第107話 破廉恥男は悔い改めなさい

 次の日、俺たちは王様に緊急招集され、城の一角にある会議室に集められた。

 朝の日差しが差し込む会議室の中央には大きな楕円形の机があり、俺たちは端の方に固まって座った。他には誰も来ていない。

 そこまで朝が早いわけではないのに、久しぶりに実家で眠れたミリアは少し寝足りなかったのか、眠そうに目をこすっていた。

 彼女は大きなあくびをすると、俺を指差す。


「全く朝早くから呼び出すって何様のつもりよ。タケル、なんか食べ物持ってないかしら? お腹が空いたわ」

「俺はお前の執事か。持ってないけど、ミリア朝ごはんまだなのか? もう10時だぞ」

「お、起きたのが遅かったから仕方がないのよ! 久しぶりの実家で気が抜けてただけなんだからねっ!」

「誤魔化すんじゃないのかよ!! …………部屋の隅に冷蔵庫があるし、なんか入ってたるするんじゃない? 食器はその隣」


 俺はそう言って、隅にあった冷蔵庫を指差す。

 彼女がゆっくりと視線を俺の指差す方向に動かしたかと思うと、彼女の体は一瞬のうちに、冷蔵庫の前まで移動していた。

 魔法を使ったらさらにお腹が空くんじゃないのか……?

 ミリアは冷蔵庫に入っていた牛乳とシリアルを器に入れると、そのまま机に戻り食べ始めた。

 忙しのないミリア様だ。


 ミリアがシリアルを食べ終わる頃、王様は昨日と同じ軍服を着てやってきた。

 彼の後ろには使用人が付いていたが、合図をすると、彼女たちを部屋の外に下げた。

 定刻が近付いている。

 王様に続き、次々と部屋に人が入ってくる。


 軍服の上からローブを羽織る男が一人、俺と同い年ぐらいだろうか。フードを深くかぶっているため顔はよく見えなかった。髪の色はミリアと同じ金色で、歩き方に妙なぎこちなさを感じた。


 顔が切り傷だらけの、いかにも老兵といった印象を受ける白髪の老人が一人。一体幾つの戦場を乗り越えれば彼のようになれるのか分からない。彼の鋭い視線だけで背筋の凍るような感覚に陥った。


 整った顔立ちで、肩ほどまで伸ばした青い髪の女性が一人。眼鏡をかけていることもあって、知的な印象だ。先の2人に比べ、彼女は話しかけやすい柔らかな雰囲気を感じた。服は軍服なのだが……胸の部分が非常に窮屈そうで、今にもボタンが弾けてしまうのではないかと心配になった。


 彼らの後に続くのは俺がよく見知った2人、ゴウケンとリリだ。彼らも珍しく『トウキョウ』の軍服を着ていて、違和感を感じた。リリはあまりその服が気に入らないのか、終始不機嫌な表情を浮かべていたが、俺を見るや否や、華麗に3回転半のスピンを決めて俺の膝の上に座った。器用すぎる。

 朝の日差しに負けない笑顔でリリは笑う。


「おにーちゃん、おはようなの! ちゃんとリリは起きれたよ!」

「おはよう、リリ。偉い偉い。どっかの悪態つきとは大違いだ」

「誰のことを言ってるのよ。喧嘩を売っていると受け取ってもいいのかしら!?」

「ちょっと待て! 別にミリアのことだなんて言ってないだろ!」


 いや、ミリアのことだけど。


 ミリアに構うことなくリリは俺の顔を両手で掴むと、グイッと自分の前に向かせた。


「ミリアのことは放っておいていいの。それよりそれより……」


 リリは頭に血が上ったミリアを他所に、耳に頬を寄せる。


世界の加護ギフト、分かって良かったの。やっぱり、大当たりだったの」


 リリはそう耳打ちすると、クルリと空中で一回転して俺の膝を降りる。

 ニカッと笑顔で別れを告げると、そのまま王様の席の隣に座った。

 他の面々も既に席についており、王様はパチンと指を鳴らすと部屋のカーテンが一斉に閉まった。

 カーテンが閉まるのに合わせ、照明が一斉に光を放つ。


「皆さん、お集まりありがとうございます。本日お集まりいただいたのは……」

「対魔王の布陣について、じゃろ? そんなもの言わなくてもこの場の全員が分かっておるわい」


 顔面傷だらけの老兵は王様の言葉を遮り、結論を告げる。

 周りを見ると、他の人たちもコクリと首を縦に振っていた。

 思わぬ横入りが入り、王様は困った顔をしながらも、精一杯の笑みを見せる。


「ゲンゾウさんには敵いませんね。その通りです。えっと……ミリアさんたちには紹介がまだでしたね。彼はイシハラゲンゾウさん。我が国の【五宝人】の1人です。確かミリアさんたちは、リリさんとゴウケンさん以外の人とは初対面でしたね。作戦会議の前に自己紹介をしてもらってもよろしいですか、皆さん?」


 王様は自己紹介するように促すと、先程王様の話を遮った老兵が席を立つ。


「儂はイシハラゲンゾウ。【五宝人】の一人にして【地王】じゃ。趣味は将棋、特技は防衛戦じゃ。儂はもう老いぼれじゃが、儂の兵は一騎当千の強者どもよ。よろしく頼むとするかのう」


 特技おかしいと思いながらも、俺たちは軽く会釈する。

 自虐的に彼はそう語るが、どう見ても老いぼれには見えなかった。


 ゲンゾウさんが席に着くと、隣の女性が立ち上がった。

 彼女が立ちあがると同時に、ミリアの瞳孔が開きっぱなしになる。


「私はサラ。サラ・ライブラ。【五宝人】が一人で【風王】よ。趣味と特技は言った方が良いのかしら? 趣味は読書で特技は…………」

「……サラ! なんであんたがここにいるのよ!!」


 サラの自己紹介の途中でミリアは机をバンッと叩き立ち上がる。

 五宝人たちの目が一斉にミリアに注がれた。


 サラ? どこかで俺もその名前を聞いたことがあったような…………


 俺が記憶を辿っていると、彼女たちが先に答えを言ってくれた。


「……ミリア? ミリアなの? あなたは今全国逃亡中と聞いていたのだけど……」

「私は本物で、ちょっと前まで逃亡中だったわよ。それよりサラ! あんた【五宝人】だったの!? それだったら早く言いなさいよ!」

「言う機会がなかったのだから仕方ないでしょう? だって私が【五宝人】になったのは最近のことなのですもの」

「そうだったの……なら仕方がないわね。とにかくまた会えて嬉しいわ、サラ」

「私もよ。指名手配になったと聞いててっきり極悪非道の限りを尽くす悪魔の様に角でもはえていないか心配したけど、変わってないようで何よりだわ」

「酷いイメージね、それは……」


 2人は固く握手をした後、軽く抱擁し、ミリアは席に戻った。

 久しぶりに友達に会えたため、ミリアはとても上機嫌に頬を緩めていた。


 彼女が前にミリアの言っていた図書館の友達ということだろう。

 ミリアは性格的にあまり友達が出来なさそうだから、優しく接してくれてるサラさんは相当いい人なんだろうな。


 それにしても…………随分と彼女は胸の発育がいいみたいだ。

 身振り手振りで説得力のある話をしてくれるのはいいんだけど、揺れるその双丘が視界にちらついて……なんとも集中できない。ボタン外れちゃわない?

 大きさで言えばクレハよりも1サイズ、いや2サイズ大きいかもしれない。

 ついでに顔も整っていて、男受けが相当いいだろうなぁ。

 委員長キャラっぽい雰囲気感じるし、ファンも多そうだ。

 自己紹介をしている間、俺はサラさんをぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると、不意に彼女は鋭い視線で俺を睨んだ。


「ちょっと、そこの貴方! 私の全身を舐め回すように見るのはやめてください。この部屋に入った時から、そのようなヤラしい目で私を見ていたのは分かっていますからね!」

「…………え? あっ…………いやいや、俺はそんな目で見てなんかないよ!?」


 いや見てた(自白)。

 会議室内の人々の視線が一斉に俺に集まる。

 ここにいるのは『トウキョウ』の【五宝人】という実力者達に何百年も生きているという王様だ。

 そんな強者達全員から懐疑の目を向けられているのだ。

 視線の圧だけで、俺はこの場から逃げ出したくなるほどだった。

 しかし、ここで真実を告げるわけにはいかない。

 俺のイメージに大きく関わるし、【五宝人】とかよりもっと危険な少女がどんな奇行に走るか分からないからだ。

 既に俺は背中を刺されていた。


 不意に足に違和感を感じる。

 サラさんに悟られないように一瞬足元を見ると、そこには透き通った緋色の鎖が俺の足に絡まっていた。

 彼女の方を向くと、ミリアはゴミを見るような目で俺を見ていた。


 クソッ、既に俺に味方はいないってのか!


 いや、まだいる。

 俺には1番信頼できる、しっかり者のアイリちゅわんがッ!!

 彼女をこちら側に引き込めば雪崩式にミリアがこちらにつくのは火を見るよりも明らかだ。それに、子供の無邪気な眼差しによってほかの大人達も考え直してくれるかもしれない。


 救世主に助けを仰ごうとアイリに目配せしようとしたが……それは無理だと直感で感じ取り、俺は両手を脱力させる。


 アイリは自分の胸を触り、何故か落ち込んだ様子だった。

 ダメだ仲間になってくれそうな心理状況じゃない!

 いいんだよアイリ! 君はまだ子供だから、あんなお姉さんのと見比べて自信を無くさなくていいんだよおおおお!!!!?


 無事に仲間を失った(最初からいないが)俺は、覚悟を決めてサラさんに向き合う。

 俺はやってない。俺はやってない。俺はやってない。


 うん、俺はやってない!!!!


 そもそもこんな話を長引かせるのは、この会議の目的を考えても良くない。

 確かに、彼女の胸を見ていたかもしれないが、そこまでエッチな目で見ていたかと言うとそれは少し疑問だろう。ちゃんとサラさんを性的な目で見てないと弁解すればきっと分かってくれるはずだ。

 それに、俺が彼女の胸を見ていた証拠もない。絶対大丈夫だ。


 声のトーンを落とし、頬を下げる。

 誠意を込めた眼差しを向け、話を始める。


「本当に勘違いだと思いますよ。俺はそんなことしません。サラさんはスタイルがいいので、そう見られたと勘違いしてしまったのでしょうが、俺の周りにはあなたに負けず劣らずスタイルのいい女性がいますから、そういうのには慣れてます」


 そう言ってクレハを一瞥すると、彼女の目がハート型に変わる。

 チョロい、チョロすぎるぞメインヒロイン!


「タケルくんそれってもしかして………………結婚しよ」


 俺の読み通り、クレハを引き合いに出すことで、彼女は反応してくれた。

 罪悪感を感じるが、これでサラさんの体を性的な目で見ていなかったことをアピールすることができるはず。

 クレハが負けず劣らずのそれを俺の左腕に押し当て、それに合わせてサラさんの疑いの目が…………解けない!?

 寧ろさっきより俺のことを汚物を見るような目で見てませんか!?


 彼女は冷たい視線を俺に向けたまま、ゆっくりと俺に処刑宣告をする。


「悔い改めなさい、破廉恥男。…………【記憶メモリー】」


 彼女が加護ギフトを発動すると、空中にホログラムで俺が彼女の胸を見ていた時の映像が投影される。

 男は大きなおっぱいを前にするとあんな顔になるんだなぁ…………………って証拠、あるじゃん!


 仲間につけたかと思われた黒髪美少女の目から光が失われる。

 俺の体が宙を舞うのに、そう時間はかからなかった。

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