第115話 北の防衛戦3

 負傷した足を庇うように立ち上がるサラに、フクダは追い討ちをかける。

 サラは瞬時に暴風を巻き起こし、風に乗って逃走を図った。しかし、フクダは加護ギフトの強化をうけていないにも関わらず、【風】の加護ギフトを使い加速をしている彼女と同等、いやそれ以上の速度で走るため、彼女はすぐに追いつかれてしまう。


 そして、フクダは横から薙ぎ払うようにして刀を振るった。サラは咄嗟にその手に握られた巨大な手錠……群れを食う手枷グレイプニルでその攻撃を防ぎ、防いだと同時にその手錠はキュッと締まり、フクダの刀を拘束する。重心が剣先に大きくかかり、彼は刀を地面につけた。その一瞬の隙を見計らい、サラは複製した群れを食う手枷グレイプニルで左足も拘束し、流れるように右足を拘束しにかかろうとしたところで、フクダの鋭い蹴りがサラの頬に突き刺さる。その凄まじい威力でサラの体は吹き飛ぶが、彼女の目論見通りフクダの右足に群れを食う手枷グレイプニルが装着された。


 群れを食う手枷グレイプニルは巨大な手錠型の宝具である。魔力を与えることによって即時複製される手錠は、ターゲットを捕捉した途端に被拘束者に合う形に変形し、縛り付ける。およそ10㎏のその手錠は動きを制限し、執拗に体力を精神力を奪い続ける。宝具自体に強烈な攻撃力を備えているわけではないが、敵の無力化に特化した宝具であった。


 すでにフクダに付けられた群れを食う手枷グレイプニルは3つ。30㎏の重みをフクダは確かに感じていた。いかに速度で勝る彼といえど、これだけの重さを背負って戦うのは不利であることは明白である。サラは自身の宝具を熟知しており、勝機が今であることを理解していた。


「(少なくとも後3つ、群れを食う手枷グレイプニルを装着させれば彼の動きは止まるはず。足を回せない今なら背後からの攻撃を対処できない!)」


 彼女の傷ついた魔力感は再生しつつある。つまり、魔力を万全に使うことができるというわけだ。魔力を十全に開放した彼女の【風】は、【五宝人】の中でも屈指の速度を誇るのである。

 背後に発生させた暴風に乗り、低空姿勢の彼女の体は加速する。フクダは重しがついて使い物にならなくなった刀を接近する彼女に投げ付けて応戦するも、彼女はいとも容易く、必要最低限の身のこなしでそれを交わした。そして、彼の右太ももに追加の手錠を装着させつつ、彼の背後に回った。


 動きが鈍くなり、さらには武器まで投げ捨てた無防備な彼に対してサラは容赦なく群れを食う手枷グレイプニルで攻撃を繰り出す。

 まずは胴体に、そしてさらに左太ももに一つ追加、そしてついに彼の右腕を拘束し勝負を決めにいったところで、己の腹部に鋭い痛みを感じた。彼女は視線をゆっくりとしたに下ろしていき、そこには赤く染まる軍服と、先ほどまでなかったはずの長い刀が腹を貫通している光景を目の当たりにする。彼女は胃の方から込み上げるものがあり、血反吐を吐いた。何故、刺されているという素朴な疑問を持ったその時には既に彼女の敗北は決定しており、振り向けないまま繰り出されたフクダの裏拳を顔面にもろにくらった。彼女の軽い体は簡単に宙を舞い、血しぶきを上げて草原を赤く染めた。


 フクダは突如現れたその刀……北斗に浮かぶは泡沫の夢シチセイケンで拘束具を7度叩き、するとそれらはパラパラとまるで脆くなった炭のように砕け風に乗って跡形もなく消え去った。スーツに残った砂つぶを軽く払い、小さくため息をついた。

 フクダの体の動きを妨げるものは既になく、対してサラは出血が深刻なものであった。勝負は既に決したのである。

 戦闘不能で横たわる彼女の前まで、フクダは近寄ると、北斗に浮かぶは泡沫の夢シチセイケンを彼女に向けた。


「勝負ありだ。他の兵と比べやはり強さを感じはした。しかし、実戦経験の差が勝敗を分けたのだろう。武器を手放したからといって油断をしすぎだ」

「確かに……貴方は武器を持っていなかったはず。なのにどうして……」

「そういう武器だから、さ。いや『宝具』だからか。私の宝具は私が触れるまで目には見えない。最初からこの一太刀のために私は宝具を封印して君と戦っていたというわけだ。そして実戦では……その一撃で全て事足りる」


 フクダのその言葉にサラは痛く心を傷つけられた。自分が知識に長けた人間であることはサラ自身がよく知っており、知識こそが彼女の強さの源であり、知識こそが彼女そのものなのだ。フクダの圧倒的経験値の前になすすべなかった彼女は自身の存在を否定されるようで唇を噛んだ。

 フクダはサラにこれ以上手を出すつもりはないらしく、瀕死の彼女を置いて『トウキョウ』方面に歩き出す。彼女から少し距離を取ったところで、フクダは思い出したように口を開く。その眼は黒く陰り、冷たく彼女を見下ろしていた。


「私は先に行かせてもらうつもりだが、1つ質問がしたい」

「…………いいわ」

「『ニッコウ』の宝具、正宗は今どこにある?」

「王様の部屋に保管されているわ…………『トウキョウ』で最も大きな建物の最上階よ」

「やはり彼か。彼を倒すのは骨が折れそうだ。宝具を集めるのが趣味なのかい、彼は。迷惑な話だ。彼のせいで私がどれだけの」

「正宗を回収するように提案したのは……私よ」

「………………ほう。続けたまえ。何故正宗を奪う必要があったんだい?」


 フクダは身振り手振りも織り交ぜ話を続けるように促した。


「『ニッコウ』は既に衰退の一途を辿っていたのは……知っていた。隣国に吸収されなければ、魔王が誕生した後……あのギルドは間違いなく隙になる」

「……………………」

「だから……私は王様に提案したのよ。『ニッコウ』の国力を奪う事で隣国との合併を促した方がいいと…………そうか、貴方の目的が今になって理解できたわ。『ニッコウ』は無事に『ウツノミヤ』に吸収された……のね。宝具なら後で『ニッコウ』に返すつもりよ。だから…………」

「ハハハハハッ!これは愉快だ!実に愉快だ!全ては君の掌の上だったというわけか、サラ・ライブラ!君の思惑通り、『ニッコウ』は国力を失い、『ウツノミヤ』は『ニッコウ』を迎え入れた。迎え入れたのはまさに私だよ。私が君の計画の実行者だ!」


 フクダは突然大きく笑い始める。血で染まった戦場に彼の笑い声が響いた。サラは彼のその行動を理解できず、目を丸くしてしまう。彼の笑いが収まると、再び鋭い視線を彼女に向けて話を続けた。


「すまない。ところで、正宗の回収に抵抗した男がいただろう。私より幾分年をとったご老人だ。どうやらその老人に暴力をふるった人が『トウキョウ』にいたらしい。それは君かい?サラ・ライブラ」

「…………違うわ。私は基本引きこもりなの。外に出るような仕事は青髭の巨人や魔法少女が請け負っているから、そのどちらかの隊の誰かだと思うわ」

「そうか。君の発言で私の倒すべき敵がはっきりした。ありがとう、サラ・ライブラ。そして天晴れだ。君の読みは実に素晴らしい。自分で手を下す事なく、自分の思惑通りにことを運ばせるのは難しいことだ。あらゆる場合を想定し……今回であれば魔王の復活というイレギュラーを考えの中心に置いていたのかもしれないがね、状況を最良のものに導く采配、見事としか言えないだろう」

「それは光栄だわ。褒められるのは……嫌いじゃない」

「しかし、君には少し欠けている面があるのかもしれない。やはりこれも経験に起因する問題だ。後学のために覚えておくといい」


 フクダはそう言って、腰に携え透明化されていた北斗に浮かぶは泡沫の夢シチセイケンに再び手をかける。彼の手が透明の柄に触れた途端に刀身が一気に露わになり、その精密精巧な作りの刃が輝いた。そして、刀を構え続ける。


「人は平気で不合理な行動を取る。大人でありながら子供のように、ただ己のしたいことを実行し、考えることを放棄し、善悪の判断も曖昧なまま。1と100、いや10000だとしても1を取るという不合理な考えを持った人間もいるということだ」

「………………貴方まさか!」

「暴力を振るわれた例の老人、彼は私の父だ」


 フクダは最後にそう言い残すと、彼の出せる最高の速度で走り出す。


「君には死んでもらう」


 そして抵抗不可能なサラを【破壊】の加護ギフトを備えたその宝具で斬りつけた。


 瞬間、ガンッ!と金属がぶつかり合う鈍い音がサラの耳を貫いた。彼女はゆっくりと目を開くと、クリーム色のフワフワとした髪の毛が目に飛び込んできた。

 その後ろ姿を、彼女は知っていた。そして、その姿を正面から目の当たりにしたフクダは目を見開いて驚愕を隠せずにいた。

 血なまぐさい戦場に幼い声が響く。


「サラさん、逃げてください!ここはわたくしが食い止めますわ」


 フクダの放った渾身の一撃をフジミヤアイリはなんて事はない、小さなナイフ一本で受け止めていた。

 アイリの作った僅かな隙に、サラは全身の魔力を絞り出し脱兎のごとく逃げ出すのだった。

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