第123話 復活

 強い光に当てられて目が醒める。


 気付くと目の前に……俺がいた。

 短めの髪、ガラが悪いとまではいかないがそこまで光の灯っていない瞳。上はワイシャツの制服姿。いつもの俺だ。

 一瞬鏡か何かがあるのかと思い手を上げたりその場で回ってみたりしたが、そいつは俺の行動に合わせて動くことはなく、ただただその場で直立していた。

 無表情という言葉が一番しっくりくる表情で俺にそっくりの彼は、俺の顔をじっと見つめていた。

 明らかに怪しい。普通に考えて俺と同じ顔をした人間に会うというのはおかしいだろう。ドッペルゲンガーを見つけると死んでしまうという話があるが、俺はおそらく死んでしまっただろうし、その話は正しかったのだろう。因果が逆転しているがそこは黙っておく。

 しばらく不思議そうに俺の顔をした彼を見ていると意外にも彼の方から話しかけてきた。


「こんにちは、オオワダタケルくん。君がここにくるのは…………2回目ってことになるのかな」


 どこを見ているのか分からない目をしていた。俺は淡々とした彼の言葉に少しぎこちない反応をしてしまった。


「え……あっ……こんにちは。オオワダタケルです。えっと…………君は?」

「私は君だよ。君は私」

「は、はぁ……」


 どうにもつかみどころがない言葉で俺の問いかけを返してきた。こいつは俺をからかっているのか。しかし、そんな俺の分身の素行不信に構ってられるほど、俺は落ち着いてはいられなかった。


「…………俺は死んだんですか? ここは三途の川だったり……」

「その通り、君は死んじゃった。だからすぐに戻ってね。この世界に君がいなくなると困るから」

「俺がいないと困る…………? それはもしかして俺が生まれた理由に関係してます?」

「関係も何もその通りだよ。君は自分の使命を忘れてしまってるのかい? 君は兵器を滅ぼすために産まれたんだよ?」

「それは…………薄々感じてましたけど……」


 俺は控えめにそう言った。彼は呆れた表情をすることなく以前無表情を突き通していた。ちょっと不気味だ。


「だったら早く現世に戻ってね。観ることしかできない私の現し身として、ちゃんとお仕事を全うするんだよ」

「戻れって……俺は死んだんじゃないんですか? それじゃあ……もう戻るなんて」

「いや、普通に戻れるよ? 以前もそうだったじゃないか。覚えてないの?」

「まぁ……そうですね」


 俺はため息混じりにそう言った。覚えてるもなにも、自分が死んだ覚えなんて一度もない。これまで命の危険にさらされたことはあっても、死んだことなんて…………。


 俺はそこまで考えて少し思い当たることがあって考えを止めた。


「あっ、俺そういえばクレハと戦った時に不自然に体が治ったりしてたような…………」

「そうだね。その時、一回ここに来てるよ。目を覚ます前に出ていったから覚えていないかもしれないけどね」


 彼はコクリと頷いた。彼が言うには、どうやら俺はすでに一度死んでいたらしい。クレハのやつなんてことしやがるんだ。


「とにかく、そろそろ戻すよ。場所は同じところだけど頑張って」

「えっ、ちょっと心の準備が……」

「そんなものないよ。今まで通り君は生きるだけだよ。私のために、この世界のために」


 そう言うと俺の顔をした何者かは、俺に手を振る。そうして俺の視界は再び真っ白な、強い光で覆われるのであった。


 *


 不意に意識が戻る。抉れた地面と倒された木々が散乱する森に俺はいた。


「あれ、ここは……? 俺って死んだんじゃ……」


 意識が戻る際に何か衝撃があったりとかそういったことはなかった。ただ、俺は今までずっとここにいたような、全く違和感がないのが逆に違和感に思うほど自然に立っていた。直前の記憶も勿論ある。


 俺はさっき大蛇に食べられて死んだ。腹から下がなくなった時の燃えるように熱い感覚を俺はハッキリと覚えている。


 そして目を閉じて……次の瞬間にはこれだ。俺は以前ピンピンとしている自分の身体をマジマジと見た。


 しっかり服も着ているし、指輪も右手にはめられている。視力がおかしくなったりもしていないし、その他感覚に異常はない。寧ろいつも以上の好調子だ。疲れからくる倦怠感も全くない。3日間『トウキョウ』から『オオサカ』まで歩いたとは思えないほどフレッシュだ。


 やはり…………これは一度死んで生き返ったと考えていいのではないか?生まれ変わったといってもいいかもしれない。所謂、転生ってやつだ。


 予感はあった。恐らくだが、俺はこの世界で死ぬことができない。『オオイタ』に行ったとき、俺は元の世界で使われていた武器を目にした。拳銃だ。俺が滅ぼすべき対象にそれは入っている。何故そんなものがこの世界にあるのかは分からないが、それがある限り俺は…………【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】はこの世界に残り続けるはずなのだ。つまり、この世界は俺が生まれるために十分な理由はないが、俺が消えるために必要な条件は満たしていないということだ。生まれた世界が違えど、例の能力はその目的を達成していない。


 俺は拳を固く握り、未だに遠くの大地で暴れまわる大蛇を見る。そして、近くでバラバラになった赤い扉の破片を1つ拾った。


「とにかく俺にできることは1つだけだな……」


『オオサカ』の人たちが大蛇に滅ぼされるのは時間の問題だ。彼らが終われば、あのモンスターは無差別に破壊行動を繰り返すだろう。さっきリリの扉に食らいついたのを見るに、彼女の転移用の扉が狙われる可能性が高い。

 俺に出来ること……それはリリが作った扉たちを守ることだ。

 大蛇を倒すことは残念ながらできそうもないが、囮ぐらいにはなるはずだ。


 大地を踏みしめ、俺は圧倒的巨体のモンスターまで走り出すのだった。


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