第129話 前を向いて

 店内に空席はない。たとえ空席ができたとしてもすぐに別の客がそこへ座り、座り、座り……トイレに立っただけでも自分の席がなくなるのではないかと思われるほどに、店内は混雑を極めていた。

 それもその筈、俺たちが今日のお昼を食べに来たこの中華料理屋は最近オープンしたばかりの大人気店だ。元々、『トウキョウ』の人たちは新しいものが好きな国民性をしているらしく、国内に中華料理屋が少なかったこともあり、店は大繁盛していた。

 俺とアイリ、クレハとミリアが隣同士の席に座ってテーブルを囲んだ。


「それにしても、ちょっと申し訳ないわね。他の客はこの行列に並んでお店に入っているというのに、私たちは別口入場なわけでしょう?」

「まあまあ、少しぐらいの贔屓は受け入れようよ。ミリアとタケルくんが魔王を倒してくれなかったら今頃こうして美味しい料理を食べれていなかったのかもしれないんだし」

「これも強者の悩みね! 確かに? このミリア様がいなかったら? 今頃【闇】の魔力はこの国を飲み込んでいたかもしれなかったわけだからねっ!」

「ミリア、今日それ何回めだよ。流石に隣の席の人も苦笑いしてるぞ」


 俺は辛めの麻婆豆腐をつつきながらミリアにそういった。

 ミリアは俺の言葉など耳に入らないかのように相変わらず上機嫌な様子で箸を進めた。

 実際、ミリアの功績はかなり大きいから強く言えないのが苦しい。

 魔王を倒したのは俺だけど、この世界を救ったのはミリアといっても過言ではないだろう。俺には【闇】の魔力の浄化作業なんてできない。

 そんなわけで、『トウキョウ』を救った俺たちは、色々好待遇でこの国に受け入れられていた。別に王様から命令が出されているわけではないので、周りのひつが単純な感謝の気持ちで忖度してくれているというのが正しいかもしれない。


「ところで、タケル。あんたもよくやったわね。あんたが魔王を倒すだなんて初めて会った頃から考えたら、意外も意外よ」

「まあな。最初のダンジョンでミノタウロスに怯えていた頃からすると相当成長したのかもしれないな」

「そうね。いい機会だから、ステータスをもう一回見てみましょうか。確認してもいいかしら?」

「ああ。いいよ。好きなだけみてくれ」


 彼女がそう言うので、俺はポケットの中から愛用している手帳をミリアに渡す。

 ミリアは俺の胸あたりをじっと見つめると、読み取った俺のステータスを手帳に記してくれた。


 _____________________________________

 オオワダタケル

 筋力:SSS

 魔力:F

 体力:S

 技量:S+

 経験:A

 加護:【世界の加護ギフト

魔力不適合アンチマジック】魔力器官が存在しない

二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】その身を傷つけられるのは兵器ヒトだけであり、兵器ヒトはその身を傷つけられない。

現身の輪廻オルタナティブウロボロス】次の彼が彼の死を待ち、役目を終えるその日まで、彼の概念は存在し続ける。

 _________________________________________


 ミリアに書いてもらったステータスを見る。案の定新しい能力が追加されていた。

 クレハはその能力を見ると、納得した様子で頷いていた。


「あ、これが死なない能力ってこと?」

「そうだな…………って、なんでクレハは俺が死なないって知ってるんだ?」

「あれ? ミリアから聞いてない? 私の加護ギフトはタケルくんを強化することもできるけど、タケルくんがどこにいるかも把握できるんだよ。だからタケルくんが死んだ時も私はわかるの」

「そ、そうなのか……」


 クレハの加護ギフトは、思った以上にストーカー気質のあるものだったらしい。

 今思えば、俺は大蛇との戦闘で死んだことになっていたはずなのに、ミリアたちが俺を助けに来たというのもおかしな話だったのだ。クレハが俺の生存を把握していたからこその行動だったんだな。

 クレハは急に恥ずかしそうに鼻をこすった。


「そうだ。今だから言うけど、実は私、タケルくんの初めて……奪っちゃってたんだ」

「は、初めて!? えっ……初めてって、あの……初めて?」

「ちょっとクレハ! あんたこのミリア様をライバルとか言っておきながらもうそんなことをしていたというのかしら!?」

「ミリアそれはどういう意味だ?」

「し、知らないわよ! とにかくクレハ、説明しなさい!」


 ミリアの発言が気になるが、それより俺の貞操が優先だ。

 ここ最近で彼女に俺の初めてが奪われるタイミングはなかったはずだ。

 だって部屋のドアにはちゃんと家具を置いて部屋に入れないようにしていたし、そこらへんは大丈夫のはずだ!

 いや、クレハならその程度の障害は無いのも同然なのか!?心配になってきた。


「みんな絶対勘違いしてるでしょー。クレハさんは脳内ピンク一色だけど、たまには真面目な話もするんだよ?」

「勘違い……というと?」

「文脈で読み取ってってば。タケルくんが死んだのが今回が初めてじゃないよってこと! 『オオサカ』でタケルくんと戦ったことがあったでしょ? あの時、実は私タケルくんのこと殺しちゃってたみたいなんだよね。失敗、失敗」

「はぁ!? 俺あの時死んでたの!?」


 俺は貞操ではないが、初めての死をクレハに奪われていたらしい。思えば俺はあの時、クレハに腕を切断させられ、しばらく時間が経ったら急に体が動くようになった。

 あれは一度死んで生き返ったからだと考えれば納得がいく。


「そうそう。でも良かったよね。タケルくん死なないみたいだし。ミリアもこれまで以上に気を使わないでツッコミができるよ」

「初めて、ってそっちのことだったのね。安心したわ」

「ミリアさん……? 俺の身体は心配にならないんですか?」

「ならないわよ。だってあんた死なないんでしょ? 心配するだけ損じゃない。寧ろ、あの時の涙を返して欲しい気持ちでいっぱいだわ! 謝りなさいタケル」

「ミリアの俺への当たりがいつも以上にキツくなってるのは気のせいか……? クレハは俺を殺すし、ミリアも酷いし、俺にはもうアイリしかいない……」

「み、皆さんこう言っていますが、ちゃんと先生のことを心配はしていましたわ! お気を確かにですわ……!」


 落ち込んだ俺の頭をアイリが優しく撫でる。

 そんな姿をクレハとミリアは……特にミリアはゴミを見るような目でみていた。

 そういうところだぞ。そういうところが当たりが強いっていうんだ。


「そういえば、俺の能力とは別の話なんだけど、アイリも新しい加護ギフトを手に入れたりしたのか?」

「新しい加護ギフト……? そのようなことはないと思いますわ」

「え? そうなの? アイリが『ウツノミヤ』から攻めてきたフクダさんを止めたって聞いたから、てっきり新しい力に目覚めたのかと」


 例の話を聞いた時には俺も驚いた。索敵専門だと思っていたアイリが、『トウキョウ』の五宝人の一人であるサラを倒すほどの実力を持ったフクダさんに勝ったということは、戦闘用の加護ギフトを手に入れたのだと思っていた。

 俺は首を傾げるとミリアが俺の発言の間違いを指摘してきた。


「タケル、そもそも新しい加護ギフトに目覚めるってのはほとんどありえないわ」

「そうなのか。俺は能力が増えたりしてるから、普通に加護ギフトは増えるものだと思ってたぞ」

「あんたのその認識も誤りだと私は思うわ。タケルは加護ギフトが増えてるんじゃない。元々持っている加護ギフトが明らかになっているのが正しいと思うわよ」

「あ、確かにこれまでも、先に能力がわかって、あとでステータスを見てみたら加護ギフトが増えていたって流れだったしなぁ。それじゃあアイリは今のままの加護ギフトでフクダさんに勝ったってこと?」

「そういうことですわ! わたくしの【感覚操作】じゃない方の加護ギフトはとても強力でしたの」


【支配】というギフトネームを大衆の前で言うことができないため、そうボカして彼女は言った。いつか彼女が自分の加護ギフトを口にしても大丈夫な世界になればいいな。


 その後、俺たちはたわいもない話に幸せを感じながら昼食をとった。

 俺のことを心配して最近食べれていなかったと、ミリアは暴飲暴食を繰り返していた。

 腹も満たされたところで俺は提案をする。


「そうだ。この後、リリも誘ってデザートでも食べに行かないか?」

「リリさんも一緒に……それは名案ですわ! タケル先生流石ですの!」

「いいじゃない! タケルの癖にいいこと言うじゃない」

「ミリアさんやっぱり当たり強くない!? そんなこと言うと、奢ってあげないぞ」

「タケルくん奢ってくれるつもりだったの!? 私もタケルくんに養われる女の子になっちゃったかぁ」

「変な言い方するな。魔王を討伐した謝礼金がたんまりあるからな。今日は全部俺が払うよ」

「本当かしら!? 私加減しないわよ!?」

「太るぞミリア」

「たまにはいいじゃない! 夜道に気をつけなさいタケル」

「物騒すぎる……」


 俺はそういいながらも、レジにお金を出して店を後にした。

 店を出る直前、クレハが問いかける。


「そういえば、魔王ってどんな人だったの?」

「さあ、どうだったかな? 殺した相手のことなんてあんまり覚えてないよ。クレハもそうだろ?」

「あはは! そうかも。変なこと言ってごめんね」


 クレハは俺に笑いかけると、既に次のお店に歩き出したミリアたちの後を追った。


「ありがとうございました!」


 不意に、後ろから声がする。

 さっきの飲食店の店員さんが綺麗なお辞儀で見送ってくれていた。


「美味しかったぞ。いいお店だな」

「またのご来店をお待ちしております!」

「また来るよ。それじゃあこれからも頑張ってな」


 顔をあげると、彼は目から涙を流していた。

 髪も切り、身だしなみを整えた元魔王は涙をぬぐい、笑顔で前を向くのだった。

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