第132話 サラ
俺たち用に貸してくれた家には、今俺とクレハだけで住んでいる。
だけど、クレハは魔王討伐の日から日中はずっと、『トウキョウ』の工房に通い詰めていて、現地の人たちのために技術を見せてあげているらしい。
彼女も一応は日本の中では一番有名な鍛治師の家系なので、使命感というものはあるらしく、快くそれを引き受けていた。なので夕方にならないとクレハは帰ってこない。
家の近いリリが遊びに来ることも多々あるけど、大抵それも夕方ごろだ。
つまるところ、今家に帰っても誰もいないし、帰る意味をあまり感じないということだ。
アイリの家にお邪魔した後、暇になった俺はなんとなく図書館に足を運ぶ。
あそこなら、ほぼ毎日開館してるし、閉館していてもサラはいる。
彼女はフクダさんにやられて、療養中だったそうだが、治癒の魔法が使えるこの世界では一週間以上再起不能ということはないだろう。
北からの襲来から、もう一週間は経っている。
上層部への入り口の門番さんは俺の顔を覚えて覚えてくれているようで、すんなりと上層部に入れてくれた。
もしかしたら、彼もサラと同じように【記憶】の
元の世界でなんの
学校……学校か……俺、本当なら私立の面接に来たはずなんだけどな。私立の推薦入試って落とすことほとんどないって聞くし、今頃素晴らしいキャンパスライフを送っていたはずなのに。といっても、俺が本当に危惧してるのは、自分の大学生活とかではなく、世界全体のことだ。これまでの戦いの中で、俺が元の世界を救うために生まれた何かであることは確定している。
これは、異世界に移るときに能力をくれる親切な神様がいなければの話だけど、実際そんなものいないので確定だ。
サラは、俺のいなくなった向こうの世界では、俺と同質の何かが生まれていると推理していたけど、真実は分からない。
そうこうしている内に、図書館に到着した。
ガラス張りの建物は、中がよく見える。今日は開館日のようだ。
入り口をあけ、少し歩いたところで館内がざわつく。皆、俺のことをチラチラと見て、小声で何かを呟いていた。
最近、何度かこういう体験をしている。上層部では特にだ。
というのも、魔王を倒したという功績を称え、賞金と表彰をされたんだけど、それは上層部で行われた。つまりは壁の中ということ。
だから当然上層部の人は、俺が魔王を倒したことを知っているから、若干有名人のような扱いを受けていて、しょっちゅうこういう視線を向けられている。
チヤホヤされるのに悪い気分はしないけど、何日もこういう状況だと嬉しさよりも、若干の疎外感を感じるというものだ。
壁の外では、魔王が倒されたことは知っているが、それが誰の功績なのかははっきりとは分かっていないから、そっちの方が息苦しさがなくていいな。図書館は上層部の中では、俺へのチヤホヤがまだマシな方なので、明日から通い詰めてしまうかもしれない。
図書館に入り、まっすぐ進む。受付には、よく見知った顔があった。【五宝人】が一人、サラ・ライブラその人だ。
彼女は鋭く睨むと、俺に手招きする。指示に従って彼女の元に行くと「地下に行っていて。貴方がいては館内の人たちが集中できないわ」と一言。それはそうだなと納得して、明日から通うのはやっぱりやめておこうと考えを変えた後、俺は彼女の言う通りに、地下へ続く階段を降りた。
*
地下の書庫の扉はリリのお手製だ。話によると、リリが異世界(俺の元いた世界とか)に行った後に直接ここの扉に転移するらしい。直接搬入になるため、異世界の情報は守られているということだ。サラが特別にここに招待するなどして異世界の情報を知ってしまった一般人もいるが。トラブルは大体人が関わって起きるんだなと思った。
カツンカツンと靴音がする。サラが降りてきた。
彼女は胸元から鍵を取り出すと、リリの扉を開ける。開けながら話を始めた。
「久しぶりねタケル。貴方の表彰式、参加できなくてごめんなさいね」
「いやいや、サラは安静にしておかないといけなかったんだから、参加してたら逆に心配してたと思う。傷はもう大丈夫なのか?」
「ええ、お陰さまで。心の方は……まだ治っていないけれどもね。五宝人だというのにあっさりと負けて、恥ずかしいわ」
「といっても、フクダさんは強いから気にすることもないと思うぞ。ミリアだって彼に一対一で勝てなかったし」
「そうなの!? あのミリアが……なるほどそれは相当の手練れね」
ミリアが負けたことを知り、サラは嬉しそうに笑った。よく考えたら、仲良しペアは二人ともフクダさんに負けたのか。
単純な魔力量で考えれば、ミリアとサラの方が上のはずだけど、それでもフクダさんが勝つんだから彼はすごい。俺が知っているかぎり、彼は戦闘技術が最も高い。もしかしたら、クレハの方が高いかもしれないが、彼女に聞いたりなんかしたら「タケルくんそういうのに興味あるの? クレハさんそういうの得意! 教えてあげるよ。是非教えさせて! つきっきりで特訓だよぐへへ……」とかなんとか言って無限に拘束されそうで、聞く気が失せてしまう。
「彼の宝具は一体なんなのかしら? 不可視の刀……私はあれで不意を突かれてしまったのよね」
「前に聞いた話だと、彼の宝具は魔力を通すと色が浮き出てくる刀だって言ってたな。だから、誰かが触れるとその姿が明らかになる」
「なるほど、それは特殊な宝具ね」
「実際、特殊なモンスターの素材を使っているらしいし、特殊中の特殊だと思う。それと、刀にいくつか魔法石が埋め込まれていて、その魔力を順々に流していくと【破壊】と同じ効果を生み出すとか言ってたっけ」
俺は『ウツノミヤ』での
「【破壊】の効果ね。記憶を更新しておくわ。ありがとうタケル。ところで、今日は何をしにきたのかしら? 私に何か用が?」
「いや、サラに特段用事があったわけじゃないんだけどさ」
「あら、そこは冗談でも、君に会いにきたとでも言うべきではなくて?」
「なんでだよ。夜まで家に帰っても誰もいないからさ、暇になって図書館にきた。外にいると、何かと人だかりができちゃうから、なるべく静かそうな場所をってのもある」
「なるほどね。それなら図書館を選んだのは正解でもあり、不正解でもあるわね。後者の理由はさっきの利用者の反応」
「あはは、悪かったよ。しばらく地下にいるから、出ていくときはどうすればいい?」
「そのときは私にひとこと言ってちょうだい。私もここに残るのだから」
「えっ、サラも残るのか。何か読みたい本でもあるの?」
「いいえ、タケル。貴方と話がしたいのよ」
彼女の瞳がしっかりと俺をとらえる。女性に凝視されることは最近多い。それは身近な幼女であったり、名前も知らない女性だったり。元からの知り合いでなくとも、魔王を倒し、いわゆる英雄となった俺に好意を抱くというのは特段変なことじゃない。そういうわけで、熱のこもった視線を感じることが多い。
目の前のサラから感じるのはそう言ったものとは少し違う気がする。元からスタイル的な意味でいやらしさを感じざるを得ないが(すでにそれで前科が俺にはあるが)、彼女の視線は別の方向で熱を持っていた。
「貴方の話は後世に引き継がれるものよ。つまりは伝説。それを生で聞けるチャンスが目の前にあるのに逃すわけがないでしょう? むしろ、貴方の話は私が執筆したいくらいだわ。何にせよ、貴方の伝記には絶対私の名前を食い込ませる気でいるからそこは覚悟しておいてちょうだい。出版費を支援してスペシャルサンクス枠でもいいわ」
「そんなクラウドファウンディングの高額支援じゃないんだから」
そう意気込み、興奮気味で俺に迫った。確かに、創作物に自分の名前が載るのは名誉なことなんだろう。俺も好きな作品に自分の何かが残るとしたら……いや、なんか恥ずかしくて嫌だな。ここら辺は人によるだろうなぁ。自分という不純物が入って好きなものが汚される気持ちが俺は先行してしまう。飽くまで主役は俺ではなく、俺以外の人たちが活躍する物語なのだ。
「貴方はさっき暇と言っていたわよね? だったら隅から隅まで、洗いざらい話してもらうわよ。貴方にはその義務があると思うわ」
「義務だなんて、そもそも俺はこの世界からしたら部外者だからあんまり記録とかには残して欲しくないんだけどなぁ……まあ、いいか。一応、言っておくと、話せないこともある。それでもいいか?」
話せないこと、それは魔王の所在についてだ。表向きは死んだことになっているが、真実は異なる。俺が魔力器官を破壊して、この世界でいうところの障害者となった彼は、今は『トウキョウ』の外側の飲食店で働いている。
「その話せないことについては、王様から話は聞いているから話してくれても構わないわよ。そもそも、私は『トウキョウ』の人たちの戸籍管理に一枚噛んでるのよ?」
「え、そうなの!? まあ確かにサラの能力は情報管理に長けてるからそんな仕事も任されてるのか」
「全部ではなく、一部地域と言った方が正しいけれどもね。何人かの【記憶】所持者でいくつかの地域の名簿の復元用の記録を保持しているの。一応名簿の原本が紛失する可能性があるものね」
「そういうことね。納得したよ。それじゃあ、どこから話せばいい? 俺とミリア、リリと王様で『オオサカ』方面に攻め込んだあたりからでいいか?」
「それで構わないわ」
椅子に腰掛けると、俺は記憶を呼び起こした。
*
「疲れた……」
満足そうなサラの顔と対照的に俺の顔は引きつっている。鏡を見ていないけど多分そう。
かれこれ2時間以上話は続き、口の中がパサパサしているのがはっきりとわかった。
俺の予想だと30分くらいで話は終わるかなと思っていたのだが、サラが逐一質問をしてくるので、話す時間は延びに延びた。知識欲の魔人であるサラの前で曖昧な情報で伝えると逆に時間がかかると思い、出来るだけ詳細に話そうとしてさらに時間がかかり、細かいところまで話せばそれでも次なる疑問が生まれるという迷路に迷い込んだ。
俺のそんな心境など知らぬという顔でサラは話し始めた。
「それにしても貴方の
「まあ、それについては本来の能力じゃ無いと思うんだけどな」
「それはどういうことかしら?」
「俺の世界は人の作った技術によって滅びることが確定してしまったんだよ。それで、俺はそれを止めるために、兵器を消し去るという目的を持って生まれた。だからさ、俺は今この世界で死ねないんだと思う」
「ん? 尚更、言っている意味がわからないわ。その兵器は貴方の世界特有のものでしょう? こちらの世界では、そのようなものではなく、マジックアイテムが戦いのための武器としてあるけれどもね」
「いや、それがあるんだよ。この世界にも。『オオイタ』に行った時にさ、『アンノウン』の人が持ってたんだよね。拳銃っていう……えっとリボーンが持ってるやつ」
急にサラの表情が真剣なものになる。短めの髪を指で遊ばせながら思案していた。
「それはおかしな話ね。その拳銃の実際の性能はどれほどなのか、私はBLACK LAGOON一巻程度の知識しかないけど、余程魔法の方が強いわ。建物一つ破壊することも出来ないでしょう?」
「俺も向こうの世界の一般人で銃に触れる機会なんてなかったからどれくらいの性能かなんてわからないな。でも、建物を破壊はできないことは間違いない」
「そんな非力な武器を使う理由はなんなのかしら。奴らの目的は……彼はまだ何かを隠して」
「『アンノウン』の目的って、暗殺じゃなかったっけ? だとしたら、拳銃が使われるのもまあわかる。こっちの世界じゃ拳銃を知らない人が多いから、撃っても何が起きたのかみんな認知できなくて暗殺向きってことだろう」
「いえ、殺人ギルドのことではなく、その背後にいる者たちの話よ」
「背後? 『アンノウン』には後援者がいるってのか?」
「タケルはまだ知らないのね。きっと王様から説明があると思うわ。真実は彼の口から聞いて頂戴。おそらく、彼には五宝人にも隠していることがある。気をつけて」
「お、おう……なんだかよくわからないけど注意しとく」
俺は軽く会釈する。
その後、俺は1時間くらい漫画を読んで時間を潰した後、家に帰った。帰る途中、人に見られるのが嫌で建物の屋根伝いに走ったら、逆に目立ってしまうのだという有益な情報を知るのだった。
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