第121話 未曾有の危機

 洞窟を出発し、しばらく歩いた。そろそろ敵の本拠地『オオサカ』に着いてもおかしくないというのに、何故かここ三日間で一番敵兵との接触が少なかった。少ないというより、一度も会っていない。どうしたんだこれは。

 妙に誘い込まれているような予感を感じなくもない。しかし、それならば好都合だ。俺たちは今日魔王軍の本拠地に攻め入るつもりはない。勝手に身構えて勝手に体力を消費してくれればいいと思う。

 先頭を歩く王様がその歩みを止めた。


「そろそろお昼ですし、『トウキョウ』に戻りましょうか。リリさん、準備はいいですか?」

「勿論なの! 久しぶりに自分のベッドで寝れるのが待ち遠しいの〜!」


 リリは両手を高く上げて伸びをすると、腰にかけた大きな銀色の鍵をドッシリと地面についた。

 ゆっくりと彼女の髪が揺れ始める。魔力の膨張を感じているのか、隣のミリアは緊張感のある面持ちで彼女の詠唱を眺めていた。


「第一の門……解錠。第二、第三、第四……順に解錠。開け、開け、開け……開け。第九の門……解錠。全門解錠、鍵は今開かれた。この門は全てを開き、この鍵は全てを繋ぐ。さりとて、鍵は開き、門は繋ぐもの。ならば、これは解なき謎かけに対する理に反した回答アンサーである––不条理へ至る銀鍵レーヴァテイン

 」


 詠唱の中で彼女の鍵の宝具は徐々にその真の力を展開する。完全に展開し終えたそれは、既に鍵の形態をとっておらず、門の形をしていた。沈み込むような深い、深い青が広がっている。門は彼女の周囲を怪しげに旋回し、彼女の隣に位置取った。

 髪が逆立ったリリは両手を前に出すと魔法の扉を作り出す。


「【不思議の国の扉ワンダードア】なの!」


 彼女が加護ギフトの名前を告げると、彼女の目の前に分厚い扉が生成される。赤く、金色で縁取られた扉。厚さ1メートル以上のそれは、ちょっとやそっとで壊せる代物でないことをこれでもかというほどに誇示しており、圧倒的な存在感を放っていた。


「相変わらずリリの加護ギフトはすごいな。これなら敵の加護ギフトで破壊とかできないんじゃないか?」

「えへへ……その通りなの。そもそも【闇】の加護ギフト自体あまり攻撃力の高い魔法じゃないから、さらに安心なの」


 リリは鼻高にそう言った。彼女の言う通り【闇】の加護ギフト

 攻撃力自体は大したことはない。ただ、少しでもダメージを受けてしまったらその傷が致命傷になるから、俺たちのような防御に秀でた人材か必要だったと言うだけの話。リリが加護ギフトを自慢するのに合わせてミリアも少々自慢げになる。元々このアイデアを出したのはミリアだから悪い気はしないんだろう。


「じゃあリリは同じような扉を出来るだけ沢山作ってくるの! ちょっと待っててなのー!」

「ああ、頼むよリリ」


 そう言って彼女が足元にバチバチと雷を纏い浮遊し始めたとの時…………遠くの山が地響きを起こしながら動いた。


 ゴゴゴゴゴ……とその地響きは段々と大きくなっていく。

 突然のことにリリは足を止め、俺たちは動き出す山を見上げた。

 ここからだとうまく見えないが何かが起きているのは確かだ。


 方向転換をし、リリが空へ浮上すると彼女はすぐに俺たちの方に振り返り、大声で叫んだ。


「早く逃げてなの!!!!」


 彼女の言葉を耳にするや否や、俺は隣にいたミリアを抱え扉とは逆方向に跳躍した。

 スローモーションのようにコマ送りになる世界の中で、俺は逃げ遅れる王様の姿を目にする。

 そして、彼の靴が光り出したのと同時に、森を引き裂くように巨大な何かが接近し、王様もろともリリの門を木っ端微塵に粉砕した。

 王様がいた場所には彼の下半身だけが残され、膝が折れて地面に倒れたところで、気がつくと彼は俺の隣で焦った様子で佇んでいた。

 俺の目の前には門を引き裂いた黒色の何かが、何かの体の一部が圧倒的な存在感で横たわっていた。その怪物に恐れをなし、ゴブリンなどの森のモンスターたちが慌てた様子で散らばっていった。


「これは……とんでもないことになってしまいましたね」


 王様は自分の上半身を一時的に奪った黒色のそれに目を配りそう言う。

 森を横断するように現れた黒色の怪物は体の表面をテカテカとした鱗で覆う謎の姿をしている。これはなんだと考えている間に黒色のそれはゆっくりとその身体を空中に浮かせた。

 木々がえぐり取られてできた大穴から敵の全体像を見て俺たちは唖然とした。


 高さ500メートルはくだらない巨体、八つの頭、黒光りした鱗に覆われたその姿は……伝説上生物ヤマタノオロチを彷彿とさせるものだった。恐らく【闇】の魔力と思われる黒色の霧が口から漏れている。目の前の巨大生物が魔王軍のものであることは火を見るより明らかだった。


『トウキョウ』から何日もかけ魔王の本拠地に向かった結果、分かったのは相手が恐ろしく強大な戦力を有していたということという事実を俺は受け入れられずにいた。端的に言えば俺はかなり混乱していた。いつもならどうすれば勝てる、弱点は、弱点を見つけるために俺ができることは、どう時間を稼ぐのかなど考えるところだが、それができない。前方5キロは離れているはずだというのに近くに感じるほどの巨体に俺は恐怖を感じていた。サイズは、質量は分かりやすい強さの指標だ。60kgかそこらの生身の人間が、あんな怪物に勝てるわけがない。


 俺が右足を一歩、後退りをしたところで、この場で一番冷静さを保っていた王様が声を上げた。


「リリさん! ここは僕たちで食い止めます! 予定通り扉を作ってください!」

「で、でもそれじゃあおにーちゃんたちが!」

「このままでは全員死ぬだけです!!!!」


 リリは彼の言葉を重くいけ止め、瞳に涙を溜める。そして地面に降り立ち、雷を纏うその足で大地を踏みしめた。


「モンスターさん……道案内お願いするの! 女神の首飾りブリージンガメン!」


 彼女の首にかかった小さなネックレスが緑色の輝く。最大解放した不条理へ至る銀鍵レーヴァテインの力を得たその光は彼女を中心に膨張していく。八頭竜の登場によって我を忘れていたモンスターたちにその光が当たると、たちどころにその興奮が収まっていく。そしてモンスターたちはリリの後に続くように集まっていった。モンスターと心通わせる二つ目の宝具の力で彼女はモンスターを引き連れ森の奥へと姿を消した。


 そして残された俺たちは八頭竜を見上げた。依然暴れまわるその化け物は扉を壊したことに満足したのか俺たちに対する攻撃の手を止めているが、1つの頭は俺たちの方を向いており、俺たちの動向を見守っているようだ。八頭竜は今、自分の近場の土地に向けて攻撃を行なっている。どうやら俺たち以外にも奴にとっての敵がいるようだ。

 王様はその様子を見ると、手をポンと叩き、この緊迫した状況に似付かないほど焦りのない表情で口を開いた。


「なるほど。敵兵がいなくなったのはそういうことですか」

「それはどういうことよ」

「あの竜……多分蛇系のモンスターの変異種ですよね?」

「そうね。私もそう思うわ。だから大蛇オロチってことになると思うけど……」

「そうですよね。僕も信じられません。変異種の変異種といったところなのかもしれませんね。とにかくあの大蛇は敵味方の区別がついていません」

「ちょっと待ってください。それじゃあ今あの怪物と戦っているのは魔王軍だってことですか!?」

「恐らくはそうでしょう。無理やり変異種を作ったはいいが制御ができなかったということでしょうね。これでは本当に世界が滅んでしまいますよ。困ったものです。『オオサカ』もそんなもの望んでいないだろうに」


 王様はそこで話を区切り一歩足を引く。


「とにかく今は生き延びることを考えましょう。最悪『トウキョウ』に戻ればこちらの持てる最大の戦力で向かい撃てます。来ますよ!」


 これまで静止していた大蛇が動き出したと同時に王様は注意喚起する。巨体からは想像もつかないほどの速度で頭の一つがこちらに向かってきた。

 俺たちはそれぞれ右へ左へ空中へと散り散りになり化け物の一撃をかわす。速度はあるが直線的な攻撃で避けるのはそこまで大したことはない。

 俺は回避した後すぐに体勢を整え拳に力を込めた。そして、俺の持てる最大限の力をその拳一つに乗せて大蛇の首に打ち込んだ。


「……っ!! ビクともしないのかよッ!!!!」


 全力の一撃を見舞ったというのに、その巨体を動かすことができなかった事実に俺は思わず弱音を漏らす。その手応えは初めて俺が殴って倒すことのできなかったミノタウロスよりもない。相手に全く効いているように思えなかった。逆に俺の拳が痛みを感じているほどだ。その硬さは単に重量があるからというものではないように思える。何かしらの加護ギフト……【身体強化】を備えていると見て間違いないだろう。しかし、ダメージは入っているのか首を横に動かし反撃のようなものを仕掛けてきた。何発打ち込めば倒せるのか見当もつかない。


 蛇の首を挟んで向こう側からミリアの声が聞こえる。彼女も宝具で応戦しているようだ。


「引き裂きなさい、疾風迅雷の細剣ブリューナグ!」


 その声に合わせ、大きな爆発音が森に響いた。大蛇はその体を小さく震わせ頭を持ち上げ去っていく。どうやらミリアの攻撃も少なからず効いているように思えた。


「ミリア! 一応攻撃は通ってるみたいだぞ!」

「そのようね! でも、倒せる気はしないわ!」


 その通りだ、と俺は相槌を打つと、大蛇は二度目の攻撃を繰り出してくる。先程は俺たちに向けて攻撃を仕掛けていた。しかし、次の一撃は違う。明らかに俺めがけて奴の顔が飛んできた。大きく口を開けた大蛇の頭は、森の木の背丈にも匹敵する大きさだ。

 その威圧感に圧倒されながらも、俺は足で地面を強く弾くようにして牙を免れた。


 そして近場にあった細めの樹木を両手でハグをするようにガッチリと掴む。左右に体を動かすようにしてその樹木を、少しずつ、少しずつ大地から剥がしていく。ミシミシといったおとがまるで木の悲鳴のようになり、ついにその樹木は大地から引き離される。

 引っこ抜いた天然の武器を、俺は力任せに無防備な大蛇の首に振り下ろした。


「これでどうだ、蛇野郎ッ!!」


 渾身の一撃、しかしこの一撃でも大蛇に傷をつけることはできない。そもそも打撃というものは外傷が出づらいため傷が付くのをダメージの指標にすること自体おかしいのかもしれないが、少しは攻撃箇所が潰れたりしてくれてもいいんじゃないか?

 樹木での攻撃は有効な一撃になることはなく、寧ろ木の方が攻撃後折れてしまうため、木を引き抜く手間を考えても良い手段ではないように思えた。


 巨体を挟んで向かい側では依然ミリアが疾風迅雷の細剣ブリューナグによる衝撃波で攻撃を加え続けている。王様の姿が見えないとふと思い、周囲を見回すと彼は木の陰で大蛇の様子を伺っていた。何やってんだ。


「王様、なんで隠れてるんですか? ちゃんと戦ってくださいよ」

「いやぁ、僕はお二人のような強力な攻撃が出来ませんので、戦略的撤退です」


 申し訳なさそうな顔でそう言った。それでも戦ってくださいよ、と言いたかったが俺自身ダメージを与えられているのか怪しい、手応えのない状況なのでどうにも強く出れない。

 王様に注意を向けていた中、不意に起きる爆音に俺は意識をそっちに持っていかれた。爆発の下方向を見ると黒色の巨体がうねるようにしてもがいている。明らかに大蛇は今の攻撃を嫌がっていた。大蛇が首を持ち上げ、そして俺は黄金に輝く剣を構えた少女の姿を目にする。

 彼女の周囲には輝く光の粒子が舞い、確かな手応えに微笑を浮かべていた。

 彼女の気持ちの高ぶりに反比例するように俺の心がざわつく。彼女は不可避の輝剣クラウ・ソラスを抜いた。それはつまり……


「ミリア、お前…………! 魔力が回復できないの分かってやってるのか!!!!」

「へへへ…………分かっているわよ。手応えはあったわ!」


 苦しそうな表情だが彼女は強がってみせた。

 それは手応えはあるだろう。お前のそれは、日に3回撃てるかどうかの必殺技なんだから。

 不可避の輝剣クラウ・ソラスを放った反動で、彼女は剣を杖にしてなんとか立っている状態だ。やはりミリアの体にかかる負荷は相当なもののようだ。


 言わんこっちゃないと俺は彼女の元に駆け寄ろうとしたその時、大蛇は一度持ち上げたその首を振り下ろした。まずいと思った時には既に奴の行動は終えており、大蛇はミリアの起こした爆発以上の暴風を吹き散らした。


 爆風に巻き込まれた俺は地面に拳を突き刺しその場で留まる。


「ミリアぁああああああああッ!!!!!!!!」


 砂埃で視界が奪われる。爆音で遮られ言葉が彼女に届かないのは分かっていたが叫ばずにはいられなかった。ミリアがいかに防御の宝具を持っていたとしても直感で分かる。あの一撃はダメだ。

 大蛇が首を定位置に戻すまでの約10秒間、俺は祈りつつけていた。


「(頼むから無事でいてくれ……!)」


 俺の彼女の間の壁が取っ払われたところで、俺は何もない空間に回し蹴りをして砂埃を振り払う。そして俺は木の根っこのところで右足を庇ってうずくまるミリアの姿を目にした。


 慌てて彼女に駆け寄り、怪我をした足を見る。彼女の細く白い足は膝から下が赤く腫れ、使い物にならなくなっていた。一度完全に潰されて骨がバラバラになっている可能性もありうる。

 応急処置をしなければとミリアに治癒の魔法石はどこだと聞くが、彼女は首を横に振った。


 そうだ、【闇】の加護ギフトによる攻撃は治癒が効きづらい。


 完全に詰んだ状況にいながらも、ミリアは険しくはにかんで見せた。


「タケル、見た? 不可避の輝剣クラウ・ソラスは間違いなく効いているわ。あの伝説級の化け物に! これは勝てるかもしれないわ!」

「……そんなこと言っている場合じゃないだろ! 早く『トウキョウ』に戻らないとお前の足が」

「そんなこと言ったって帰れないのだから仕方ないわ! もっと前を向きなさいオオワダタケル! あんたがそんなんだとこっちも無茶ができないのよ!!!!」


 ミリアは声高にそう言って駆け寄る俺を突き放した。光を失った不可侵の輝剣クラウ・ソラス・アナザーを右足に当てがい、無限の炎鎖ダグザでそれを足に縛り付ける。右足が剣になりながらもバランスをとって彼女は立ち上がった。


「いい、タケル。敵は強いわ……でもこのミリア様にはあんたがいる! あんたが私を守ってくれる! このチャンスは絶対に見逃すわけにはいかないッ!!!!」


 彼女の気迫に押され俺は後退りを余儀なくされる。彼女は本気だ。本気であの怪物を単身で討伐しようとしている。


「守りなさいタケル! そして、振らせなさい……全身全霊を込めた…………私の最大火力をッ!!!!」


 そして彼女は疾風迅雷の細剣ブリューナグで宙を切り、炎の鎖を全身に纏う。地面に這う無限の炎鎖ダグザ疾風迅雷の細剣ブリューナグで固定した。

 彼女の邪魔にならないように俺は王様が隠れていた木まで下がった。彼女は俺を目視すると、いつのもような偉そうな態度で俺を指差した。


「いい判断よ! …………信じなさい、タケル! 私を……そしてあんた自身を!」

「ミリア…………ッ!」

「あんたは正しい!!!!」


 そして彼女は険しい表情で遠くに居座る巨大な蛇を睥睨し詠唱を始めた。


「風よ来たれ」


 紡がれた言葉に呼応するように魔力の膨張で風が吹く。服が血で濡れ、赤い鎖を巻きつけた痛々しい彼女の姿は一本の薔薇のように俺の目には映った。戦場にただ1人立つ傷だらけの英雄に俺の心は奪われる。


「風は火を呼び、光を放つ。一柱来ては、また一柱。神の息吹は我が血を巡り、大地を巡る。回れ回れ……巡りて回れ」


 鎖から魔力を吸い上げ吐き出し、吸い上げては吐き出す。熱量までもが彼女の一撃に手を貸そうと集まり、気温が下がっていく。ここは彼女が用意した、彼女のための舞台。彼女が最も輝く、冷たく痩せた故郷の大地。


 順調に見えた詠唱の中、崩壊は不意に訪れる。

 疾風迅雷の細剣ブリューナグに掴まりながら、彼女は血反吐を吐いた。

 俺はすぐに彼女に駆け寄ろうとしたが、彼女の鋭い視線が俺の足を止めた。信じろ、ということだろう。

 ミリアのあの技は、空気中の魔力を自分自身の魔力に書き変え、魔力の圧倒的変換効率でもって宝具を放つ必殺技だ。しかし、今空気中にあるのは殆どが【闇】の魔力。他の魔力に変換しにくいそれは、彼女の魔力器官に蓄積し、着実に内部からダメージを与えていた。


「信じろよ俺……ミリアはチャンスだって言ってるんだ。自爆だなんてありえない……!」


 拳を強く握り俺は彼女の次の一手を待っていた。絶対に策はある筈なんだ。

 彼女は口元についた血を右手で吹くと、その流れで右手ですぐ近くの空間を引き裂いた。そして藍色の空間に右手を突っ込んだ。


 俺は魔力を見ることができないが隣にいた王様は今の状況を把握していた。期待と興奮に満ちた表情で口を開く。


「タケルくん凄いですよ……! 空気が、浄化されていきます!」

「王様、ミリアが右腕を固有空間に突っ込んだのはどういう意味が」

「今、【闇】の魔力はあの藍色の空間に流れていっています! これは彼女自体が宝具……彼女の加護ギフト不条理へ至る銀鍵レーヴァテインに近い!」


 どうやらミリアは変換しきれなくなった【闇】の魔力を無理やり固有空間に流し込むことによって一命を取り留めたようだ。やはり彼女は勝機があって無茶をしているのだ。


「そしてその手は黄金の頂きへ、その足は故郷の大地へと踏み入れる……宝具全展開!!」


 天から光の剣が降り立つ。彼女の周りには輪郭のボヤけた光玉が怪しく揺蕩っていた。時は……満ちた。正真正銘、彼女が有する最大の火力を放つ準備が整ったのだ。


「この一振りは誰がために。これは正義にあらず。この一振りは我が勝利のために! 大地の神々よ、勝利の加護を我に授けたまへ––––北方より来たる神群の権能トゥアハ・デ・ダナンッ!!!!」


 掛け声と共に彼女は揺蕩う真実を導く光玉リア・ファルを光の剣で砕いた。そしてその場で立つことがままならなくなるほどの風圧が木々を揺らし、それに合わせてこれまで手出ししてこなかった大蛇が急に焦った様に攻撃を仕掛けてきた。


 明らかに大蛇はミリアの一撃を恐れている。動物的な本能が奴に先制の一手を強制させた。

 4つの頭が同時に彼女に襲いかかる。土石流の様に森の木々を薙ぎ倒しながら向かってくる大蛇の頭たちに彼女は必殺の一撃を繰り出した。


「絶対に……勝つ!!不可避の輝剣クラウ・ソラスッ!!!!!!!!」


 彼女の剣から放たれた光の本流が大蛇の頭を包み込む。圧倒的エネルギーの塊を受けて尚、ミリアを喰らおうと首を伸ばすが、その勢いはすぐに殺される。首を伸ばすよりも速い勢いで大蛇の頭は細かく爆発を続ける光の粒子によって塵芥へと変換されていく。

 そしてついに…………不可避の輝剣クラウ・ソラスの一撃は大蛇の頭を消しとばし遠くの雲を貫いた。


「本当に……やりやがった」


 俺は二つの力のぶつかり合いによって光にさらされた森の大地を見て呟く。戦場で1人、ミリアは手でピースをすると俺に笑いかけていた。

 俺は彼女を信じていた。しかし、心配をしなかったわけではない。ほっと心を撫で下ろし、彼女に賞賛の言葉を贈ろうと一歩踏み出したその時、急に胸騒ぎがした。


 気配がする。音を隠しているがそれは着実に、確実に彼女の命を狙っていた。突如、彼女の背後の木々が倒れる。そこには唾液で濡れた大きな口を開け今まさに彼女を喰らおうとする大蛇の頭があった。彼女はそれに気づいていない。

 足は、自然に動いていた。

 死が近付いている。

 予感がするのだ。

 彼女は死なない。だって彼女には……


 俺は彼女を殺さない様に速度を調整しながら、大蛇の方向と垂直に彼女を突き飛ばした。


「タ、タケル……?」


 突き飛ばされた瞬間彼女は自分が襲われているとも知らずにそんなことを呟いた。

 それでいい。『護られる』ってのはそう意識しなくていいんだ。『護る』方もそんなこと望んじゃいない。感謝してもらおうだなんて思ってない。俺はただ、そんな願いで生まれた……人間なのだから。


 ミリアを助け、取り残された俺は大蛇の牙で喰い千切ぎられた。


 身体が宙を舞う。空にはミリアが開けた大きな雲の裂け目が見える。太陽は輝いていた。

 回る視界の中、俺は下半身がなくなっていることに気付く。俺の世界の加護ギフトはやっぱりモンスターには効果が薄かったようだ。お腹から下が綺麗さっぱりだ。


 身体が地面に叩きつけられる。視界が安定した。上向きのまま目線をまっすぐ向けると、水色のエプロンドレスを着た金髪少女が空を飛んでいた。どうやらリリは無事に扉を作り終えたらしい。これで無事に逃げられる。

 リリは激昂した様子で門から火が灯る杖を手にするが、王様がそれを制止する。いい判断だ王様。


「タケル…………タケルッ!!!!!! いやよぉおおおお!!!!!!」


 ミリアが叫んでいる。首を横に倒すと彼女の姿が見えた。王様は必死に彼女が抑えている。俺のために泣いてくれるのは嬉しいけどやめてくれ。お前まで死んだら俺は死んでも死にきれねえよ。


 大蛇は攻撃の手を止めている。その隙に王様がミリアを担ぎ、リリと共に赤い扉から姿を消した。


 彼女の言う通り俺は正しかった。俺は……誓った通り彼女を護ることができたのだから。

 告白嬉しかっただなんて恥ずかしくて言えないや。俺を人間にしてくれて……ありがとう。

 彼女の安堵をひたすらに願い、俺は天に手を伸ばし意識を落とした。

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