを頬張った。リリは小さいし小動物感あるから、動物に餌をあげてる感覚に近いな。クレハは負けじと占領されていない右手を掴み、強制アーンを実行していた。無理やりしなければ俺の方からアーンすることもやぶさかではないことを少女はまだ知らない。


 2人にアーンをさせられている中、何かが近づいてきていることを察知する。

 こんな場所に誰か……いや、もう答えは決まっているか。


「あっ、リリのお友達もやってきたの! 久しぶり、なのー!」


 金髪少女は席を立つとゾロゾロとやってきたモンスターたちに駆け寄る。

 首の長い龍の頭に登るとこちらに手を振った。彼女の二つ名の一つである『龍飼い』は伊達じゃない。


 同じくリリの友達である、巨大なネズミやグリフォン、喋る猫も集まってきている。

 俺の膝まで寄ってきた喋る猫は「それはないんだい?」と流暢に話すので一欠片サンドイッチをあげると美味しそうにそれを食べてしまった。猫は肉食だったはずだけどこの猫は特別なんだろう。


 クレハは初めて見るモンスターたちを目の当たりにして、警戒を強めていた。


「クレハ、この子たちはリリの知り合いだ。悪さはしないと思うぞ」

「うーん、わかってはいるんだけど……やっぱりモンスターって思うと警戒しちゃうよ。タケルくん守ってー」


 わかりやすく俺に甘えてくるクレハ。

 いや、クレハは十分強いんだから大丈夫だろと言いたいところだけど、下手に暴れたりなんかしたら、ドラゴンやグリフォンが本気で襲いかかってくるかもしれない。俺でもこの二種類のモンスターは倒せるか怪しい。空が飛べる相手には部が悪い。


 それにしても、ここには本当に特殊なモンスターが存在しているな。ヨーロッパは確か【魔王】が生まれた地であるとされていて、もう人は住んでいないと聞いている。人の手が入らなかったからこそ、モンスターたちが多様な進化を遂げているのかもしれない。


 しばらくじゃれあった後に、リリはお茶会に戻ってくる。


「席を外してごめんなさいなの。久しぶりに会えて興奮しちゃったの」

「いいって、こっちも珍しいお友達に会えて面白かったし。そう言えば、リリはこのドラゴンとかを召喚できるって聞いたんだけど、本当?」

「それは本当なの。自分で戦うのが面倒な時、ドラゴンさんを呼ぶこともあるの。それと、知らない土地に行く時はグリフォンさんに乗せてもらったりもするの」


 それはすごい。戦うのが面倒というのはいかがなものかと思うけど、確かにドラゴンを呼ばれたら勝機がないため相手は即刻降参だ。平和的解決にはもってこいなわかりやすい暴力の象徴……それが恐らく世界最強種であろうドラゴンというものなのだろう。実際は滅茶苦茶良い子だけど。リリに頭撫でられてうっとりしちゃうような可愛らしいやつだけど。


「でも、ドラゴンさんは大きすぎるから召喚した後とっても眠くなっちゃうからあまり呼びたくないけどね。奥の手ってやつかもなの」

「リリの召喚魔法は召喚先の大きさに限定があるの?」

「一応、扉を潜れればなんでも召喚できちゃうの。でも、扉を大きなものが通ると、その分たくさん魔力を使うから眠くなっちゃうの。不条理へ至る銀鍵レーヴァテインを使えばある程度魔力消費も抑えられるけど、それでもドラゴンさんを呼ぶのは大変なの。あっ、でも宝具も最大解放すれば好きなだけ呼べるの!」


 リリはそういうと「ねー」とドラゴンに同意を求める。言葉がわかるのか、ドラゴンは愛らしく首を縦に振っていた。

 俺自体、魔法についてそこまで詳しくないが、恐らくリリの持っている宝具不条理へ至る銀鍵レーヴァテインは、一定量の魔力を常に所有者に供給するタイプの宝具なんだろう。だから、一度にたくさんの魔力を使うと、流石に魔力を宝具からだけで賄うことが出来ず、自分の魔力を削ってしまう。鍵を解放するというのは、その魔力の供給量を上げるということで間違いなさそうだ。

 宝具の話題になったところで、クレハ目つきが変わる。彼女は曲がりなりにも宝具を作る一族、正宗一門の一人娘なのだ。


「ふーん、それじゃあ不条理へ至る銀鍵レーヴァテインの力は魔力の供給量を上げるものって認識で合ってるの、リリちゃん? それとも魔力器官自体を強化……つまりその人の限界以上の力を使えるようにするもの?」

「ええっと……どちらも正解なの。ってこれ言って良いんだっけ……」


 リリは鼻をこすりながらそう言った。どうやら俺やクレハの予想は外れていたらしい。不条理へ至る銀鍵レーヴァテインはもっと高性能だそうだ。


「まあ良いの。2人は世界を救った恩人たちだから隠し事はあまりよくないと思うの。おにーちゃんたちは、リリとミリアの戦いを見てたんだよね?」

「ああ、見てたな」

「うん、私はタケルくんを見てたけどついでに観戦もしてたよ」

「俺をついでにしてくれ」

「それなら話が早いの。リリの宝具は2つ力があるの。一つ目は鍵の状態で魔力を少しずつ与える力……ミリアの戦いのときにリリが自分の魔力を使わないで戦えたのはこの力のお陰なの」

「それは馴染み深いよね。俺にはその状態でも加護ギフトの強化がされてると思ってたんだけど、そういう裏事情があったなんて」


 俺のその言葉をリリは否定する。


「ううん、加護ギフトを強化してるというのは合ってるの」

「ほえ? そうなのか?」

「その説明は私ができるからしてあげるよ。例えば、リリちゃんの魔力器官び最大魔力が100で、一度に使える魔力の量が50だとするでしょ。そうすると、リリちゃんだけの力で50を2回──まあ見かけは一度の加護ギフト使用に見えるかもしれないけど、合計100の魔力の威力を出したらそこで終わりになるわけ。速度をイメージしてくれたらわかりやすいよ。1秒あたりにどれ程の魔力を使えるのかという限界が人それぞれあるの」

「あ、速度で考えたらわかりやすいな。そういうことか。速度が1秒あたりに使える魔力量で、距離が使った魔力量になるということね」


 通常、使った魔力量は自分の最大魔力量を超えることはできない。最大100の魔力を持っていたら、100までしか走れない。しかし、不条理へ至る銀鍵レーヴァテインがあれば、魔力を使った側から回復してくれるので、無尽蔵のスタミナで走ることができるという寸法だ。

 こんな化け物じみた宝具を持った最強の少女にミリアが火力勝負で勝てたのは、つまり速度が半端じゃなかったんだろう。1秒あたりに出せる魔力量が リリを上回ったのだ。

 リリはクレハの説明があっていると頷くと、言葉を続ける。


「二つ目の力に移るの。二つ目は……おにーちゃんは見たことあると思うの──炎のついた杖を」

「炎のついた杖……」


 俺は記憶を辿り、該当するものを探す。確かに見たことがある。それは最大解放されたリリの宝具の中から現れる杖のことだろう。

 ミリアに負けそうになったとき、俺がオロチに喰われ死んだとき……彼女が窮地に立たされたとき、毎回その杖を握っていた。


「覚えてるよ。あの杖が力の二つ目なんだね」

「そうなの。あれは不条理へ至る銀鍵レーヴァテインの本体なの。不条理へ至る銀鍵レーヴァテインの持っている魔力の半分くらいは全てあの杖に入ってるって聞いたことがあるの」

「2段構造の宝具……それは良いアイデアかも。ふむふむ」

「使い方は簡単なの。あの杖を魔力器官に突き刺せばそれで終わり。リリの魔力器官は杖と一体化するの」

「一体化……? それは大丈夫なのか? 死んだりしないの?」

「死にはしないの。ただ、後遺症がすごいとは聞いているの。不条理へ至る銀鍵レーヴァテインを外した後、リリでも一年は動けなくなるかもしれないから、本当にピンチの時にしか使えない奥の手なの」


 リリは険しそうにそう言った。

 後遺症で1年は動けない……その代償は彼女にとってあまりに大きい。また、リリでもと言っていることから、一般の魔力器官があまり強力ではない人間が使ったら、その後遺症がより顕著なものになると予想できる。一生植物人間と化す可能性もあるだろう。

 そんな恐ろしい宝具だったとは……


「でも、リリがそれを使うときはもう来ないと思うの。だっておにーちゃんが【魔王】を倒してくれたから!」

「あ、ああ! それもそうだな。そんな危険な宝具、使わない方がいいに決まってる。魔王を倒しておいて本当によかったよ」

「ありがとうなの、おにーちゃん!」


 リリはそう言って俺に抱きついた後、頭をナデナデしてくれた。

 幼女にされるナデナデはこの世の何よりも気持ちがいいと古事記にも載っている。載っているはずだ。それとクレハ、それはナデナデじゃなくてサスサスだ。俺の股間をまさぐるんじゃない。


 和やかなムードで、その後もお茶会は続く。

 クレハは俺と2人きりでピクニックに行けなかったことで、最初は不機嫌だったが、なんだかんだ楽しんでくれたようだった。巨大ネズミとちゃっかり仲良くなっていたし。


 持ってきたお茶や食べ物が底を尽き、そろそろ帰ろうというところで、俺はいつものように彼女たちに問いかけた。


「なあ、リリ、クレハ。2人はこれから何をするつもりだ?」

「何をする? リリは今日お仕事お休みだから家に帰るの」

「私はこれからタケルくんとの子供をこしらえる」

「こしらえない。そうじゃなくって、魔王が倒されて、非日常が去ったわけだろ? 日常に戻って何をするかってこと。例えば、ミリアはクレハのお爺ちゃんに恩返しをするって言ってたな」

 なるほど、と2人は相槌を打つ。クレハに関しては勘違いは確信犯だろうが。


「そういうことなの! うーん、それなら……リリは『トウキョウ』のためにこれからも働くつもりなの。今回の魔王襲来で、王様は国とギルドの間の連携をもっと強めないといけないって思ったみたいだから、リリはそのためにたくさん走り回ることになるの。グリフォンちゃんには頑張ってもらうつもりなの」

「そうか、わかった。クレハはどうするつもりだ?」

「私は何があってもタケルくんについていくつもり。一応オカザキの家に生まれた使命だけでも果たしておかないとなって思うから、いろんな場所で見聞を広めておこうかなって」

「……なんだよクレハ。まるで俺が旅をするような口ぶりだな」

「だってそうでしょ? タケルくんはこれからみんなの願いを叶えるために、古今東西を奔走するつもりなのは知ってるんだから」

「なっ!」


 クレハは呆れたような顔でそう告げてきた。俺の思惑は全て彼女には筒抜けだったのだ。【理想の彼氏】にそんな能力はなかったはずだから、単に俺の行動が怪しかったとかそういうことだろう。

 バレているなら仕方がないと、俺は一呼吸置いて続けた。


「そうだな。俺はこれから、お世話になった人たち……ミリア、アイリ、クレハ、それにリリの願いを叶えるつもりだ」

「おにーちゃん太っ腹なの! リリはおにーちゃんと一緒に旅をしてたわけじゃないのに」

「リリにはこれからお世話になるつもりだから、そのための賄賂みたいなものかな」

「…………?」

「俺はさ…………元の世界を救うために現れた、何かなんだよ。だから、元の世界に戻らないといけない。リリには俺を元の世界に連れて行って欲しいんだ」


 途端にリリの表情が曇る。当たりまえだ。せっかく連れてきたお気に入りを元に戻せと言っているのだから。


「それは……嫌なの。おにーちゃんはもうコッチの世界の住人なの」

「リリ、そもそも俺は人間じゃないって知ってるだろ。住人じゃないよ。この世界からしたら、俺は異物混入で企業衰退の危機だ」

「……何の話をしているの」

「そこはツッコまないでくれ。そこまで嫌なら一度でもいい。とにかく俺は一度向こうの世界に戻りたいんだ。サラの推理が正しければ、俺と同質の存在が生まれて世界を救ってくれているはずだけど、そうじゃなかった場合、俺は……自分の役目を果たさなければならない」

「……ちょっと考えさせてなの。リリのお願いは最後に叶えるでいいから」

「分かった。辛いこと考えさせてごめんな」


 暗い雰囲気にさせすぎてしまったことを俺は反省する。

 どうにか空気を良くしようと、今のところの俺の中にある予想を口にした。


「ちなみにだけど、俺に与えられた使命が予想通りなら、10年もすれば戻ってこれると思う。各国を回って軍隊や研究所を片っ端からぶっ壊すだけだから。向こうの世界じゃ、俺を傷つけられる物なんて存在しないし、地図アプリもある。場所が分かれば、俺はどこにだって移動できるしさ」


 俺はさりげなく持っている転移の能力に感謝する。【現身の輪廻オルタナティブウロボロス】は俺が死ぬ直前に思い描いていた場所に転移できるという世界の加護ギフトだ。Go◯gleマップのストリートビューがあれば、俺は神出鬼没の破壊兵器と化すだろう。


「だから、そんなに悲観することもないよ。みんなにしたいことがあるように、俺にもしたいことがある。俺の用事を済ませてきたら、すぐにコッチの世界に永住するよ。大切な人たちもできてしまったしさ」


 そうだ。俺は世界を救う存在であると同時に、女の子3人からアプローチされるモテ男でもある。世界と彼女たちなら、少しだけ彼女たちに勝利の天秤が傾くだろう。


「そういうことならわかったの。でも、一応リリのお願いは最後でいいの。心変わりするかもしれないし、リリのお願いはすぐに叶えられることじゃないのはわかっているから」

「ありがとうリリ。クレハもこれからもよろしくな」

「うん。タケルくんとよろしくやらせてもらうよ」

「それはしない」

「酷いっ!」


 いつものように馬鹿話でクレハが締めて、楽しいお茶会は終了した。

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