第125話 反撃開始
俺が『オオサカ』の近くで戦いを始めてからもう3日が経つ。廃墟と化した『オオサカ』に残された俺の役割は時間稼ぎだと思っている。
俺がリリの扉を守り、時間を稼げば万全の状態で『トウキョウ』の軍隊か応援に来てくれるはずだ。応援に来てくれれば、ここから『トウキョウ』までの存在する小規模なギルドの人々が死なずに済むのだ。だから俺は扉を守るために戦った。だが…………相手は想像以上に脳があり、計算が崩れた。
2日目を迎えた頃には、明確に俺への興味は削がれ、気を引こうとしても反応が薄くなっていったのだ。今日に至ってはまだ両手で数えるほどしか大蛇の侵攻を止めることができていない。蛇とはいえ、脳が八つあるのは伊達じゃないようだ。
昨日から作戦を変え、扉の前に立ち大蛇の牙を跳ね除けようと試みてはいるのだが…………
「GYAAAAAAAAA!!!!」
「……っ! 止まれ…………止まれッッッッッッ!!!!」
大口を開け扉を噛み砕こうとする大蛇の頭の一つ。俺はその下顎を持って力の限り大蛇を押し戻そうとする。しかし、俺の思いは興奮したモンスターには届くわけもなく、ジリジリと俺の身体は後ろへ、後ろへと持っていかれた。
踵が扉についても尚、俺は諦めずに抵抗を続けるが、俺の体の何百倍の大きさの生物の力は尋常ではなく、俺の体諸共扉が食い破られた。
すぐに復活した俺は、ムシャムシャと扉を砕くその顔のすぐ側で膝をつく。
俺の能力を学習した大蛇はもう止めることができない。その事実を受け止めきれずにいた。
扉はもう一つしかない。俺は虚しさからくる涙を拭うと、最後の扉の防衛に向かった。
*
窓を閉めきった埃っぽい部屋で、少女たちは鉄を打つクレハをジッと見つめる。
部屋の片隅には完成には至らなかった宝具の成り損ないが山積みにされていた。
熔炉を前にするクレハはその熱気による熱さ、そして長時間の作業による消耗で額から汗が滴り落ちている。途中の水分補給はあれど夜通し鉄を打ち続ける彼女の姿は何かに取り憑かれたような狂気を感じるものであり、その気迫に応援に来た少女たちは言葉をかけることができなかった。
クレハは誰よりもタケルの生死について把握している。タケルが取り残された初日に、彼の生命反応が途切れたのはおよそ100回。次の日は20回程度。今日に至っては朝から5回しかタケルは死んでいない。クレハはこのことに焦りを感じていた。
シャーリーたち言っていた大蛇というモンスターは、確実にタケルの性質を学習している。クレハはそのことにいち早く気付き、宝具完成時期を早めようと寝る間も惜しんで作業に取り組んだ。
椅子に座り、手に汗にぎってクレハの作業を見ていたシャーリーが急に席を立つ。
彼女はクレハとは別の切り口から事態の悪化を感じ取っていた。金色の髪を揺らし、焦った様子で口を開いた。
「……………………扉が…………もう…………後1個になっちゃったの……!」
少女の言葉に隣にいたミリアとアイリも表情を曇らせる。
シャーリーはシワのついたドレスを叩いて整えると、部屋を後にしようとする。
「ごめんなさい、おっぱいの人。リリはもう行かなくちゃ。おにーちゃんを回収しに行くの」
「…………待って」
「……でも、早くしないと最後の扉も壊されて、おにーちゃんは一人取り残されちゃうの!」
「もう少しでできるから待って!」
クレハの叫びが工房内に響いた。汗なのか涙なのかわからない液体が頬を伝った。
「どうして! おにーちゃんが死なないのは分かったの。でも、それはおにーちゃんを見放していいってことじゃないの!」
「分かってないのはリリちゃんの方だよ」
クレハはシャーリーの方を向くことなく、赤熟した鉄に向かい続ける。
「タケルくんは死なない。だからタケルくんが一番恐れているのは周りの人の死だよ。ここでタケルくんが『トウキョウ』に戻ってくれば、ご飯も食べれるし温かいお風呂にも入れる。私たちも傷つくタケルくんを見なくて済むし安心だよ。でもそれじゃダメなんだ! それだとタケルくんは負けちゃうんだ。『オオサカ』から『トウキョウ』までにギルドがないわけじゃないでしょう? きっとその人たちを救うことができなくなる。それは負けだよ。不死のタケルくんが唯一喫する可能性のある、魂の敗北だ!」
音圧に負けシャーリーの足が止まる。自分に向けられたものではなかったが、その迫力に、アイリはミリアの服の袖を掴んだ。
クレハは再び金槌を握って鉄を打つ。
「私の王子様は負けないよ。絶対に負けない。絶対に負けさせてやるものか!」
執念のこもった彼女の言葉に心動かされた10歳の少女は踵を返し扉を開く。
「分かったの。リリもここに残るの。宝具ができたら、すぐにおにーちゃんの元に行けるように、転移の準備だけはしておくの」
そうして魔法少女が工房を後にすると、クレハは持っていた宝具のなり損ないを部屋の片隅へと投げ捨てた。普通の鍛冶師ですら喉から手が出るほどの代物ですら、彼女にとって完成品とは程遠いものであった。
できた山の一部の刀をミリアは手に取る。その刀は白金の刀身から蒼い魔法石が不規則に露出していた。金属に魔法石を混ぜ、叩くという単純な手法で刀の形になっているだけでもクレハのセンスは高いが、決定的に耐久にかけたものになってしまっていた。
ミリアはそれを見て何かに気づいたのか、ツカツカとクレハに近づいた。
「クレハ、ちょっといいかしら。素人の私が助言するのはおかしいと思うけど……それでも言わせてもらうわ」
「…………何?」
「魔法石は衝撃に弱いわ。鉄を打つ要領で打ってしまえば割れてしまう」
「でも、私はこれまで鉄と魔法石を混ぜても形になってるよ。割れてなんていない。ちょっと耐久が落ちているだけで」
「それはあんたには才能があるから何とか形になっているだけよ。普通、魔法石を加工するならそんなやり方は取らない」
ミリアは小さい頃からサラの実家の図書館に入り浸り、貪欲に知識を蓄えていた。事情があり学校を途中でやめてしまってはいるが知識面では一切の劣りはない。製鉄の方法はもちろん、魔法石の加工技術についての知識もある程度、ほんの触り程度なら本で読んだことがあった。
「魔法石の加工は普通、溶かして型に流し込むものよ。魔法石は結局ガラスに近い成分でできているもの」
「それじゃあ私はどうすれば…………」
彼女の言葉を遮り、ミリアは指を二本立てる。
「私は二つ解決法が有ると思うわ。一つは、一般的な魔法石加工の手順に乗っ取る方法。内部を一部空洞にした刀を作り、そこに高純度にした魔法石を注ぎ込む」
「それは…………できる。多分できるよ……! 私の
「まあ、待ちなさい。もう一つ案があるのよ。クレハがさっき言った【鍛冶】についての話よ」
解決の糸口が見つかり歓喜に震えるクレハだったが、ミリアは未だ真剣な表情で話しを続けた。
「私はずっとおかしいと思っていたのよ。オカザキの者にしか宝具は作れない。でも、オカザキの者以外にも【鍛冶】の
「それは血筋……じゃないの? 何か不思議な力を私の一族は持っているんでしょ?」
「私もそう思うわ。だから、クレハの【鍛冶】と一般的な【鍛冶】の能力が異なっていると考えるのが当然だと思うのよ」
「ミリア、何が言いたいの……?」
「クレハの【
「そ、そんなこと……」
クレハは半信半疑に、手近にあった純度の低い触っても平気な魔法石を右手に取る。そして、
実験が成功したことで、ミリアは拳を握り喜びを露わにする。そして、彼女に二つ目の提案をした。
「できるようね。それなら話が早いわ。もう一つの案、それは一度宝具の原型を鉄で作ってしまい、その後で内部の一部を魔法石に置き換える方法よ。一切の空気を入れることもないから、こちらの方が緻密な作りが可能だと思うわ」
「ミリアでもそれって、相当……」
「難しいと思うわ。でも、私はできるって信じているわ。あんたの想いは、ホンモノだから」
「想いって……そんなの関係ないんじゃ」
「あんたはもう忘れたの? 私が『時渡り』で過去に行った意味がないじゃない」
クレハはそこで思い出す。命を落とした祖父が、未来の自分に向けて残してくれた唯一のメッセージを。それは……
「『使う人を思って打ちなさい』ってこと?」
「クレハには無限の可能性がある。私にもあんたがどこまでできて、どこからできないのか分からないわ。逆に言えば、本当に無理だと思うことでもできる能力があると思うのよ。だから……その一部を見せつけてやろうじゃない!」
ミリアの激励を受け、クレハの死んだ目が開かれる。工房内には風が通っているわけではないが、彼女の心の中では心地よい風が吹き抜けていた。もう迷いはなかった。彼女の思いを阻むものはどこにもなかった。
「ミリア、ありがとう。アイリちゃんも外で待ってて。すぐに宝具を完成させる」
クレハの目に炎が灯る。決意に満ちた表情に安心すると、ミリアたちは工房を後にした。
*
最後の扉の前で待機していると、遠くから地響きが聞こえた。その地響きは段々とこちらに向かってきている。間違いない。最後の扉の位置がバレた。
「もう……これまでか」
もう抵抗する気すら失せていた。こんなちっぽけな生き物の俺では巨大生物に勝つことなど無理だったのだ。
俺は潔く大蛇を受け入れようと特に何をするわけもなくただ脱力し立ちつくした。
ここは一度死んで、近場のギルドに近い位置まで転移してしまおう。そこで住民を避難させて、そこからは…………
俺がそんなことを考えている間に、大蛇の黒光りした顔は着実に距離を詰めてくる。目視でその顔を確認できるまでの距離に来た。心なしか、大蛇の顔はしたり顔を浮かべているように見えた。腹が立つといえばそうだが、それ以上に無力感が優っていた。
悔しい、悔しい…………悔しい。悔しさで視界がぼやけている。
そして、俺はゆっくりと目を閉じた。転移のため、ここから遠く離れた土地を思い浮かべる。この世界に転生した次の俺はきっと、もっと上手くやってくれる…………
「
不意に声がした。声がして、次に爆音をあげ光の爆発が巻き起こる。脳に響くほどのその光はまぶたの裏から俺の思考を遮った。
俺はこの声を、この光を知っている。気付いた時には、俺は叫んでいた。
「…………ミリア!!!!」
「待たせたわね、タケル。それにしても情けない顔をしているじゃない。涙なんて捨て置きなさい!」
宝具の一撃を受けて尚その形を保っている大蛇は咆哮し、怒りを露わにする。
そして、首を鞭のようにしならせて攻撃しようとするが、それが俺たちに当たろうとする直前、不意に止まった。
何が起きたのか頭が回らないが、アイリが大蛇の鼻先に触れていることだけは視覚情報で分かった。
「同じ魔王因子持ちとして、わたくしも負けてられませんわ」
「アイリ、いつの間にそんな力が使えるように……!?」
アイリはいつも通りの愛くるしい笑顔を俺に向けてくる。瞳は赤く染まっている。【支配】の魔法を使っているんだろう。
アイリが大蛇の動きを止めると、次は雷をまとった光線が化け物の目をえぐった。
痛みは感じるようで、首をくねらせて大蛇はもがき苦しんだ。
リリの雷は相変わらずの高火力で痺れるな。
「さあ、今日の主役のお出ましよ! クレハ!」
そして、少女たちの影から帯刀した黒髪ロングのエプロン少女が現れる。
少女はいつになく真剣な面持ちで、俺の前までくると、腰にかけていた刀を手渡してきた。
一点の曇もない白銀の刀身、きつく縄締めされた柄、そして柄頭が薄っすらと蒼く染まり窪んだそれは…………
初めて触れたというのに、自然とそれが何で、どのように使うのかは理解できた。この武器は紛れもなく、
クレハは俺の目を真っ直ぐ見つめると、右手を差し出した。
「タケルくん………………勝つよ!」
そんな端的な言葉だというのに、自然と次に何をするべきなのかは理解できた。
俺は彼女の手を取り、彼女は一歩前に踏み出す。
唇が触れ合うほど近くまで迫り、彼女は流れるように俺の唇を奪った。
「私はタケルくんが好き!」
「ああ…………! 俺もだ、クレハ!!!!」
「『私の彼は理想の彼氏…………誰より強く、誰にも負けない!』」
身体の底から力が迸る。彼女の
此処にはもう、先ほどまでの守ることを諦めた俺はいなかった。
恥ずかしそうに唇を抑えるクレハを抱き寄せる。
「さあ、最終決戦だ! 行くぞみんな!!」
俺の掛け声に合わせ、4人の少女たちは気合いのこもった声を上げるのであった。
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