第75話 過去編、欲しくない?

 強い光に包まれる感覚。

 私がこの感覚を覚えるのはおよそ一年ぶりだ。

 この一年で考えられないほどの変化があった。

 家族を失い、力を求め過去に飛び、宝具を手に入れた。

 そしてタケルに出会いクレハに出会いアイリちゃんにも出会った。

 思えばここまで一度に友達ができたのは初めてかもしれない。

 突然変異のモンスターにも出会った。

『ミト』にも行ったし、『ウツノミヤ』にも行った。

 これまでの、家の周りだけで完結していた私の世界は大きく広がりを見せたと思う。

 そして、これからも私の世界は広がり続ける。

 新たな進展を見せた私のこれからに心を踊らせながら、私の目を強く攻める光は収束する。


 体が急にフワリと浮くような感覚にとらわれる。

 これまで正の向きに流れる時間を、負の向きに逆行するという異常な行動をとっていた私の体には、重力のようなものを感じていた。

 この重力から解放されたような感覚は『時渡り』が無事に完了したことの何よりの証だった。


 つぶった目を開き、周りを確認する。

 そこには以前私が『時渡り』をした時と変わらない風景が広がる。


 建設中のものが多いが、背の高い建物が立ち並ぶ都会の街並み。

 地面は全てコンクリートで舗装されている。

『トウキョウ』に次ぐ発展の度合いを見せるここは『ヨコハマ』。

 …………まあ20年前の『ヨコハマ』だけどね。

 あいつの言う通り、真実を導く光玉リア・ファルは私を再びこの土地へと導いてくれた。


 まだクレハの生まれていないこの街で、私はクレハの家族の元へ向かった。


 *


 以前見た時と全く変わらない外見でオカザキの武具店、つまり宝具を作る一族が経営している店はそこにあった。

 店の入り口からではなく、裏口の工房へつづく扉を私はゆっくりと開けた。


 工房に入ると、釜に鉄片を入れ今まさに形成作業に取り掛かろうとしていた男性がこちらを向く。

 そして、店内同様変わることのない調子の良い声が工房に響いた。


「ミリアちゃんお久しぶり! 今日も綺麗だなぁ。でもちょっと老けた?」

「あんた殺すわよ。あれからこっちでは一年経ってんの。一年もあれば女の子は大きく変身するもんなのよ」


 目が合った途端にこれ。

 初めて会った時もこのような軽口でナンパされたのだったかしら。


 オカザキタツヤ。

 クレハの祖父兼、今代の宝具製作者。

 短めの黒髪と肉付きの良い体格で、いつも南国テイストなTシャツを着ているなんとも胡散臭いジジイ。

 口周りに生えた無精髭がその胡散臭さに拍車をかけていた。


 工房は『ミト』のものと変わらないレイアウトで、光が入らないこともあって煙っぽく、しかしどこか安心感を感じる雰囲気だ。

 私はふと工房内にかけられている盾を見て、思い出したことがあった。


「タツヤ、そういえばクレハに会ってきたわよ」

「マジか!? というか、しっかり孫の名前俺の案が通ってたのクッソ嬉しいんだけど! それで…………どうだった? 俺の孫娘は…………可愛かった?」


 身を乗り出し、タツヤはそう聞いてくる。

 先ほどまで鉄を打って汗をかいていたからか、少し臭い。

 加齢臭の可能性もある。

 クレハと命名したのはタツヤだったのは意外だった。

 あんまり名付けのセンスとかなさそうに思っていたのよね。


「可愛かったわよ。それはもう。あんたの性癖が変わるぐらいにね!」

「は、はあ。どう言う意味だそれは」

「あんたの盾の裏に隠しているそれに聞きなさい。クレハ結構ショック受けてたんだからね」

「盾の裏……? おいおい、まさか!?」

「今のあんたは知らないだろうけどね、予言してあげるわ。あんたはこれから生まれる孫娘を……黒髪巨乳の孫娘をいやらしい目で観る変態ジジイになるってね!」


 私の突きつけた事実にこのクソジジイは衝撃を受けた。

 動揺が隠せないのか、何故か突然立ち上がり工房内を徘徊する。

 そして工房の壁に立てかけられている盾の裏を確認し固まった。

 2、3秒の硬直の後、私を見据えてその唇がゆっくりと動く。


「まさか俺が金髪碧眼を裏切ってしまうとは……どんだけ俺の孫は可愛いんだ……めっちゃ気になるんだけど!!!」

「反応がおかしいでしょ! とにかく、あんたはこれからも金髪碧眼を愛し続けなさい。ミリア様が許可するわ」

「ははー」


 私が髪を払いそう言うと、タツヤはひれ伏す。

 しばらくして顔を上げると、タツヤは真剣な眼差しで私を見つめてくる。


「なにはともあれ、ミリアちゃんの言ってたことが真実であると確信できた。本当に未来から来た美少女だったんだね」

「あんた私のことを信じてなかったの?」

「信じられるわけないだろ? 以前のミリアちゃんは、未来から来たって言ってるだけで、俺に関する情報をほとんど持ってなかったじゃん。信じようがない」

「うっ……確かに」

「でも、今は信じている。だって1日でこんなに大人になるなんて、それこそ未来からやって来た以外に説明できないよね?」

「でも、それじゃあ……前に私がここに来た時、なんで宝具を作ってくれたのよ。そんな信用ならない人に作っていい様な物ではないでしょう? 宝具ってものは」

「それは簡単さ。ミリアちゃんが可愛かったから。ミリアちゃん天使すぎたから。目の前に理想の金髪碧眼の高飛車お嬢様がいたらお持ち帰りしてお世話して、あわよくばイイコトをしたいと思うのは全世界の男に共通する意思だと思うんだけどなぁ」

「あんたの頭がおかしいのは分かったわ」


 やっぱりこのクソジジイは相当な変態ね!?

 一年前も私を見る目がなんともねちっこいというか、やらしさを感じてたけど、まさか本当に本当の変態だったなんて……悪い人じゃないんだけどこれじゃあ残念すぎるわ。

 私は呆れ、細目で彼を見ると、彼はなんだか満足げな顔をする。

 変態にとって蔑みの視線はご褒美になるらしい。

 私のいた元の時間軸ではこのエロジジイは暗殺されたっぽいけど、暗殺されて正解だと思った。


「それで、今回は俺に何用だい?」

「そうだったわ。まずはこれを見て頂戴」


 私はそう言って、固有空間から壊れた無限の炎鎖ダグザを取り出した。

 その姿を見て、タツヤは目を丸くする。


「まさか1日で壊すだなんて……もう少し大事に使って欲かったんだけどなぁ。雑に扱うのは俺だけにしてよ」

「だから、こっちは一年経ってんのよ! それに、これを壊したのは別の宝具よ。宝具同士の戦いで壊れたんだから少しは仕方ないと思わないかしら?」

「マジか! 俺の作った宝具を壊した宝具ってのはなんだ? まさか俺よりデキるご先祖さんがいたとはびっくりだ!」


 ズイズイと迫ってくるタツヤを私は手で押し返す。

 どさくさに紛れて髪の毛を触ろうとしてるのは見え見えなんだからねっ!


 ともかく、この一族の武器への興味関心は非常に高い。

 クレハやクレハの父に宝具を見せた時もそうだったけど、異常な集中力で食い入る様に武器を観察していた。


 タツヤもその一族からもれなく、自分の宝具を超えた宝具への興味は凄まじいのだと私は思う。


 彼に無限の炎鎖ダグザを壊した宝具、北斗に浮かぶは泡沫の夢シチセイケンについて話すと、妙に納得した様子で首を縦に振っていた。


「なるほどなぁ。それなら納得だ。そもそもあれはものを壊すために製造された宝具だからね。俺の宝具も闇魔法にはかなわなかったか」

「何それ。私知らないんだけど」

北斗に浮かぶは泡沫の夢シチセイケンは7つの魔力を混ぜ込んで擬似的に闇魔法【破壊】を発動させる宝具なんだけど、知らなかった? あれ作ったのマジで天才だよね」

「なるほど……それで無限の炎鎖ダグザは破壊されたってことね。納得がいったわ。とにかく、今回あんたに会いに来た理由の1つは、この壊れた無限の炎鎖ダグザを直して欲しいってこと」

「オッケーそれならお安い御用さ。他にもあるのか?」

「他には…………」


 私は一度口をつぐむ。

 クレハに頼まれたとはいえ、門外不出の宝具の製造方法を教えてなんてそう簡単に言えない。

 最悪、今の私とこいつの関係が崩れることだって……

 私がそうして言いづらそうにしていると、タツヤの方から口を開く。


「ミリアちゃんの思ってること当ててみようか? 宝具の作り方を教えて欲しいんでしょ?」

「えっ…………そ、その通りだけど……何でそれを」

「たぶんだけど、俺は息子に宝具の作り方を教える前に殺されたんだろ? 俺とミリアちゃんの仲じゃないか。それくらい聞いても大丈夫だって! 全くミリアちゃんは変なところで気が回るなぁ」

「『それくらい』って…………あんたのその情報を欲しがってる人間がどれだけいると思ってるのよ! そのせいであんたは……」

「殺された……だろ? でもそれはちょっと怪しいと俺は思ってるけどね。俺の持っている門外不出の情報を独占したいのか、それとも宝具を作る俺たちの存在が邪魔なのか、それは分からない。まあ、俺にはそんなの関係ないな。そんなに長くならないから今教えちゃうぞ」

「ちょっと、心の準備が……!」


 戸惑う私を気にすることなく、タツヤは私の耳元に顔を寄せる。


 今から聞かされる情報は間違いなく極秘事項だ。

『トウキョウ』が独占している異世界の情報とかそんなのよりももっと重要な情報。

 下手をすれば、今後の大陸間の力関係が変わりかねない程の……


 私は事の重大さを把握して、身構える。


 ふむふむ……なになに…………なるほど、なるほど…………

 確かにそれもそうね……


 1分も話さないうちにタツヤは顔を引き、こちらにはにかんだ。


「な、全然長くないだろ?」

「そうね……長くないわね…………って、宝具の製造方法はこれで全部!? もしかしてバカにしてる!? それともまだ信用してないのかしら!?」

「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!!!!! 本気でつねらなくてもいいじゃないか!」

「あっ、ごめん。いつもかなり丈夫なやつとこんなやりとりしてるから力の加減が出来なかったわ」

「とにかく! 俺から言えることはこれで全部。ちゃんと俺の息子やら孫やらに教えてやってくれよ」


 腑に落ちないが、仕方なく私は納得する。

 およそ一週間の過去の旅。

 1日目にして目的を達成してしまった。

 暇だけど、ここから先はふつうに自分の魔力を回復させるのに尽力しようかしらね。


 そう思った矢先、タツヤは私の心を見透かした様に不敵に笑う。


「そうだ、ミリアちゃん。新しい宝具…………欲しくない?」


 彼の提案は私の胸を踊らせるのに十分なものだった。

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