第111話 書庫

 前回の会議で、俺、ミリア、リリ、王様の四人が敵陣に攻め込むのは3日後にすることになった。

 ミリアが原初の魔法使いを呼び出すために、真実を導く光玉リア・ファルを使ってしまい、その回復待ちをしなければならないからだ。

 ミリアがクレハの祖父から授かった4つの宝具は、4つが揃って初めて完成形だ。

 シャーリーとの戦いで彼女は敗れたが、火力勝負では一切引けを取らないどころか、一枚以上に上手であった。

 リリが火力勝負で負けたことを知った時、王様は再び興奮気味で、一人で盛り上がっていた。

 王様はよく他人の力についてやけに一喜一憂楽しそうに話す。

 死ぬことがないからか、観客気分なんだろう。


 三日間の猶予があり、そして『トウキョウ』に特に思入れもない俺は、その三日という期間をモヤモヤとした感情を持ちながら待機しなければならなくなった。

 戦いの前というのは妙に落ち着かない。

 受験前……まあ俺は受験じゃなくって推薦入試だったが、その時に感じたソワソワやモヤモヤを感じていた。

 小さい頃から、遠足の前は寝れないタイプだったんだ俺は。


 そういう訳で、やることなくボーッとしていると気持ち悪くなりそうなので、俺は夜の街に繰り出した。


 俺が外に出掛けたいと提案すると、同じ家に住んでいるアイリは首を横に振り、俺を見送ってくれた。何か一人で試したいことがあるらしい。アイリは明日からゴウケンの部隊で『魔王』軍からの防衛をすることになっているため、自分の力の最終調整といったところだろうか。


 夜の『トウキョウ』は明るかった。

 灰色の住居が連なる地帯の、その先のお洒落な街並みも、全て街灯がきちんとついていて、夜だというのに、そこまでの暗さを感じない。

 元の世界でも、こんな感じだったな。思えば、この国は文化レベルが高くて、元の世界に近いのかもしれないな。

 魔法というものが生まれた所為で技術の進歩が止まってしまったこの世界において、『トウキョウ』は最も技術レベルの高い国だということは疑いようのない事実のように思えた。

 少し寒いのでポケットに手を突っ込んでお洒落な街並みを眺めていると、ふと目に気になる建物が飛び込んでくる。


 ガラス張りで、平べったい円錐型の巨大な建物…………図書館だ。

 確かミリアは図書館で異世界の知識を仕入れていたと言っていたな。

 つまり、俺にとっては懐かしい書物がこの中に眠っているってことだろう。

 そう頭で思った時には俺の足は自然と図書館に吸い寄せられていた。


 もう時間的に閉まっていると思われる図書館だが、一部の明かりはついていた。

 王様の名前を出せば、中に入れてもらえるかもしれない。

 俺はそう思い、まだ施錠のされていなかった扉をくぐった。

 図書館の中は空調が効いているのか、程よい暖かさで、なんとも居心地が良かった。

 深呼吸すると肺に入ってくる、図書館独特のあの匂いを持った空気が心地よい。

 ツカツカと足音を鳴らしながら、俺は外から見た時に明かりがついていた一角へと向かう。

 しばらく歩くと、そこには一筋の証明に照らされながら本を読む女性がいた。

 時折微笑んだり、悲しんだりする姿を見て、彼女は本当に本が好きなんだなと俺は思った。

 こちらに気付くと、彼女はメガネを一度拭いて掛け直し、キリッとした目つきで俺を睨む。


「どうして破廉恥男がここにいるのかしら? 図書館はもう閉館よ」

「あはは…………さっきはすいません。図書館に興味があって来ました」


 サラは本に栞を挟むと、両手で胸を押さえながら警戒を解かずにそう言った。

 彼女にとって俺の第一印象は最悪だから仕方ない。

 図書館に来たのはなんとなくだったが、彼女との間にできた溝を埋めるチャンスかもしれない。


「貴方、本が好きなの?」

「ええ…………まあ、それなりに。ちょっと読みたい本があるというかですね。俺が異世界から来た人間だって、サラさんは知ってますか?」


 俺がそう尋ねると、彼女は青い髪の先端を触りながら首を傾げた。


「知っているわよ。貴方がこちらの世界に連れてこられた時、私もその場にいたもの」

「そうだったんですね。だったら話が早いです。俺の世界から持ってきた文献とかはこの図書館に仕舞ってあるんですよね? ちょっとそれを読みたくなって」

「…………一体、なんのことかしら? 貴方の言っていることは荒唐無稽で現実味がないわ」

「誤魔化さなくても大丈夫ですよ。そこらへんの話はミリアから聞いてますから。図書館に、向こうの世界の本とかが仕舞ってあるんですよね。ちょっと俺はそれが読みたくて」

「……全く、ミリアったら。他の人には言わないようにって約束したというのに。人の口に戸は立てられないとはよく言ったものね」


 サラさんは、呆れるようにそう言う。ミリアの好感度が幾分下がった。

 それに合わせて、俺への警戒心が少し解かれたように思えた。

 ミリア様のドジっ子ぶり様々だ。『様』を使いすぎだ。


「ついて来て。貴方の欲している本は地下に保存してあるの」


 彼女は本棚に本を戻すと、地下に続く階段へと歩き始める。

 キョトンとしている俺に手招きをし、俺は彼女の背中を追いかけた。


「ところで、貴方は異世界から来たようだけど…………漫画はよく読んでいたのかしら?」

「漫画ですか? 結構読んでましたよ。アニメとかもよく見てましたし、オタクって程じゃないとは思ってますが」

「それなら話が早いわ。貴方『リボーン』は知っているかしら? リリったら、自分の好みじゃない漫画は途中で持ってくるのをやめてしまうのよ。3から5巻で止まっている作品がほとんどなの。お陰で私は続きが気になって仕方がないわ」

「そういうことですか。リリらしいといえば、そうかもしれないですね。その作品ならちょっと分かりますよ。アニメは見てました」

「それは助かるわ! 破廉恥男の存在が初めて有難いと感じたわね」

「あはは……それはどうも」


 サラさんは急に振り向くと、目を輝かせて俺の手を握った。

 階段で高低差があり、胸元の開いた服を着ているため、見えてはならぬ何かが見えてしまっているが、これ以上破廉恥男の称号をつけられては俺の沽券に関わる。

 具体的にはミリアがめっちゃいじってきそうだから嫌なのだ。

 そうならないためにも、俺は否が応でもその大きさを主張する彼女の胸もとから目を逸らして言葉を返す。


 すると彼女は急にもじもじと腰を動かし始めると、頬を赤らめた。


「そ…………それで、獄寺きゅんの恋の行方は…………んっ! どうなったのかしら?」

「ほえ?」

「木之本桜風にとぼけないで頂戴。天才で気の強い獄寺きゅんと一見ひ弱で落ちこぼれの10代目。彼らの設定上の対比は間違いなく物語のラストを考えてのことよ。私はそのような作品をこれまで数えきれないほど読んできたわ。だから、あの作品は最後には獄寺きゅんが勝利するに決まっているの。だから、私は彼の恋は実ったのかと聞いているの。数多いるヒロインを押しのけ彼が選ばれたのかが気になってしょうがないのよ! 教えなさい、破廉恥男!!」


 途中、鼻息を荒くし、目を充血させて声を荒げる。

 興奮がピークになったところで、俺の胸ぐらを掴み、さらに俺を問い詰める。

 なにも悪いことをしていないというのに、俺は反射的に両手を上げて無抵抗をあぴーるした。なにしてんだ俺は。


 さっきまで彼女のことはただの性格キツイインテリ美少女だと思っていた。しかしそれは違かったらしい。


 彼女は間違いなく…………腐っている!

 あの作品は少年漫画であって、決して男同士の恋愛を描いたものじゃない。そういうのはJ◯MPじゃなくってビーボ◯イとかでやるやつだ。確かに彼は主人公を好いていたはずだけど、それは恋愛とかじゃなくて多分憧れとかそっちの方向だろう。少なくとも本誌ではそうなってたはずだ!同人誌の話は知らん!


 しかし、目の前の彼女は飢えた獣のようによだれでも垂らしながら俺を食らいそうな勢いなので、出来るだけ穏便にこの話を終わらせたい。俺は別に彼女の気分を害しにきたのではなく、俺の元の世界の本を読みにきただけなのだ。


「あ…………そうですね。確か2人は無事にゴールインしましたよ。確か」

「そう……そうなのね!! あぁ……嬉しい。こんなに嬉しいことは久し振りだわ。尊い…………獄寺きゅん…………ファーストキスはどちらからいったのかしら…………考えただけでキュン死しそう」

「それは良かったですね。本編はリリの方に行って、次異世界に飛んだ時持って帰って来るように言っておきます。俺からのお願いなら彼女はいうこと聞いてくれそうなので」

「んっ! 取り乱したわ。ありがとう。百聞は一見にしかず。原作を読んでこそ、よね。貴方も結構分かってるじゃない。見直したわ、破廉恥男」

「あはは……どうも。それと、破廉恥男は恥ずかしいので、名前で呼んでください。タケルでも、オオワダでもどっちでもいいですよ」

「では、タケルと呼ばせてもらうわ。しかし、次もまた私の胸を凝視でもしたら破廉恥男の称号は固定させてもらうからそのつもりで」


 彼女は言葉のトゲトゲしさの割に口調はどこか楽しそうだった。何はともあれ、彼女の俺へのヘイトを軽減できてそれは良かった。

 まあ、問題があるとしたら、1つは彼女がいかにも委員長キャラで根っからのお固い人だと思っていたのに中身は腐っていた事実を知って今後どう接せればいいのか分からなくなってきたということと、もう一つは彼女の手に『リボーン』の原作が渡ってしまい、俺のついた嘘がバレた時だろう。リリにはどうにかして原作を入手してこないように言っておこう。


 *


 サラさんに案内されるまま、俺は図書館の地下へと向かう。

 地下といえば湿っぽいと思っていたのが、そこまでの湿度は感じず快適な道のりが続いていた。湿っぽすぎると本の管理上問題があるのかもしれない。

 長い螺旋階段を最後まで降りると、大きな扉が目の前に現れた。リリの加護ギフトで使われるものにそっくりだ。そのことを彼女に尋ねると「これは彼女の加護ギフトの扉よ」と返す。なるほど、異世界で手に入れた本を直接この書庫に運んでいるということなのか。外に出せない情報なだけあって、完全に秘匿されたこの図書室の最下層というのが転移にうってつけといったところか。

 俺が感心していると、サラさんは扉にかかった鎖の中心の錠前に鍵を挿しグリッと回す。カチッという心地よい音が響くとともに、扉の封印を解く。


 扉を手前に開くと、中からいかにも書庫らしい本の匂いが鼻孔を撫でる。


 俺は期待に胸を膨らませ、扉をくぐると目の前には広大なスペースに本棚が広がっていた。外装以上の広さがあるように感じられる。まさに、図書館はこの空間を隠すためのものなんだろう。

 木製の本棚に近づいてみると、そこには少年漫画やら少女漫画やらが乱雑にに並べられていた。元の世界で読んだことのある漫画もちらほ。タイトルだけならほとんどのものが見たことがあった。確かにサラさんの言う通り大半の漫画は3巻ないし5巻ほどで買うのをやめてしまっている。ナルトやワンピースも途中で終わってしまっている。超大御所漫画たちはリリの好みには合わなかったようだ。俺は面白いと思うんだけどなぁ。


「ここよ。タケルの知っている本はあったかしら?」

「はい。少女漫画は知らないのが多いですが、少年漫画は大体知ってますね。あまりリリは好きじゃなかったみたいですけど」

「そう……ね。分かってもらえたようで何よりよ。それで、タケルはここで本を読んでいきたいのだっけ?」

「そうですね。なんだか最近衝撃的なことが多すぎてというのもありますし、初めて戦場に行くので落ち着かないんですよ。元の世界の本を読んだら少し落ち着くかなと思いまして」

「あらそうなの? そういえば、タケルは王様たちと一緒に魔王の本拠地に向かうのよね。だとしたら緊張も仕方ないかしら。私たち防衛組に比べて、あまりに危険だもの」


 サラさんはそう言うと、手近にあった本を一冊本棚から取り出すと、椅子に座った。


「心を落ち着かせるために図書館を選んだのは正解よ、タケル。本は良いわ。本の中には私達を辛い現実から安穏とした世界に連れて行ってくれるものもある。その逆もまた然り。好みの本が見つかるといいわね」


 そう言って彼女は自分の本を読み始めてしまった。【記憶】のギフトによって、彼女はほとんど無限に知識を詰め込めるらしい。そして忘れることはない。容量無限のコンピュータのようなものだろう。演算機能は備わっていないだろうけど。記憶媒体としての用途であれば、彼女の加護ギフトはコンピュータを凌駕していた。そんな彼女でも、本手にとって読みたいというのは、きっと本の質感とか読書そのものが好きなのかもしれないな。

 俺も本でも読もう。そもそもそのためにここに来たのだから。それに、元の世界で漫画喫茶なんて行ったことなかったから少しワクワクしてたりするのだ。

 俺は本棚の間を縫うように探索を始めた。

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