第110話 クレハの覚悟

 ドクン………………ドクン…………………………ドクン。


 暗く湿っぽい洞窟の中、大きな鼓動が響く。


 顔を伏せ、膝を抱えて座る俺に、向かい何人かの人影が近づいて来る気配を感じた。


「…………時間です***様」


 名前を…………呼び名を呼ばれ、私は気だるげに立ち上がる。


 今日も数え切れないほどの人が、モンスターが死ぬだろう。


 自分がいいように使われていることは分かっている。


 しかし、ここで引くことは…………出来ない。


 私の居場所なんて、どうせここにしかないのだから。


 *


 白いシーツの上に、彼女は横たわっていた。

 外傷は無い。しかし、呪いの宝具と揶揄される形成す炎クサナギに長く触れてしまった彼女は内部的に、魔力器官に甚大なダメージを受けているそうで、治るまではしばらく安静にしなければならないようだ。

 俺はベットの横で彼女の覚醒を待つ。

 ミリアもアイリも、同様に彼女の容態を心配し、無言で彼女のそばで座っていた。


 意識を落とす前、彼女は祖父に謝罪していた。

 普段形式的に謝罪することがあっても、心から謝ることはない彼女が本気で自分の行いを悔いていたのを見ると、祖父とクレハの間に何かがあったのは間違いない。

 それが何なのか、そもそも俺なんかが立ち入っていい話なのか分からない。

 でも、できる限り俺は彼女の力になりたい。


「目を覚ましてくれ…………ッ、クレハ!」


 俺は彼女の手をギュッと握ると、彼女の瞼がピクリと僅かに動いた。

 そして、彼女はゆっくりと目を開いた。

 周りを見渡し、彼女は自分が仲間たちに囲まれていることに気付き、苦笑いを浮かべた。


「あはは………………みんなどうしたの? お通夜みたい」

「クレハお前…………冗談でもそういうのやめてくれ……心配したぞ」

「わ、わたくしも心配しましたわ!」

「その……私が伝えたあんたのお爺ちゃんの伝言が問題だったのかしら? とにかく命に別状がなくて良かったわ」


 自分に非があるのではないかと、落ち込むミリア。

 ベットに横たわる彼女は体を起こすとミリアを優しく慰めた。


「ううん。ミリアは何も悪くないよ。悪いのは私。私の心が弱かった……せい」


 クレハは後半震えた声でそう言うと、目を潤ませ涙を流し出す。

 溢れ出す涙は、頬を伝い、ベットを濡らした。

 彼女の精神的に衰弱しきった姿は見ていてとても痛々しかった。

 俺は握る手の力を少し強め、椅子を引いて彼女に半歩近付いた。


「クレハ、話したくなかったら話さなくてもいい。お爺ちゃんとの間に何があったのか話してくれないか? ………………俺はクレハの力になりたい」

「……………………うん。人に話せば少し楽になるかもしれないし…………それに将来一緒になる人には知っていて欲しいことだから」

「…………………………善処します」

「あはは…………タケルくんはいけずだなぁ……」


 この期に乗じて俺に求婚する彼女に曖昧な回答を俺はしてしまう。

 いつもの彼女であれば、ここで「病みモードの私でもダメなの〜!?」とか減らず口を叩くはずだし、彼女の衰弱具合は相当なものだった。

 クレハは天井を見上げ、言葉を紡ぐタイミングを図っていた。

 決心がつかない。人殺しすら平然とやってのける彼女が次の一言に躊躇していた。

 俺たちは彼女のペースで、彼女の口から言葉が紡がれるのを待った。


 再び彼女の頬に涙が伝ったのをキッカケに彼女は話し出す。


「私………………ね。お婆ちゃんを…………殺しちゃったんだ」


 思いを言葉にした途端に、彼女の目から滝のように涙が溢れ出す。

 もう後に引けない彼女は次の言葉を絞り出すようにして発する。


「昔から、お爺ちゃんとお婆ちゃんが大好きだったんだ。友達はいなかったし、遊び相手はいつもお爺ちゃんたち」


 彼女が『大好き』というワードを出したところで俺は察してしまう。

 酷い…………こんなことはあんまりだ。


「初めて私の加護ギフトが発言した時、私たちは3人で怪獣ごっこをしてたの。お婆ちゃんが怪獣役で、お爺ちゃんが戦士役。おかしいよね。本当ならお婆ちゃんが戦士なのに」

「お婆ちゃんが戦士……?」

「うん。私のお婆ちゃんは結構有名な冒険者で、モンスターキラーと呼ばれてたんだ。お婆ちゃんが救ったギルドは両手じゃ足りないぐらいだってお爺ちゃんは言ってたよ」


 クレハの祖母が冒険者だったのは初めて知った。それも相当な実力者だったらしい。

 彼女の戦闘能力は祖母から譲り受けたものなのかもしれない。


「だから怪獣ごっこではいつもお婆ちゃんが勝つの。でもね、私は一度でいいからお爺ちゃんが勝つところを見たくて言っちゃったんだ『お婆ちゃんをやっつけろ』って。そこで加護ギフトは発動して………………」


 クレハが俺の手を握り返す。

 彼女は再び目を潤ませて続けた。


「私の加護ギフト理想の彼氏マイダーリン】が発動して、お婆ちゃんの右半身は………………吹き飛んだの」

「…………………………それでお婆ちゃんは死んだってことか……」

「ううん。お婆ちゃんは治癒の魔法で一命を取り留めたよ。でもね………………魔力器官は元に戻らなかったの」


 クレハはそう言って、視線を俺の指に落とす。

 俺の右手には燃えるような赤の指輪がはめられていた。

 そうか、形成す炎クサナギは…………


形成す炎クサナギは魔法が使えなくなったお婆ちゃんを、戦士に戻すための宝具だよ。指輪型してたのは、お爺ちゃんなりに第2のプロポーズだったんだと私は思うな。お爺ちゃんのクセに粋な真似しちゃって…………似合わないんだから…………」


 クレハは涙を流しながら俺に微笑みかける。

 俺は感極まって、彼女を正面から抱きしめた。

 力が抜けてしまっている彼女の体は柔らかく、もう少し力を強めれば壊れてしまいそうだった。

 俺の胸の中でクレハは静かにえずくように声を漏らす。


 クレハは生き物の生死について非常に無頓着な人間だと俺は思っていた。しかし、自分の大切にする人に対しては、今のように涙を流し、感情的に悲しむ人間らしさをしっかりと持ち合わせているのだ。

 きっと、今のクレハなら人を『思う』ことが出来るはずだ。


形成す炎クサナギはクレハに返すよ。これはクレハのお婆ちゃんのものだから」


 そうだこれでいい。

 俺にはこの宝具を使う資格はない。

 宝具は誰が使っても強くなるように作られている。

 そのために、誰か1人を思ってオカザキは武器を打つ。

 形成す炎クサナギも誰か一人のために打たれた武器だが、話は別だ。

 クレハの祖父は、魔力器官を失った、いわば非健常者思ってこの宝具を作ったのだ。

 それは、決して多くの人に受けることを想定した武器の作り方ではない。


 クレハは首を横に振った。


「この指輪はタケルくんが持っていて。その方が、きっとお婆ちゃんもお爺ちゃんも救われるよ。それにね」

「…………それに?」

「お爺ちゃんの宝具を、私が完成させるって決めたから」


 クレハの目には決意の炎が燃えていた。

 真剣なその眼差しに俺はゴクリとつばを飲んだ。

 形成す炎クサナギは、これ1つで完成の宝具ではなかったというのか?

 彼女の眼差しから、それは真実であると確信する。


「私はタケルくんを思って、お婆ちゃんのための宝具を完成させる。だからごめんね。私は『魔王』に勝つための宝具を作る余裕はないや」

「…………クレハが決めたことなら、俺は応援するよ。世界の滅亡より、お爺ちゃんの意思を継いだ方がよっぽどいい」


 クレハは再び俺の胸に顔を埋めると、手の力を緩めるのだった。

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