第113話 北の防衛戦1

 タケルの居なくなった部屋で一人、フジミヤアイリはまだ荷物が一切置かれていない二階の一室に向かった。一階の生活スペースではできないことがあるのだ。

 ひまわり柄のパジャマ姿の彼女は、部屋に入ると用意していた【硬化】の魔力が込められたスプレーを壁と床に吹きかけその強度を増していった。準備が整ったところで、彼女は大きく深呼吸をする。そして、ポケットから二つの【風】の魔力で強化されたゴムボールを取り出すと、ブツブツと加護ギフトを発動するための詠唱を始めた。

 しばらくの詠唱の後、彼女の周りには紫がかった光が漂い始める。それはかつてこの世界を滅ぼした力の片鱗。彼女が不幸にも引かされたしまったハズレくじ。


 加護ギフトの準備が完全に整ったところで、彼女は手に持ったゴムボールを全力で壁に向かって投げつけた。


 彼女の手から放たれた二つのそれは、壁に反射し、不規則な動きを見せながら彼女に襲いかかった。

 一つのゴムボールが右方から接近する。彼女は虚ろな目をしたまま、ゴムボール捉えることはできていなかった。しかし、ボールが接触する直前、彼女は首から上をグッと前に押し込んだ。頭部の動きに髪が追いつけていないが、その揺れる髪は不規則に動きボールを完全にかわし切った。


 その後も彼女に幾度となく、不規則ではあるが直線的なゴムボールを最小限の動きで回避していった。

 しかし、ボールの勢いが落ちてきた頃、不幸にもボールの一つが入り口のドアノブにぶつかり完全に予想外の一撃が彼女の背後から迫る。

 死角からの一撃であったはずが、彼女はこれすらも完全に見切っていた。それはまるでどこからボールが飛んでくるのかを事前に知っていたかのように…………


 彼女は背後に手を伸ばし、言葉を発する。


「止まりなさい!」


 すると彼女の言葉の通り、直進していたはずのボールは彼女の手に触れた瞬間に静止し、ポトンと地に落ちた。もう片方のボールは動きを読み切った上で普通にキャッチする。

 紫色のオーラをゆっくりと薄め、握られたゴムボールをギュッと握りしめた。


「完成…………ですわ」


 彼女は一人、身体に残る不可思議な感覚を振り払いながら、己の力を制御し切った達成感を噛み締めていた。


 *


『トウキョウ』北部には、簡易的な道が少しある以外、人の手の加わっていない真っ平らな平原が広がっています。目の前に広がる緑色の絨毯を目の当たりにして、わたくしは生唾を飲みました。


「…………ここで、戦いが始まるのですわね。わたくし、緊張してきました」

「安心しろ。何があっても俺が守ってやるからよぉ!このゴウケン様に任せとけや!」

「はい。頼りにしていますわ! …………ゴウケンさん」


 ぎこちない家族の会話に少々心を痛めながらも、わたくしは頬を緩めます。今のふわふわとした関係に少し楽しさを感じているのかもしれません。周りに大勢……1000人ほどでしょうか、待機中の兵士たちがいて、彼らが不思議そうにわたくしたちを見てくるのが少し恥ずかしいのかもしれません。


「それじゃあアイリ。俺は持ち場に戻るぜ。今日はどうせ敵は来ねえだろうから、アイリもゆっくりしておけや。そんなに気構えてもしょうがないぜ?」

「そうですわね。それに、ここは『トウキョウ』北部ですから、ここまで敵が来るのはもっと後ですわよね」

「そうだ。良く分かってるじゃねえか!流石俺の…………俺様が見込んだだけあるぜ」


 少し話をして休憩を終えたお父様は、再び【土】魔法によって作られた高台に登って自分の仕事に戻りました。お父様の加護ギフト【身体強化】はわたくしの加護ギフト【感覚操作】と同じ様な事をすることができます。お父様の仕事は見張りと戦闘です。今は敵が迫ってきていないので、視力を強化して監視係になっているというわけです。

 もし敵が現れて、お父様が戦闘にでなければならなくなった際には、わたくしが監視の役目を引き継ぐ形になると、眼鏡のお姉さん……サラさんに言われています。それまではわたくしはただぼんやりとこの草原を眺めるしか仕事がないのでした。


 不意に遠くから笛の音がなります。その音に振り向く兵士たちの靴音が共鳴し、鳴り響きました。視覚を強化して遠くから跳ねる様にしてこちらに向かう『トウキョウ』の伝令兵を見つけます。あまり良い知らせを持ってきたわけでないことは表情から読み取れます。


 西部ではもう戦闘が始まろうとしているのでしょう。


 お父様は高台から降りて、伝令兵と会話をすると嬉しそうな表情を浮かべます。好戦的なお父様にとって、監視役は少々退屈だったのかもしれません。

 お父様は会話を終えると、わたくしたちの方に振り返り声高に告げます。


「ゲンゾウの爺さんの班が敵兵を発見したと、今連絡が入った!数にしておよそ2000。ちょくら行って壊滅させてくんぞ、お前ら!」


 お父様の言葉に、雄叫びをあげる様にして兵士の一角から声が上がります。あの人たちがお父様の班の兵士たちなのでしょう。お父様と同じく好戦的な人が多い様です。少数先鋭といったようで、数としては100人かそこらのでしたが、その一人一人が多くの死線を乗り越えてきた強者に見えました。


「サラ嬢!こっちは任せんぞ!!お前ら俺様に続け!!!!」

「ちょっと、サラ嬢はやめろとあれほど……」


 お父様はそう言うと、肩にかけていた大きな斧を軽々と持ち上げます。

 そして、お父様のもう1つの加護ギフト【水】によって水の無い空間に小さい幅の波を起こし、斧を脚の下に敷いてその波に乗りました。速度は伝令兵ほどではありませんが、それでも彼に近い速度でお父様は草原の中を、水の波に乗って移動します。いつものことなのか、置いてかれたお父様の兵士たちはまるで遠足でも行くかの様に、楽しげな表情でお父様を追いかけるのでした。

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