魔法適性のない俺は拳で異世界を救う

第126話 大蛇との決着

「さあ、最終決戦だ！ 行くぞみんな！！」

　俺がそう叫ぶと、続けてミリアが指示を出す。

「タケル、リリ！ あんたたちはあのデカブツをなんとかしなさい！ 私は【闇】の魔力をどうにかするわ！ アイリちゃんはクレハの死守を！」

　そう言うと、ミリアは体に6本の朱色の鎖をまとわりつかせる。まるで翼を生やしたようなその姿に目を奪われた。ミリアは前に【闇】の魔力を【固有空間】に流し込むことによって、一時的な空気の浄化を行うことができていた。充満した【闇】の魔力がなくなれば、こちらが得られるアドバンテージが大きい。魔力回復ができるようになるだけでなく、【闇】を扱う敵の弱体にも繋がる。

「ク、クレハさん！ 鉄の檻のようなものは作れますか？ それがあれば、私の加護（ギフト）で…………2時間は無事だと約束できますの」

「わかった。それぐらいお安い御用だよ！」

　クレハはそう言って大地を強く踏みしめると、地面からクレハとアイリの2人を閉じ込める檻を作り出した。即席で作り上げたその檻にアイリは触れると、頼もしい顔つきで俺を見た。こちらは大丈夫、ということだろう。アイリの能力はわからないけど、さっきの大蛇の攻撃を止めていたのを見るに、信用できる。

　先ほどリリが吹き飛ばした大蛇の頭がのっそりと持ち上がる。俺はリリと共にそいつを見上げた。

　不思議なものだ。先ほどまで絶対に勝てないと思えていた化け物は、もう既に俺の中では明確に倒すことのできる存在にまで格下げされていた。俺には……こんなにも心強い仲間たちがいる！

「リリ！ 行くぞ！」

「もちろんなの！ やってやるの！」

　しなる鞭のように首を叩きつける大蛇。その頭にリリは第三解放した不条理へ至る銀鍵（レーヴァテイン）の【雷】をぶち当てた。

　雷は大蛇を倒すまでは行かなくとも、押し返すには十分な火力を持っている。そして俺は、クレハから貰った俺のための……俺たちのための宝具を構えた。

　俺は刀を鞘に納めるとそれを左手に持つ。柄頭には薄らと青く染まる窪みがあり、そこの俺は形成す炎（クサナギ）を押し当てた。魔力を感じることができない俺でもわかる。俺は今…………魔法を使っている！

　鞘の中でカタカタと揺れる刀を抑えるように右手で握り、迸るエネルギーを解放した。

　下から上に振り上げた刀は、刀身が青色のオーラで包まれ巨大化し、大蛇の首を優に超える長さを戦場に誇示する。音もなく静かに、そして目を疑うほどデタラメな力で大地を引き裂いていった。そして、刀は遂に大蛇の極太の首筋へと刃を向け、殆どの抵抗もなくその首を切断する。頭が地面に落ち、大きな音を立てた。

　鞘を抜いてみれば、魔力によって50mはあろうかという長さにまで延長された刀の宝具はもはや刀と呼べる代物ではない。そして、攻撃範囲は狭いといえど、その破壊力は、ミリアの不可避の輝剣（クラウ・ソラス）に匹敵するものがあった。刀を抜いた際にこすった大地に大きな亀裂が入り、地割れのようになっている。間違いなく災害レベルの威力だ。

　段々と魔力が尽きてきたのか、青色のオーラは短くなっていき最終的には5mほどの長さに落ち着く。

　恐らくこのくらいの大きさが、クレハの想定した普通に使える長さだろう。どうなっているのかとても気になるが、形成す炎（クサナギ）内部に蓄えられた膨大な量の魔力を使って別の加護（ギフト）を発動させているってことだと思う。色で判断するのはどうかと思うけど、【水】の加護（ギフト）が発動しているのかもしれない。

　予想以上の破壊力に俺は後ろを振り向き、クレハを見ると、彼女も自分の作った宝具の威力に驚きを隠せないようだった。

　切断されてもなお、大蛇の首は無差別に攻撃をつづけている。

　誤ってクレハの方に攻撃が飛んでも困るため、向かってくるそれを俺は蹴り上げた。クレハの加護（ギフト）による強化が入っているため、俺の蹴りは圧倒的火力で大蛇の首を宙に浮かせることができた。そして浮いた隙に、刀の宝具で首を次々と輪切りにする。

「ここ3日間手こずっていたのが嘘みたいだ。この宝具と……クレハの加護（ギフト）があれば、俺はこいつに勝てる……！」

「タケルくん行って！ 今のタケルくんならあんなバケモノ余裕だよ！」

「あ、ああ！ サクッと片付けてやるよ！ 今日の晩ご飯は蛇肉のシチューだな！」

「あはは……いつの話してるのさ！ 久しぶりの食事はそれで決まりだね！ 頑張ってタケルくん！」

　最初に潜ったダンジョンでのことを思い出し、俺は走り出す。思えばあの時から随分と時間が経ったものだ。この世界の物事に触れ、最初は日常生活すらまともにできな自分に遣る瀬無さを感じていたが、今ではこんなに心強い仲間に囲まれて、世界を救おうとしている。思わず、笑みがこぼれた。こっちの世界は、俺が望まれた世界じゃないはずなのに、こんなにも俺を望んでくれる気がするのだ。

『この世界の敵だからだよ』

　不意に、脳内に声が響く。何処かで聞いたその言葉が一瞬よぎったが、次の瞬間には俺はそんな子と気にしなくなっていた。

　脚全体に力を込める。ここから先は時間勝負だ。大蛇の再生よりも速いスピードで首をやつを倒し、身体の中の魔法石を破壊する。要は最初に戦ったバフォメットと同じことをすればいいだけの話だろう。

　走り出しはゆっくりと、1歩で1m、2m…………その歩幅を少しずつ大きくしていく。

　加速を続ける俺を殺しにかかろうと次々と大蛇の首が集まってきた。本能的にわかっているのか、大蛇の行動には焦りが見えた。俺は速度を落とさず、5mほどのに伸びた刀を振り、対処していく。正面からくる頭は縦割りで真っ二つだ。刀の宝具の切れ味はあまりに鋭く、それが可能だった。

　歩幅は既に一歩100mを越えている。大蛇は俺の身体を捉えることができなくなっていた。

　大蛇の胴体が木々の間から見えてきた。最後の加速のためにさらに足の筋肉に力を込める。そして同時に、腕にも力を込めていき、必殺の一撃の準備に入った。

　思考は加速し、コマ送りになる世界の中で、俺は最後に残った大蛇の首を見上げた。その顔はどこか悲しげで、どこか安心しているようにも思えた。

「いくぞ大蛇！ これで終いだッ！！！！」

　速度と全体重を乗算させたエネルギーに、クレハの加護（ギフト）が加わった一撃はもう誰にも止めることはできない。

　大蛇の胴体に俺の拳が触れたと同時に、シャボン玉のように肉が弾け飛んだ。その衝撃で胴体には大きなクレーターができたように抉り取られ、宙に浮いた。

　肉が弾け飛び、体内にあった直径10mはあろうかという黒と紫の魔法石が露わになっている。ミリアが【闇】の魔力を浄化しているためか肉の再生が遅い。今がチャンスだ。

「あれを壊せば……！」

　ここから加速しても威力が出しきれない。そう察知した俺は、腰にかけた刀に魔力を注入する。鞘の中でガタガタと音を立て、力の高まりを感じ取る。

　そして、限界まで高まった力を解放するべく、刀を抜いた。

　一閃…………その一太刀が空間を引き裂く。木々が、肉が、そして大蛇の魔法石がズルリと横ずれを起こした。

　これで終わりだと思い力拳を作ったのも束の間、俺は異変に気づく。真っ二つになったはずの魔法石は徐々に横ずれした方向と逆方向に動き出し、その形を元に戻そうとしていた。

「魔法石が再生するなんてありかよ…………！！」

　これまで前例のない事象に俺は焦燥感を隠せずにいた。これ以上の攻撃は出しようがない。どうすればいい。どうすれば。そう考えている間にも、魔法石は再生し、大蛇の肉体も再生を始めていた。マズい。クレハの加護（ギフト）も切れている。肉体的にあれを壊すのは不可能だ。刀の宝具も通用しているが、こちらが壊すより早く再生されている。打つ手は……

「使いなさい、タケル！」

　遠くから声がして、何かが投げられる。不気味に光るあの光球は……！

　俺はそれを右手で受け取る。使い方は、知っている。

　腕力でそれを握りつぶすと、光の粒子が俺の体を包んだ。真実を導く光玉（リア・ファル）の魔力が形成す炎（クサナギ）に流れ込んでくる。

　刀を破壊すべき対象へ向け、力を溜め込んだ赤色の宝石をその柄頭に押し当てた。

　刀の宝具はその刀身から、青色の魔力を放出する。その攻撃は既に刀ではない、光線に近いものであったが、その光は黒と紫の魔法石を飲み込んだ。

　圧倒的な光の中でも、俺ははっきりと何が起きているのかを把握していた。敵の魔法石は未だに破壊されていない。

「この一撃でもダメなのかよ……ッ！ これ以上何しろって……」

　ミリアの真実を導く光玉（リア・ファル）、俺の形成す炎（クサナギ）、クレハの作ったこの刀の宝具……三つの宝具を使ってもなお破壊しれない魔法石の強度に俺は絶望しかける。

　歯を食いしばる俺の脳内に、仲間たちの声が響いてきた。

『う、うん！ 死んだらタケルくんの肉でシチュー作っちゃうんだからね！！』

『タケル先生、流石ですわ！』

『なら良しね。タケル、みんなを任せたわよ』

　そうだ……俺にはこんなにも俺に期待してくれている仲間がいる。ここで諦めるなんて諦めないだろッ！！！！！！

　考えろ、考えろッ！ 俺には何ができる！ この世界で俺は……ッ！

　思考を加速させ、これまで俺が得てきた異世界での情報を全て呼び起こす。答えは……意外なところにあった。

『それは凄いな。もしかして魔法石があれば俺も魔法使えるか！』

『多分出来ないと思う。タケルくん、今までも魔法道具（マジックアイテム）使えてなかったでしょ？ そもそも、魔法道具というのは魔法石が中に入ってて、魔法石の力で動いているものだから』

　そうだ。俺は魔法道具……魔法石を内包した武器を使って魔法を発動させることができない。それは、俺が魔力器官を持っている、持っていない以前に魔法を使う感覚を知らないからだと言われていた。今の俺は…………その感覚を覚えているッ！！！！

　指先に力を込めるように、指輪に込められた架空の力に方向性を与えるように俺は意識を集中させる。できる……今の俺なら、これまで一度も使うことのなかった、指輪の宝具の力を使うことができるはずだ！

　思わず頬が綻んだ。そして、俺は全力でその宝具の名を吼える！

「穿て…………形成す炎（クサナギ）ッ！！！！！！！！！」

　俺の叫びに呼応するように、目の前に赤色の大きな魔法陣が現れる。『ウツノミヤ』で見たものと同じだ。次の瞬間、その魔法陣から圧倒的出力で、炎が噴出される。刀の宝具の青の光線と、形成す炎（クサナギ）の炎が螺旋を描くように混じり合い、大蛇の核となる魔法石を飲み込んだ。

「砕けろおおおおおおおおおッ！！！！！！！！！」

　赤と青の光は徐々に大蛇の核を削っていく。再生など追いつかない。この力の前にはなにもかもが無力だった。そしてついに……

　宝具たちの一撃は天を貫き、暗雲を霧散させた。

　嘗て大蛇だった化け物の身体は巨大な大穴が開いており、崩壊が始まっていた。俺は大蛇に完全に勝利したのだ。

　少しずつ白い光となって消えていくそいつを眺めながらも、俺は未だに警戒を解かずにいた。俺が倒したのは、あくまで前座。魔王ではない。ここから魔王が出てくるはずなんだ。

　息を呑んで大蛇の消滅を待つ。すると、予想通り黒いオーラに包まれた何者かがゆっくりと落ちてきた。魔王の……お出ましだ。

　地面に着き、黒いオーラはゆっくりとその色を薄めていく。

「……えっ？」

　思わず声が出た。なぜなら俺が目にしたそれはあまりに魔王というには弱々しく、脆い存在だったからだった。

　年齢は30前後のように見える。男性だ。

　髪はボサボサで、ほつれかけた服から細く不健康そうな腕が出ていた。

　全ての元凶のはずのそれは、体育座りで顔を伏せ、嗚咽を漏らしていた。