第83話 アイリと目覚まし

 その日の夜……大体8時くらいだが、夜ご飯を食べた後にリリは予定通り『トウキョウ』に帰ることになった。

 一旦俺の部屋に集合し(何故だ)リリの送別会的なものが開かれる。


「それじゃあおにーちゃんまたねなの!」

「おう。俺たちはこの後も観光して、飽きたら『ウツノミヤ』に帰るから、『トウキョウ』でリリに会えるのは少し後になりそうだ」

「そうね。リリ、『ウツノミヤ』の説得は任せてって言ってたけど大丈夫なんでしょうね?」

「それは任せてなの。王様にまだお話ししてないけど大丈夫なはずなの」


 そう言ってリリは小さな胸を叩き自慢げにそう言った。可愛い。

 そして、リリはアイリに近付くと、何か恥ずかしそうにモジモジとしながら手を握った。


「今回は全然お話しできなかったけど、今度会うときは一緒に遊ぼう……なの」

「は、はい! もちろんですわ!」


 アイリは恥ずかしがるリリの手を握り返すと笑顔でそう答える。

 リリはあまり同世代の友達が少なそうだし、2人がいい友達になれたら俺も嬉しいなと思う。

 それにアイリも同様、同世代の友達が少ない。

 保育園では年下の子達を扱ってたから、リリのような天真爛漫な女の子の相手も務まるだろう。


 リリは魔法をかけ、俺の部屋の扉を転移扉にするとその扉を開く。

 その奥には見慣れない散らかった部屋が写り込み、恥ずかしそうにリリはその扉を一度閉じた。

 多分あれはリリの自室だな。お片づけできない系女の子だった。


「今のは見なかったことにして欲しいの! あっ……そうだ」


 リリは別れの挨拶を告げた後、なにかを思い出したのか、最後に俺の前までトコトコとやってくる。

 俺は目線を合わせるために屈んだ。

 すると彼女は俺の耳元に頬を寄せ


「……おっぱいの人には気をつけて……なの」


 と他の人に聞こえないほどの声量でそう告げる。

 その後、部屋を見られないように素早く扉を開き中に入ると、俺の部屋の扉はすでに転移扉としての効果を失い、扉を開けても宿の廊下に繋がるのみであった。


 それにしても、最後のリリの言葉は一体どう意味だ?

 気をつけて、と言われてもクレハはそんな危な…………いや、普通に危ない性格してるな?

 確かに、いつもポケットにナイフ常備してたり、俺が死んだら俺の肉を食べたいとか言ったり、猟奇的な部分がまれにある。

 まあ、旅の中でクレハのことは結構理解しているつもりだし、彼女のそんな性格にも慣れてきた。

 たぶん、リリはクレハに慣れてないから身の危険を感じたんだろう。


 しかし……もしかしたら本当にリリは俺に注意をしてくれている可能性もある。

 リリの直感というものは馬鹿にできない。

 この世界から見て異世界……つまり俺の元いた世界で、俺と初めてあった時に俺から何か違和感を感じたと彼女は言っていた。実際俺は世界の加護ギフトという特殊能力を持っていて、この世界でもなんとかやっていけている。

 とにかくリリの感覚は信用できそうで、その彼女が俺に用心するように言っているんだ。


 俺は少し彼女に対して警戒心を持ちながらも、心の大部分は信用で埋めておくことにした。


 *


 ミリアは俺にめちゃくちゃ手痛い一撃を食らわせ、結構元気かと思ったが、やはり疲弊していたようで、お風呂に入った後、意識を飛ばすように眠りについてしまった。

 まだ9時なのでアイリも流石に起きていて、いつもは1番早く寝てしまう彼女は見慣れないミリアの寝顔を見て少し嬉しそうな顔をしていた。


 彼女が寝た後に俺たちもお風呂に入り寝てしまうことになった。

 別に今日は運動したと言うわけではないが、ミリアとリリの手に汗握る勝負を見学したのだ。

 精神が相当に削られているのは自覚している。


 ここは『オオイタ』

 宿を出れば数多の温泉があるし、そちらで入るのが良いのかも知れない。

 だけど、ミリアがこんな状態で俺たちだけ温泉入ってしまうのも気がひけるし、どうせこの後散々温泉には入るし、今日は宿のお風呂にしてしまおう。


 アイリとクレハにそのことを告げると、2人も賛成してくれた。

 お風呂に入る順番は、もうそろそろ眠いとアイリが言ったので、彼女が最初。

 なぜか自分の入った後の湯船のお湯を飲む気だろとあらぬ疑いをクレハにかけられた俺が二番目。最後にクレハになった。

 どちらかといえば湯船のお湯を飲みそうなのはクレハな気がする。

 飲泉って良く聞くけど、普通に汚そうだよなぁ……人が入った後ならなおさらだ。


 アイリは風呂から出た時にはすでに目をこすっていて、覚束ない足取りをしていたのでそのまま彼女の部屋に案内し、その流れで俺はお風呂に向かった。


 宿に備え付けのお風呂は1つしかない。

 風呂場の外には一枚の紙がペラっと置かれていて、そこにお風呂に入りたい人が名前を書いて予約することになっている。

 宿には他の観光客もいたようだけど、当然のこと宿の温泉に入ろうとする人など1人もいなく、実質俺たちだけの貸切状態だった。

 朝の段階から1人もお風呂に入った形跡がない。

 もうこの宿は宿におふろを備え付けなくてもいいんじゃないかな?


 更衣室の鍵を閉めると俺は着替えを始める。

 木編みの籠が4つ置かれているのを見ると家族連れがこのお風呂を利用するのかも知れない。

 外の温泉だと子供の面倒が見きれないから宿にしてしまおうという需要があるのだろう。

 一見無駄に見えるものでも、必要としている人はいるってことだ。

 多面的に物事を考えられるようにならないとな。


 貴重品を入れるロッカーにお金と宝具を入れると、俺はタオルを持って風呂場に入った。

 中は緑色のタイルが敷き詰められた伝統がありそうな見た目で、一瞬でその雰囲気を俺は気に入った。

 まるでお婆ちゃんの家みたいだ。

 俺のお婆ちゃんは、俺が生まれる前に死んでしまったらしいから家には行ったことないけど、そんな感じがする。


 外の少し濁った温泉とは違って透き通った色をしたお湯張られた湯船を見るとすぐにでもこれに入って1日の疲れを吹き飛ばしたち思うところだ。

 しかし、ここは家とは違う。

 まずは体を洗ってから入るのが道理だろう。


 俺はシャワーのひねりを捻り、お湯を出し髪を洗う。

 ここの宿はお湯を出すために魔力を使わなくてよかった。

 部屋の電気のスイッチもそういえば魔力を使わないタイプだったし、ここは異世界人に優しいな。

 一応宿はお客をもてなす場所だから、電気をつけたりする僅かな魔力でさえも使わずにリラックスできる空間を目指しているのかも知れない。全くありがたいことだ。


 カチャリ……


 俺は髪をお湯で流し、シャンプーをしていると、背後で金属の擦れる音が聞こてくる。

 まさか閉めたはずの鍵が開けられている?


 荷物荒らしか!? 元の世界では観光地での荷物荒らしは割と横行している印象だったし、異世界でもその可能性は高い。

 普通ならここで、犯人が凶器を持っている可能性を考慮していなくなったのを見計らって警察に連絡……とするところだが、相手が悪かったな。

 俺は凶器ぐらいじゃ少しも傷付かない。


 俺はシャワーで髪についた泡を急いで流すと、タオルで髪を拭く。その間もシャワーは流しっぱなしにしておく。シャワーの音が切れた瞬間犯人はこちらが警戒していることに気づくかも知れないからだ。

 そして、俺はタオルを絞ると、それを腰回りに巻いて足音を消して扉に近付く。


 俺の狙い通り、犯人はどうやらこちらが警戒していることに気付いていないようだ。

 まだ何かゴソゴソとやってやがる。


 そして、意を決して風呂場の扉を力強く開けた!


「おい! 何をしている………………おい」

「あっ、タケルくんのえっち〜!」

「そ、それはこっちのセリフだ!」

「え? 私の体がえっちってこと?? んん?」

「違くないけど違う!!」


 少しこの可能性も考えていたが、扉を開けた先にいたのは荷物荒らしなどではなく、着替え途中のクレハだった。

 上半身の服は既に身につけておらず、下半身はピンク色の下着しかつけていない。

 胸を両手で抑えるようにして大事な部分は見えていないけど、押しつぶされたそれがあまりに過激で、目眩がしそうだった。

 年齢不相応なその豊満な体は、健全な男の子の目に毒すぎる。


 そうだった……クレハはこういうやつだった……

 俺がお風呂のお湯を飲むかも知れないとか言って先に入れさせたのはそういうことかよ!

 ミリアは先に寝て、アイリは今にも寝そうだった。

 これはつまりクレハにとって、俺とのえっちなイベントを起こすのにうってつけな環境なわけで……


 一歩、また一歩と彼女は俺との距離を詰めてくる。


「観念してよね、タケルくん…………今日の私を邪魔するものは誰もいないんだから」


 やっぱりー!!!!

 絶対そう考えますよね? 普段から狙ってましたもんね俺の貞操!

 こんなチャンス逃すわけないですよねええええええ!!!!!?

 食われる……俺の純真が食われる……


 生まれて18年。

 ついに俺は童貞を捨てることになるのかも知れない。

 相手は一緒に旅をするちょっぴり病んでる女の子。

 俺は、初めての相手は好きな子がいいとかいう純情可憐な乙女ハートでこれまで生きてきた。

 別にクレハのことが嫌いというわけではない。

 むしろ普通よりも好き寄りだと思っている。

 だけど、完全に好きかと言われればそれは疑問だ。

 彼女が自分を好いているのは知っているし、できれば応えてあげたい。

 しかし、何かが……何かが足りない…………彼女とは圧倒的にエピソードが足りない……きゃっきゃうふふな青春の思い出が足りないんだ!

 彼女の行動は順序がめちゃくちゃだ!

 こういう行為はもう少し恋愛をしてからだと、童貞のお兄さんは思います!!


 クレハは最後の一枚……下着さえも脱ぎ去り、俺に迫る。

 ついに彼女の胸が俺の胸に当たり、ぐにゃりと双丘が変形。

 脳がとろける柔らかな感覚が全身に広がった。

 彼女の繊細な指先が、太ももから順に俺の体を這い上がり、最後にその指で俺の肩をがっちりと掴んだ。


「リリちゃんとの関係を教えて」

「………………え?」


 彼女は瞳を暗くしてそう告げる。

 彼女から飛び出る意外な一言に、俺は少し安心してしまうのだった。


 *


「目覚ましを2時にセット。これで良しですわ」


 そして、明日用の着替えが用意されているのを確認し、部屋の明かりを落とす。

 布団の中に潜り込み、少女は高鳴る心音を制御するため大きく息を吸って、吐いてを繰り返す。


「(今夜、彼女はきっと動くはずですわ。先生はそれに気づいていない。だからわたくしが……)」


 深呼吸を繰り返すうちに体の強張りが和らぎ、彼女は静かに寝息を立てた。

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