第119話 クレハの実験
『トウキョウ』の壁の中……上層部の一角に位置する工場。
3日間の休養を取り、宝具のダメージを完治させた彼女はある目的を持ってこの工場に来ていた。
トタンで建てられた薄い壁の工場からは絶えずカンカンと金属を叩く音が聞こえてくる。入り口にはタナカ設備と表札がかけられていた。
彼女は宝具を作れる。彼女が丹精込めて鉄を打てばそれは宝具になるのだ。しかし、彼女の本当に打ちたい宝具を打つためには、まだ知識が技術が足りなかった。史上初、前代未聞の宝具を、彼女は魔力を持たない彼のためにこの世に生み出そうとしている。それは彼への愛ゆえに、祖父への罪滅ぼしゆえに。答えの一端は本当に何気ないところに落ちていた。一枚の説明書を握りしめ、彼女は工場内部に入り込んだ。
工場に入ると中にいた作業員がすぐに彼女に気付く。彼女がオカザキの血を引くものであることを皆知っており、その手の業界ではちょっとした噂になっていた。さらにこの美貌とくれば尚更である。怪奇の目にさらされることは慣れている彼女は、大きな歩幅で工場の奥へと進んでいく。歩く彼女に並列し、作業員が彼女から要件を聞く。
「ゲストハウスの鍵の仕組みが知りたい。分かる人まで案内してくれるかな」
彼女の突然の来訪をタナカ設備は快く受け入れる。彼女が『トウキョウ』内で技術収集を自由にできるように王様がすでに根回ししていた。彼女は事務所にまで案内され中に入る。ガラスの窓からオカザキの末裔を一目見ようと作業員が集まるため、朝の作業は中止になった。彼女の向かいに座る責任者はため息をつくが、状況が状況であることを把握しているため、作業の中止は不問にされた。
差し出されたお茶に口をつけると、彼女は愛着のあるエプロンから手のひらほどの鉄球を取り出した。そして、その球に魔力を注ぎ込むと、それは小さなナイフへと変貌した。彼女の普段使いの妖刀紅羽の簡易版である。目の前で繰り広げられる見たこともない技術に事務室の中と外から感嘆の声が漏れる。彼女は最新の魔法技術を教えてもらう交換条件として、なんかしらの装備を企業に提供するように言われていた。彼女が作る装備にはそれほどの価値があった。
「これは【鍛治】の魔力を流すと変形するナイフだよ。これでいい?」
「ええ、もちろんです。私たちにはもったいないほどに」
責任者は遜ってそう言いナイフを受け取ると実際に自分でも渡された武器の動作を確認する。始めにナイフをテーブルに置き数十秒待つ。するとナイフは段々と丸みを帯び、ついには球体へと戻った。また、【鍛治】の魔力を流すとその球体は再びナイフへと変化した。確認が取れ、しばらく感動の余韻に浸った後、責任者は一冊の冊子を彼女に渡す。この中に彼女の求める技術が詰まっている。
彼女は冊子を責任者から補足説明貰いつつ読み始める。およそ30分でそれを読み終えた彼女は自信に満ちた表情で立ち上がる。踵を返し事務所を後にした。目的地は王様に用意させた個人用の工房だ。
僅かな時間であったが、彼女は大きな一歩を踏み出すことができた。彼女が手にしたその知識、技術は紛れもなく彼女の理想とする宝具の基盤になるものであった。
*
工房内は自宅と同じように薄暗く、焼き釜が取り付けられた簡素なものであったが、小綺麗でお洒落な工房よりもなじみが深いため、彼女は満足していた。工房内の壁には色は殆どが黒や灰色だが様々な種類の金属、そしていくつかの魔法石が備え付けられている。
彼女は壁から青色と赤色の魔法石を手に取り早速実験を始めた。魔法石は石の形をした魔力変換装置兼、魔力貯蔵装置である。純度が高ければ高いほど、魔力の貯蔵量が増え、また表面からの魔力吸引が激しくなる。純度があまりに高い魔法石が触れるだけで生命に危機を与えるほどの力を持つ。
彼女はまず、赤と青のそれぞれの魔法石に彼女は魔力を加え、
次に彼女は2つの魔法石に魔力を注いだ。
その現象を目の当たりにすると、彼女は拳を固く握る。
「ここに書いてある通りだ……! 魔力には変換の向きがある」
抑えきれぬ興奮を震える力こぶしで表現すると、彼女は達成感に満ちた表情を浮かべる。実験は成功したようだった。
彼女が作ろうとしている宝具は、祖父の作った宝具と同じ目的の下で製作されようとしている。それは「魔力を持たない人間を戦士に」というもの。祖父は魔力器官を失った妻のために、膨大な魔力を溜め込む純度99%の魔法石を作り出した。彼女はその宝具に溜め込まれた魔力をどうにか魔法が使えないタケルが使えるように思考錯誤していたのだ。その答えは魔力感知式の鍵にあった。タナカ設備が開発したその鍵は、多種多様の魔法石を層にして内部に組み込むことで、一般によくある魔力を吸収し、固有加護で使われるような特殊な魔力を素通りさせる魔法石のフィルターを内部に組み込んだものであったのだ。彼女は具体的に鍵の仕組みを知りはしなかったが、直感的に自身の宝具に使える技術が隠れたものであると悟り、適切な情報を手に入れたといえる。
彼女はひとしきり喜びに打ちひしがれていたが、急にその表情を険しくさせる。彼女には宝具作成における次の課題が分かっていた。
「これで
彼女は自分の手をじっと見つめた後、椅子に腰掛け天井を見上げた。
「私がどこまでの純度を出せるか…………だよね。私はどこまでお爺ちゃんに追いつけるかな……」
同程度の純度を持つ魔法石での実験は成功した。しかし、彼女が【水】の魔法石に移そうとしている魔力を抱えるのは純度99%の魔法石。それに見合う純度を持つ魔法石でなければたとえ魔力の変換のしやすい【水】の魔法石であろうとも、その魔力を喰らい尽くされてしまうだろう。
「まずは50%かなぁ」と彼女はつぶやき、ここに来て自分が
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