第84話 クレハとお風呂

「リリちゃんとの関係を教えて」


 彼女のセリフに俺は驚きの声を隠せない。

 気持ちとしては今からクレハに襲われる感じだったんだけどそうじゃないの……?

 だとしたらなおさら……


「話すけど…………別に一緒にお風呂に入る必要はなくないか?」

「あるよ。単純に私が嬉しい」

「必要ないよ!!!! なんだその理由」

「えーいいじゃない少しぐらい! 混浴したいよー」


 そんなことを言いながらクレハは俺を抱く腕の強さを強める。

 やめろ! そんなことした、あれがそれでもうあれがこうだ!!(思考停止)

 よく見たらクレハの顔は先ほどの不気味な笑みはなく、俺をからかっているように見える。

 ここで変に慌てたら彼女の思う壺だ。

 俺は冷静にクレハの対応に努めた。


「分かった。混浴を認める。でもタオルを巻いて入ってくれ」

「タオル巻けばいいの!? 分かった! すぐ行くから先にお風呂はいってて!」


 調子ついたクレハはそのまま俺を風呂場に戻すと更衣室の扉を閉めた。


 俺は風呂場の中でため息を吐く。

 とりあえず、最悪の事態は防げた。


 最悪の事態というのは俺の貞操の話……ではなく、この宿で騒ぎを起こしてしまうということだ。

 俺たちは既に窓ガラスを一度割ってしまっていてお店のブラックリストに載ってもおかしくないお客だ。

 一度は宿の人の行為と『トウキョウ』の権力もあり、なんとかことなきを得たが、これ以上なにか問題を起こしてしまうのは良くない。

 クレハの混浴を断ったとして、その後、何をされるかわからない。

 もし、腹いせに裸で宿内を徘徊されでもしたらその時にはもう俺たちはこの宿にいられなくなるだろう。

 やはりリリの『おっぱいの人には気をつける』という言葉は正しいと俺は再確認した。


 しばらくすると、風呂場の扉が開く。

 クレハは素直にタオルを胸に巻いてくれてるため健全男子の目にも優し…………くない!!

 俺は風呂場に入ってこようとするクレハをすぐに押し戻し、扉を閉めた。


「何するの、タケルくん! 私ちゃんとタオル巻いてたよ!!」

「ああ、確かに巻いてた…………上はな!!!! 下も巻いてこい!」

「……見た? 見ちゃった? ぐへへへ……これはもう責任を取ってもらうしかないんじゃないかなぁ??」


 そう言って彼女は気味の悪い笑い声をあげる。


 もうクレハはあれだ。

 自分の秘部を他人に見せて逃げる、不審者に近い思考回路を持っている。

 ご両親たちは自分の娘がこんな痴女だったことを知っているのだろうか?

 知ったらきっとショックを受けるだろうなぁ……


 俺に指摘されるのを分かっていたのか、クレハはタオルを巻いてすぐに風呂場に戻ってくる。


「前から思ってたけど、タケルくんはこういうことに免疫ないよね。もうちょっと性に寛容になってくれた方が私嬉しいんだけど」

「文句を言うなら元の世界の日本に言ってくれ。俺は日本の性教育を徹底的に叩き込まれた健全男子なんだ。お陰であっちの世界じゃ少子化で大変だ」

「タケルくんのいた世界の話はよく分からないや。とにかく入っちゃうね。体とか洗ってあげようか?」

「遠慮しておく」

「もう……タケルくんのいけず……」


 俺はそう言ってすぐに体を洗うと、クレハがシャワーでその泡を流してくれた。

 流石に体を洗うのは勘弁してほしいけど、シャワーぐらいならいいだろう。


 宿のお風呂場は想像以上に広かったため、2人で入っても窮屈さを感じない。

 湯船も相当な広さで、2人が足を伸ばして入っても問題ないほどの広さだった。

 下手をすれば、外で温泉に入るよりも良い環境でお風呂に入れているのかもしれないと俺は思った。


 体を洗い終わり、湯船につかろうとしたところ、クレハが俺の手を取る。


「私、シャワー流してあげたんだから、タケルくんも私に何かしてよ」

「は、はぁ?」

「髪を洗うのと体洗うのどっちがいい? 両方でもいいよ?」

「そんなの……どっちも出来るかよ! 一人でやってくれ!」

「いいの? タケルくんがしてくれないなら、ここで大声出しちゃおうかな?」

「おいおいおい、それはないって……」

「私気付いてるからね。タケルくん、この宿でもう問題起こしたくないって思ってるでしょ? タケルくんの性格なら私結構分かってるから」

「ぐっ…………その通りだよ……知ってるなら、変なことしないでくれ」


 こいつ……分かって俺に提案してきてやがる……!

 なんて汚い手を使ってくるんだこのおっぱいお化けは……!

 完全に話の主導権を握られた。


「本当ならこの場でちょめちょめなことをしてもらってもいいんだけど、それは私の乙女道に反するし、流石にタケルくんも怒ると思うからしないとして、髪と体を洗うぐらいはいいかな〜って思ったんだけどそれもダメなの?」

「乙女道ってなんだ。…………分かった。髪は洗う。でも体は勘弁してくれ」

「やった! それじゃあ先に体洗っちゃうからちょっと待っててね!」


 クレハは嬉しそうに風呂場で飛び上がる。

 転んでしまっては危ないからやめて欲しいし、それ以上に胸がありえない揺れ方をしているからやめて欲しい!

 俺の目を殺しにきてんだよ!


 彼女から背を向け俺は彼女を待つ。

 そういえば、クレハは先に体を洗うと言っていた。

 前に、テレビか何かで、シャンプーを流した時にその残りカスのようなものが体に付くから、そのあと体を洗った方がいいって聞いたことがある。

 あの情報は本当なのか、本当だとしても気にしすぎなのかもしれないが、俺はそれ以来頭から洗うことにしている。

 後でクレハにも教えてあげよ。

 これで間違ってたら赤っ恥だけどね。


 不意に流れるシャワーの音が途切れる。


「タケルくん、次は髪の毛だからお願い。はい、シャワー」

「おう。任せろ」


 シャワーを受け取り、ひねりを捻ってお湯を出す。

 まずはそれでクレハの髪を濡らした。

 濡れると、彼女の少し長めの髪の毛は艶やかに輝いた。


 完全なストレートではない、少しクセのある髪の毛を、前髪から一度後ろに持ってくるように搔き上げる。

 クレハは首を傾げていたが、こうしないと多分洗ってる時に顔の方に泡が行って目がしみるだろう。

 シャンプーを手に出して、それを両手で慣らした後、クレハの髪にそれをつける。

 そして、クレハの地肌を洗い始めた。


 シャカシャカと念入りに、前から後ろへ洗っていく。

 心地よいリズムで、洗っているこちらまでなんだか楽しくなってきた。

 クレハの髪は想像していた以上に柔らかく、まるで雲でもつかんでいるかのような気分だ。


 不意に彼女から艶かしい声が上がる。


「んっ……タケルくん……そこ……いいっ……いいよぉ……」

「こら、変な声出すな」

「タケルくん意識しすぎだよ? 普通に髪の毛洗ってもらって気持ちいいだけ」

「う……うるさい」


 息を吸うようにからかわれた。

 確かに、さっきのは俺も気にしすぎだったと思う。

 こんな状況だから、彼女の言葉に警戒し、変な方向に考えてしまうのも仕方ない気もするけどね。

 それはその後も地肌を洗い、髪の毛全体を洗うように手櫛で扱く。

 女の子は髪の毛に対して、結構デリケートってよく聞くから、丁寧に丁寧に洗っていく。


「タケルくん少し優しすぎじゃない? もっと激しく……して?」

「強く……な。言い回しに悪意を感じる。でもいいのか? 強くしたら髪の毛抜けちゃうかもしれないぞ?」

「ちょっとぐらい大丈夫だって。タケルくんはえっちの時も優しいタイプ?」

「したことないから知らん!」

「本当に!!? やっぱりタケルくん童貞だったんだ!!!うおおおおおおお燃えてきたああああああ!!!!」

「やめろ! 騒ぐな! これ以上俺の心臓を痛めるような行動はやめてくれ……」

「ごめんごめん。でも、安心して。私もまだしたことないから。これでおあいこだよ」

「お、おう……」


 ついに隠し通していた俺の貞操についての事実を彼女に知られてしまった。

 そして……とても聞いてはいけない情報を俺は耳にしてしまったかもしれない。

 しかし、彼女自身が暴露したのだから、これは仕方ないんじゃないか?


「でも、意外だな。クレハは結構その……ガツガツいくタイプだからそういうのはもうとっくの昔に済ましているものかと……」

「タケルくんかなり酷いこと言ってるね……私は加護ギフトも恋愛感情に関するものだし、そういう風に見られてもおかしくないのかもしれないけど、それは逆だよ」

「どういう事?」

「タケルくん自身体験した事あるから分かるでしょ? 私の加護ギフトは強力すぎる。だから無闇矢鱈に発動しちゃダメなの。一度取り返しのつかないことにもなっているしね…………だから、小さい頃初めて使ってから、それ以降人を好きにならない様にしてるの」


 クレハは悲しそうに作り笑いを作り、そう告げる。

『ウツノミヤ』で彼女の加護ギフトを俺はかけてもらったことがある。

 だからこそ分かる。

 あれは相当に恐ろしい加護ギフトだ。

 悪用すれば、簡単に人が殺せてしまうほどに。

 それも……本人に殺した感覚がないというのがその異常性に拍車をかけていた。


「そういうわけで、私の思春期の興味関心は全て武器や防具に注がれたのです! 生きてるものを愛すればいつかは痛い目に合うと思ってね」


 生物を愛すれば……か。

 俺は、自分でも実感がないが、人間じゃないのかもしれないという疑惑が上がってきている。

 もしかしたら……しかし、このことはまだ話さないでおこう。

 本当である確証もないし、それを知れば、クレハはきっと悲しむだろう。


「そうなのか……でも、その考えだと俺はどうなってもいいみたいに聞こえるんだけど、どうなんだ?」

「それは違うよ。タケルくんとなら、どうなってもいいって思えるから。たとえタケルくんが悪人になって破壊の限りを尽くしたとしても、私はその隣に居続ける自信がある。それくらいの運命を感じたからタケルくんのことを好きでいるんだ」

「………………そうか。ごめんな。俺、クレハのことを勘違いしてたよ」


 想像以上にクレハの愛が重かった。

 彼女を見る目が変わってしまうかも知れない。

 シャンプーを流し、そしてリンスまで流したところで、俺たちは風呂に入る。

 前を向いたまま入るのは気がひけるので、お互いに背中を向けて入ることになった。

 クレハは不満げだったけど、背中を密着させるのが気に入ったらしく、すぐに満足げな声音になった。チョロい。


「私の話はこれでおしまい! 次はリリちゃんとの関係を教えて?」

「あ、ああ。リリとは実はな……」


 そうして俺はもとの世界でリリ……シャーリーと出会った時のことを話した。

 少し疑っているようだけど、事実なのだから仕方ない。

 クレハも、リリが異世界にまで飛べるほどの力を持っていてもおかしくないことは把握しているはずだ。


「それで、一回しか遊んでないのにタケルくんは仲良くなっちゃったの? それって少し変かも」

「そう言われてもな……そんなこと言ったら、クレハだって出会ったそばから俺にアタックしまくってたじゃん? 一目惚れ? に近いのかもしれない」

「つまり、タケルくんが魅力的すぎるのがいけなかったってことだよね! それなら納得。ずっと疑問に思ってたことが解決してスッキリって感じ!」


 クレハはそう言うと、タオルを持って風呂から上がる。

 彼女の体を見ないためにも、俺は湯船のお湯を覗き込む。

 タオルで全身のお湯を拭き終えたクレハは、タオルを絞る。


「それじゃあ、お先に失礼するね。タケルくん、今日はお疲れでしょ? きちんと休むんだよ?」

「ああ、クレハこそな」

「お休みなさい」


 タオルを巻いた彼女の後ろ姿が風呂場を後にする。

 確かに今日は疲れている。早めに寝てしまおう。

 俺たちの『オオイタ』観光は始まったばかり、というか明日からが本番かも知れないし、元気はあった方がいいに決まってる。


 クレハが更衣室から出るのを見計らって、俺も早めにお風呂を去るのだった。

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