第133話 ミリア

 今日はミリアと会う約束をしている。魔王を倒して食事会というか打ち上げをした後、俺は彼女と会っていない。俺が旅をする原因となった彼女は今では、『トウキョウ』上層部の引っ越し後の家で暮らしている。母の洋菓子店を手伝っているらしい。

 ミリアはこれまで家庭的な部分を一切見せないどころか、人にやらせてきた節があるので、正直心配だ。しかし俺は、若干のハプニングを心のどこかで期待しながら彼女の家へと向かった。


 遠くで人だかりができている。そういえば、ミリアのお店は結構繁盛していると言っていたっけ。王様が上層部に持ってきて活気がどうこうと言っていた。


 最近なにかと注目されることの多い俺であるが、そんなの知らんと言わんばかりに、彼らの意識は店内の甘い香りへ。俺も甘い香りに誘われてのこのこやってきた人のひとりとして見られているんだろう。

 列というものをなすことなく無秩序で集まる人たちをかき分けていく。人は人と人が支え合って何たらではなく、協力は力を束ねてうんたらの意味を身をもって知ることになった。全然動かない。

 それでも負けじと身体を捻って集団にねじ込むと、顔だけ先頭の列から出すことができた。甘い匂いを一番に嗅ぐことができる特等席で、俺は見知った顔を発見した。


 俺のよく知る女の子の、よく知らない姿。三角巾とエプロンをつけた彼女は額に汗を垂らしながら懸命に働いていた。


「アップルパイ1ホール、ブルーベリーパイ3ピース、焼き菓子セットのお客様! ……いたいた。お待ちしました! 面倒な注文はやめなさい! 次からはねるわよ!」

「ありがとうございます!」

「何感謝してんのよ! さっさと退く! 次のお客様……ってタケル!? 何であんたがここに!?」

「いや、会いにいくって約束し……」

「丁度いいから手伝いなさい! 早く中に入る!」

「お、おう!」


 強制力を持った彼女の眼差しに俺は動き出す。お店が今とんでもないことになってるのはこの人混みをかき分けてきた俺が一番よくわかっている。人ではいくらあっても足りないぐらいなんだろう。友達を手伝わなければという使命感もあるが、それ以上にアルバイトをしたことがなかった俺にとってお店の手伝いは少し魅力的に思えた。


 裏口から店に入ると、ミリアの父と母と俺より少し年上ぐらいだと思われる青年が、生地をこねたり、盛り付けたり、焼いたりと忙しなく働いていた。あの青年はどこかで会ったきがする。それがどこか考える前に、ミリアと同じく綺麗な金色の髪をしたミリアの母が俺に声をかける。


「あなたがタケルくん? ミリアちゃん、いい男を見つけてきたじゃない?」

「ママうっさい! 無駄口叩かないで殴るわよ!」

「あら、怖い怖い。後で詳しく話は聞くからね。あなたはお菓子の梱包をして頂戴。人手はいくらあっても困らないわ。働くわよ〜!」


 有無を言わさない勢いで、ミリア家の人たちは俺に仕事を割り振る。箱詰めなら俺でもできそうだ。

 山積みされた紙の箱にアルミホイルを敷いてお菓子を詰めていく。次から次へとお菓子は焼き上がる。スピードが命なので、結構大変な作業だ。だがしかし、初めての労働ということもあって、俺の心はどこか躍っていた。

 作業をしながらふと、あることに気づく。アルミホイルとかあるのかこの世界には。俺の元いた世界とはかなり異なる世界だというのに、恐らく異世界から仕入れてきた情報の中から、有用そうなものを実用化しているんだと思う。魔法の力が有れば、理論が分からずとも、それらしいものを作ることは可能だろう。


「手が止まってるわよタケル! 速くして! 客を捌ききれない!」

「すまん! 今やる!」


 叱責が店内に響く。気合を入れなければ。ここは……戦場だ。

 丁寧にかつ迅速に、俺は機械と化して作業に没頭した。


 *


「お疲れ様でしたー!!!!」


 ひと仕事、というか一日中の仕事を終え、俺たちは乾杯をする。法的にオッケーだとしても、お酒は飲まないと決めてるので、俺は水。ミリアも俺に合わせてお酒は飲まずにリンゴジュースにしてくれていた。

 そういえば、この世界にも法律は存在するようで、それはギルドや国ごとに定められている。どこも似たり寄ったりの決まりごとなので、あまり気にすることはない、というのがミリアの弁だ。一つ注意しないといけないのが、国やギルドの間での取り決め……いわゆる国際条約のようなものはないため、今回『トウキョウ』がしたような他の国の人間の監禁が行えてしまうということだ。普通なら、人をさらう時にギルドや国は抵抗、酷すぎる場合は他国へ宣戦布告をするはずだが、『トウキョウ』のようなあまりにも大きすぎる力を抱えている集団が相手の場合なすすべがない。これが、ミリアが前に言っていた『トウキョウ』は奴隷をとっても問題ないという話の核になっている部分だそうだ。


「早く食べなさい、タケル。アンタのぶんなくなっちゃうわよ」


 考え事をしている場合じゃなかった。俺は今、ミリア家で食卓を囲んでいるのだった。

 俺は並べられた料理に手をつける。豚の丸焼きなんて始めて食べたけどこれは美味しいな。

 頬張ると、肉汁が溢れ出てくる。牛の方が好きかなとか爆然と思っていたが、これを食べてしまうと豚派になってしまうかもしれない。

 こんな豪勢な食事であるが、【時間】の加護ギフトによって調理にほとんど時間がかかっていないと言っていた。加護ギフトなしで作るとなるといったいどれくらいの時間がかかるんだろうか。【時間】は戦闘に使えるのはもちろん、飲食店でも大活躍の便利な加護ギフトなんだな。今回使っていたのはミリアではなく、ミリアの母と兄だけど。

 俺は口の中の食べ物がなくなってから、口を開く。


「そういえば、ミリアのお店は人気があるとは聞いてたんだけど、こんな人気だったんだな。タイムセールみたいだった」

「時間無制限でセールしてるようなものよ。それが三日間も続いてるんだから、本当に大変だわ! まあ、その分うちの家が潤ってるし、悪いことではないどね!」

「それもそうか。ちょっと待てよ。これまでミリアは家を離れていたわけだろ? ということは、今日の仕事量を3人で回してたってことか!? 大変だったんですね?」


 俺はミリアの母に向けてそう問いかけた。

 ミリアと同じ金髪碧眼の女性……ミリアの母と言われてもピンと来ないほどに若い。彼女はとぼけたような表情で頬に指を当てた。


「ううん。そんなことなかったわよ? 今日くらい忙しいのは大体3日前から」

「3日前……すると魔王が倒された次の日ですね。表彰式があった日と言った方がいいですかね」


 三日前魔王討伐の功績を称える表彰式があり、俺たちの仲間はクレハを除いて何かしらの賞をもらった。

 俺は魔王を倒したことで、宝賞と褒賞金。もらった宝賞というか、宝具は正宗。『ニッコウ』に返却する約束をしていたから、すぐに返そうと『ニッコウ』の三兄弟に掛け合ったところ「タケル様に使っていただけるならそちらの方がいいですじゃ。それに私たちにもう宝具は必要ありませぬ」と逆に突き返されてしまった。今は俺の家に置いてある。

 アイリは北からの魔王軍から国を守ったことで城をもらった。城といってもゴウケンの物なので、自宅に帰ることができたというのが正しい。

 ミリアは【闇】の魔力を浄化したことで宝賞。本当は何も賞をあげる予定はなかったようだが、持ち前の図々しさで自分のした功績の輝かしさについて王様に直談判……およそ1時間に及ぶ説得によって王様が折れた。宝具を要求するのかと思ったが、意外なことにミリアの要求したのは魔法石だった。各種属性系の魔法石と、【治癒】の魔法石、使い道が乏しいと言っていた【身体強化】の魔法石がたんまりと。【無効】の魔法石もねだったが流石にそれは却下されていた。


 なぜ表彰式とお店の忙しさが関係しているのだろう?まあ、大体予想はつくので、隣に座る偉そうな女の子に問いかける。


「ミリア、お前自分の名前使って宣伝してるだろ。じゃないと急にお客が増えるなんてありえない」

「いいえ、私は何もしてないわ。魔王が倒されて民たちの嗜好品への購買欲が高まったんじゃないかしら?」

「え、そうなの? ミリアならそれくらいやりかねないと思ってたんだけど……まあ、確かにそれも考えられるな」

「ミリアちゃん不正解ー。タケルくんが正解よ。私が世界を救った英雄のお店ですってのぼりを立ててみたの〜」

「ちょ、ちょっとママ何してくれてるのよ!」


 うふふ、と微笑む母と対照的に机をバンバン叩いて抗議する娘。例のサプライズ引越しの件しかり、ミリアのお母さんはよくいえばお茶目、悪くいえば滅茶苦茶な人だな……


「娘の功績を称えてるんだから、いいじゃない。これまでは指名手配の娘のお店って事で売ってたのよ? それよりはマシだと思わない?」

「指名手配……? そういえば、思い出したわ! 手配用の写真を提供したの絶対ママでしょ! どうして仕事中の写真を渡すのよもっといい写真があったはずだわ!」

「うふふ……あらいいじゃない? 三角巾のミリアちゃんもとってもキュートだもの」


 顔を赤くして今にも噛みつかんばかりに言葉にならない言葉で叫ぶ彼女を俺は後ろからはがいじめにして止めた。問題の渦中にいるミリアの母といえば、危機感など感じることなく微笑んでいた。もしかしなくてもミリアの母はミリア以上に変な人だ。

 ミリアの名前を使って客引きをしていたわけだけど、あまりの忙しさに、人手が足りていない状況だ。毎日手伝いの人が来てくれるわけではないので、父や兄の説得も入り、明日からはのぼりを撤収することになった。最後まで彼女は抵抗していたが、口を尖らせて文句を垂れながら諦めた。

 ミリアの母の暴走を止めている間に俺はある違和感を思い出した。それはミリアの兄だ。ミリアと同じく金髪で目鼻が整った好青年に問いかける。


「ミリアのお兄さんですよね?」

「ああ、そうだよ。ミリアちゃんがお世話になったね」

「いえいえ、俺こそミリアには助けられっぱなしで……ってそうじゃなかった。お兄さん?」

「僕に何か?」

「俺とどこかで会ったことはありませんか?」

「あるね」


 即答された。おそらく想像通りの人物だろう。


「魔王討伐会議で【炎王】の代わりに出席してた人ですよね?」

「そうだね。僕はあの日、あそこにいたよ。一応『トウキョウ』の部隊1つを預かってるしね」

「えええ、お兄ちゃん!? それってどういうことよ!」


 兄が『トウキョウ』上層部にいることを知らなかったミリアは今日一番の驚きをみせる。俺は確信があったわけじゃないので、本当にあの場にいたのがミリアの兄であるという裏が取れて安心した。

 俺は自分の推理を口にする。


「『トウキョウ』がミリアを欲していた理由って、【時間】の加護ギフトが要因だったよな。それで、今日お店の手伝いをした時に、ミリア以外が【時間】の加護ギフトを使っているのを見てピンときたんだ。ビビりの王様が、保険をかけないわけがないって」

「……それは、私が見つからなかった時にお兄ちゃんが私の役目を果たすように訓練されたってことかしら?」

「そういうこと。あと、原初の魔法使いの復活方法を知る人物は限られてるだろうし、ミリアのお兄さんはそれなりの役職についているはずだってのがもう一つの裏付けだ。後、ここからは結構適当なんだけど、魔力量ってある程度遺伝すると予想してるんだけど、そこら辺はどうなってるんだ?」

「遺伝はあるわ。魔力の初期ステータスは遺伝というのが定説よ。年を重ねるごとに魔力量は上昇していくけれどもね。あんたの話を聞いて概ね納得したわ。最後にお兄ちゃんの魔力を見たときステータスはSだった。それだけあれば、最悪リリの不条理へ至る銀鍵レーヴァテインでも使って原初の魔法使いを呼び起こすことも可能だろうし、『トウキョウ』の軍にお兄ちゃんがいるのも当然ってところね」

「ミリアちゃんの言う通りだよ。ただ、魔力はS+まで上がったというところだけ訂正かな」

「そうなの? おめでとうお兄ちゃん!」


 ミリアの兄はいやぁと頭の後ろを掻いた。ミリアと対照的に兄の方がひかえめな性格だ。ステータスの高さを見るに、兄の方だって鼻高になってもいいはずなのに、身内に化け物じみた才能のやつがいると大人しくなるのは必至なのだろう。


 疑問が解消した後、たわいもない会話が食卓を飛び交う。

 主に話題は俺たちのしてきた旅の話になった。ミリアはどんな敵が出てきただとか、自分がどれだけ活躍したとか、ここのご飯が美味しかったとかそういう話をする。『トウキョウ』から離れたことがないという彼女の家族はその話を楽しそうに聞いていた。


「それで結局タケルが魔王を倒しちゃってこの世界は救われたってことね。まあ、私にも倒せたと思うけど、泣く泣く譲って上げた感じ」

「……ミリアには他にする仕事があったしな。仕方ない。救った命の数でいえば、ミリアの方が多いと思うし、真の英雄はミリアかもな」


 家族の前だからミリアに気を使い肯定する。本当に彼女が魔王を、というか魔王の魔力を得て強化された化け物を倒せたかは怪しい。リリと協力したらなんとかなったかもしれないが。それに、俺が自分の意思で救った命は1つだけだ。魔王を救って勝手に助かった人たちはいるだろうがな。


 一通り話を聞いたあと、ミリアの母が緊張感のない口調で切り出した。


「それでミリアちゃんはこの子のことを好きになったわけね? 私も同じ状況だったら惚れちゃうかもしれないわ〜」

「な、な、な、何言ってるのママ!? 全然! 全然、タケルのことなんて全然好きじゃないんですけどおおおお!?」

「自分の気持ちに嘘をつくのは良くないわ。母には分かるのよ。母だから!」

「なんの理由にもなっていないわ! ほら、タケルの方からも弁解しなさい!」


 赤面するミリアは俺を肩をさする。どうしろというのだ。

 ここで、俺が彼女の恋心が嘘であると説得することはおそらくできる。簡単な話で、クレハと既に付き合ってて、将来を約束しているとかなんとか言ってしまえばいいのだ。俺に相手がいると知ればミリアの家族も諦めてくれるだろう。だが、俺は既にミリアの本心を知っている。魔王討伐の遠征の中で、されたあれが告白じゃないだなんて絶対に言わせない。

 気持ちを決めた俺は、肩にかけられていた彼女の手を握る。


「俺はミリアから告白されました。だから、彼女が俺のことを好きってのは本当です」

「は、は、はああああ!!!?」

「ひゅー、ひゅー! いいわねタケルくんそれでこそ男よ!」

「ミリア、自分の発言には責任を持ってくれ。それに、ここで自分の気持ちを否定すると、絶対に後悔する」

「な、なんでよ。別にあんたはクレハとくっつけばいいじゃない。何度もクレハの告白はOK出してるし、キスもしているし」

「……あれはクレハの加護ギフトの仕様上仕方ないだろ。別にクレハに心を許したわけじゃない。ミリア、心して聞いてくれ」

「う、うん……」

「昨日アイリに告白された」

「………っ!?」


 ミリアは目を見開いたあと、俯く。余程ショックだったんだろう。ミリアはアイリのことを溺愛してたからな。

 しばらくそうして黙りこくった後、彼女は納得したように顔を上げた。


「分かったわ。もうハーレムルートしか残っていないってことね」

「えっ?」

「こうなったらもう全部話すけどね、私はあんたとくっついて、アイリちゅわんを養子にするつもりだったわ! それで今度は『トウキョウ』を倒すなんて理由なしに、自由に旅をするつもりだったの。旅の途中でその……あ、赤ちゃんとかも出来たりなんかして、面倒見のアイリちゅわんはいいお姉ちゃんになって、そして……」

「待て待て待て! 暴走しすぎだ! 何でそんな細かい人生設計までしてるんだよ!」

「そりゃあするわよ! だって私あんたのこと好きだし!? それぐらい妄想して当然だわ! タケルのバーカ!」


 ミリアはボコスカと俺を殴る。俺がタフなのを知ってるから容赦なしだ。

 気が済むまで殴ったミリアはそっぽを向いてしまう。

 食卓に微妙な空気が流れる。ここから先の話は、家族の前では話し辛いだろうし、ここは退散するのが吉だ。

 俺は家族に帰宅することを告げる。ミリアの母はまだいじれると、名残惜しそうにしていたが、父と兄が宥めて何とかなった。


 帰り際、俺は聞かなければならないことを思い出した。背を向ける彼女に問いかける。


「ミリア、この後はどうするつもりだ?」

「どうするって何よ」

「店の手伝い以外に、することがあったりしないかって話。アイリに聞いてみたら、彼女は闇魔法の地位向上に向けて活動するってよ」

「そういうことね。私はクレハの祖父との約束を果たすつもりよ。『オオイタ』で再び時渡りをするわ」

「分かった。参考にする」


 俺は家族に挨拶をすると、ミリアの家を出た。

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