第109話 クレハに異変

「俺は攻撃戦担当ですね。分かりました」


 俺が攻撃戦に参加することは少し予想できていたため、確かめるようにそう言った。

 ミリアも自分の役回りについて不服はないようで、腕組みをしたまま大きく頷いた。

 しかし、俺の隣に座る彼女は違かった。


「私は反対かなぁ………… タケルくんを戦場に送り出したくない」

「クレハ…………」


 口調は普段通りだが強い意志を持って王様に反論する。

 王様は困った様子で、顔をしかめた。


「クレハさんの気持ちはよく分かります。しかし、タケルくんは『魔王』に対して最も有効な力を持った人材であることを理解してもらえると助かります」

「それは…………だったら私も連れて行ってよ。お世辞なしに、私はさっきあなたが挙げた3人の次くらいには強いよ?」


 彼女の挑発的な態度に、歴戦の老兵が前のめりになる。

 一触即発の雰囲気を出す彼を王様は制すと、クレハに事実を叩きつける。


「あなたが強いのは重々承知しています。しかし、『魔王』が相手ではワケが違います。一度【闇】を食らえばその時点で終りです。リリさんの【召喚】をあなた1人の負傷で使うわけにはいきません」

「………………なるほどね。理解したよ。確かに私は、タケルくんについて行くための許可証を持ってないみたいだね。私は矛しか持ってない。攻撃戦に必要なのは、矛よりも…………盾かぁ」


 彼女は諦めたようにため息をつく。

 クレハも気付いたのだろう。『魔王』に対抗するために必要な力は絶対に傷つかない能力だ。俺を含め4人は宝具ないし加護ギフトで圧倒的な防御力を手に入れている。

 クレハの戦闘能力は実際に手合わせした俺が1番よく知っているが、アレは命を刈り取ることに特化したものだ。


 両手を挙げて降参のポーズを取っていた彼女は、いきなり俺の手を両手で包み込む。

 突然のことで、俺の胸は飛び跳ねた。

 上目遣いでクレハは泣きそうになりながら話す。


「ごめんね、タケルくん。私はどうやらついていけないみたい」

「ああ、大丈夫だって。クレハは『トウキョウ』で思う存分暴れてくれ」

「でも、今は…………だよ?」


 クレハは口角を上げ、不敵に笑う。

 この目はまだ俺について行くことを諦めていない目だ。


「待っててね。すぐにこれまでの宝具を過去にする、絶対防御の宝具を作って・・・みせるから! そうすればタケルくんと一緒に『魔王』を殺せるね!」


 会議室に緊張感が走った。

 彼女の手から伝わる熱を感じながら、俺も全身の毛が逆立つような感覚と共に、期待と緊張感の感情が湧き上がってきた。

 そうだった。俺の目の前にいる美少女は……!

 ただの黒髪ロング幼馴染風美少女でも、淫乱ドスケベ女でも、大量殺人者でもない。


 彼女は…………宝具を作る一族の末裔、オカザキクレハだ。


「そう…………だな! そうだよ! なんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだろうな。『魔王』を倒せる人材が少ないなら、『魔王』を倒せる宝具を作ればいい! 見直したぞ、クレハ!」

「えへへ〜そうでもあるかも! 頭撫でてくれてもいいんだよ?」

「………………今日だけは特別だぞ」


 彼女の頭を撫でると、頬を火照らせ嬉しそうに頭を俺の胸にくっ付けた。

 クレハの髪からシャンプーと女の子らしい甘い香りがフワッと香る。

 そして、その流れで顔を下にスライドし股間部分に埋め…………って!


「それはやめろ」

「もう……タケルくんのいけず…………」


 こいつ、リリが普段していることに嫉妬していたな。

 油断も隙もあったもんじゃない。

 公衆の面前で、そんな破廉恥なことはやめなさい。

 さっきサラさんの胸を凝視してた俺が言うのもなんだけど。


 やり慣れた、ある種夫婦漫才のようなやりとりを終えたところで、王様が目を泳がせながらクレハに尋ねる。


「ええええっと…………クレハさん。ファーストネームを伺ってもよろしいですか?」

「ん? オカザキ、だよ。今の話で分からなかったのかなぁ?」


 クレハが名字を言ったとことで、会議室の全員が立ち上がり歓声をあげた。

 突然のことに、彼女は驚きながらも、これを好機と見て、俺に抱きついてくる。

 全然好機じゃないので、俺は両手で彼女を引き剥がすと、王様は興奮気味に話しだす。


「運がいい…………運がいいです! タケルくんの件も、ミリアさんの件も……ただ幸運だと感じていましたが、まさか正宗一門の娘さんまで! 幸運を通り越し…………運命だと確信してしまいそうです! 神は僕たちに味方しています。そうとしか思えない!」

「…………王様?」

「すいません、取り乱しました。とにかく、クレハさん。宝具の件、把握しました。あなたの力があれば、必ずや『魔王』から勝利をあげることができるでしょう」


 王様はクレハに歩み寄り、手を握る。

 握る直前に、クレハが彼の手をはたき、それを拒否したが。


 色々とごたごたはあったが、その後会議は続行し、全員の賛成を経て、王様の案で『魔王』との戦闘を行うことに決まった。

 一部変更があったのは、ゲンゾウさんの部隊は極力前線を上げつつ隣国の『カナガワ』まで保護下に入れてしまうといったところだけだろう。

『カナガワ』は『トウキョウ』クラスに発展した国、でありそこを敵に取られた場合、防衛戦が不利になると読んだらしい。


 会議室から【五宝人】の面々が退出し、俺たちだけが残される。

 ミリアは会議で集中したとか言って、2杯目のシリアルを取りに冷蔵庫へ向かった。

 ゴウケンが近くにいることもあってか、会議中はあまり発言のなかったアイリが俺に駆け寄る。


「タケル先生、お疲れ様ですわ! 『魔王』討伐の重要な役回り、すごいと思いますの!」

「そうかな。まあ、俺の能力は防御については一流だから、順当と言えば順当だよ。アイリはゴウケンの班で戦うことになるんだっけ? 索敵が主な役割だと思うけど、十分注意してね。怪我とかしたらきっと、お父さんも悲しむからさ」

「は、はい! わたくしも頑張りますわ! 絶対活躍してみせますの!」


 元気一杯にクリーム色の髪を揺らしそう言った。可愛い。

 アイリは鼻息を鳴らしながら奮起すると、次にクレハの方を向く


「ところで、クレハさん。宝具の製造方法って……」

「あっ! 忘れてた! 私宝具の作り方分かんないじゃん! どうしようタケルくん〜!」

「こら、引っ付くなっ! 確かそれってミリアが『時渡り』して製造方法を聞いてくるって話になっていたような…………ミリア、その件についてどうなってる?」


 俺が冷蔵庫の前でシリアルを食べるミリアにそう尋ねると、口いっぱいに頬張っていたそれを急いで咀嚼する。お前はリスか。


「それならきちんと聞いてきたわよ。来なさい、クレハ。あんたの祖父の話を聞かせてあげるわ。タケルたちは聞いちゃダメなんだからねっ!」

「分かってるって、安心しろよ」


 ミリアに念押しされたため、俺とアイリは耳を塞いだ。

 クレハの耳に口を寄せ、ヒソヒソと彼女は過去から得た情報をクレハに託した。

 内容的にはそこまで大掛かりなものではないらしく、一言二言彼女は耳打つと、両手の平を見せて、終わりを告げた。

 クレハはなんとも微妙な表情で、ミリアをジト目で見つめる。


「えー? これだけ……?」

「これだけよ。ちゃんとあいつから聞いたままの情報なんだからね。後のことは任せたわ!」

「あっ! こら、ミリアずるいよ〜!」


 そうして、責任逃れをするかのようにミリアは3杯目のシリアルをさらに流し入れる。

 いや別にミリアになんの責任もないんだけどね。


 クレハは仕方ないと言った様子で、俺の元まで戻ってくる。


「どうだ? 宝具は作れそうか?」

「うん…………多分、というか絶対作れる。だって『その武器を使う人のことを思って武器を打ちなさい』だよ? 別に技術でもなんでもないじゃん」

「おいおいおい! それ言っちゃダメなやつだろ!! 誰が聴いてるか分からないんだぞ!?」


 口が滑るにも程がある!

 クレハが口走った内容はミリアが過去に遡ってまで手に入れた、宝具の製造方法だ。誰かがこの情報を知ってしまったら、無秩序に宝具が大量生産されてしまう!

 そんな事になれば世界はかなりカオスな状況になってしまうだろう。

 俺が咎めると、彼女はノー天気な調子で続けた。


「大丈夫、大丈夫! だってお爺ちゃんの言ってる事はつまりこうだよ。 『宝具はオカザキの者にしか作れない』」

「…………確かに、言われてみればそうかもしれない。あれほど隠していたけど、実際のところ一子相伝の技術なんてものは無くて、結局血筋ありきってことなのかもな」

「そういうこと。でも、一応こう助言してくれてるんだから、それがより強い武器を作るために必要なことなんだろうね。使う人のことを思う…………かぁ」


 クレハはそうして天井を見上げ脱力する。

 宝具の製造方法は分かったが、分からない、と言った心情だろうか。

 結局のところ気持ちありきで、彼女がその気になれば宝具を作れるってことなんだろうけど、クレハには宝具を作るためのより具体的な思いが足りていないのかもしれない。


 何か俺が力になれる事はないだろうか?

 宝具を作るためのヒントになりそうなこと……

 俺はふと、自分の右手にはめられた赤色の宝玉……形成す炎クサナギを見る。

 そう言えば、こいつも宝具だったな。しかも、クレハの祖父が正式にこの世に残した唯一の宝具(ミリアのは例外だ)。

 きっとこいつにも作られた意図や思いがあるんだろうな。

 これはヒントになるかもしれない。


「なあクレハ。この形成す炎クサナギも宝具だろ? これも、きっと誰かのことを思って作られた代物なんだよな?」

「うん、そうなるね。今ある宝具から私の宝具の手がかりを探すのも悪くないかも。タケルくん流石!」


 クレハは俺の指輪を見つめながら、深く考える。

 恐ろしい集中力で、宝具の奥の奥を見透かすように…………その途中で彼女は硬直し、瞳は開きっぱなしで、黒目が揺れ始める。

 俺がおかしいと思った時には既に彼女の心はここにはいない。

 話しかけても何も反応がない。まるで何かに取り憑かれたかのように、汗をダラダラと流し、悲壮感が漂っている。

 俺は彼女がここまで追い詰められている顔を見たことがなかった。


「……………………嘘………………そんな………………じゃあこれって……」


 そして、震える声で何か言いながら、ガクンと膝を折る。

 彼女の精神に明らかに異常なことが起きているため、俺は膝をつき彼女に目線を合わせた。

 全身を震えさすクレハ。俺が肩を揺すってもその瞳は俺を捉えてはおらず、形成す炎クサナギ一点に注がれていた。


「お爺ちゃん………………………………ごめんね…………私が………………私が悪かったのに…………っ!」


 そしてクレハは俺の右腕に手を伸ばすと、形成す炎クサナギを両手でガッチリと掴んだ。

 まずい。彼女がこの指輪に触れれば、魔力が吸収されて命に関わる。


「おい! クレハ離せって! 死ぬぞ!」

「ごめんなさい………………ごめんなさい………………! こんなのって……………………!」


 俺は力づくでも彼女の手を振りほどこうとしたが、想像以上に彼女の力が強い。

 形成す炎クサナギへの強い執着心が彼女に力を与えていた。

 ミリアもクレハの様子がおかしい事には気付いていたので、すぐに彼女に駆け寄り羽交い締めをしようと試みるが、俺より筋力のないミリアがやってもクレハの体はビクともしない。

 しばらく形成す炎クサナギを胸の中で抱くと、彼女の全身から一気に力が抜ける。

 魔力を吸引されすぎて気を失ったのだ。


 どうしたんだクレハ…………お前とお爺ちゃんに一体何が…………っ!?


 横たわる彼女の処置をミリアに頼み、俺はすぐに医療班を呼びに会議室を後にするのだった。

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