第103話 原初の魔法使い

 原初の魔法使い。

 その言葉を俺は2度聞いたことがある。

 1度目はミリアが童話の中で、2度目はリリとシロツメグサの草原で。

 童話の中であったが、『原初の魔法使い』は『魔王』に対抗する力を持つ特殊な存在だ。はるか昔の人物であるはずなのに、それを呼び戻すとはどういうことなのだろうか。

 答えはきっとミリアの持つ【時間】の魔力にあるはずだ。【時間】を使って『オオイタ』で、ミリアは過去に遡って新たな宝具を手に入れてきたことがあった。それに似たような芸当が出来るということだろう。


 ミリアは未だ納得できないといった様子で、疑わしげに王様を見ていたが、下げられた頭を無下には出来ず「仕方ないわねっ!」と前へと進む。

 ミリア様は結構押しに弱いタイプなのだ。

 ミリアは、墓石の前に来ると、右手の平でその石を触る。


「ここに魔力を流せば良いのよね? どれくらい流せば良いの?」

「全力でお願いします。『時渡り』をするくらいと言った方がいいでしょうか。僕は【時間】の加護ギフトを持っていないので、確信を持ってそうは言えないのですが……」

「まあ良い、分かったわ。とにかく沢山ね。感謝しなさい! ミリア様はそういう派手なことは大得意なのよ!!」


 ミリアは嬉しそうに笑みを浮かべ、先ほどまで俺たちの道を照らしていた光の球を掴むと、それを握りつぶした。

 パリンと音を立て光の粒子が舞い、王様はそれを興味深くそれを観察していた。


 ミリアの体に光の粒子が吸収された後、彼女は墓碑に手を当てる。


「行くわよ! 飛ぶつもりでやってあげるんだからねっ!」


 そうしてミリアが魔力を注ぎ込むと、5メートルはあろうかという墓碑は発光をし始める。

 チカチカと点滅し、まるで爆発でもするんじゃないかと心配になった矢先、俺たちの視界は強い光に覆われた。


 目を閉じてなお、目の奥がチカチカするほどの強い光。

 1分かそこらの時間その光は続き、ついに光は収まった。

 ゆっくりと目を開けると……


「礼服のおじさん……? それも半透明だ」


 そこには厳かな礼服に身を包む、半透明のおじさんがそこにはいた。

 髪は生えておらず、表情はとても険しい。少しでも動けば身の保証ができないと言わんばかりの緊張感を彼は放っていた。これが原初の魔法使いという存在なのか。

 彼の放つ圧に、彼をここに呼び出したミリアも後ずさりをする。

 クレハは俺の上着の袖を掴み、左手はエプロンのポケットに入れ、臨戦態勢を取っていた。いつでも殺意マックスのクレハさんがブレる様子はないようだ。


 半透明の原初の魔法使いは、音を立てずに真っ直ぐに王様の前まで歩く。

 王様は片手を挙げて、まさに旧友に再会したかのように優しく微笑みかけた。

 そして次の瞬間、圧倒的な存在感を放っていた原初の魔法使いは急に表情を崩し彼に抱きついた。


「も〜お、久しぶりじゃない! ちゃんとご飯食べてる? 元気してた? 愛してるわ〜愛しのアミちゃ〜ん!!」

「もう、アミちゃん呼びはやめてくださいって! 僕にも一応立場というものがあるんですから! 元気にしてましたよ。ご飯も食べてます。ゲンちゃんさんも……相当元気そうですね」


 王様は頬を赤らめながら精一杯冷静に取り繕ってそう答えた。

 …………………………。

 俺は、いや、俺だけでなくこの場にいた彼らを除く全ての人間はきっと同じことを思っただろう。彼女たちの表情を見れば分かる。ミリアはドン引きしてるし、クレハはゴミを見る目で彼らを見ている。リリとアイリだって、怪奇な生物たちに君悪げに見ている。



 なんだこのオカマのおっさんは!!!!?



 さっきまでの凄みはなんだったの!? 最初に感じたあの雰囲気は!?

 ハゲにオカマってミスマッチ過ぎない!?

 それに、王様も王様で、なんでそこまで嫌そうじゃないの!?


 俺の中で複数の俺がツッコミを入れてこの受け入れがたい光景を否定していると、王様はべったりと抱きつくゲンちゃんさんを引き剥がし、咳払いをした。


「んっ! スキンシップも程々にしてください。ゲンちゃんさん、何故呼ばれたのかは把握していますか?」

「分かっているわよ〜。私を現世に呼び出すときはいつだって決まっているじゃな〜い! 『魔王』が出たのね……怪我人の下まで案内しなさい」


 急にトーンを落とした原初の魔法使いは、真剣な目つきでそう告げた。

 これだ。最初に感じた凄みを俺は再び彼から感じていた。

 こういった本能的な勘に優れていると思われるリリも、警戒態勢に入っていた。

 王様の足音が空間に響く。

 俺たちはにわかには信じがたいが、童話に登場する原初の魔法使いと共に地上を目指した。


 *


 城を出ると、そこには数人の怪我人が草の上に寝かされていた。きっと魔王にやられた兵士たちだろう。肩にできた傷口は紫に腫れ上がり、周りの医療班が緑色の光を照射し、治癒の魔法かけるが、治る気配は一向にない。

 王様は、礼服のおじさんに目配せすると、彼は横たわる兵士に近付いていくと、医療班は治癒をやめて後ずさりをする。半透明の人間が近づいてきたら誰だってあのような反応をするだろう。

 原初の魔法使いは、傷口に手を当てると、瞳を閉じた。


 彼の手からは、緑色ではなく、黄色い光を放ち、傷口を照らす。ここからでも分かるほど、その光は熱を帯びていた。それはまるで太陽の光のように……。

 光が当たった兵士の傷は、鬱血したような紫から、肌色に戻り、顔色も良くなったように思える。

 これが原初の魔法使いのみが持つと言われる【光】の力だと言うのか。

【闇】の魔法を浄化するその力は確かなもので、童話の中での世界の救済は嘘偽りではなかったことを確信する。

 一人が終わったところで、原初の魔法使いは次々と怪我人を治療していく。

 すごい。確かにすごいのだが…………


「聖なる魔法が悪の魔法を打ち砕く〜ゲンちゃん必殺、マックススパ〜ク!」


 少々詠唱が気になった。

 さっきの口調からも伺えるが、随分と変わった性格の人だったんだろう。

 別におかしなことなんてない。

 世界を救った大英雄様だってただの人間なのだ、どんな性癖、趣味嗜好を持っていようと問題があるはずがない…………いや、めっちゃ気になっちゃうけども!

 さっきまで兵士の治療をしていた医療班は、目の前で起きている奇跡と、その奇跡を起こした彼の人となりを見て、いまいち微妙な表情で、とりあえず兵が救われたことを喜んでおくかといった様子だ。


 ハゲのおじさんが全員の傷を癒したところで、俺たちは彼に拍手を送る。

 拍手喝采というわけじゃなけどね。

 王様は原初の魔法使いに何か耳打ちをすると、兵士たちに見せつけるかのように彼に話しかけた。


原初の魔法使いプライマリーウィッチ、ありがとうございました。あなたがいれば、『トウキョウ』は魔王に負けることはないでしょう」


 王様が、原初の魔法使いという名前を呼んだ次の瞬間、兵士たちから声が上がる。

【闇】の魔法を打ち消せた時点で、彼らの頭にはその可能性が浮かんではいたのだろうが、王様から直接その名を聴き、選択肢の一つであったそれが確定した。その興奮は相当なもので、原初の魔法使いの周りに兵たちが集まった。

 王様はその熱を持った波に飲み込まれたと思われたが、瞬きほどのわずかな時間で、俺の隣まで瞬間移動していた。


「原初の魔法使い、大人気ですね。それと、【闇】を打ち消せていたみたいですし、彼は本物だったということか……」

「タケルくんは信用していなかったんですか!? 本物ですよ。タケルくんであれば何か感じ取ってくれるかと思いましたが、上手くはいきませんね」

「俺なら感じ取れる? それはどういうことですか?」

「同類、ということですよ」


 王様は、原初の魔法使いに群がる兵に向かい歩きだし、俺の横を通る瞬間、彼は耳打ちしてくる。


「今夜、僕の部屋に来てください。僕は君より君を知ってますよ」


 背中にぞくりと悪寒が走る。

 俺のことを知っている? いや、俺のことは知らないはずだ。

 こちらの世界に来た時のあの反応は、間違いなく初めてあった人の反応だった。


 だとすれば……俺の加護ギフトに関することか。


 彼の言葉が真実である確証はない。

 しかし、俺は自分で俺の力を把握できていないのは紛れも無い真実だ。

 もし仮に、王様が俺以上に俺の加護ギフトについて知っているのであれば、きっと俺は、俺という不可解な存在の正体を暴くことが出来るかもしれない。

 高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、俺は固く拳を握るのであった。

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