第122話 タケルのストーカー


「離しなさい!! 私のせいでタケルが……! 今行けば助かるかもしれないのよ! 今のリリが治癒の魔法を使えば……」

「やめてくださいミリアさん! 貴方まで失ってはそれこそタケルさんが命をかけた意味がなくなってしまうでしょう!」


 ボロボロと涙を流しながら未だ赤色の扉へ戻ろうとする彼女を王様は必至に止めていた。彼女たちはシャーリーの【召喚】の加護ギフトによって『オオサカ』近隣の森から『トウキョウ』上層部の壁内の広場に転移された。緑の多い広い広場には訓練中の兵士もおらず、彼女の声はよく響いた。

 未だにタケルの無事を信じてやまないミリアは、目を赤くしながら自分より幾分小さい体躯の幼女にすがるような眼差しを向けていた。

 シャーリーは小さく首を横に振る。


「…………無理なの。だって、おにーちゃんはもう…………即死なの。それに……あれは【闇】だから」


 無慈悲に告げられる最終通告にミリアは膝を折りうずくまると、頭を抱えて嗚咽を漏らした。彼の死を悲しむ気持ちは彼女も同じだというのに、最年少のシャーリーは涙を必死にこらえていた。

 いたたまれない彼女の姿に王様は目を背ける。そして、踵を返し上層部の中心へと歩き出した。


「王様、どこに行くつもりなの」

「宝物庫です。これまでの大蛇に行動を鑑みるに奥の手になる宝具がありますので。リリさんは近隣のギルドに向かってもらってもいいですか?」

「どうしてなの?」

「大蛇は間違いなく『トウキョウ』に来ます。こちらで育てた人材を一度『トウキョウ』に戻しましょう。大蛇を迎え撃つには彼らの力が必要です。一応確認ですけど、リリさんの女神の首飾りブリージンガメンで大蛇と友達になれそうですか? もしそうなら話が早いのですけど」

「……無理なの。あの子は怒ってるから。辛くて苦しくて……我を忘れて怒ってるからお話もできないの」


 彼女はそう言って視線を落とす。

 王様は彼女の言葉を信じたのか

 軽く会釈すると、王様はスタスタと広場を後にした。

 残された女性2人。シャーリーは泣きじゃくるミリアを持つあげると、【不思議の国の扉ワンダードア】で作った扉に乗せた。


「…………ミリア」

「タケルぅ……ううう…………」

「ミリアッ!!!!」

「……っ!?」

「ミリアはまだやらなきゃ行けないことが残ってるの! そのためにおにーちゃんは頑張ったの! おにーちゃんのためにミリアも頑張らなきゃダメなの!!!!」


 ミリアに喝を入れるとシャーリーは扉を使って彼女を『トウキョウ』の中枢部への輸送を開始する。目指すは原初の魔法使い。【闇】の効果で足の骨がバラバラになった彼女を治せるのは彼しかいなかった。

 ライバルと認めていた仲間がここまで衰弱するのは見てられないと言わんばかりに、シャーリーは苦虫を噛んだ表情で歩みを進めた。


 *


 扉に乗せられ輸送される中、ミリアは思い出したかのように口を開く。


「リリ、工房に寄りなさい」

「何言ってるの。早く治さないと歩けなくなるかもしれないの」

「お願いよ。謝らないといけない人がいるの。ここで謝らないと私はこの先、生きていけないわ」

「…………分かったの」


 彼女の力のこもった目を見てシャーリーは提案を受けいれる。

 工房は原初の魔法使いの巨大墓地よりも壁側に位置している。閑散とした灰色の住宅地地帯を真っ直ぐに抜けていくとそれはそこにあった。

 少女一人のために作られた灰色の城。

 急遽作られたためサイズは小さめであるが、どこか懐かしい雰囲気を感じる煙臭くて古風な工房だった。

 工房に着くまで後10メートルかと言ったところで、不意に扉が開けられる。

 エプロンをつけた黒髪ロングの少女が中から出てくる。

 彼女はシャーリーを、扉に乗せられたミリアを見ると駆け寄った。


「ミ、ミリア!? 怪我してるじゃん! どうしたのそれ」

「ちょっとヘマしてね。リリ私を降ろして」


 怪我人を地につけるのは不本意だったシャーリーはあまり快くはなかったが、ミリアを扉から下ろす。それに合わせてクレハがシャーリーに忠告する。


「そうだリリちゃん。それは封印しておいた方がいいよ。私は大丈夫だけど大抵の人は、今のリリちゃんを怖がるだろうから」


 シャーリーはクレハに指さされた方を見ると、そこには完全に解放され、門の形になった鍵があった。クレハがノックもなしに工房から出てきた理由を彼女は理解する。一般人からすれば今のシャーリーは化け物以外の何者でもない。住宅地が閑散としていたのは彼女の異様な存在感の所為であったのだ。リリは宝具を封印し、鍵の形に戻した。


 扉から降りたミリアはクレハに向かって膝をついて土下座をする。

 突然のことにクレハは目を丸くするが、彼女がふざけてそれをしているわけではないことを察し、真剣な表情に切り替わった。


「クレハ、本当にごめんなさい。私が……タケルを殺してしまったわ」

「……え? 何言ってるの? タケルくんが死んだ…………? ミリアが殺した……?」


 ミリアから想像もできない一言が告げられ、彼女は一瞬動きが止まった。

 そして踵で地面をコンコンとノックすると、地面から生やした鉄製の槍で彼女の横っ腹を貫いた。槍からミリアの血が滴り落ちる。

 シャーリーが止めに入ろうとするが、クレハの無言の圧力によってそれは阻まれる。シャーリーが鍵を収めたことで、今の彼女を止められる人間はこの場にいなかった。

 苦しそうに言葉を詰まらせながらミリアは話し始める。


「魔王討伐に向かう途中に、巨大な蛇型のモンスターに出会った。そして私に向けられた攻撃をタケルが庇って…………即死だったわ。瞬きの合間にタケルはもう手遅れになっていた」

「ふーん、それで? なんでお前が私に謝るの? タケルくんが勝手にやったことだよね?」


 目のハイライトを落としクレハは淡々とそう言った。ミリアは土下座したまま続ける。


「違うわ。私がお願いしたのよ。タケルに…………私のことを一生守るようにって。一生頼ってもいいかしらって」

「それは、もしかして愛の告白的なやつ…………?」

「………………そのつもりだったわ。あいつがどう受け取ったかは知らないけどね」

「それはどこで…………?」

「昨日、洞窟の中で、2人で見張りをしているとき」

「手とか握っちゃったりして?」

「いえ、手は握ってないわ。肩を寄せ合ったりして。寒かったし」

「え! なにそれズルい! 私もそんなイチャラブ展開したかったんだけど!」


 クレハは急に語調を崩し駄々をこねた。すぐにミリアに刺さった槍を消すと、シャーリーに怪我の治療をするようにお願いする。シャーリーはすぐに手持ちの【治癒】の魔法石でミリアの傷を癒した。


「ミリアがタケルくんのこと好きだったのは知ってたけど、それはズルくない!? そのシュチュエーションじゃあタケルくんがもしかしたらコロッといっちゃうかもしれないじゃん! いや、実際コロッと逝っちゃったわけだけど」

「あ、あ、あんた気付いてたの!? いつから!?」

「『ウツノミヤ』辺りから、かなぁ。私結構そういうの分かっちゃうタイプだからね。愛の戦士クレハさんをなめないで欲しいかも」


 正座状態のミリアは顔を上げると、顔を赤く染めた。そして、これまでの旅路を思い出しさらに悶絶した。幼少期から恋愛ごとに疎かった彼女にしてみればこれほど恥ずかしいものはないのかもしれない。


「とにかく、私もあいつのことが好きだから許してとは言わないわ。私も悔しい。私は貴方に謝ることしかできないわ。想い人を死なせ、本当にごめんなさい」

「まあまあ、その話はもういいよ。私も怒ってないし。ミリアが深刻な表情してたから何か罰をあげたほうが良いかなって刺しただけだから。こっちこそさっきはごめんね」

「…………それは…………気遣い感謝するわ。怒られることで心が軽くなることもあるものね」

「そういうこと。それは置いておいて……ミリア、タケルくんは魔王に勝てそうだった?」

「……えっ?」


 クレハから告げられる意外な言葉にミリアはあっけにとられた表情で言葉を返す。ミリアには彼女の言葉がどうも生産性のないものに聞こえた。


「勝てなそうだったわ。攻撃が通ってる様子はなかった。あいついっつも素手で戦ってるから」

「分かった。それじゃあやっぱり早く宝具を完成させないといけなそうだね。ミリア、足の怪我治してもらったら私の作業を手伝ってもらえる?」

「ちょっと待って! 話の方向が分からないわ。あいつは死んだ。死んだのだからクレハが宝具を作る必要なんて」

「いやいや、タケルくんは生きてるよ。ここから遥か西でまだ元気に戦ってる。たまに気配が希薄になるから、ちょいちょい死んでるみたいだけど」


 なぜそんなこと、と口にするより早くミリアは思い当たる節があったため口を噤んだ。


「ミリアがタケルくんに告白したみたいだから改めて宣言しておくよ。タケルくんの正妻は譲らない! 私が絶対タケルくんのハートを撃ち抜いちゃうからね!」


 彼女は拳を前に突き出してライバルに宣戦布告をすると、体表面を桃色の魔力で包み込み遠くの空を眺めた。


「タケルくんは生きている。私には分かる! だって私はタケルくんの未来のお嫁さんストーカーだから!」

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