第108話 雷王の加護

 サラさんの自己紹介が終わったところで、3人目の紹介に入る。

 男はゆっくりと立ち上がり、椅子を戻す。

 全身を熱された鎖で縛られながら、フード男の話に耳を傾けた。


「期待されてそうだからあらかじめ言っておくよ。僕は【五宝人】の一時的な枠埋めでここにいる。【炎王】じゃない。【ファイア】の加護ギフトも持ってないしね。………………よろしく」


 少し高めの聞き取りやすい声質で話す。

 フードで顔を隠しているから、素性に問題があるのかと思ったが、彼は所謂代理でこの場に出席しているということらしい。

【五宝人】は5人がそれぞれ属性系の加護ギフトを持っていることが前提だということが彼の発言から分かった。

 確かに、これまで会ってきた【五宝人】の人たちは皆属性系加護ギフトを所持していたな。


 リリは【サンダー】。

 ゴウケンは【アクア】。

 ゲンゾウは【ソイル】。

 サラは【ウィンド】。


 と来れば、最後は【ファイア】が最後の一枠になるのだろうが、今はその場所が欠番ということだろう。

 フードの男は、名前も告げることなく一礼すると、席に着いた。

 ミリアも、仕方ないと言った様子で、彼について追求することはしないようだ。


 全員の自己紹介が終わったところで、王様は会議を続行する。


「それでは、本題にもどりましょう。皆さんもう知っての通り、『魔王』はもう生まれてしまいました。予定より半年ほど早い覚醒ですが、心配はありません。今の『トウキョウ』の力を持ってすれば、『魔王』に負けることはありません。冷静に、この悪夢を対処しましょう」

「そんなことは分かっておるわい。儂が負けることがあると思っているのか? ありえない。天地がひっくり返ってもありえないのう。戦神の角笛ギャルラホルンの盾を越えれる戦力など、この世にはないじゃろう。それに儂らには神が背中を守ってくださっとる。じゃから、問題は…………矛にあり」

「その通りです。今回の『魔王』は【ダーク】の『魔王』です。この魔法は一度攻撃を受ければ、その傷は【光】の魔法でなければ治癒出来ません。なので、僕はミリアさんの力で、原初の魔法使いをこの世に呼び戻しました。彼がいれば、【闇】の魔法で多少ダメージを受けても問題ありません。しかし、原初の魔法使いはこの地を離れらないんです。だから、防衛戦は原初の魔法使いの庇護下ですが、攻撃戦で敵陣に攻め入る際にはそうでないのです」


 王様は一息にそう言うと、【五宝人】の面々は頷き、その表情を険しくさせる。

 王様の言いたいことはつまりこうだろう。


 攻撃戦において怪我を追った場合、命を落とすことになる。


 会議室に逼迫した緊張感が走る。

 誰かがやらねばならないこの役回り、ここで名乗り出れたものがいればそれは英雄だろう。

 しかし、俺は…………本件と別のところである疑問を持った。

 ゆっくりと俺が手を挙げると、王様は発言を許した。


「すいません。俺の知識不足だと思うんですけど、皆さんは『魔王』が神出鬼没でいたるところにいる想定で話していませんか? 敵陣がどこにあるのか分からない。でも『魔王』が攻め込んでいるのであれば、そこに合わせて叩けばいい。つまり、戦うフィールドはこの『トウキョウ』周辺に……」

「タケル、それは違うわよ。『魔王』は【王】なの」

「【王】……? それって前にミリアが言ってた、魔力が高く自分の加護ギフトに精通している人の称号みたいなのだっけ? それが今関係あるのか?」


 随分と懐かしい設定を取り出したなと、俺は少し説明口調でそう言った。


 すると、リリが席からクルンと飛び上がり、楕円の机の上の、ミリアの前に立った。

 膝をつき、真っ白な腕をミリアの胸元へと伸ばす。

 人差指が彼女の胸にちょこんと触れると、リリは眼を大きく開き詠唱を始めた。


「轟き、迸る雷光。我はその真髄を知る雷王なり。今ここに、王の加護を授けよう…………」


 リリの指先から黄色い光がミリアに流れ、彼女を包む。

 ミリアの体の輪郭をぼやかすその光が収束すると、リリは机から俺の隣に飛び降りた。そして、俺のシャツの袖を掴む。


「おにーちゃん見てて欲しいの。これが【王】の力…………なの」


 リリがそう告げた後、ミリアはその身からピリピリと閃光を纏いだした。

 そう、それはまるで以前にリリが使っていた電磁結界のように……。


「察しのいいあんたならもう気付いてるでしょ? 【王】は自分の加護ギフトを一時的に他人に付与できるのよ。私は今、自分の魔力器官で【雷】の魔力を生成できるわ。王の加護をかけられたのは初めてだけど、案外悪くないわね」


 そう言って、ミリアは自分ができることを確かめるかのように、手からバチバチと電気を流したり、静電気で髪の毛を逆立たせてみたり、発砲するかのように、電流で俺の頭を撃ち抜いてみたり…………いや、貫通はしてないしそこまで痛くないからいいんだけど、人を加護ギフトの実験台にしないで欲しい。


 とにかく、王様が危惧していることが分かった。

【王】が他人に加護ギフトを分けられるとなれば、『魔王』は【闇】の加護ギフトを増殖させることで治癒不可能の最強の矛を全員が持った軍勢を作り出すことが可能だ。だから、本陣に『魔王』が陣取り、奴を倒さない限り永遠に【闇】の加護ギフトを持った兵が攻め込んでくるということだろう。

 そのことを王様に話すと、彼はより一層厳しい表情で口を開いた。


「『魔王』は【闇】の加護ギフトを持った軍を率いてこちらに攻め込んできます。しかし、こちらの守りは万全です。『トウキョウ』以外の国、ギルドに関しては…………守りきれるか心配ではありますが、『トウキョウ』で【闇】の対処方法を学んだ強者たちが自分の故郷の護衛に戻りますから少しはマシでしょう。彼らには今朝、自国への帰還命令を出しました。きっといい働きをしてくれるでしょう」


 今サラッと重要なことを言わなかったか?

『トウキョウ』が最近各国の優秀な人材を引き抜いていたことは知っている。まさか、そんな裏があっただなんて…………


 ミリアも今の彼の発言には驚きを隠せない様子で、両手を固く握り震わせていた。


 このことがもっと早く全国に知れ渡っていれば、『トウキョウ』への印象が良いものだったのに…………と思ったが、それはダメなのか。

『トウキョウ』が『魔王』に対抗するための力を流布していることは公になってはならない。

 混乱を招けば『魔王』が生まれる前に社会は混沌の渦に巻き込まれ、相手に警戒されてしまえばさらに強力な作戦でもって『トウキョウ』に攻め入るだろう。


 あれ、おかしいぞ。なんで『魔王』は『トウキョウ』を攻撃するんだ?


 俺の中にそんな疑問が浮かんだところで、王様は問題となる攻撃戦の布陣について話を始めてしまうのだった。


「話を戻します。僕の作戦はこうです。防衛戦はゲンゾウさん、サラさんが主に担当、ゴウケンさんは彼らのサポートに。神斧模した猟犬ミョルニルは倒し損ねた相手を狩るのに向いていますしね。そして、問題の攻撃戦ですが」


 彼は一呼吸置くと、ミリア、そして俺に目配せした。

 やっぱりこの流れは……


「予定通り、僕とリリさん。更に、新戦力のミリアさんとタケルくんの4人で挑もうと考えています」

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