第134話 クレハ

 旅を終えて各々実家に帰ったミリアとアイリがいなくなり、リリが用意してくれた家には俺とクレハで生活することになっている。

 当然のことながら、風呂に入った後に服を着なかったり、本を読んでいると膝に頭を乗せてきたり流れで股間のにおいを嗅いだり、夜布団に忍び込んでエッチを強要してきたり、あんまりしつこいから同衾まではと許した途端に隣で自慰行為を始めたりと、スケベなアプローチを受けている俺だが、どうにか貞操を奪われることなく4日間を過ごした。もう無理……理性死んじゃう……


 正直クレハは可愛いし、これまでの旅の中で絆は確かにあって信用にたる人物になっている、いややっぱ信用はできないかもしれないけど、とにかくこんな状況じゃなければ正式にお付き合いしていると思う。それでもその一歩が踏み出せないのは


「(……3人から好意をぶつけられてるのに、1人を優先するのはな)」


 これまでクレハと付き合えないと言っていたのは、出会って5秒で好意を寄せてきた時の印象が強すぎて、付き合うに足る思い出がないから付き合えないという気持ちが大きかったけど、旅をして、色々あってこの世界の平和を守るほどの戦いまで経験して、これでまだ思い出がないというのは無理な話だろう。だから、今彼女と付き合えないと思っている理由は、他にも告白されている女の子たちがいるからということになっている。


 実際これからどうしたらいいのかわからない。元の世界ではモテたことが無かったと自分では思っているし、どのような対応をするのが適切か非常に迷うところだ。どうやら、ギルドによっては一夫多妻を認めているところも普通にあるらしく(トウキョウは認められてない)、全員と結婚してしまうということも制度的には可能らしい。ただ、その話をしたらサラはゴミを見るような目で俺を見てきた。彼女の反応を見るに、重婚をよしと考える人は少なそうだし、倫理的にあんまりよくないよね。



 不意に、腹の虫を刺激する匂いが鼻腔を撫でる。

 キッチンからだ。


 クレハは今、昼用のお弁当を鋭意製作中だ。彼女は久しぶりに休みが取れたこともあって、かなり上機嫌。適当にぶらついている俺とは大違いだ。魔王を倒した際の謝礼があるから当分はお金に困ることはないけど、いつまでもニートを決め込むつもりはないのでさっさと仕事を見つけて……じゃない! さっさと元の世界に戻るための準備をしないとな。こっちの世界に慣れすぎて、危うく永遠移住しかけるところだったぜ……


 とにかく、今日はクレハと一緒に出かけることになっている。いわゆるピクニックというやつだ。俺は顔が割れすぎてるから変装を、といっても帽子かぶるだけだけど、してピクニックに行くと言うと、お忍びデートだとクレハはキャッキャうふふしていた。ピクニックだといっておろう。


 クレハお弁当を作っている間、俺はリビングでくつろいでいると、ピンポーンと呼び鈴がなる。カメラで外の映像が見えるとか、そういう便利な機能はないので、相手がわからぬまま俺は玄関に向かった。誰だろうか。お届け物だったりして。


「はーい、今開けますー」


 相手を待たせないようになるはやで扉を開けると、俺の視線より下から何者かが飛びついてきた。金色の長い髪。クリっとした目の愛らしい彼女は……


「おにーちゃん久しぶりなのー! 話は聞かせてもらったの! ピクニックならリリにお任せ!」


 最強の魔法少女の登場に、本日の予定は多少の狂いが起きることが確定した。


 *


 一面小さく白い花が咲き乱れる大草原のど真ん中。地理的にはヨーロッパに属するここはシャーリーのお気に入りの場所。

 人の手が入ったように思えないその場所に、黒い鉄の椅子が3つ。

 その椅子に座って各々が向き合うように座った。

 中央にリリの扉を地面に対して水平に設置し、その上にクレハが持ってきたレジャーシートを敷いて準備が完了した。


 楽しそうなリリ、不満げなクレハ、そしてなんとも微妙な顔をしているであろう俺。各々浮かべる表情が多岐に渡るこの場は他人から見たら一体なんの会なのかと不思議がられてしまいそうだ。実際俺は、俺たちがしていることが何なのか分からなくなっている。


「これ絶対ピクニックじゃないよな……?」

「こんなの予定と違うよ!! 私絶対認めない!」

「リリもそう思うけど、別にいいの。楽しいと思うの」

「そもそも、クレハの用意したレジャーシートが小さすぎるのが問題だったよな」

「そうなの。それに椅子なんてなくてもリリがもうちょっと大きい扉を出せばピクニックぽくなったの」

「し、しょうがないじゃん! だってリリちゃんばっかり活躍したら私のプライドが……プライドが!」


 そんなものがクレハにあったのが驚きだ。そういえば、彼女は俺に好かれるためにか弱い女の子を装っていたのだけど、そういう好意の相手にいい顔を見せるというプライドなのかもしれない。もうプライドという言葉の意味が迷子になりかけてる。

 俺は扉の上のレジャーシートに指をかける。麻でできたものだ。材質的にも地面に敷くよりテーブルクロスにしたほうがしっくりくる。というかこれテーブルクロスじゃないのか?


「それにしてもぴったりサイズだったな、クレハの持ってきたこれ」

「うん、それはテーブルクロスだしぴったりなのは当然だよね」

「初めからそのつもりで持ってきてたのかよ! テーブルクロスは男女が2人で座って弁当を広げるほどの大きさはないだろ……どうするつもりだったんだ……」

「対面座位?」

「クレハはピクニックを野外プレイと勘違いしてないか!?」

「外で食い合ってるんだから同じようなものだよ!」

「ピクニックに失礼すぎる!」

「おにーちゃんたちは一体何の話をしてるの? 対面座位って何のことなの?」


 リリがクレハが作ってきた卵焼きを摘みながらキョトンとした顔で聞いてきた。いかん、ここには10歳児がいることを失念していた。

 リリの反応に何故か瞳を輝かせるクレハ。嫌な予感しかしない。悪いがここは先手を打たせてもらう。


「向かい合って座ることだよ、リリ。今は互いに向き合ってないから違うね」

「そういうことだったの。納得したの」

「これはこれは、タケルくん。幼女に誤った知識を伝えるだなんて、一時的とはいえ先生をしていた人間とは思えない行動だねぇ!? 教育的によくない!」

「教育によくないのはお前だ!」


 クレハはキャラをブラしながら気味の悪い笑みを浮かべる。

 次の手を読んだ俺は、椅子を一歩前へ。彼女が入り込む隙間を作らないように、腹と扉を密着させた。

 クレハは、俺のその行動を嘲笑で返し、テーブルを両手で掴んだ。こいつハレンチちゃぶ台返しをしようとしている。しかし、その手はうまくいくはずがない。


「……ッ!?」


 クレハは驚嘆を一瞬はさみ、苦虫を潰した表情になる。そうだ、最強の魔法少女リリの作った扉を動かすことはできない。それこそ破壊するしかない筈だ。クレハの加護ギフトは金属に対して有効であるが、リリの扉はそのほとんどが木である。お前の負けだクレハ!


 勝利を確信した俺の視界が不意に揺らぐ。重力を急に意識し、身体がゆっくりと後ろへと……。

 彼女は再びニヤリと笑みを浮かべていた。テーブルから手を離し、俺に襲いかかる準備をしている。


 ……俺の椅子が一瞬で消えた。


「(クソッ、俺の座ってたこれは敵の作ったものだった……!)」


 こんなことで負けるんじゃねえぞ俺。

 お前はただの人間じゃない。何のために異能力を授けられたと思ってるんだ。

 兵器を滅するため? 世界を救うため?


 否ッ!俺の世界の加護ギフトは……幼女を歪んだ性知識から守るために授けられたものだ!


「(二律背反するものアンチノミーヴァッフェッ! 筋肉を……解放させるんだッ!)」


 俺の意識に連動して、全身の筋肉が膨張する。千切れてもおかしくないほどに肥大した筋肉は、俺という被造物からのダメージを決して受けず、問題無く稼働した。


 圧倒的な力で地面を踏み締める。その圧力に地面はまるで沼のように俺の足をめり込ませる。腹筋に力をいれ、体幹を安定させる。これが俺の回答だ……!


 襲い掛かろうとクレハが立ち上がる。しかし、俺は当然のことながら空気椅子で涼しい顔をしているため、彼女の行動は側から見れば不自然な行動に見えるだろう。


「あれ、おっぱいの人、突然立ってどうしたの?」

「…………ううん、なんでもないよ。おっぱいの人はやめてね、リリちゃん」

「あっ、ごめんなさいなの。リリは認めてる人の名前を覚えるようにしてるけど、おっぱいの人はまだまだなの」

「なんだとこのメスガキ!」

「嘘なの。クレハだよね。なんだか長い付き合いになりそうな予感がしてるから、これからもよろしくなの、クレハ」

「……まあいいや。今回は私の負けね。リリちゃんにも……タケルくんにも」


 クレハは頬を膨らませむすっとする。そういう反応は可愛いからもっと積極的にしてくれ。見た目清純派ヒロインぽいんだから、そっちの方向でアプローチすることをオススメしたい。


 こうして一瞬の駆け引きに勝利した俺は、ピクニックとは程遠いが安寧に包まれたお茶会を堪能することになった。

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