第127話 弱虫の魔王
目の前に降下してきたその男性は体育座りをして嗚咽を漏らしていた。
流石に心配になり俺が一歩彼に近づいたところで俺の前半身は抉り取られすぐさま死に至る。一歩引いたところに戻った。
少し魔王じゃないのでは?とか思ったが、今の攻撃力を見る限り魔王で間違い無いだろう。俺の体が一瞬で溶けたぞ。薄っすらと漂う黒色の空気は結界のようなものなのか? 確認するように恐る恐る触れてみると、指先は蒸発し、切断面からブクブクと体が腫れ始める。身体中に黒い痣ができ、強烈な痛みに襲われたところで俺は結界内に飛び込んで自殺した。
体が治ったことを確認すると、俺は汗を垂らし苦笑いを浮かべた。
「いやいやいや…………これはシャレにならないだろ……こんなのと戦おうとしてたのか俺たちは」
近寄ることもままならない。いや、俺の力なら奴に近づくことができるかもしれない。だとすれば、俺は魔王を倒せるかもしれない。
…………だがそれでいいのか? 俺にはどうも、目の前の魔王が悪い奴にはみえないのだ。大人だが、まるで子供のように泣きじゃくっている。魔王が悲しむ要素など何も無いはずだ。このまま彼が本気を出せば、世界は滅びる。魔王はそういうことを望んでいるものだと思っていたが、彼の様子を見るにそうではないようだ。
以前魔王とは、魔王因子持ちの人間が悪しき心を持って【王】にまで至った姿だとミリアは言っていた。となると、彼も何かしら悪しき思いを持っているはずだ。そしてそれは、世界を滅ぼすだなんて大それたことではない。話し合いでの解決の方が確実性があるはずだ。
「あのー! どうして泣いてるんですかー!」
我ながら頭の悪い声のかけ方だとは思うが、ストレートにそう伝えた。
「………………」
「無視しないでくださいー! 人と話す時は顔をこっちに向けてくださいー!」
「…………………………っ!」
不意に飛んできた黒い刃に俺の首ははねられる。大胆な挨拶に俺は安堵した。
「とりあえず、聴こえてるみたいで良かった。俺はタケル。貴方はなんというのですか」
「……………………」
「また無視か。貴方の目的は何ですかー?」
「……………………」
「どうしてそうしてるんですかー? 嫌なことでもあったんですかー!?」
「……………………」
俺はその後も意味もなく質問を投げかけるが、ことごとく撃沈。時々鬱陶しく感じたのか攻撃が飛んできて俺の命も撃沈。
流石にこれでは拉致が開かない。それに無視を続けられるのは気分が良くない。
こうなれば強行突破だ。
「わかった。今からそっちに行くから動くんじゃないぞ!」
語気を強めてそう言うと、彼の体がビクッと動く。
大人に怒られた子供のような反応だ。実際は俺の方が子供なんだけど。
魔王までの距離はおよそ5メートル。
普通に歩けば2、3秒といった道のりだが、黒い結界に阻まれその距離は見かけ以上のものだった。
一歩、また一歩と彼に近づいていく。
頭からつま先まで全身の細胞は常に死に至り、常に生き返る。激痛が脳を支配する。
それでも無理やりオオワダタケルという存在を彼の空間にねじ込むように、少しずつ、少しずつ手を伸ばしていった。
内外の境界は曖昧になり、身体は炎のように揺らめく。
そんな俺の姿をついに魔王は視認した。彼の表情は今の気持ちを雄弁に物語っていた。
「口に出さなくてもわかる。どうして生きているのかって話だろ。俺だって知らないよ。今は分からなくたっていい」
歩みを止めることなく俺はそういった。
魔王は恐怖を感じたのか、デタラメに黒い刃を両腕から射出し俺を拒む。
無論、俺の身体はミキサーもびっくりするほど細切れにされるが、無事だ。
歯を食いしばり鼻水を垂らすその顔に、俺は罪悪感を覚える。
そして、魔王は最後には顔を覆った。現実から逃げようとしている。
逃げるのは決して悪くない。でも、まだその時間じゃないだろう。
遂に魔王の元まで辿り着いた俺は、両手で彼の肩をガッチリと捕まえた。
「…………やっと捕まえたぞ、魔王」
魔王は顔を覆ったまま言葉を返す。
「……ど、どうしてお前は死なないんだよ!!!! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」
「死んでるよ! ここに来るまでに何度も、今この瞬間だって死んでるよ。死んでもお前と話がしたいんだ」
魔王の顔が上がる。涙を流しながらであったが、その顔からは悲壮感は感じられなかった。
「だからこの結界を解いて俺と話をしてくれないか? 全身が痛くてこれじゃあたまらないんだ」
「ごっ…………ごめんなさい」
縮こまった様子で彼はそう言った。声は低く、そこはやはり大人なんだなと思った。
どうにか会話に持ち込めたため、俺は地面にあぐらをかいて座る。
魔王の方にも座るように促したところ、彼は何故か正座で地面に座った。行儀のいい魔王様だ。
「俺はタケル。そっちの名前は?」
「…………本名はわからない。でも、トオルおじさんたちは僕のことを魔王様とか魔王プレイグって呼んでいたよ」
「本名がわからないって……お前親はいないのか?」
「あっ……うん。お父さんとお母さんは僕を…………その…………」
「わかった、言いづらかったら言わなくていい。魔王因子……闇魔法持ちの人がどういう扱いを受けるのかは知っている」
魔王プレイグはホッと胸をなでおろした。
「あ、ありがとう。君はその…………僕が怖くないの? 石を投げたり殺そうとしたりしてこないけど……」
「しないよ。怖くないからな。さっきの戦い……じゃないけど、見てたろ? 俺は魔王様の攻撃程度じゃやられない。…………それで魔王様、俺の質問に答えてくれるか?」
「答えられることなら……答えるよ。君はトオルおじさんと同じで僕に優しいから」
彼が心を開いてくれたことに内心ガッツポーズを浮かべながら俺は口を開いた。
「まずは魔王様の目的について知りたい。お前は魔王なんかになって一体何がしたかったんだ?」
「も、目的…………? ええっと……何だろう?」
「何でわからないんだよ」
「本当に目的らしいものなんてなかったんだよ…………強いて言うなら僕を虐めた奴らが許せなかったから、かな? トオルおじさんはそのために僕を魔王にしてくれて」
「さっきから言ってるトオルおじさんって誰だ? 親じゃないんだよな?」
「う、うん。トオルおじさんは僕を拾ってくれた『オオサカ』の恩人……だった人だよ。僕に優しくしてくれる人は、トオルおじさんしかいなかったから…………彼が僕の全てだったんだ……」
「だった、ね」
俺は言葉と、語気から彼の言いたいことを察した。
そのトオルおじさんとやらは大蛇に襲われて死んだんだろう。
『オオサカ』にいた人たちはみんなあの化け物に殺されてしまったのだ。
もしかしたら逃げ切れた『オオサカ』国民がいたかもしれないが、彼の口ぶり的に、そのトオルとやらは間違いなく死んでいる。
「わかったよ。魔王様はそのトオルおじさんが大蛇に巻き込まれたから……塞ぎ込んでいたってことだよな」
「そ、そうだね……もう何もかもどうでも良くなったんだ。こんなことだったら、僕が一人で『トウキョウ』を滅ぼせば良かったんだ……でもそんなことする勇気が僕にはなかった…………」
「そうか。『トウキョウ』を滅ぼすってのは、魔王様の意識か?」
「ち、違うよ。トオルおじさんが僕が小さい頃から言ってたから。『トウキョウ』はこの大陸で一番僕みたいな人間に厳しいって。そんな国がこの大陸の一番上にいちゃダメなんだって」
魔王は遠くを見つめ懐かしむようにそう言った。彼の中では鮮明にその言葉を覚えているのだろう。
彼から話を聞いていて、俺はある違和感を感じていた。
それは、魔王と『オオサカ』の協力関係についてだ。
彼は性格的にも、大陸で2番目に大きいとも言われる『オオサカ』を手中に収めようと考えるような人間には思えない。そもそも本気で『トウキョウ』と戦おうとすらしていないのだ。彼自身の意思はかなり希薄だ。トオルおじさんとやらの言葉通り魔王になって、『トウキョウ』と敵対しているように思える。
もしかしてだが、トオルないしトオルの所属する『オオサカ』が主体となって『トウキョウ』を滅ぼそうとしていて、そのために魔王を使ったのではないか?
「魔王様、トオルって人は闇魔法を使えたのか?」
「つ、使えないよ。トオルおじさんはただの炎魔法が使えるだけの一般人だったよ。炎魔法が使えるから料理が得意だったんだ。もう食べれないって思ったら…………」
「泣くな、泣くな」
彼の料理を思い出して泣きだしそうになる魔王を必死になだめる。
俺の予想通り、トオルおじさんは闇魔法を使えなかった。もし闇魔法を持っていたなら、闇魔法を許さない『トウキョウ』の姿勢に不満を漏らすことあっただろう。それがないと言うことは、そのトオルとやらは、『トウキョウ』の姿勢に不満は持っていない。
では、別に理由があるはずだ。
例えば、『トウキョウ』が奴隷を取っているからとかはどうだろう。ミリアが前に『トウキョウ』は奴隷を取っているとかなんとか言っていた。だが、これは明確に無いと言える。なぜなら俺自体が『トウキョウ』に行き、確認したからだ。あそこはそんな文明レベルの低い奴らのすることをするような場所じゃない。ほかのギルドから優秀な人間を引く抜いていたのは事実だったようで、ミリアはそのことを「奴隷」と勘違いして表現していたのだろう。
もし仮に、優秀な人材の引き抜きに嫌悪感を覚え、トオルが『トウキョウ』を毛嫌いしていたのだとしても、それはそれで矛盾が生じる。何故なら『トウキョウ』が引き抜きを行なっていた目的が「各ギルドが魔王に対抗できる人材を『トウキョウ』で代わりに育てるため」だったからだ。魔王が生まれようとする前から、引き抜きを行なっていたわけじゃない。
つまり、このトオルとやらは完全に黒だ。彼こそが、『オオサカ』と魔王プレイグとの架け橋になり、今回の騒動を引き起こした第一責任者で間違いないだろう。そもそも、本当に良心でこいつに近づいて育てていたのだったら、名前ぐらいつけてやれって話だ。魔王様や魔王プレイグと呼んでいたのを聞くに、明らかに彼のことを魔王候補としか見ていなかったんだろう。
彼自体の思いかは知らないが、彼の所属している『オオサカ』が『トウキョウ』に敵対する理由はある。それはこの大陸での力関係だ。『トウキョウ』は大陸一位の力を持っている。所持している宝具の本数も大陸内全体の4分の1を上回るなど、どう考えても世界の力が『トウキョウ』に傾いている。対して『オオサカ』はこの大陸では2番目の力を誇っている。ただ、その二番手という称号を背負い続けるが嫌だという感情は存在するはずだ。トオル自体がその感情を持っていた、又はトオルを雇った『オオサカ』の誰かがその感情を持っていて、『トウキョウ』を倒すために魔王を利用したってことだろう。
だから、今回の魔王騒動が起きてしまった原因は2つある。1つは『オオサカ』が欲を出して自分たちが1番になろうとしたこと。そしてもう1つはこの問題の根底に当たるもので、魔王が生まれてしまうような、この世界の空気そのものだ。
「魔王様、今回の騒動についてよくわかったよ。話してくれてありがとう」
「べ、別に大したことはしてないよ。最期に君みたいな人と話ができて良かったし……」
「最期? 何故だ?」
「だ、だって……僕は大勢の人の命を奪っちゃったから……僕は責任を取って死ぬしか」
「いや、お前は死ぬ必要はない。確かにお前は大蛇を暴走させ、間接的に人を殺しただろうが、直接は手を下してないだろう? それに殺すように仕向けたわけじゃない。お前の力を利用しようとした誰かさんが、お前に力を使わせたはずだ」
「そ、それは…………確かに僕は……自分の意思でやったわけではないけど……それでも僕は魔王だから、魔王は死んだ方がいいってみんなが言って」
「魔王は死んだ方がいいだなんてだれが決めた。お前は人に傷つけられ、人を傷つけてばかりの人生だったかもしれないが、これからは真っ当に生きるべきだ。その前に…………」
茂みから不意に飛んできた小刀を空中で上から叩き折る。拳が立てた風圧で木々は騒ぐ。
「お前のために……俺は戦わないといけない。戦う準備は出来ているんだろ、王様?」
ゆっくりとこちらに向かってくる青年を睨む。
帯刀し軍服姿の彼は不敵な笑みを浮かべ俺の前に立ちはだかった。
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