第116話 北の防衛戦4

 サラが戦場から逃亡し、残されたフクダは驚いた様子で、進路を塞ぐかつての仲間に向き合った。先程までの鬼気迫る表情を一度やめ、普段のどこか優しさを感じる表情に戻る。しかし、その目は相手のわずかな動きも見逃さないと言わんばかりに鋭く注意深く彼女を観察していた。


「久しぶりだ、アイリくん。どうやら君も『トウキョウ』の兵として戦っているようだね。こんな小さな子供を戦争に巻き込むだなんて、まったく『トウキョウ』はどうかしている」

「お久しぶりです。どうにかしているのは貴方の方ですわ。わたくしに優しい言葉をかけてくれたフクダさんはどこに行ったのですか?」

「何を言っているんだい?私は何一つ変わってはいない。君が私に対しどのような評価をしているのかは知らないが、あまり期待をするものじゃない」


 そしてフクダは会話をしながら、軽く刀を彼女に振り始める。アイリは彼の緩い攻撃を小さなナイフで受け止めつつ話を続けた。


「貴方はミリアさんに、『トウキョウ』討伐のための協力関係を終わらせるよう話を持ちかけましたわ。それなのにまだ『トウキョウ』と戦っているのは何故ですの?」

「それは先程説明しただろう。私は個人的な恨みで今ここにいる。『ウツノミヤ』に理由が無くても、私には十分すぎる理由があるのだよ。それに、私が未だに『トウキョウ』を敵視していても変ではないだろう?最初の主張から一貫しているだけだと思うが」

「では、わたくしを『ウツノミヤ』に残さず、『トウキョウ』に送り出したのはどうしてなのですか?わたくしを人質にすれば、ミリアさんやタケル先生、それにリリちゃんを無力化できたはずですわ。魔王軍の勝利に一歩近付きますの」

「何を言っている。君を『ウツノミヤ』に残せばミリアくんは『ウツノミヤ』に残るだろう?それに、【五宝人】の巨人も。これでは下手な動きができない。だから私は、私が動きやすくするために君を送り出した」

「…………自分の境遇と照らし合わせて、わたくしを励まして下さったのも嘘だったのですか?」

「嘘ではない。最初から言っているだろう。私は何一つ変わっていない。君たちに嘘をついた覚えはないし、自分の立場を変えた覚えもない。私に言わせれば、変わったのは君たちの方だ。魔王討伐のためだと分かった途端に手のひらを返す君たちの方が、変わってしまった、のではないか?」


 フクダはそこで言葉を、攻撃の手を止め、一度距離を取る。


「それにしてもアイリくん。君のそのナイフは宝具か何かかい? こちらはもう3度は【破壊】を試みているのだが?」

「……その通りですわ。このナイフはとても硬い金属でできた宝具ですの。だから」

「ダウトだ。硬い物質というだけなら北斗に浮かぶは泡沫の夢シチセイケンで壊せないはずがない。つまりこの現象は君の加護ギフトが原因ということになる。ならば………………【支配】でナイフを空間に固定しているのか? それができるのかは定かでないが、それならば、単純な力の差があるはずの私の斬撃を君が受け止められていることも説明がつく」


 アイリがついた嘘を瞬時に見抜いたフクダは、これまで起きていた違和感の正体を言い当てる。真実を告げられてしまったアイリはそのことを隠すつもりもない様子で、コクリと頷いてあっさりと認めてしまう。


「どうやら君の加護ギフトと私の宝具は相性が悪いようだ。これでは君を倒すのに時間がかかってしまうだろう。そこで提案だ。私はミリアくんに危害を加えないと約束しよう。だからそこを通してくれ。私の倒すべき敵に逃げられてしまう」

「………………それはできませんわ」


 彼女はきっぱりそう告げると、両手を広げて先に通さないと意思表示する。そして力のこもった目で彼を見返した。


「フクダさん、貴方をこれより先に行かせるわけにはいきませんわ。わたくしのために、何より、貴方のために」

「私のために?私のためを思うのならば、そこをどいてもらいたいのだが」

「貴方は先程言いましたわ。ミリアさんには勝てないと。だとすれば、貴方はタケル先生にも、リリちゃんにも敵いませんわ」


 アイリの言葉をフクダは黙って聞き入れる。それは、彼自身も分かっていることであった。否定のしようがない事実だった。


「タケル先生が力の加減ができず、魔法少女リリは貴方に情はありません。タケル先生に先に見つかれば四肢のいずれかは欠損し、魔法少女に出会えば殺されるでしょう。無事では済まないと思いますわ」

「それは知っている。私の実力は私が一番分かっている」

「やはり…………フクダさん。貴方、死ぬつもりですわね……?」


 語気を強めてアイリは彼に問う。今度はフクダがゆっくりと頷き肯定する。

 アイリの瞳は一瞬潤むが、涙を拭うと力強い眼差しを彼に向けた。


「『お父様の遺言』を叶えた貴方は…………自分の人生に満足してしまったのですわね」


 彼女がその言葉を言うのが意外だったのか、フクダは驚いた様子で目を丸くした。


「…………その通りだ。君はまだ10代だというのに、随分と大人びているね。まさか、私の人生観を理解してくれるとは、思いもよらなかった」


 フクダは哀愁漂よう表情で彼女を見る。刀を握る手は既に力が込められておらず、戦意は失せているようであった。遠くの空を見上げ彼は語り始める。


「人生には目的が必要だ。私にとってそれは『父に認めてもらう』その程度のものだったのだよ。それを叶えた今、私は目的を失ってしまった。穴が空いているんだ。これは後悔からくる穴ではない。どうやら一度塞いだ穴はより大きくなるようでね。こんな苦しみを抱えて生きるのは願い下げなのだよ。人生は惰性で生きるには痛く長すぎる。君もいずれ気付くときが来るだろう」

「いえ、私はそう思いませんわ。目的がなくなれば、次の目的を、次の目的を失えば、また次の目的を。人はきっとそうやって夢を、人生の道しるべとなるものを立てて歩いて行くものだと思いますわ」

「では、私の次の夢とはなんなのだろうね。釣りかい? 盆栽かい? 魔物退治に明け暮れてみるのもいいかもしれないね。ははは…………全くもってくだらない。人生の柱になるほどのものとは思えない」

「貴方の満足するものであればなんでもいいと思いますわ。早めに見つけることですわね。わたくしは貴方に生きていてもらわなければ困りますの」


 アイリはただのナイフを固く握り、両手を広げて宣言する。

 彼女の加護ギフト【支配】をフクダはかけられてはいないが、彼は彼女の言葉に心を囚われた。


「貴方をここから先……死の道には行かせない。わたくしに道を示してくれた貴方を…………絶対に消させたりはしませんわ」


 そして彼女は震える唇で詠唱を始める。

 彼女の瞳は赤く染まり、体表面が赤い輪郭に包まれた。


「【感覚操作】……聴覚、0%。味覚、0%。嗅覚、0%。触覚、0%。平衡感覚、0%…………」


 彼女の体から次々と感覚が取り除かれる。体を【支配】で操作し、崩れそうになる体を無理やり立たせていた。

 これは彼女が気付いた【感覚操作】の真の力。

 父の持つ【身体強化】の劣化と否定してきた自身の加護ギフトのみがもつオリジナルの能力。

 視覚を除く全ての身体感覚を遮断した彼女の目にはこの戦いの結末が見えていた。


「1000%…………第六感シックスセンス!!」


 ナイフをフクダ向けると、アイリは彼の視線を支配する。

 フクダは瞳に映る少女が自分を変えてくれるのではないかと期待に胸を膨らませた。


「わたくしの歩みの先に貴方はいますわ。わたくしの道しるべとなるために…………フクダカズアキ! ここでわたくしに救われなさい!!」


 どこまでも傲慢な彼女の言葉に、フクダは自然と頬を綻ばせた。

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