第106話 二律背反するもの

「お父さん!! ボク、今度遠足で海の近くまで行くんだ! 付いてきてよ!」


「うーむ。一緒に行きたいのは山々なんだけどなぁ……」


「えー!! なんでぇ!? お父さんいっつもそうじゃん! たまにはお外行こうよー!」


「いやぁ……すまんな。お父さんはダメなんだ」


「ダメよ、お父さんを困らせちゃ。遠足には私が付いて行くからそれでいいでしょう?」


「なんでー!! もうお父さんなんて大っ嫌い!!」


「やめなさい。お父さんが外に出れないのは仕方がないのよ」


「…………でも、おかしいよ。お父さんは病気じゃないよ」


「それでもダメなの」


「……なんで?」


「もう……お父さん」


「なんで僕に押し付けるかなぁ。そういうところずるいと思うよ」


「…………………………」


「あのな、お父さんは……」


「この世界の敵だからだよ」



 *



「…………タ…………ル…………くん。……タケ………………く…………タケルくん!」


 不意に肩を揺すられ意識が覚醒する。

 首を振り周りを確認すると、そこは落ち着いた雰囲気の和室だった。

 あれ、いつのまに寝てしまったのだろう?

 俺は自分の加護ギフトの発祥についてなんとなく理解して……何か懐かしい夢を見ていた気がする。

 思い出そうにも思い出せないが、それよりも今はもっと重要なことを思い出したのだ。

 俺は痛みで思い頭をゆっくりと上げて、王様に向き合った。


「すいません。少し寝ちゃったみたいです」

「まったく、心配しましたよ! あちらの世界の『魔王』が分かったと言ったそばから寝てしまうんですから! ……あ、お水飲みます?」

「いただきます。俺の世界の加護ギフトについて説明しないといけないですね。王様はきっと核兵器については知らないですよね?」


 俺はもらった水を飲みながら尋ねる。


「はい。聞いたことがないですね。リリさんが、その手の情報を持ってきてくれていたら、もう少し僕も力になれたのかも知れないですが……すいません」

「リリは絶対偏って異世界の知識をこっちに輸入してきてそうですし仕方ないです。それに、別に核兵器について知らなくても、俺の加護ギフトは説明付きますから」


 俺はそうして、王様に自分のステータスを確認するように促した。

 俺の加護ギフトは今まで、【世界の加護ギフト】と表示されていた。

 しかし、それは「この世界にあるはずのない奇跡の力だったこと」と「俺自身がその力について知らなかった」ことが起因していた。

 異世界に来て結構な時間が経ち、俺自身が自分の世界の加護ギフトについて理解した今ならば、きっと……


 王様は俺の奥の奥を覗き込むように、ステータスを見る。

 その目には驚き、動揺の混じった感情が溢れていた。

 俺は彼からステータスを聞き取り、それを自分の手帳に書いた。

 ___________________________

 オオワダタケル

 筋力:SS

 魔力:F

 体力:A

 技量:S

 経験:C

 加護:【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】その身を傷つけられるのは兵器ヒトだけであり、兵器ヒトはその身を傷つけられない。

世界の加護ギフト

魔力不適合アンチマジック】魔力器官が存在しない

 ___________________________


「このギフトネームは初めて見ましたね。間違いなくオンリーワンの加護ギフトです。能力の詳細は……どういうことでしょう? タケルくんは分かりますか?」

「はい。これまでの戦いの中からも能力の予想はついていました。俺の加護ギフトは生身の人間では傷をつけることが出来ないほどの防御力を保持しつつ、高い技術力を持って作られた物に対して指数関数的にその防御性のを上げる能力です」


 俺は自分の能力について端的にそうのべた。

二律背反するものアンチノミーヴァッフェ

 科学技術の発展した俺の世界において、その文化を滅ぼすために生まれた世界の加護ギフトだ。

 残念ながらこの世界においては、魔法によって人間が武器を使わずに人間以上の威力をもった攻撃を行うことができるため、その力は薄れ気味であるが、【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】は間違いなくこの世の理を崩す世界の加護ギフトだった。

 思えば、バフォメットの一撃で俺の腕が飛んだのは、奴が人間ではありえないパワーで、技術レベルの低い打製武器を使っていたからだったのだろう。

 その他モンスター全般に俺の【二律背反するものアンチノミーヴァッフェ】が機能しづらかったのは今になってみれば納得だ。


 王様は俺の説明を聞いた後、少し頭をひねって考えていた。


「そう……ですね。防御の加護ギフト、いえ世界の加護ギフトと呼んだ方がいいですか。混乱してくるので、こちらの世界の能力を加護ギフトと呼んで、タケルくんの世界の能力を世界の加護ギフトと呼びましょうか。確かにタケルくんの世界の加護ギフトは防御の性能であるようですね。しかし、それではあの攻撃力はどう説明がつくんですか? 僕の腕をすり潰したじゃないですか」


 彼は手をさすりながら痛そうにそう言った。


「それは、俺自身が兵器だからだと思います。俺の世界の加護ギフトは俺が俺を傷つけることを許しません。なので、本来体が壊れるような力を出しても問題なくて、攻撃力が高くなってるってところです」


 リリは俺のことを人間じゃないって言ってたし、俺が兵器カテゴリに入っていてもおかしくない。もしも世界に神がいるのであれば、俺はきっと神造兵器と呼ばれる存在なんだろう。それなら最も精密な兵器と言って差し支えない筈だ。


「なるほど……確かに強力な世界の加護ギフトですね。ただ、向こうの世界では、ですが」

「その通りだと思います。実際、俺はこの世界で何度も怪我を負ってます。防御の世界の加護ギフトだと思ってたのに、攻撃面の方が優れてる世界の加護ギフトだとは思いませんでしたよ」

「ところでタケルくんは、というより向こうの世界の、原初の魔法使いさんはこっちの世界に来てしまった訳ですよね」

「はい。そうなりますね」

「タケルくんの世界は救われないことになりますよね」

「そ、それは……」


 王様に言われ、俺は動揺を隠せない。

 確かに彼の言っていることは当たっている。

 俺がいなくなったら、俺が救うはずだった世界はどうなるのだろう?

 もしかすると…………


 不意に元の世界の人たちの顔が頭によぎった。

 父さん、母さん、学校の友達たち。

 俺がここにいることで、その人たちを苦しめているんじゃないか?


 俺は一刻も早く元の世界に帰らないといけない。

 しかし、今はこちらの世界が破滅の危機にさらされている。

 どちらを優先すべきか、俺の生まれた意味を考えればそんなのははっきりしているのは分かっている。

 それでも俺は帰れない。

 帰るための目的・・・・・・・を果たしていない。

 そして、俺の中の人間らしさがそれを許さない。

 俺はこれまで一緒に旅をしてきた仲間たちを思い、言葉を紡いだ。


「俺の世界が滅びるとしても、俺は帰れません。目の前で仲間たちが…………危機にさらされてるんです。世界なんかより、俺はそっちを救います」

「本当にいいんです……ね? 僕がリリさんにお願いして、元の世界に返すことだってできるんですよ?」

「はい。もう覚悟は決めました。それに、俺の力は恐らく、この戦いで必要になる。そうでしょう? 王様?」

「………………どうしてそう思うんですか?」


 王様は驚いたようにそう聞いた。

 反応から、やはり俺の予想は当たっていた。


「それは俺より王様の方が詳しいんじゃないですか? この話はまた今度にしましょう。とにかく、今日はありがとうございました。俺は、これまで以上に、俺のことを理解できましたよ」


 王様に一礼すると俺は踵を返し、部屋を後にする。

 能天気な原初の魔法使いの声に送られ、閑散とした階段を降りていく。


 今日で俺の世界の加護ギフトについての謎が解けた。

 能力については経験から、その外径をぼんやりと掴んでいたが、文章で見せられるとまた違った感想を抱けるといったもの。


 自分の世界の加護ギフトの謎が解けスッキリしたが、俺はそれと同時に新たな謎にぶつかった。

 ポケットから手帳を取り出し、ステータスを再び見る。


 そこには【世界の加護ギフト】という見慣れた字面が未だステータスの一部を占めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る