第124話 安売り土下座の女王様

 勢いよく工房の扉が開けられる。

 建て付けが悪くなりそうなほどの力で開けられたため、工房内にいたクレハは慌てて立ち上がった。


「クレハ! 約束通り持ってきたわよ!」


 扉を開けた張本人は、自慢げにそう言った。彼女の自信に満ちた表情をみて、クレハは先ほどまで怒ろうとしていた気持ちを胸に留め、外に出た。

 工房の外に出ると、クレハはあまりの光景に後退りを余儀なくされた。

 そこに広がるのは高く……それこそ3メートル以上は積まれた青色の鉱石だった。

 彼女はミリアに自分の手伝いをするように言った。そして、宝具開発に必要な魔法石を取ってくるように。


「ちょっとミリア…………こんなに沢山いったいどうして……!?」


 クレハは注文から1日半ほどで届けられた信じられない量の魔法石を見てそう言うと、山の脇からぞろぞろといかにも力のありそうな、筋肉隆々の男たちが登場する。彼らはフジミヤゴウケンの部隊の隊員たちであることをクレハはすぐ理解した。『トウキョウ』が編成する部隊の中でも彼の部隊は人柄が他のに比べ幾分野蛮だからである。

 役者が揃ったところで、男たちを親指で指しミリアは事情を話し始めた。


「こいつらが頑張ったお陰よ。丁度暇を持て余してたみたいだからこのミリア様が雇ったってわけ! だから実質私の手柄でもあるわね!」

「それはないんじゃねえか? 安売り土下座の女王様よぉ!」

「う、うっさいわね! あれは仕方なくよ! 私のプライドで人が動くならそれくらいくれてやるわっ!」


 ミリアは赤面し、手近にいた隊員をぶん殴ると男は道の脇の草むらに転がっていった。


「とにかく、約束の物は持ってきたわ。出来るだけ多くの【水】の魔法石。海岸沿いのモンスターを刈り尽くしたけど、生態系とか後のこととか知らないわ。やらなきゃ人も、モンスターもお終い……でしょう?」


 期待が込められた彼女の力強い眼差しに、クレハは唾を飲み込み首を縦に振った。

 意図したことではなかったが、彼女が今からしようとしているのは世界を救うことに等しいものであった。


「そう…………だね。私は別に世界がどうなろうと構わないけど、タケルくんと離れるのは嫌だから。それだけは絶対に阻止してみせる」

「それでこそクレハよ! あんたのそういう所はこのミリア様も認めているんだからねっ!」

「それは私にタケルくんが取られてもいいってこと?」

「違うわ! ライバルとしての激励よ!」


 ミリアは一番の笑顔をクレハに向けるとスッと手を伸ばす。その手をクレハは固く握るとミリアは踵を返し、青い魔法石の山の脇を抜けていく。


「行くわよあんた達! 次は東の海岸にしましょうか。さっきより手応えがあるといいわね!」


 まるで自分の部下のようにゴウケンの隊員たちを率いると、ミリアは騒がしく工房を後にするのだった。

 自分たちの隊員がとられてしまい、少々調子の上がらないゴウケンはため息をついた。


「あいつら……誰の部下なのかもう忘れてんのかぁ?」

「あはは…………ミリアの波長に合ったのかもしれませんね。…………あなたは行かないんですか?」

「ああ、俺は残るぜ。この魔法石の山もどうにかしないといけねぇだろうし、お嬢ちゃんにも用がある」

「私にですか? 用って?」


 ゴウケンは手につけていた金色の籠手を外すとクレハに渡した。

 クレハは不思議そうに首を傾げそれを見る。しかし、ただの籠手でないことは彼女にも分かった。


退魔の金籠手ヤールングレイプだ。お嬢さんの祖父……タツヤさんもこれを使って形成す炎クサナギを作っていた。きっと役に立つと思うぜ?」

「っ!? お、お爺ちゃんが!? というかお爺ちゃんのこと知ってるの……?」

「知ってるも何も、顔なじみよぉ。俺の師匠はお嬢さんの祖母だぜ? 今世紀最大のモンスターキラー、救った国ギルドは数知らず、だろ? お嬢さんがオカザキの者だってしってそりゃあ驚いたもんだ」

「お婆ちゃんが弟子を取っていたのは知っていたけど…………そうだったんだ…………まさかこんな近くにいたとはね」


 クレハは俯き声を小さくして返事をした。彼の言葉に始め疑いの目を向けていたが、彼の言葉が強ち嘘ではないのではないかと感じていた。アイリが何故『ミト』に預けられたのかという疑問が、ゴウケンが彼女の祖父母と知り合いであるならば納得がいくからだ。ゴウケンの師匠が彼女の祖母だというのが真実であれば、彼女は大切な師匠を殺してしまったことになる。そのことを気にして、クレハは自責心に苛まれた。彼女は祖母が英雄のような扱いを受けていたのは知っていたが、まさか身近に祖母と交流があったものがいるとは考えもしなかった。

 肩を落とすクレハを見てゴウケンはその肩を叩く。


「まあ気にすんな。お嬢さんが責任を感じるこたぁねぇよ。『常に強くあること』、そうだろう? 師匠も天国で『まだ弱かったかー』とか言って笑ってるに違いねぇよ」

「…………ゴウケンさん」


 全てを知った上でゴウケンは師匠の死を受け入れていた。年齢のせいでもあるのかもしれないが、常に生と死の境界が曖昧な戦闘に身をやつしていた彼だからこその生死観なのかもしれない。

 クレハは祖母の半身を吹き飛ばした日のことを思い出す。思い出の中の祖母はどこか役を演じているような人だった。腕がなくなったときも「これじゃあモンスターを殴れない」と茶化すほどに、感情を後から付け加えているような不自然さがあった。クレハは祖母の件について後悔をしている。しかし、祖母の性格的に腕を失ったことも、魔力器官を失ったことも、使える武器が1つ減ってしまった程度の認識だったのかもしれない。そう考えると、クレハは自然と前を向くことができた。


「私、作りますよ。お爺ちゃんを越える最高傑作を。それでお婆ちゃんにも天国で笑ってもらうんだ。『これ、私が使ったら強かったやつじゃん』ってね」


 クレハは決意を表明すると、ゴウケンに指示を出して工房の中へと入っていった。



 *



 見晴らしのいい、灰色でまっさらな土地。

 廃墟とかした『オオサカ』に例の化け物は胴体を置き、首を伸ばして依然として破壊行動を繰り返していた。

 俺は奴の気を引こうと、腹部をぶん殴ってはいるが一切効いているようには思えない。しかし、鬱陶しさは感じているのか、排除する対象として首の何本かは俺を攻撃してくれていた。

 ミリアが吹き飛ばした4本の大蛇の頭だったが、1日経過した今では2本が再生され6本に戻ってしまっていた。このペースだと今日の内に大蛇は完全な状態に再生する。そうなれば防衛がこれまで以上に大変になるだろう。

 自分にヘイトが向いている4本の頭の攻撃をかわしながら、首の乗り高所まで駆け上がる。そして俺を狙っていない頭の位置を確認した。一本の頭がリリの作った扉の近くまで接近しているようだ。森の奥の方にまで首が伸びている。


「…………そろそろか」


 俺はそう呟くと体を大の字に開いて空中に体を投げ出した。

 もちろんこの無防備な行動を見逃すほど大蛇は生ぬるいモンスターではなく、当然のようにその牙は俺を狙ってくる。

 大きくテラテラと唾液で光を反射する牙たちはすぐに俺を取り囲み……俺の体を引き裂いた。

 腕が千切れ、胸は貫かれ、俺の体を4つの頭が貪り尽くした次の瞬間、俺はリリの扉に近付いた大蛇の首の上空にその身を移動させる。

 そして落下の勢いをそのまま使い、大蛇の首に飛び蹴りを放った。


 大蛇の頭は衝撃で大きく上方へ跳ねる。頭を持ち上げた際に起きる風圧が森の木々を騒がした後、その頭は明確な殺意を持って俺の命を狩りに大口を開けて迫ってきた。

 飛び跳ね、身を翻しその単調であるが恐ろしい速度と威力を持った攻撃を2、3度かわし、他の5つの頭が集まりきる前に、大蛇の牙をその身で受ける。再び俺の体はマシュマロのように容易く噛みちぎられ、俺は命を落とした。


 大蛇の胴体前まで一瞬で移動した俺は無防備な腹部に音速を超える勢いで拳を打ち込む。


「よし、いい感じに気を引けてるな。これで後何時間かは俺と遊んでもらえそうだ」


 大蛇の頭部が近くにないのをいいことに、俺は肩の力を抜いて少し休憩を入れた。

 体力的な心配は今のところない。死ぬたびに体がリセットされ、体力も戻るらしい。

 俺はズボンのポケットから黒い手帳を取り出し、最後のページに目を通す。

 そこには俺のステータスが書いてあった。


 最後にステータスを確認した時、加護ギフトの欄に【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】が刻まれたと同時に、依然としてその存在感を放つ【世界の加護ギフト】の文字があった。つまり、俺の能力は【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】だけではないということだろう。

 ここ一日、もう一つの能力を使用してみた感じ、どうやら俺のもう一つの能力は『不死』の能力だったらしい。死んだ後、俺は瞬時に万全の状態で蘇る。また、蘇る場所はある程度こちらで指定できるようで、死ぬ直前に思い描いていた場所に俺の体は再現されるようだ。だから、さっきみたいにわざと殺してもらうことで、扉に近付いた敵の頭の注意を引くこともできる。最初に明らかになった能力が防御の能力だったから、次は攻撃の能力がきてもいいんじゃないかとか思ったけど、贅沢いうのはやめておこう。二つ目の能力のお陰で俺はこうして今も生きていられるのだ。ギフトネームはかっこいいやつを希望しておこう。


 そろそろ大蛇の頭が戻ってくる頃だ。俺はポキポキと指を鳴らし、黒光りする大蛇の六頭を迎え撃つのだった。

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