第120話 ミリアの告白

 空は既に暗くなっている。小さな洞窟で焚き火を囲み俺たちは暖を取っていた。洞窟内部はゴツゴツとした岩肌が露わになり、人の手が入ったようには思えなかった。

 森を歩いてすでに3日が経過している。地理的にもうすぐで『オオサカ』といったところだろうか。日に日に【闇】の魔法を持った敵兵の数が増加しているのを考慮すると、この予感は正しいように思える。

 ここまで3日間戦い詰めで、全員疲労が溜まってきている。表情を見るに俺以外の3人は相当に疲弊しているようで、目の下に隈ができていたり、随分休憩を取ったというのに肩で息をしているような情況だ。

『オオサカ』を中心に【闇】の魔力が充満した範囲では、魔力器官を持つ人間は魔力の回復を行いづらくなっているという話は王様から聞いた。しかし、3人の様子を見るにそれ以上のダメージを負っているように思えてならない。魔力の回復どころか、魔力器官そのものに異常を引き起こしているのではないだろうか。青ざめた表情の王様にそのことを尋ねると困ったような顔をして俺の疑問に返した。


「恐らくですが、僕たちは知らず知らずの内に魔力が存在する空気で生活することが当たり前になっているからだと考えられます。痛む足を庇って歩くことで別の部位に障害が出るといった話と同じと考えていただければ」

「なるほど……俺にはわからないけど皆の身体が知らないうちに無理をしているってことか。キツそうだな……」


 俺の言葉に続いて、3人の中では一番血色の良いリリが口を開く。


「リリも王様の言っていることは正しいと思うの。リリは不条理へ至る銀鍵レーヴァテインで魔力を補っているから【闇】の魔力には強いはずなのに……今も結構辛いの。体が怠くて重たいの」

「魔力を使っていなくてもダメージを負ってるとなると、本格的に毒と同視してもいいのかもな。なあリリ、一回『トウキョウ』に戻ってこっちに戻って来た方がいいんじゃないか?」


 俺の提案を聞き、ミリアたちは顔を見合わせた。口には出さないが、3人ともここが引き時だということを分かっているようだった。

 実際、俺たちはここまでの道にいくつかリリの扉を置いてここまで来ている。彼女の加護ギフトがあれば、それらがリスポーン位置になる。だから、ここで一旦引いても、戦いが長引くだけでそこまで問題ではないだろう。


「むむむ…………でもなの……」


 リリは俺の提案に渋った反応をする。彼女自身、体調が優れないとはいえ、宝具の膨大な魔力によって魔法を使うこと自体はできている。そのことが彼女の決断を渋らせているのかもしれない。


「そうですね……その案も、あり得なくはないですよね」


 リリと同様に、王様もあまり『トウキョウ』に戻ることに好意的でないようだ。王様も実はまだ余力を残しているのか?この場で最もキツそうにしているミリアが弱々しく言葉を紡いだ。


「私は一度『トウキョウ』に帰った方がいいと思うわ。この後、魔王との戦いも控えているのでしょう? こんな体調で挑むのは望ましくないわよ」

「リリも、今の4人で魔王に挑むのは危険だと思うの。でも、リリはもう一つ怖いことがあるの」

「どうしたのよ、魔法少女。あんたいつも自信満々に、なのなの〜って言ってるクセに怖気付いたの?」

「そうなの。リリは怖気付いてるの。だってここに来るまでに作った扉は、もう一つしか残ってないんだもん」

「はぁ? それってどういう意味よ」

「言葉の通りなの。リリは扉を作ったよ。でも扉がないの。突然、扉が消えちゃったの」

「ちょっと待ってくれ! それってつまり……敵がリリの扉を壊してるってことか!?」


 体調がいいはずの俺も顔面蒼白になりながらそう訴えた。リリはゆっくりと頷き肯定する。


「その通りなの。リリたち、どうやらまんまとハメられたみたいなの。ここまでくるのに3日。ここで引き返したら、多分戻ってくるのにまた3日かかっちゃうかもなの」

「振り出しに戻る、かよ…………戻るに戻れないなこれは」

「そのようなことになっていたのですか。どうやら事態は僕が思っているより深刻なようですね」

「そういえば、王様も『トウキョウ』に帰るのに反対していましたよね。それは何故ですか?」


 リリの扉が壊されていることを知らないとなると、王様は別の理由があって反対していたことになる。何か俺の知らないところで計画にほころびが出ているのかもしれない。


「僕は魔王討伐に時間をかけたくないため、反対しました。今この場に漂っている【闇】の魔力。確証はありませんが、もしかするともう何日かすれば『トウキョウ』にまでこの魔力が侵食してくるかもしれません」

「なっ!? たしかにそれはあり得そうですね」

「幸い、『トウキョウ』には原初の魔法使いが、【光】の加護ギフトを持つ最強戦力がついています。しかし、彼の力が発揮できる領域は非常に狭い。具体的には『トウキョウ』上層部の壁の中程度しかありません。そこが聖域です。その外にいる住民たちの被害を考えると……」

「下手に時間をかけられないということか…………」


 俺は3人の言い分を聞いて頭を抱える。

 ミリアの言う通り、このまま魔王に挑むのはあまりにもリスクが高すぎる。

 また、リリの言う通り、ここで引き返せば、戻ってくるのに時間がかかってしまうだろう。

 それに、王様の言う通り、時間がかかってしまえば【闇】の魔力による被害がどこまで広がるか想像がつかない。


 どうにかいい案はないだろうか。俺の能力でこの状況を打開することは…………無理だ。俺の能力は戦闘の役にたっても、それ以外には使えない。リリのように他人を連れて高速輸送することはできない。

 ここで俺はある疑問にぶつかった。未だに謎に包まれている王様の加護ギフトについてだ。俺は以前、王様の手を握りつぶしてミンチにしたことがある。その時、彼は次の瞬間には完全に手が元どおりになっていた。俺は最初超再生の加護ギフトだと思っていたが、もしかしたら違う能力の可能性もある。俺も人のことを言えないが、この過酷な状況では手の内を明かして使えるものはどんどん使った方がいいと俺は思う。俺は意を決して、王様に尋ねた。


「解決案を考える前に、一つ知りたいのですが、王様」

「何ですか、タケルくん」

「王様の加護ギフトについて教えてください。使える手札は多い方がいいはずです」

「ぬっ…………そう来ましたか……」


 王様は思った通り、バツの悪そうな顔でそういった。やはり彼は自分の加護ギフトを明かすことを恐れている。無敵系の能力を持っているからこそ、そこのところには慎重にならざるを得ないのだろう。タネがバレたら突破されてしまう無敵だってあるはずだ。ミリアやリリは自分たちを覆う絶対防御の加護ギフトや宝具について簡単に話していたが、本来あのようなことはするべきじゃない。

 王様はウンウン唸って言葉に詰まっていた。しかし、ここで話さずにいられても困る。


「王様に、俺の世界の加護ギフトについては話しましたよね。俺の能力は人に知られてはいけない類のものです。あれを知れば、俺の倒し方が分かってしまう」


 俺が王様に渡していた情報は『俺の能力は人の持つ力では俺を倒すことができず、しかし高い技術で作られた武器ではいくら強い力であっても傷をつけることができない』という矛盾した能力であるということ。この情報を元にすれば、魔力で身体を強化……例えばゴウケンの持つ【身体強化】を使い、人の力を超える力でぶん殴れは俺は倒せるということが分かる。事実俺は一度ゴウケンに倒されているし、きっと王様は【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】の弱点に気づいているはずだ。


「………………」

「だから、教えてくれませんか。王様の加護ギフトがわかれば状況が打開できるかもしれないんです」


 あまり好きではないが、俺は情に訴えるようにそう言った。彼の表情は少し先ほどより真剣に悩んでいるようで、効果があった実感があった。もうひと押しかもしれない。

 俺はこの口の硬い好青年を説得するために、次なる策を練ろうとし、王様は未だにウンウン唸って迷っている中、そのどんよりとした空気を振り払うように太陽のように明るい声が響いた。


「分かったわっ!!!!」


 その声の主はミリア。彼女は誇らしげに、鼻を高くして踏ん反り返っていた。


「分かった、って王様の加護ギフトがか?」

「違うわよ! この状況を打破する秘策がよ!」


 彼女は再び甲高く笑い声をあげる。普段の素行から忘れていたがミリアは頭が良く切れる。『ミト』でミノタウロスが現れたときだって、『ウツノミヤ』でアラクネが現れたときだって、彼女がいなければかなり厳しかったのは間違いない。

 俺とリリと王様の視線を奪うと彼女はリリを指差してこう宣言する。


「リリ、不条理へ至る銀鍵レーヴァテインを解放して扉を作りなさい! あの分厚い扉はこのミリア様の北方より来たる神群の権能トゥアハ・デ・ダナンぐらいにしか壊せないはずよ!」

「そ、それなのー!!!! ミリアもたまにはやるの!」


 リリも立ち上がり歓喜の声をあげる。そして、2人は手を取り合って硬くそれを握るのであった。


 *


 ミリアが提案した案が思った以上に良案だったこともあり、俺たちはそのまま安心して就寝することにした。一番安心したのは王様だろうか。なんだかんだで彼は自分の手の内を見せずに済んだのだから。タイミングが悪いというか、ミリア様は空気を読むことはできなかったのか。もう少しで王様の加護ギフトが分かったというのに…………って、これじゃあ目的がずれてしまっている。

 いつ、どこから襲われるのか分からないため、俺たちは交代制で就寝することになっていた。リリは若干不満そうにしていたが、リリと王様で1組目、俺とミリアで2組目といったように組み分けをしている。今はリリたちが就寝する番だった。

 ミリアは洞窟に外から拾ってきた木の枝を炎に入れる。季節柄、乾いた木材が多いため、木はよく燃え俺たちの体を温めた。

 炎を挟んで向かいにいたミリアは、人差し指をクイクイと動かす。そして、彼女は自分自身の隣を叩き、俺にそこに座るように促した。

 俺は彼女に言われるまま隣に座ると、彼女は腰を少し浮かし距離を詰めてくる。急に積極的な行動に俺はおどけてしまい、彼女と距離を取った。するとミリアは口を尖らせて「なんで逃げるのよ」と不機嫌そうに言ってさらに距離を詰めた。


「ど、どうしたんだミリア」

「話がしたいのよ。あんたも暇でしょ」


 そう言って、ミリアは洞窟の奥の方で寝ているリリたちの方を目配せする。なるほど、小声じゃないと2人を起こしてしまうということか。ただでさえここは声がよく響く。昨日までは森の真ん中で寝泊まりしていたこともあって気にしなかったが、話をするには近づいた方がいいように思えた。

 俺が彼女に肩を寄せると、彼女は初めにビクッと震えたが、顔を赤くして体をくっつけてきた。燃える炎を見つめ彼女は話し出す。


「タケル、あんたと出会ってから本当に色々なことがあったわよね」

「ああ。……ってなんだよその切り出し方は。まるで死の直前のヒロインみたいな口ぶりだな」

「そのつもりで受け取ってもらって構わないわ」

「はぁ!?」

「ちょっと五月蝿い。2人が起きちゃうでしょ」

「す、すまん。それで俺の受け取り方が正しいってどういうことだ?」

「これから魔王と戦うのよ。下手したら死んでしまうかもしれないじゃない。…………あんたは死ななそうだけど、私は死ぬ可能性が高いと思っているわ」


 ミリアは真剣な面持ちでそう答えた。昼頃からずっとそうだが、彼女は体調が万全ではない。気持ちまで弱くなっているようだ。


「そんなことないだろ。ここまでの【闇】持ちの敵兵の攻撃だってミリアの不可侵の輝剣クラウ・ソラス・アナザーは無力化してたじゃないか」

「魔王までそうだとは思えないわ。私の防御は完璧じゃない。魔力の回復ができない以上、いずれ盾はなくなるわ」

「いつになく否定的なんだな。いつもの自信満々な調子はどうしたんだよ、ミリア様」

「茶化さないで。私は真剣に話しているのよ」

「…………すまん」


 俺は彼女の顔を見ずにそういった。


「ねえ、タケル。タケルは私のこと、どう思ってる?」

「どうって……それは人物評価的なやつか?」

「そうよ。あんたの目には私がどのように写っているかしら?」

「そうだなぁ……」


 俺はこれまで彼女と旅をしてきた思い出を振り返る。

 彼女とは本当に多種多様の場所に行き、体験をしてきた。元の世界で地元を離れたことがなかった俺にとってそれは全て新鮮な体験だった。そんな旅の中で彼女はどのように振る舞い、俺にはその行動がどのように見えていただろうか。


「ミリアはとても強がりだと思うな。まあ、実際強いから強がりというのは変なのかもしれないけどさ」

「私、そんなに強がりかしら?弱音は結構吐いてるつもりだけど?」

「確かに相手が個人だと吐いてるな。でも、大勢を前にすると見栄を張って強がるクセがあるだろ」

「……そうかもしれないわね」

「ミリアはみんなのリーダーみたいなところがあるからさ、そういうところは自分の役割を自覚しているようで尊敬してる」

「何よそれ」

「集団の動きはリーダーの気分に大きく左右されることを分かってるってこととだよ。ミリアみたいなタイプは人を先導するのに向いてると思う」


 もし俺たちの旅のリーダーがクレハとかだったとしたらと考えると恐ろしくなる。クレハは俺のことばかり考えて俺しか見えていないから、誰か1人を先導することができてもチームを率いることはできなかっただろう。


「………………私はいいリーダーだったかしら?」

「そりゃあもちろん。失敗することはあったけど、後悔したことは一度もない」

「そう…………ありがとう」


 彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて小声でそう言った。


「後悔といえば、もう一つミリアのいいところを思い出した」

「…………んっ?」

「ミリアは何だかんだ正直だよな。自分の自信のあることを、自信をもって発言できる。これも個人との会話の中での話だぞ?」


 補足しながら俺はそう言った。彼女は大勢と、個人で身の振り方がかなり変わる。個人との会話のときには、彼女が自信のないことをあまり話さないように思っているのだ。


「だから、俺はお前についてこれた。ミリアが正直者だったからこそ、こんな魔法だ加護ギフトだの訳の分からない世界でも、少しは旅をしてみようって気になれたんだと思うよ」

「それは…………この上ない褒め言葉ね。ありがとう、タケル」


 彼女は俺に顔を向けて嬉しそうにはにかんだ。

 感情を素直に表現できるのも彼女のいいところだ。


「私は強いから、強者は人を嵌めたり貶める必要はないのよ。だから私は……私は言葉を…………少なくとも私のなかでは真実のものしか選んでいないつもりだわ」


 彼女なりの強者論があるのか、彼女は俺の言葉に肯定する。そして、不意に視線を落とし、声のボリュームを下げた。


「だから…………その…………今から口にする言葉も……正直なあんたへの評価よ」

「お、おう」

「私にとってあんたは、その…………頼りになる人だったわ」

「それ本気で言ってるのか? 俺、ミリアに頼られたことないと思うんだけど」

「直接は言ってないかもしれないわね。でも、私はあんたがいたからいつも以上に無茶ができたと思っているわ」

「マジか」


 意外な彼女の言葉に俺は驚きを隠せなかった。俺はてっきり彼女は性格的に見栄をはって無茶をしていると思っていた。


「『ミト』のときだって、『ウツノミヤ』のときだって、タケルは私のことを助けてくれたわ。だから……ちょっと無茶してもまたあんたが助けてくれるんじゃないかって甘えていた部分はあったと思う」

「つまり、ミリアは俺がいたからあんな振る舞いをしてたってことか?」

「ええ。私は…………あんたがいたから、ここまでこれたと思っているのよ。本当に感謝しているわ」


 そう言って彼女は頭を下げた。彼女のこんな姿は珍しい。2人きりだからこそ、本音が出たと言うやつなのかもしれないと俺は思った。かく言う俺の方も彼女に対していつも以上に正直に受け答えしているつもりでいるし。


「だからタケル…………これからもずっと、あなたに頼ってもいいかしら? 私も守ってもらっても……いいかしら?」


 彼女は目を潤ませて、上目遣いでそう迫る。彼女と触れ合っていた俺の肩には彼女の両手が添えられており、顔は目前にまで近づいていた。思わずのけぞりそうになるのを堪えて、俺は答える。


「ああ。いつでも頼ってくれ。それにこちらからもお願いするよ。いつまでも馬鹿なことやったりはしゃいだりしてさ。俺のことを導いてくれ」

「ええ、任せなさい。このミリア様があんたのことを退屈になんかさせてやらないんだからね」


 ミリアはニカッと笑顔を向けると、開いた手を差し出した。俺はその手を固く握り

 笑い返してやった。

 俺は彼女の手を握りながら決心する。ミリアは相手が魔王だから死ぬ可能性があると言っていたが、そんなことには絶対させない。何があっても、これまで通り俺が守る。俺の世界の加護ギフトは…………俺がこの世に現れた理由はそもそもそう言うものなのだから。



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