第104話 加護の正体

 その日の夜、俺はクレハたちに内緒で、一人で白城へと向かった。


 結局、あの後俺たちはミリアの自宅に行き、家の人に挨拶をしたりしたのだが、話に聞いた通りのユニークな両親がそこでは待ち構えていた。

 特にお母さんの方は、雰囲気で言えば大阪のおばちゃんといった感じ。

 流石に飴ちゃんをくれることはなかったが、商品のアップルパイをご馳走になったし、俺のことを見てミリアの彼氏かとか言って冷やかし、有無も言わせぬ強引さで「うちの娘をお願いします! 私これ言ってみたかったのよ!わはは〜」などと締めくくられたのはあまりに衝撃だった。

 そのテンションの高さに、クレハは呆然としていたのは面白かったな。いつもの調子なら、俺が何度か刺されてもおかしくないというのに。

 ミリアが柄にもなく赤面していたのも、新鮮で可愛らしかった。

 そういうわけで、ミリアは今日から自宅で夜は寝ることになった。家があるんだから当たり前だよね。ミリアという抑止力がいなくなったことで、クレハから俺は夜の間何をされるかすごく心配だけど、きっと我らがアイドルアイリちゃんがどうにか抑止力になってくれるだろう。幼女に対しての信頼が厚すぎる。


 そんなことを考えている内に、俺は昼にも訪れた『トウキョウ』上層部の中心の白い城に到着した。

 あの後、王様の部屋の場所については彼から聞いている。

 赤いカーペットが敷かれた、最上階に続く階段を登っていった。


 2階、3階と代わり映えのない廊下が広がる。

 しかし、最上階についたところで途端に廊下がなくなった。

 目の前には一つの扉があるのみで、他には何もない。

 その扉も別に豪勢な飾り付けがされているとかでもなく、至って普通の扉だ。


 ここに王様が住んでるらしいけど、全然雰囲気ないな。

 身分的にももっとまともなところに住めると思うんだけどね。

 どこまでも、王様らしくない王様だ。


 俺は最上階に一つだけある部屋の扉をノックすると、中から声がかかる。

 入っていいそうだ。


「失礼します……」


 部屋に入ると飛び込んできたのは、これまた和風な内装だった。

 外見とのギャップがすごい。

 木の床はピカピカと綺麗に磨かれており、息を吸い込めば自然の匂いが肺を巡る。

 木製の大きな置物が置いてあり、そこに何やら日本語らしきものが書かれていた。

 達筆すぎて上手く読めない。芸術作品か何かなのだろうか。


 全体的にお婆ちゃんの家って感じの内装に驚きを隠せないが、そのまま進み襖の開いた部屋に入った。

 部屋の中は畳が敷き詰められた和室で、中央には、王様が座布団の上で正座をして座っていた。

 その後ろから半透明の原初の魔法使いが、スタンドのように肩を掴んでいる。

 こちらを見ると、王様は柔らかな笑みを浮かべ手を差し出した。


「いらっしゃい、タケルくん。歓迎しますよ。ささ、座ってください」

「昼間の子じゃない〜イケメンって感じで私好きよ〜?」

「あはは……ありがとうございます」


 いきなり食われそうになってるんですが。

 どうやら、王様以外にも積極的にアタックするみたいだ。

 半透明のおじさんは一旦置いておいて、俺は用意された座布団に正座する。

 今では遠い過去のように感じるが、俺は元の世界では空手をしていて、正座には慣れている。

 座布団よりも畳で正座することに慣れてる俺としては、この座布団を取っ払いたい気持ちもあるが、せっかく用意してくれたしその好意を受け止めようと思った。


 座る位置がしっくりきたところで、王様に単刀直入に聞く。


「早速本題ですけど、俺を知っている、とはどういうことですか? 王様」

「僕がタケルくんの加護ギフトについて、知っているという意味ですよ。間違っている可能性もあるので、仮説があるといった方が正しいかもしれません」

「仮説……ですか。それはどういったものなんですか?」

「ちょっとアナタ、いきなり答えが欲しいだなんて、可愛げがないんじゃな〜い? 少しおじさんと考えましょ〜!」


 俺が王様の回答を急かすと、原初の魔法使いがは不満げな顔をして愚痴をこぼしたと思ったら、獲物を見る目で俺を見る。


 このおじさん絶対俺とイチャイチャしたいだけだろ!!!!

 助けてクレハさん! 俺の貞操は今、あなたより先に男に奪われてしまいそうになってますよ!!!!


 どうやって彼の魔の手から逃れようか思考を重ねていたところで、室内に驚きの声が漏れた。


「あれ? 触れないわ〜どうなってるのよ! ゲンちゃん怒っちゃう! プンプン!」


 原初の魔法使いは俺の体に触れようとするが、その手は俺の体をすり抜ける。

 幽霊のような存在なのだからすり抜けて当然のように思えるのだが、彼の意外そうな顔を見るに普通はちゃんと触れるらしい。

 実際王様には触れていた。


「ゲンちゃんさん、あまりタケルくんをからかわないでください。彼は魔力を持っていないんです」

「あら、そうなの。それなら早く言いなさいよ〜ちょっと手を出しそうになったじゃない!」

「どちらにせよ、手は出さないで下さいね。浮気されるのはあまり気持ちよくないですから」

「あ〜!! もうごめんアミた〜ん! 今のは本心じゃないの〜! ゆ〜る〜し〜て〜!!!!」


 んんんんんんんん???????????

 俺の脳が異常を訴えている。

 2人は付き合ってるの!?

 言葉の真偽を偽で捉えたい気持ちが溢れるが、必死に弁解を求めるおじさんと、頬を膨らませてそっぽを向く青年を見て、諦めた。

 ダメだこいつら、絶対に付き合ってる。


「ゲンちゃんさんが浮気するのは今回が初めてじゃないですし、何度もその台詞は聞きましたよ。前回は50年前でしたっけ?」

「そ、そ、そ、そうだったかしら〜!? もっと前だったと思うわよ〜!」

「浮気したことは認めるんですね」

「酷いわっ! はめたわね〜!!!!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 二人とも今なんて言いました?」


 二人が痴話喧嘩の中で俺はどうしても引っかかることがあり、会話を打ち切る。

 これは俺が原初の魔法使いに初めて会った時、もっと詳しく言えば、原初の魔法使いが王様と会話した時から感じた違和感に関することだ。

 それが今確証に変わりつつあった。


「聞き間違いじゃなければ、50年前って……」

「あら、アミたん。まだ話してなかったの?」

「これから話そうとしていたんです。タケルくん、話が外れてしまって申し訳ありません。タケルくんの思う通り、僕は随分と長生きしてるんです」


 王様は、両手をこちらに見せ笑いかけた。


「長生きって……具体的には、どのくらい」

「もう600歳は超えてますね」

「ええええええ!!!!!?」


 思わず大声を上げてしまう。

 彼はどう見ても20後半がいいとこの青年だ。

 歳をとらない加護ギフトがあるというのか。

 彼は俺のリアクションをよそに、話をつづけた。


「だから僕は知ってるんです。原初の魔法使いの誕生を…………いえ」


 俺はゴクリと唾を飲み込む。

 これから彼が話すことは間違いなく俺の運命を大きく左右する。

 そう直感的に分かった。

 大きくためを作ると王様は真剣な眼差しで言葉を紡いだ。


「…………世界の加護ギフトの誕生を」


 衝撃的な王様の言葉に俺は息を呑む。

 彼はやはり俺の加護ギフト世界の加護ギフト】について知っている。


「…………教えてください、王様。俺の【世界の加護ギフト】はどんな能力なんですか」

「え? あ、ごめんなさい。これ説明がややこしいですね。僕は、タケルくんの持っている【世界の加護ギフト】と呼ばれる加護ギフトについては知らないです」

「え? え…………あ…………ええええ!!!?」


 思わず俺は狼狽する。

 何これ。今の流れって完全に俺の加護ギフトの謎が解き明かされる流れだったよね!?

 結局知らないのかよ!!!!

 王様は俺の反応を見て少し笑うと話を続けた。


「僕が知っているのは、僕たちが普段当たり前のように話している加護ギフトと呼ばれる超能力の発端についてです。まず、勘違いがあったようなので説明させてもらうと、実は世界の加護ギフト加護ギフトの正式名称なんです。長いので、通例的に加護ギフトと呼びますし、ステータスを見たときも、加護ギフトって書かれていると思います」

「あ……その話は確か…………」


 そうだ。

 加護ギフトの正式名称は世界の加護ギフト

 ミリアと初めて会った際にそんな話をされたのを覚えている。【虚偽フェイク】の能力で、加護ギフトを偽装をしたときに【世界の加護ギフト】という名前で表示されてしまうんだっけ。


 これで先ほどの勘違いは解けた。

 王様は、この世界に存在する加護ギフトという不思議な能力が発現したときのことを知っている言っていたのだ。正確に話そうとして混乱してしまったがそういうことだろう。


「タケルくんは、既にそのことを知っていましたか。……ミリアさんの入れ知恵ですかね? 彼女はとても聡明そうですし、もしかしたらタケルくんの【世界の加護ギフト】についても知っていたのかもしれませんね」

「ミリアが聡明……? 確かにそうですけど、第一印象でそう思ったなら、俺は王様の見る目がないって思います。見た目と行動、あいつはバカですから」

「結構酷い評価ですね!? ミリアさんが聡明であるかは一度置いておきましょう。タケルくんは『げんしょのまほうつかい』という童話を知っていますか?」

「あ、はい。あのふざけた話ですよね? 無数のお爺さんが犠牲になる」


 ミリアからその話は聞いた。

 ついでに言えば、リリもその話をしかけたけど、俺はそれを止めたのを記憶している。

 俺がそう言うと、彼の隣にいたゲンちゃんさんは少し不機嫌そうに頬を膨らます。


「ふざけた話って何よっ! 私は本気で考えたのに〜! アミちゃん慰めて〜!!」

「ええええ!!!? あの話書いたの原初の魔法使い本人だったの!?」


 歴史上有名な偉人が自伝を書くことは珍しくない。

 でも、まさかあんな色々な昔話を組み合わせた、カオス系二次創作みたいなお話を自伝にしてしまうだなんて……

 ゲンちゃんさんは王様に抱きつき、王様は彼の頭をポンポンと叩いてあやした。


「とにかく! 『げんしょのまほうつかい』、あれが事実を元に作られたものであるのはタケルくんも知ってますよね?」

「は、はい。それもミリアから聞きました。魔王因子について説明されたときに」

「魔王因子も知ってるのですねミリアさんは。やはり物知りのようです。タケルくんは、『げんしょのまほうつかい』の流れを覚えていますか?」


 王様がそう言うので、俺は記憶を辿り、話を思い出す。

 大雑把な流れは確かこうだったはずだ。


 始めに、人々が魔王によって次々と殺される。確か人口が3分の1にまで減少した。

 次に、原初の魔法使いが現れる。彼は【光】の加護ギフトを持っていた。

 最後に、彼は自身の能力で魔王を退ける。めでたしめでたし。


 俺がそう言うと、王様は拍手をして笑みを浮かべた。


「その通りです! それと、お話に出てこない情報まで抑えてくれて、本当に助かります」

「お話に出てこないってのは、人口の話ですか?」

「そうですね。人口の話が重要です。魔王はその力でそこまでの人々を殺したわけですが…………一体その正体はなんだったのでしょうかね?」


 王様はわざとらしく首を傾げ、質問する。

 答えを彼は知っていると言うのに、意地悪な人だ。

 仕方ないので、俺は少し考えることにした。


 普通に考えて、人口を3分の1にまですることができるような人間がいるとは思えない。

 1日100人殺したとして……生涯全てをかけても人口の3分の1なんて到底不可能だろう。

 いや、待てよ。モンスターや強力な加護ギフトを持った人間であればそれぐらい容易いのかもしれない。

 俺の右手にある形成す炎クサナギのような宝具でもそれは可能か。


「強力な加護ギフトや宝具を持った人ですかね。それとも巨大なモンスターとか」

「違います。でも、予想通りの回答ありがとうございます。そうですよね、普通そういった超常能力の類をうたがいますよね」

「王様……回りくどいですよ。結局何が言いたいんですか?」

「あはは……すいません。答えを知っているとつい揶揄いたくなってしまうんです。もう結論に行ってしまいましょうか」


 王様からピリピリとした空気を感じる。

 明るい和室の灯りが一段階弱まるったかような錯覚を感じる。


「魔王とは病です。死を運ぶ黒い風。当時の医療技術では抗うことのできなかった感染症。それこそが人々を死に追いやった魔王の正体なんです」

「魔王は……病? そんなことって……」


 病……確かにそれならば、より多くの人を死に向かわせることができる。


 でも、それだとおかしい。病気の類であれば、【治癒】の魔法でどうにかできそうじゃないか? 伝承通りに行くなら感染症は原初の魔法使いが持つ【光】の加護ギフトじゃないと治せないってことなのだろうか?

 いや、もしかして……


「もしかして、もしかしてですよ。加護ギフトと呼ばれる能力を人が持ち出したのは、その病がきっかけってことですか? それ以前は加護ギフトなんてものはなかったと」

「タケルくん、自分で答えに辿り着きましたね。その通りです」


 王様はにっこりと笑うと再び真剣な表情で俺を見る。


「この世界は滅ぶことが運命付けられてしまった世界なんです。その運命を逃れる為にこの世界が我々に与えたモノ……それこそが世界の加護ギフトです」


 以前のミリアの言葉を補足するように、王様は淡々と世界の秘密について語るのだった。

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