第118話 敵地へ

 月明かりの下、大きく黒い影が動く。

 ある者は畏れ、ある者は慄き、ある者は祈り、ある者は騒ぐ。

 地響きを起こしながらゆっくりと動くそれを仰ぎ、男は涙した。

 震える手で両目を覆う。

 地響きを起こすそれを前に、男は膝をつき後悔した。


 *


『トウキョウ』での会議が終わり、3日経った。つまり、今日から俺たちはこの地を離れて魔王の軍勢を制圧しに行くということになる。


 俺は馬車に揺られながらこの3日で起きたことを思い出す。

 この3日間は原初の魔法使いを現界させた際に使ってしまったミリアの宝具、真実を導く光玉リア・ファルを回復させるための期間のはずだったんだけど、この三日間の間も防衛戦は行われていて、意外なことも起きていた。

 意外なことというのは、フクダさんが『トウキョウ』に攻めてきたということだ。確かに、俺たちは協力関係を取り消したけど、まさかフクダさんはその後も打倒『トウキョウ』を考えていたなんて驚きだ。聞いた話だと、500人はいた兵士をほぼ単身で壊滅させ『トウキョウ』で最も力を持つ集団【五宝人】の一人であるサラまでを圧倒したらしい。サラ本人は負けたことをすごく根に持ってるらしく、治療が終わったあとは図書館に篭りっきりになっていたらしい。俺も図書館に少し足を運んでみたけど、本でかまくら的な物が出来上がったスペースがあったので、多分あそこに彼女は引きこもってたんだろう。プロの引きこもりになると本で城を組み上げるのだ。

 北側の防衛ラインがフクダさんによってこじ開けられたことで、『トウキョウ』に魔王軍がなだれ込んでくると思われたけど、実際はそんなことはなかった。どうやら、北側の監視役として抜擢されていたアイリがフクダさんを説得したらしい。アイリから話を聞いた時には耳を疑ったけど、現に『トウキョウ』からでた犠牲はサラの部隊の兵士だけだったわけだし真実なんだろう。フクダさんはああ見えて温情に厚い人だから、アイリの必死のお願いで心が変わったのだと思う。


 アイリが『トウキョウ』の危機を救い、クレハは療養中、ミリアは宝具の回復に務めた。何もしていないのは俺だけだ。ここからは俺のターン。

 俺たち魔王討伐部隊を乗せた馬車がゆっくりと止まる。目的地に着いたのだろう。


 *


 馬車を降りると、そこには一面の緑に包まれていた。馬車の中に流れ込んでくるにおいからも、想像ができたが、ここはどこかの森のようだ。『トウキョウ』の防衛ラインが隣国の『カナガワ』にまで至っていることを考えると、位置的には神奈川の西のあたりになるのだと思われるが実際はどうなのかは分からない。本当にただの森としか言いようがなく、敵がいるわけでもないので拍子抜けといったところだ。とにかく俺たちは西に向かい、魔王の本拠地である『オオサカ』を叩く。ただそれだけだ。

 俺は確認のためにミリアに尋ねた。


「なあ、ミリア。地理的に俺たちはここから西に向かっていけばいいんだよな?」

「ええ、その通りだと思うわよ。…………それよりもタケル、あんたは体に異常は出ていないかしら?」

「体に異常……?俺は特にそんなことはないけど、ミリア体調でも悪いのか?」


 俺はそう言って首を傾げてみるが、ミリア以外の2人……王様とリリの表情が少しけわしげになっていることに気付く。なるほど、おそらく魔力関係の何かしらの異常が出ているらしい。

 リリが弱った様子で口を開く。


「おにーちゃんは大丈夫……なの? リリはちょっと気持ちが悪いかもなの」

「俺は大丈夫だよ。それにしてもリリもか……となると【闇】の魔力がなにか悪さをしてるってことですよね?」

「ええ、タケルくんお察しの通りですよ」


 王様に質問を投げると、彼はコクリと頷いてそう答えた。彼も少し体調の異常を感じているようだった。


「実際これがあるから少数先鋭にしたんですよね。ミリアさんはもう気付いているかもしれませんが、【闇】の魔力は他の魔力との親和性が低いのですよね」

「親和性……? 魔力同士が喧嘩しているってことですか?」

「ええ、比喩表現としてはそれが近いかもしれませんね。もう少し詳しく言えば、【闇】の魔力は他の魔力に変換されにくいのです。だから皆さん体に違和感を感じているのですよね。空気中の魔力濃度が実質的に下がっているようなものですから」

「ああ、なるほど。酸欠みたいなものですね」


 高い山に登ると空気が薄く感じることがあるようだけど、どうやらそれの魔力版もあるらしい。

 ミリアはここぞとばかりに豆知識をぶっこんできた。


「因みに、【闇】で受けた傷が治りにくいのもそれが理由なのよ! 覚えておきなさい、アホタケル!」

「へーそうなのか。アホは余計だけど、そういうことになってたんだな」


 ミリアの嫌味をさらりと受け流すと、俺は相槌を打った。となると、ここから先は体力回復も魔力回復もままならないわけか。まさにラスボスのステージって感じがする。するとやはり俺の読み通り、俺の加護ギフトは役に立ちそうだ。

 俺はそのことを別に言葉にすることなく、とりあえず辺りを見渡した。周りにはやはり何もなく、ただ平凡な森が広がっていた。今からこの森を通って魔王のいる本拠地『オオサカ』に向かうことになる。行きの馬車にこの先も連れて行ってもらいたいのは山々だけど、命の危険が伴うためそれはできない。幸いにも、こちらには移動に強い加護ギフトを持つ人たちが…………って俺は重大な問題に気がついた。


「ミリア、ちょっと確認していいか。もしかしてこの【闇】の魔力が…………充満してるんだよな? その充満した場所だと加護ギフトが使えないってことだったりは……」

「ああ、それなら大丈夫よ!さっきこっちの男も言ってたじゃない。魔力の自然回復が十分に行うことができないって感じね!だから加護ギフトは使えるわ。でも、使いすぎたら回復できないから温存しておいて越したことはないわね」

「ミリアさんの言う通りですね。ですので、ここはリリさんに頑張ってもらいましょう」

「リリに?どうしてですか?」


 王様に話を振られ、ここぞとばかりに、最強の魔法少女リリが胸を張った。


「わははー! リリは不条理へ至る銀鍵レーヴァテインの魔力で加護ギフトを使っているからなの! ドヤッ、なの!」

「そうか!忘れてたよ。前にミリアと戦った時もリリは自分の魔力を使っていないってことを言ってたよな。それは心強い」

「それほどでもあるの! えっへん」


 リリは再び得意げにそういうと、チラチラとこちらを伺うので、俺は彼女の頭を撫でてあげた。幸せそうな顔でリリが溶けた。どうやら俺の周りには頭を撫でてもらいたい系幼女が多いらしい。彼女が撫でれらる姿を見てミリアは嫌そうな表情をするが、ライバルがいい思いをするのは嫌なんだろう。なんて屈折した精神なんだ!

 ミリアは悪態をつきながら口を開く。


「まあ、このミリア様だってその不条理へ至る銀鍵レーヴァテインを使えば大活躍なんだからねっ! そのおこちゃまは宝具が本体なのかしらね!」

「何? もしかして喧嘩売ってるの? そんなにリリと戦いたいの? リリは宝具なしでも剣のおねーちゃんには絶対負けないけど?」

「言うようになったじゃない。宝具なしのあんたなんか恐るるに足らずよ! 負ける気がしないわ!」

「ぐぬぬ…………剣の人だって宝具がないとヨワヨワのクセに偉そうなの」

「なっ! そんなことはない…………わよ?」


 口論の末、お互いに傷を負い合うと二人は沈黙した。こいつら仲がいいのか悪いのかわからないな。とりあえず、宝具が2人の戦力の大部分を担っていることは間違いないだろう。特にミリアは宝具の数の暴力で圧倒的な戦力を単身で得ていると言っても過言ではない。彼女自身戦闘に使える加護ギフトは【時間】だけで、単に速度アップであれば【身体強化】や【風】の加護ギフトでもできてしまう。ミリアはそれを知っているから何も言い返せないのだろう。

 険悪な雰囲気に耐えられなかったのか、王様が二人の間に割って入る。


「まあ、まあ二人とも。宝具は誰が使っても強いですが、それを使いこなせているのはお二人の実力あってのことなんですよ? 変なところでダメージを負ってないで先を急ぎましょう」


 鶴の一声とまではいかないその自信なさげな言葉で、とりあえず俺たちは目的を思い出し、西へと歩き始めるのであった。

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